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赤ちゃん言葉

 朝目覚めると多少ふてぶてしさもあるが、愛くるしい寝顔で娘がこちらを見ている。僕に似たのか朝が弱い。多いときなら10時間ほどは寝ているだろうか?子供は普通、早起きなものだと考えていたが、どうやらウチの娘は異なるようだ。寝太郎である。もっと早く寝せればいいのかと考えたこともあるが、相方に言わせれば、「時間がない」である。たしかに共働きで晩飯の支度に洗濯を強いられ、ご飯を食べたあとに風呂に入る。既にこれだけで20時30分くらいだろうか。一息つく間もなく生後8ヶ月の娘がミルクをせがむ。あっという間に21時を過ぎてしまう。今の時代、これが普通だよっと軽くあしらう僕であるが、相方もそこは忙しいわけだし…と共鳴するのである。お互いに助かる。

 そんな脳天気かつ楽天的な夫婦である僕等だが、対照的に義妹夫婦はどうやら違うようだ。子供が産まれたと同時に旦那は単身赴任で東京へ。仕事が一段落したら弘前に戻ってくるらしいが、一番可愛い時期に一緒に住めないのもお互いに可愛そうだ。どうやら旦那のほうが教育にうるさいらしい。地元に残る妻(義妹)と赤ちゃんのために本を何冊も買っては、自分も初めての子供なのでかなり勉強しているようだ。「赤ちゃんは20時には寝せないとダメだ!」的なやりとりでよく喧嘩をしているらしい。義妹も仕事をしているので、寝かすまでに時間がかかったりするようだ。離れて暮らすと見えないから余計に気になるのだろう。

 よくよく考えれば僕も一人目のときは似た行動をとっていたかも知れない。娘の夜泣きが原因で相方と意見が噛み合わず喧嘩したり、互いに忙しいときは感情を抑えきれず苛々した。まぁ、初めての子育てに右も左も分からず悩んだもんだ。二人目になると経験がものを言うではないが余裕が生まれる。オムツ替えなんかも意外と体が覚えているもんだなっと感心してしまう。未知が既知になった感じだ。どちらかと言えば次女は手の掛からない子供だ。(今のところは)長女のときは確か1歳すぎてから地獄だったような記憶がある。そう、あのおぞましい記憶がだ。

 僕は8ヶ月の娘がいるので赤ちゃん言葉を許される身なのだが、他の人をウォッチングしているとおもしろい。何処かに外出したとき見知らぬ人が娘を見て話しかけるその言葉は大体、赤ちゃん言葉になっている。老若男女問わずに赤ちゃん言葉だ。若いカップルの彼氏のほうが「かわいいでちゅね~」と爽やかに話しかけてくるときもあったが、「お前、彼女の前でも赤ちゃん言葉、使ってるやろ」と想像して失笑する。きっとメールの内容にも赤ちゃん言葉で「今日はなにしてたででちゅか?」「よちよち、いいこでちゅねw」とかやっているに違いない。と頭の中がかゆくなる。

秋…温泉編

 秘湯好きな僕にとって混浴やシャワーのない温泉はごく当たり前の話しであるが、それでもやっぱり女性と同じ釜に浸かるのは気が引ける。そこはまだ恥ずかしさもある年頃なのだ。しかし誠に失礼な話しだが御年輩の方には何のエロスも感じない。先とは逆説的であるが、ある一線を越えると人は老若男女問わなくなり、裸であることに執着しなくなる。裸の付き合いとは本来、隠し事のないという意味だろうが、歳を取るとすべてオープンになってしまうのだろうか。謎である。

 高級旅館に贅沢な料理で何万円もだす。それもよかろう。でも僕が好むのは湯治場で昔ながらの古びた温泉宿。夜も朝も静寂の中に包まれる山の空間。客室は畳で豆電球と机が一つ…一冊のノートが置かれ泊まった客がその時の情念を綴ってある。旅情を歌った詩や短歌を達筆で綴る人もいれば、若かろうカップルのラブラブ記を書く人もいる。そのノートを読んだ後に自分も書き足す。そこにはテレビなどいらない。あまりの静けさに時が止まる。 

 理想の山里にランプが灯り贅沢な時間がそこから始まる。とろけるような白濁の湯に入ると風呂底には見えない丸いツルツルの石が重なり足下が覚束ない。夜空を見上げると満天の星空を楽しむことができる。肌はすべすべになり10歳は若返る。思いっきり露天を堪能したあとは、囲炉裏を宿泊客と取り囲み、山料理に舌を包む。ゼンマイの煮物、山ナメコ、沢庵は勿論いぶりがっこ。と前菜が続き、イワナの塩焼きを炭火でじっくり焼き、伝統の芋団子鍋は味噌で煮込む。ここまでくれば熱燗を戴くほかない。素朴な料理に安堵感を覚えるのか、時をおかず和やかな雰囲気になる。そこにいる人達は知り合いかのように打ち解けるのだ。

 と、何年も前の話だが温泉好きの僕が行った秋田の秘湯、「鶴の湯温泉」の話しでした。これでたしか8000円位だったと思うが激しく満足した覚えがある。もう一度行きたい温泉ナンバー1に君臨する鶴の湯は心の里でもある。

 
 鶴の湯温泉

秋…茸編

 寝るときは薄い毛布を一枚追加するほど、朝晩は涼しくなって肌寒くなった。先日までの猛暑が嘘のようだ。残暑が長引き、今年の秋は短いのかと勝手に想像するのだが、あっという間に雪が降り、暑かった夏の記憶も薄らいでゆく。この時期、夕刻のお岩木山は絵に描いたような美しさがある。妖艶な朱色の夕日を背に凛とした黒色の山が、まるでハリウッド映画のワンシーンのように映し出される。絶景で言葉にならない。そんな津軽も林檎の収穫時期が迫り農家は大忙し。どこの林檎園も甘い香りに包まれる。ハンモックに揺られながら一日中そこにいたい。四季折々の津軽であるが、季節の変わり目もまた楽しい。木々の葉は多種多色に変化し、秋を彩る。

 この時期になると本屋ではキノコ図鑑やガイドブックが平積みで置かれる。食欲の秋に欠かせない「茸(キノコ)」だが、子供の頃、よく家族で山へ行った。父は結婚するまで登山家であったが、やむなく家庭環境の変化と共に山に近づかなくなった。山は危険と隣り合わせな為、遺書を書いてから入山したという。幼少期の記憶なので曖昧だが、キノコや山菜を採るときは父に聞いてから採取した。僕も山は好きだ。海より山だ。でも本格的な父と比べて、なんちゃってアウトドアの僕は父のようにはいかない。娘とは言うものの僕に似たのか活発な子だ。来年なら岩木山に登れるかなと一人想いにふける。父が使用していた寝袋で寝るのが好きだった。加齢臭なのかタバコ臭いのか、はたまた洗ってないのでカビ臭いのか分からないが、どこか大人の臭いがした。僕はその臭いが好きだった。

 キノコ料理で一番好きなのはやっぱり味噌汁。天然ナメコの滑り感は味噌と良く合う。なら茸(津軽では「さもだし」と呼ぶ)の味噌汁も絶品だ。傘が大きく、極上のダシが取れる。大根おろしと合わせれば言うことなし。他にも天然舞茸の天ぷらを粗塩と天つゆの二種で戴くのが至福の時だ。シメジにエリンギ…etc キノコの王様、松茸は個人的に香りは良いが食べたときの感動はそうでもない。食感も、しなっとするところが嫌いだ。と滅多に食えない代物(上物)なので負け惜しみしておこう。(笑)

  「秋深き隣は何をするひとぞ」芭蕉

 さて、隣の晩ご飯はキノコ料理かな?


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