去る令和6年8月25日(日)に実施された〈第56回(令和6年度)社会保険労務士試験〉の合格発表が、令和6年10月2日(水)にありました。


毎年、社労士本試験の当日に行われる各予備校の解答速報において「解答割れ問題」が出てくるものですが、今年度(令和6年度)は、労働者災害補償保険法【問5】において解答割れがありました。

この公式正解を分析することにより、出題者である試験委員の出題意図が明確となり、今後の社労士試験の参考になると思いますので、ここで解説してみます。

さて、この問題ですが、仮に事前に漏洩されていたとしても、受験生は、Cが正解なのかEが正解なのか全く分からないと思います。

解答速報を出す各予備校によっても、「C正解説」と「E正解説」に分かれたようですから、その解釈を推論し、その後で公式正解と比較してみることにしましょう。

まず先に、「労働者災害補償保険法第16条の4」の条文規定を添付しておきましょう。


【C正解説とE正解説】
選択肢の「ア」と「イ」と「ウ」の3つについては、条文規定にある通りですから、少なくとも「三つ」は正解であることに間違いはありません。

争点は、選択肢の「エ」と「オ」が正しいと解釈できるか否かですが、条文規定と照らし合わせれば、「エ」と「オ」は両方とも正しいか又は誤りか、のいずれかです。

つまり、「C正解説」が「エ」と「オ」を両方とも「誤り」だと解釈するのに対して、「E正解説」は「エ」と「オ」を両方とも「正しい」と解釈していることになります。

【C正解説】
労働者災害補償保険法第16条の4第1項第5号は、当該遺族である「子、孫又は兄弟姉妹」については、確かに「18歳に達した日以後の最初の3月31日が終了したとき」に遺族補償年金の受給権が消滅すると明記している。

しかしながら同時に、括弧書きとして(労働者の死亡の時から引き続き第16条の2第1項第4号の厚生労働省令で定める障害の状態にあるときを除く。)とも明記している。

選択肢「イ」には、括弧書きとして(届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にある場合を含む。)とあり、また、選択肢「ウ」には、括弧書きとして(届出をしていないが、事実上養子縁組関係と同様の事情にある者を含む。)と明記している。

一方で、選択肢「エ」と「オ」については括弧書きが記述されていない。

これは、試験委員が、受験生に対し、括弧書きの規定まで読み込んでいるか否かを試すために出題したものと解される。

そもそも、選択肢「イ」と「ウ」にはわざわざ括弧書きを記述しているのに対して、選択肢「エ」と「オ」に括弧書きを記述していないのは不自然だと気づくべきである

したがって、「」が正解である。

【E正解説】
この問題は、単に「括弧書きの有無」を尋ねた問題ではなく、「括弧書きの法的性質・内容」まで受験生に尋ねた問題だと解する。

選択肢「イ」と「ウ」の括弧書きは(···を含む。)という単に遺族の範囲を追加する要件を表しているのに対し、選択肢「エ」と「オ」に入るべき括弧書きは(···を除く。)という例外規定を表記したものであって、両者の括弧書きの法的性質は異なる。

つまり、例外規定を記述していなくても、選択肢「エ」と「オ」は原則論としては正しいのであるから、「」が正解である。

注)参考として、某大手予備校の説明を見てみよう。
私が考えているほどには、それほど深く考えていないようです。この解説のままでは「労働者の死亡の時から引き続き厚生労働省令で定める障害の状態にあるとき」と明記されていないからこそ、問題文エ及びオは「誤り」と判断されるのではないかと思うのですが、はたして合格発表時に公表される公式の正解はどうなっているでしょう?

【公式の正解】
さて、令和6年10月2日(水)の合格発表において公表された公式の正解は・・・
  ↓
」でした!

結局は【C正解説】の考え方が公式の正解だったわけです。

予備校においては【E正解説】が多かったようですが、むしろ受験生のほうが正解率が高かったのではないでしょうか。

結果的に「E」を解答とした予備校は、深読みしすぎたということになります。

試験委員は、条文規定そのものを、括弧書きの有無を、受験生に尋ねていただけなのです。

つまり、選択肢「エ」や「オ」が正しいとしたら、おかしくなりますよね。

例えば、労働者が死亡した当時から引き続き障害等級第5級以上(原則)に該当する障害を有する遺族補償年金の受給権者は、たとえ18歳年度末に達しても、その遺族補償年金の受給権が消滅することはありませんので、「18歳に達した日以後の最初の3月31日が終了したときには消滅する」と記述してある選択肢「エ」及び「オ」は正しいとは言えません(誤りです)。

試験委員は、上記にある事例の知識の有無だけを尋ねているのですから、受験生にとってこの問題は、むしろ「サービス問題」だったと考えられます。

※この問題に関して「過去問を解いていたら、例外規定が記述されていない場合には、その例外規定をも考慮する必要がある場合が多かったので、選択肢「C」を選びました」という声をいただきました。

条文規定の在り方を問う問題は、健康保険法においても見られましたが、そちらの方がずっと難問でした。

ということで、今後の社労士試験で類似の問題が出題された場合の「正しい解き方」を解説します。

【正しい解き方】
まずは、括弧書きの「(····を含む。)」と「(····を除く。)」の違いをしっかり理解することです。


《条文のルール》

(····を含む。)」という括弧書きは、その括弧書きを削除したとしても「正しい」ままであるのに対して、「(····を除く。)」という括弧書きは、その括弧書きを削除してしまうと例外事例が出てきてしまうため「誤り」となる。


冒頭の社労士試験の問題の「イ」と「ウ」の設問文から括弧書きを削除してしまうと、次のようになります。


イ    遺族補償年金の受給権は、当該遺族が婚姻をしたときには消滅する。


ウ    遺族補償年金の受給権は、当該遺族が直系血族又は直系姻族以外の者の養子となったときには消滅する。


どうですか。何も間違っていませんね。当該遺族が婚姻をしたときは、遺族補償年金の受給権は必ず消滅し、例外事例はありません。


また、当該遺族が直系血族又は直系姻族以外の者の養子となったときは、遺族補償年金の受給権は必ず消滅し、例外事例はありません。


このように、「(····を含む。)」という括弧書きは、その括弧書きを削除しても、例外事例がなく「正しいまま」です。


一方で、「(····を除く。)」という括弧書きがあるべき「エ」と「オ」は、括弧書きが最初から削除されていますので、例外事例が生じてしまうので、「誤り」となります。


たかが括弧書き、されど括弧書きなのです!