次女の成長 | にじいろパレット*スタッフNのブログ

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不登校経験のある子どもを持つ母のブログです。
恵那市で生きづらさを抱えたお子さんの居場所づくり活動や親の会を行っています。

10月1日(火)の朝、思いがけない出来事がありました。
 
いつも私は朝、次女と一緒に集団登校の集合場所まで歩いていました。
次女は今、小学3年生です。
なので、1年生の時からずっとです。昨年2年生の時には登校しぶりが強く、車で毎朝送っていました。3年生になり、集団登校でみんなと一緒に歩いて登校するようになりましたが、朝は集合場所まで付き添わないと登校できませんでした。
その次女が、運動会明けの登校初日、朝、いつものように一緒に家を出て歩いていると
「お母さん、○○(自分の名前)ちゃんねー、もう1人で行けるよ。」
と、突然言いました。
 
「えっ(@_@;)」
 
その日は途中で別れて見送りました。
 
次の日、2日(水)の朝、
「昨日の気まぐれだったかもしれない」
と思って、一緒に家を出て、歩き始めたら、
「お母さんストップ!ここでいいから。」と、1人で歩き始めました。
姿が見えなくなるまで見送る自分を、まるで新1年生を見送るようだと笑ってしまいました。
3日も4日も1人で出かけていきました。何度も振り返る姿に私も大きく手を振り返しました。
 
信じられないようで、でも、確実に成長しているという事実に大きな喜びを感じています。
 
長女と長男の不登校を小学校に入学する前から、間近で見てきた次女に対して
入学当初から、不登校になることを心配して関わってきました。
 
自分から交通当番を引き受けて、自然に一緒に登校できる機会を作ったり、
学校でのボランティア活動に参加して、次女のために学校へ行く機会を作ったり、
時にはずる休みにつきあったり…。
 
朝の出勤前の忙しい時間帯だけど、毎朝の集合場所までの付き添いは、本人が「もういい」と言うまでこちらからは何も言わずに付き合おうと決めてやってきました。
まだまだ先のことだと思っていたけれど、その日は突然訪れました。
 
お姉ちゃんやお兄ちゃんが学校まで車で送ってもらっていたのに、どうして自分は歩いて登校しなければ行けないのかと思っていただろうし、自分もそうして欲しいと思っていたでしょう。
 
お姉ちゃんやお兄ちゃんが登校できなくて、家で好きなことをしている様子を見ていて、自分もそうしたいと思ったでしょう。
 
お姉ちゃんやお兄ちゃんが楽しそうに通っていた適応指導教室や相談室を自分も利用したいと思ったでしょう。
 
そんな、次女の気持ちをどれだけ理解してそれに合った対応ができたかどうかはわかりません。
先生にお願いして、次女にも適応指導教室や相談室を体験させてもらったこともありました。でも、今は「自分は教室でクラスの友だちと一緒に過ごす」ということを選ぶことができたのかな。と勝手に思っています。
 
長男の不登校をきっかけに、長女も不登校になり、次女も登校しぶりがありました。
長男は学校、学級という社会の枠にはまりきれない部分があるのだと思います。
でも、長女は今、不登校を乗り越えて学校生活に適応しています。次女も、長男の相談室での楽しそうな学校生活を聞きながら、嫌なことがあっても学級で仲間と一緒に過ごすことができるようになりました。
 
うれしい出来事でした。