オーストラリア旅行記ブリスベン春⑧ | ともみと髭マンとガガ

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〜アラサー女子ついに「幸せ」と出会った オーストラリア クイーンズランドで過ごした一年間〜

36、初仕事

 2010年10月31日。

 この地で、初めて仕事をした日。

 ようやく面接を受けることの出来たその店は、中国人男性の経営する寿司レストランバー。

 日本で板前修業したという経営者は自ら包丁をふるい、その腕前は確かなものであった。

    
   
 面接の翌日、半日間の研修を終えると店主は片言の日本語でこういった。

 「アシタ朝11時からたのむよ」

 ここでは面接、研修を経てもオーナーの気に入らなければ容赦なく落とされるという。

 私は、合格したのだ。

 しかしこの小さな寿司レストランの従業員は男性二名、私をふくめた女性二名という小所帯であった。

 ホールを任されるウェイトレスは一人で足りるらしく、もうひとりの女性がディナータイム担当のため、私はランチタイムを担当するよういわれた。

 時給10ドルのキャッシュハンド、つまり給料手渡しで所得税などは引かれない。

 オーストラリア人の最低賃金は時給17ドル(2010年現在)らしいが、こういった外国人労働者を雇う店で、しかもキャッシュハンドにしては安くない時給である。

 しかし入れる時間がランチタイムのみなので大した稼ぎにはならないが、ようやく仕事を得られたという充足感に、しばらく心は満たされていた。




 初日はハロウィンの昼だった。

 開店前の掃除をすませテーブルセッティングを終えるとランチ用のサラダを小鉢に盛りつける。

   その後、味噌汁の具を碗に入れてゆく。

 それぞれ十食ずつ作り冷蔵庫へしまい、各テーブルの醤油さしに醤油を補充しておいた。

    すべりだしは順調であった。

 正午を過ぎた頃ようやく客が来店した。

 テーブルへ案内すると、まずこう尋ねなければならい。


 “ Would you like some green tea? ”


 オーストラリアのレストランで無料のお茶や水が出てくる事など、まず無い。

    が、ここでは緑茶がほしいという人には温かいお茶を、そうでない人には冷たい水を出すのが店主の演出する “日本食レストランらしさ” なのだと言う。

 問題はここからであった。

 客数が増えるにつれ、私の脳が現実に追い付いていけないのである。

 注文が定食だけなら良かったのだが、握り寿司などは何が何やら見分けがつかなかった。

 たった半日の研修でメニューすべてを把握できるはずもなく、日本人だから切り身を見ただけでどの魚か全て分かると思っているのか、板前店主は握りおえた寿司を無言で脇におくと、それに私が気がつくのをイライラと待っているのである。

 この魚は何ですかなどと尋ねようものなら、「ミれば ワカルだろ!さっさと運べ!」と店内で声を荒げ、オマエはバカか!と罵倒された。

 私は昔から温和そうなとか、気弱そうなとか、大人しそうだとか、何でも言うことを聞きそうだとか、この見た目でよく誤解を受けやすいのだが、実は気の長い方では無い。

   さらに馬鹿呼ばわりされて泣寝入りしたり無駄に反省したりするほどいじらしくも無いし、か弱くも無い。

    むしろ怒りの沸点は低めかもしれない。

    ただ、人よりも理性があるだけだ。

    はらわたがぐらりと煮え始めるがしかしここは客の前、出かけたことばをぐっと飲み込む。

 「分からないから聞いてるんですよ」

 そう笑顔でいう私に、店主は吐きすてるように魚の名前をおしえた。

 やがて狭い店内は客でうまり、お茶汲みやサラダの補充、味噌汁とご飯をよそうのもウェイトレスの役目である。

    接客はもちろん英語だから、頭も体もフル回転だ。


 ーあれ?青いネクタイのひとサーモンだっけ? 金髪のひとは・・・SAS巻きって何それ?何がサス?


    えーと、少々お待ちくださいって英語でなんて言うんだっけ? さっき “ Wait! ” て言ったらめちゃ怒ってたしなあの客…


 身体中の血が頭にのぼり、手足が冷たくなるのを感じた。


   (後で調べたら、“Wait!” なんて、“待て!” と命令してるようなもんだ)


 飲食店でのアルバイト経験はある。

 ここより広いホールで、誰がなにを注文したかなんて余裕で把握していたあの頃、私は17歳だった。

 これが、衰えというやつか。

 瓶ビールの栓を力なく抜きながら、もう私は腐り果てていた。

 ようやく客がひき、ランチタイムが終了するとディナータイムまで店はいったん閉められる。

 閉店後、向かい合わせで賄いを食べていた店主は私に向かってこう言った。


 「オマエは、自分のとった注文も覚えられないのか? バカか?」


 私は、努めて笑顔である。


 「覚えられないものは覚えられないんですよ、仕方がないでしょう」


 「もう 32(歳)ダロ! もっとアタマ使えヨ!」


 私は努めて、笑顔のままである。


 「もう32だから、頭が働かないんすよ」





    ーしばくぞこのハゲ!(怒)





 そんなやりとりは一週間つづき、私がここの仕事に慣れることは一度も無かった。


 「みっちゃんバカだけど、でも偉いな」


 ある日、店主はしみじみと私にそう言った。

 ともみの""をとり、みっちゃんと呼ばれていた。

 「は?何がですか?」

    そう聞き返すと、店主は深く感心したようにこう答えた。


 「だって、みっちゃんはナニ言われても、ずーっと笑ってるもんな」


  その翌日、私はここを辞めた。


  たまたま以前履歴書を送っていた会社から連絡があり、五日間の研修を受けられることになったからである。

 その店の時給は、16.5ドル。

 研修後みごと採用されれば一日六時間、週四日以上の勤務が約束されていた。

 比べるまでもなく、こちらの方にやり甲斐を感じた。

    電話にて「明日、辞めます」と伝えた後の沈黙に耐えきれず、「良いですか?」と私が聞くと、

  「よくないって言ったってヤメるんだろう!!!」と怒鳴った店主の泣きそうな声が忘れられない。





     後日、一週間分の報酬を受け取りにいった私はやはり笑顔だったが、店主の顔にもはや笑みはなかった。

     人をバカにすれば、同じ痛みが返ってくるという事だ。



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ゴールドコーストから遊びに来てくれたミキ

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つづく



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