6、秋のゴールドコースト
5月初めのゴールドコーストはすっかり秋らしくなったとはいうものの日中の日差しはまだきつく、Tシャツに薄手のパーカをはおる程度ですごせた。
私の通う小さなイングリッシュスクールは岬近くにあり、教室のある建物を出るといつも心地よい海風に誘われる。
オーストラリアはとても乾燥した気候のため、ここの海は日本のような磯臭さがないという説明を初日に受けたがそのとおりであった。
ビーチハウスでお酒を楽しむひとや木陰で本をよむひと、ライフガードのすてきなお尻を眺めるひと。
まちのひとたちの陽気な声があちこちから聞こえてくる。
ここは、白く長い砂浜で北へとつづくサーファーズパラダイスよりもサーファーに好まれる海らしい。
南にくだったクーランガッタや、ツイードヘッズの海はさらに美しく波もはげしいのだが、私はこのバーリービーチをいちばん気に入っていた。
語学学校で日本人のともだちが数人できた。
なかでも同いどしのユウとは話しが合い、お昼休みにはいつもビーチ沿いの公園で昼食をとっていた。
こういった公共の広場にはたいてい幾つかのバーベキュー台が設置されており、いつでも誰でも無料で使用できるようになっている。
この公共バーベキューにも暗黙のルールがあり、誰が見張っているわけでもないがほとんどのひとがこれを守っていた。
持参したものを手早く焼きおえると鉄板をさっと片付け次のひとたちに台をゆずるのだ。
焼いたものは皿にのせ、公園のひろい場所へ移動し家族や仲間と楽しむ。
公園には、 "ALCOHOL-FREE" という注意書きがあり、これはアルコール禁止を意味する。
砂浜ではもちろん飲食などしてはいけない。
ゆるそうな国の意外とゆるくない公共ルールには正直おどろかされる。
潮の流れなどをみて定めた安全に遊泳できる範囲を色旗で知らせていたり、危険な海の対策もきちんとなされている。
溺れたり、そういったひとを見つけたときの対処法なども、ここのひとたちは小さな頃から教わるのだという。
サーフボードを脇に抱えたまだ幼い兄弟が目の前を通りすぎていった。
さまざまなひとを眺めながら、持参したサンドイッチの包みをあける。
ホームステイ契約書類には、
―昼食は代金に含まれないため自費で用意すること。
とあったのだが、食材は好意でママが提供してくれた。
この生活もいよいよのこりあと僅かとなり、そろそろ新しい部屋を探す必要があるのだと私はユウに話した。
すると、いま住んでいるシェアハウスにひと部屋空きがあるから見にくれば、という。
その日の午後、学校帰りにさっそくその家を見にゆくことにした。
「わりと近いよ」
そういうと、彼女は自転車を押して私を先導してくれた。
ユウはワーキングホリデービザで、一年近く前に入国した。
あと半月でビザは切れてしまう。
彼女は以前ほかの都市に住んでいて、いまと同じように語学学校へかよっていたらしい。
そこで運命の彼と出会ったというのだ。
韓国人男性の優しさと愛情表現は日本人のそれとはまったく違うのだと語った。
しばらくすると、左てに大きな湖が見えてきた。
それは美しい湖だった。
向こう岸に建ちならぶ家々はさかさまになって湖面に映り、ゆらゆらと揺れる自家用ボートが裕福さを物語っている。
湖をながめる私たちの目の前にバス停があり、そこから道をはさんだ右てにシェアハウスはあった。
住人専用の白いゲートにユウは鍵を差し入れる。
小さな門をくぐると、家屋と垣根のすき間が細くつづいていた。
となりの家との境界線には背のたかい木製フェンスが建ててあり、それと競うように生い茂った南国植物の葉を手ではらう。
みごとに張られた蜘蛛の巣を避け、そこを抜けると庭に出た。
このあたり一帯の家とおなじように、庭のまん中には立派なプールがあった。
年季の入ったその家は二階建てで、うえの階にオーナーとその彼女が住んでいるのだとユウはおしえてくれた。
オーストラリアでは結婚しない熟年カップルも多いと聞く。
一階には四つの個室があった。
ほかに共同ユニットバスとリビング、そしてダイニングキッチンがあり、そこには冷蔵庫がひとつと人数分の食品保存ケースが並んでいた。
ユウは自分の部屋を見せてくれたあと、
「お茶でも飲んでいきなよ」
といって私をリビングのソファに座らせた。
帰りのバス時刻を気にしながらも「31歳独身女あるある」話に夢中になっているところへシェアハウスのオーナー、ジョンがやってきた。
"快活"という文字がその大きな身体からとび出してきそうな、中老の白人男性だった。
つづく
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