2014年3月

 

スリランカへ、アーユルヴェーダを体験しにいった。

アーユルヴェーダとはインド・スリランカの伝統医学。複視を治す為に自己治癒力を高めることを目的に参加した。

きっかけは、ヨガの先生の「私の友達が、アーユルヴェーダのツアーを企画したよ。興味があったら行ってみたら?」という一言。ツアーのチラシを見せてくれた。

 

アーユルヴェーダは5000年前からある世界最古の医学。

当時、わたしは「アーユルヴェーダって何? 頭にオイル垂らすやつ?」というレベルだったけれど、本やネットで色々調べてみて、なんか面白そう&これは良いかも!という直感で、申し込んだ。

 

海外旅行は10年ぶりくらい。しかも一人で参加。めちゃくちゃ緊張したし、人見知りだし大丈夫かなぁ、、、って、それはそれは心配だった。

 

7泊9日の今回のツアー参加者はわたしを含め、全部で5名。年代も住んでいる場所もみなバラバラで。

(20代~50代・東京、愛知、兵庫、京都から)

全員が女性で一人参加。同じ目的をもっているからか、すぐにみな意気投合。

アーユルヴェーダを学び、体験した、ということ以上に、このメンバーと出会えたということが、このツアーの最大の収穫だった。

 

毎朝、ホテルのプールサイドでヨガ。その後、朝食。

ホテルを出発して歩いて地元のアーユルヴェーダの病院へ。午前中は座学、午後は施術を受けるというのが毎日の基本スケジュールで、合間にちょっとした観光や、アーユルヴェーダ料理教室があった。またポヤデーという仏教に由来する祝日に寺院参拝もした。あと、地元の占星術師に占ってもらう機会もあった。(スリランカでは占いがめちゃくちゃ重要視されていて、結婚相手とかも占い師にみてもらったりするのが普通とか!)

ポヤデーには白い服をきて寺院参拝するのがならわし。

 

 

参加するにあたり、未破裂脳動脈瘤コイル塞栓術をうけたことや、術中に脳梗塞になり複視になってしまったことなどをアーユルヴェーダの医師に説明するために、英文で資料をつくって持参し、冒頭の面談の際にみせながら話をした。

 

アーユルヴェーダでは、「ドーシャ」と呼ばれる3つの要素(「ヴァータ」「ピッタ」「カパ」)が人間の身体を構成していると考えられている。自分自身が3つのどの要素でバランスしているのかを知り、それを整えていくために、施術であったり、食事であったり、運動であったり、暮らし方、生き方全般をみていくことが求められる。

本当に奥が深くて、ちょっとやそっとじゃマスターできない!

日本でアーユルヴェーダというと、医学・医療というより、エステ感覚と捉えられることが多いけれど、がっちり医学です!(ちなみにアーユルヴェーダの医師になるためにはアーユルヴェーダ医学を大学で学び、卒業し、試験をパスしなければならないそうです)

 

シロダーラ施術ベッド

 

 

アーユルヴェーダの本格的治療=パンチャカルマを受けるには3週間くらい入院する必要があります。いつかは受けてみたいけれど、現実的に3週間仕事を休むのは難しい。

 

今回のこの旅では、アーユルヴェーダの基本のキを座学で学び、その日ドクターが指定した施術を各自受ける、という構成。

座学もびっちり。

 

ヘッドマッサージやアビアンガ、ハーブ蒸し、シロダーラなどなど、その日になにを受けられるのか毎日楽しみだった。

期間中受けた施術の中で、一番衝撃的だったのは、ラクタモークシャナと呼ばれるヒルに血を吸わせる療法。ヒルは患部の滞った悪い血を吸い出すそう。私は複視を治療したいというのを伝えていたので、眼~額にかけてヒルを放たれました・・・。もちろん眼を瞑っているので見えないのですが、モゾモゾと動く感触が。血を吸われているときは痛みとかも特に感じることはありません。ただモゾモゾがずっと続くという感じ。

私がヒルに吸われている姿をみていた他の参加者によると、ヒルは血をすってパンパンに膨らんでいったそう。

主に左右の目尻を吸ったようで、最後には止血と殺菌作用があるといわれるターメリックを吸い口に塗り、コットンを当てられて治療は終了。

 

 

コットン当てられた

 

その顔のまま、帰りにスーパーに寄ったら、店員さんに驚かれたのも懐かしい思い出。

 

 

 

毎日通ったアーユルヴェーダの病院

 

このツアーに参加して、実際に眼が回復したかというと、そんなこともなく。

でも、健康的な生活を送る上でのヒントや知識をたくさん吸収することができた。日々の生活の中で取り入れられることは、いまでも積極的にとりいれている。

 

参加メンバーとは、毎日朝から夜まで、本当によく喋った!

夕飯はだいたい19時頃から始まるのだけれど、毎日23時過ぎまで、毎日ずーっっと話続けていた。みなと一緒にいるのは不思議なほど、心地よい時間だった。

ツアーが終わって、成田空港で解散する時に、みなが別々の場所へと帰っていくのが不思議なくらい。

 

このときのメンバーとは、いまでも仲良くしてもらっている。