さっき更新したブログ「ぶどうの袋かけ」の写真です。


今から黒ビカリします!



延々と続く袋かけ







6月15日の日曜日は妻の実家のぶどう園の袋かけを手伝ってきました。

父母は会社を定年退職したことで専業農家となったので、農業にも余裕がでてきたようで、前からやっていた露地のぶどう園に加え、去年すぐ近くの農園の経営者が亡くなったことで、その園地も買いうけ規模が3倍くらいになっています。

今年はかなり気合を入れているようです。

ぶどう園のぶどうは簡易ハウス(トンネル風ビニールハウス)の方が実が早く育っているようです。

今年の春は暑かったり寒かったりしたので、花の咲く頃に気候が落ち着かず、露地では特に実がなりにくい環境だったのではないかと父母は言っていました。

また、露地のほうは面積は広いけれども、樹が2年目なのでまだ実が大きくなりません。なので、袋かけはパラパラっていう感じ。

まず、簡易ハウスのほうの袋かけを午前8時から午後7時まで、昼休みを除き10時間、父母と妻と僕の4人でやりました。

10時間で4,300袋、実に100袋/H/人、30秒で1袋くらいのペースで行いました。

次の日は肩がパンパンに筋肉痛を味わう結果となりました。

雨の中の作業でしたが、ハウスなのでほとんど支障はありませんでした。というより、かんかん照りの暑い晴れの日よりはぜんぜん良いなと思いました。

しかし、翌週の露地では前日の豪雨のせいで露が多く、手先が濡れてぶよぶよになり、気持ち悪かった。


ハウスは1日では作業が終わらなかったので、次の日(月曜日)も会社を休んで手伝うことになりました。

簡易ハウスで約8,650袋、翌週には露地のぶどうの袋かけを行うこととし、全部で1万袋くらいだったと思われます。


結局、簡易ハウスのほうは600袋くらいを義父がとって8千袋としたそうです。

これは、あまり実をならせすぎると、黒い色にならず、商品価値が下がるからだとのことです。

1日でぶどうの実はだいぶ大きくなっているような気がして、2日目はちょっと袋がきつかったような気がしました。

ぶどうの袋かけのタイミングは重要みたいです。

盆過ぎには収穫がまっています。

ぶどう園経営は奥が深く、やることがたくさんあるので、もっと父母から伝授してもらい、ぶどう園経営をマスターしたいと思います。

僕は葬儀の前の日に人事課から頼まれた社長の弔辞には、S君の仕事に対する誠実さを心を込めて書きました。

以下、弔辞資料として社長に渡した内容です。(少しだけ隠しています)

弔辞資料 (故 S )

【仕事】

 大学を卒業後、Iに採用、○○に配属され○○業務を1年間行っていました。

親切丁寧な対応で多くのお客様から好感を持たれていました。

 2年目からは△△に配属となり4年間債権回収業務を行っていました。法律を駆使した滞納整理に没頭し、絶対に諦めず、ひとつひとつ確実に仕事をこなし、大きな成果を上げていました。そして勉強と仕事を両立しながら毎日夜遅くまで一生懸命取り組んでいました。

 その後、□□の担当となってから7年間、・・・・・が安全で・・・・・と、・・・・ことを一番に考えて仕事をしていました。

 どの部署でも仕事で困っている仲間がいれば、自分がどれだけ忙しくても、仲間を見捨てず、声をかけ、しっかりとサポートをしていました。先輩・後輩から頼りにされていた理由だったと思います。

 プロジェクトのメンバーにも加わり、これから、もっと大きな仕事ができると前向きで自信と希望に満ちた頼もしい存在でした。

【性格】

 多くの友人がおり、誰とでもすぐに打ち解けられ、頼まれると断れないやさしい性格でした。

 明るく個性のある独特の雰囲気をもっており、その場に本人がいなくてもS君の話題でいつも盛り上がっていました。

【趣味と特技】

 ギターが得意で音楽とサーフィンが生活の一部になっていました。そして、いろんなことに興味をもってチャレンジする好奇心旺盛な人でした。

【家族】

 結婚して長女が生まれ、家族が一番大事だと言っていました。

 どんなときでも家族のことを考えていて、何かあると真っ先に家族のところに帰っていました。

奥さんと娘さんにとても優しく、誰よりも家族を大切にしていました。

弔辞資料にも書いたように、S君は家族の想いがとても強い人間で、特に奥さんには苦労をさせまいとしていたと思います。

僕は、今の会社の中で誰も経験したことのない新しい仕事をいくつも提案し実行するようにしていましたが、そこには必ずと言っていいほど、計画をつぶす輩(出る杭は打たれるという)や無関心な者、中間であるはずが絶対に無理だと最初から諦める非協力的な者が存在していました。僕には何度もモチベーションが下がる場面がありました。

ところが、このS君だけは僕の仕事に進んで声を掛けてきて、夜遅くまでデータの打ち込みなどの面倒な仕事も協力してくれました。

S君のおかげで、僕はいくつもの仕事をクリアできました。S君がいなければ、今頃まったくやる気のない人間になっていただろうと思います。

僕は今までずっと仕事でもプライベートでも、彼に相談することが多かった。今日までたった1ヶ月の間に何度もS君に相談しようとする自分がいました。が、もう亡くなっているんだと現実にもどり、振り返るとつくづくS君が僕にとってどれほど重要な人物だったかを思い知らされます。

これからの僕の人生にもうS君はいない。でもS君の存在は僕の心の中に一生消えずに残り、これからも、仲間とともにS君は僕らの中に生き続けるのだと信じています。

そして、これから先の長い人生でもいくつもの悲しみを覚悟しなければなりませんが、彼の分まで強く生きて行きたい。

そして、彼の残した家族を見守り、何かあるときには少しでも助けることができるよう自分を磨いておきたいと思います。