luneaura -27ページ目

luneaura

身体・心・エネルギーを整え、本来の自分の色を見つけ、人生の体験の中でその色を育てながら生きることを大切にしています。



部屋がきれいに整っていること自体は、
何も悪くない。  
むしろ、心が疲れているときには、
かなりの救いになる。  

「部屋が整うと、心も整う」  
うん、それも分かる。そこは否定しない。  

でも最近、SNSや記事でよく見る、  
テーブル、机、椅子、テレビ。以上。  
みたいな部屋を見ると、私はつい思ってしまう。  

……ここ、精神科の保護室じゃないよね?笑  

いや、冗談じゃなくて。  
精神科の保護室って、
刺激を極限まで減らすための空間なんだよね。  
物を置かない。色を減らす。音を減らす。  
治療のための「隔離・遮断」の場所。  

それを  
「理想の暮らし」  
「波動が高い部屋」  
って言われると、ちょっと首をかしげたくなる。  

人って、物質の中で生きている生き物だと思う。  
触って、匂って、重さを感じて、  
記憶と結びつけて生きている。  

なのに  
「何も持たない=悟り」  
「物が少ない=整っている人」  
みたいな空気、どこから来たんだろう。  

人間の生活には、ある程度の「厚み」が必要だ。  

特に――  
子育てをすると、よく分かる。  

感情は増える。  
言葉も増える。  
物も増える。  
謎の制作物も、よく分からない紙も、
とにかく増える。  

衝突も、混乱も、全部増える。  

でもそれって、未熟だからじゃない。  
育ててるから。  

(ここ、心の声ね)  
子育てしてる人、子育てひと段落した人
経験値、爆上がりしてるから!!  
整わない現実に毎日向き合って、  
感情を使って、関係性を引き受けて、  
眠くても、しんどくても、逃げずにやってきた。  

子育てした人、みんな、ちゃんと頑張ったから!!  

部屋が整わなかった時期があった?  
当たり前です。  
それ、生きてた証拠だから。  

人を育てるということは、  
簡単に整わない現実と、日々つき合うこと。  

だから、  
表現者や、育てる人、
人を抱える人たちの部屋には、  
物が多いことがある。  

でもね。  
その物たち、死んでない。  

思い出があって、役割があって、  
誰かとの関係性をまとっている。  

大事なのは、量じゃない。  
物が「生きているかどうか」。  

ミニマルな暮らしが合う人もいる。  
刺激を減らした方が回復する人もいる。  
それは、とても大切な選択。  

でも、ミニマルを  
「理想」  
「正解」  
にした瞬間、ちょっとズレが生まれる。  

刺激ゼロ。  
揺れなし。  
無音・無色・無臭。  

落ち着く人もいるけど、  
それがずっと続くと――  
保護室モードでもある。  

成熟って、  
何も持たないことじゃない。  
揺れないことでもない。  

エネルギーが太くて、場を動かす人は、  
だいたい何かを抱えている。  
人も、物も、感情も。  

整っているかどうかは、  
部屋を見ても分からない。  

見るとしたら、ここ。  

その部屋、  
ちゃんと「生きてる感じ」、ある?