【1】化学物質の自律的な管理
労働安全衛生法関連法規における「化学物質の自律的な管理」に関する大改正については、主に令和5年4月1日施行分と令和6年4月1日施行分に分けられますが、ここでは、令和6年度社労士試験に向けて、令和6年4月1日施行分の改正事項を概略します。
まず、化学物質については、その危険性・有害性の高いものから、
①製造等禁止物質(8物質、9項目)
②製造許可物質
③表示対象物(製造許可物質を含む)
④通知対象物(製造許可物質を含む)
⑤その他の化学物質(およそ7~8万物質)
となっています。
ここで、③容器・包装等への危険性・有害性を記載したラベル表示が義務づけられている「表示対象物(ラベル表示対象物)」と、④安全データシート(SDS:Safety Data Sheet)の交付が義務づけられている「通知対象物」とを合わせて「リスクアセスメント対象物」といいますが、②厚生労働大臣の許可を受けて製造される「製造許可物質」も「リスクアセスメント対象物」に含まれることに気をつけてください。
「リスクアセスメント対象物」は、令和5年4月1日時点で674物質ありましたが、この種類を段階的に増やしていき、令和8年4月1日以降は約2,900物質に拡大する予定です。つまり、⑤の「その他の化学物質」の一部を段階的に「リスクアセスメント対象物」に格上げするということですね。
それでは「化学物質管理者」について逐条(逐項?)解説をしていきますが、「ただし書」については、社労士試験として必要な事項のみを解説しますので、ご了承ください。
【2】化学物質管理者が管理する事項等(安衛則第12条の5)
⑴ 事業者は、法第57条の3第1項の危険性又は有害性等の調査(主として一般消費者の生活の用に供される製品に係るものを除く。以下「リスクアセスメント」という。)をしなければならない令第18条各号に掲げる物〔表示対象物〕及び法第57条の2第1項に規定する通知対象物(以下「リスクアセスメント対象物」という。)を製造し、又は取り扱う事業場ごとに、化学物質管理者を選任し、その者に当該事業場における次に掲げる化学物質の管理に係る技術的事項を管理させなければならない。ただし、法第57条第1項の規定による表示(表示する事項及び標章に関することに限る。)、同条第2項の規定による文書の交付及び法第57条の2第1項の規定による通知(通知する事項に関することに限る。)(以下この条において「表示等」という。)並びに第7号〔下記⑦〕に掲げる事項(表示等に係るものに限る。以下この条において「教育管理」という。)を、当該事業場以外の事業場(以下この項において「他の事業場」という。)において行つている場合においては、表示等及び教育管理に係る技術的事項については、他の事業場において選任した化学物質管理者に管理させなければならない。
①法第57条第1項の規定による表示、同条第2項の規定による文書及び法第57条の2第1項の規定による通知に関すること。
②リスクアセスメントの実施に関すること。
③第577条の2第1項及び第2項の措置その他法第57条の3第2項の措置の内容及びその実施に関すること。
④リスクアセスメント対象物を原因とする労働災害が発生した場合の対応に関すること。
⑤第34条の2の8第1項各号の規定によるリスクアセスメントの結果の記録の作成及び保存並びにその周知に関すること。
⑥第577条の2第11項の規定による記録の作成及び保存並びにその周知に関すること。
⑦第1号〔①〕から第4号〔④〕までの事項の管理を実施するに当たっての労働者に対する必要な教育に関すること。
≪解説≫
化学物質管理者は、事業の業種・規模を問わず、「リスクアセスメント対象物」を製造し、又は取り扱う事業場ごとに選任しなければなりません。
ただし、A事業場においてはリスクアセスメント対象物を製造し、又は取り扱っているだけであり、ラベル表示等や労働者への教育管理についてはB事業場で行っている場合は、A事業場において化学物質管理者を選任するのみならず、ラベル表示等や教育管理に係る技術的事項〔表示等及び教育管理に係る技術的事項〕については、B事業場で選任した化学物質管理者に行わせなければなりません。
⑵ 事業者は、リスクアセスメント対象物の譲渡又は提供を行う事業場(前項のリスクアセスメント対象物を製造し、又は取り扱う事業場を除く。)ごとに、化学物質管理者を選任し、その者に当該事業場における表示等及び教育管理に係る技術的事項を管理させなければならない。ただし、表示等及び教育管理を、当該事業場以外の事業場(以下この項において「他の事業場」という。)において行つている場合においては、表示等及び教育管理に係る技術的事項については、他の事業場において選任した化学物質管理者に管理させなければならない。
≪解説≫
リスクアセスメント対象物を製造してもいないし取り扱ってもいないが、リスクアセスメント対象物の譲渡又は提供を行っている事業場(化学物質販売会社等の事業場)においては、化学物質管理者を選任し、「表示等及び教育管理に係る技術的事項」を当該化学物質管理者に管理させなければなりません。
⑶ 前2項の規定による化学物質管理者の選任は、次に定めるところにより行わなければならない。
①化学物質管理者を選任すべき事由が発生した日から14日以内に選任すること。
②次に掲げる事業場の区分に応じ、それぞれに掲げる者のうちから選任すること。
(ⅰ) リスクアセスメント対象物を製造している事業場・・・厚生労働大臣が定める化学物質の管理に関する講習を修了した者又はこれと同等以上の能力を有すると認められる者
(ⅱ) (ⅰ)に掲げる事業場以外の事業場・・・(ⅰ)に定める者のほか、第1項各号の事項を担当するために必要な能力を有すると認められる者
≪解説≫
化学物質管理者を選任すべき事由が発生した日から14日以内に選任することは義務ですが、所轄労働基準監督署長への選任報告は必要ありません。
また、事業場により、化学物質管理者として選任すべき資格要件が異なっています。
①リスクアセスメント対象物を製造している事業場
⇒厚生労働大臣が定める講習を修了した者又はこれと同等以上の能力を有する者
②その他の事業場
⇒①の資格要件を満たす者のほか、化学物質を管理する技術的事項を担当するのに必要な能力を有すると認められる者。つまり、講習修了要件は必ずしも必要ないので、衛生管理者、安全管理者、安全衛生推進者、衛生推進者、作業環境測定士、作業主任者などが候補になるものと考えられます。
🤔はい、ここで質問です❗️
リスクアセスメント対象物を「製造」している事業場においては「厚生労働大臣が定める講習を修了した者又はこれと同等以上の能力を有する者」という資格要件があります。しかし、リスクアセスメント対象物を「取り扱う」事業場においては、必ずしも厚生労働大臣が定める講習を修了した者等という資格要件がないようです。これはどうしてなのですか?
《回答》
(1) 年末の大掃除などで、塩素系洗剤(漂白剤)と酸性製品(お酢やクエン酸等も含みます)とを同時に使用することは厳禁です。これらの容器等には「まぜるな危険」と大きく表示されていますよね。
例えば、トイレ掃除等において、カビ取り剤などの塩素系洗剤と別に酸性製品とを同時に使用すると、塩素ガス中毒となって死亡する事例が、家庭においても労働災害においても発生しています。
このように、専門知識を一切持たない一般家庭においてすら「化学物質を取り扱う」ことがあるのですから、ましてや職場において、厚生労働大臣が定める講習を修了した者等という資格要件まで要求するのは酷というものですね。
(2) 厚生労働省によると、リスクアセスメント対象物を「製造」している事業場は少ないのに対して、リスクアセスメント対象物を「取り扱う」事業場は非常に多く、多業種・多規模の事業場にわたることから、専門講習を実施することが困難であるため、選任要件を緩和せざるを得ないとのことです。
~以上、回答~
*なお、化学物質管理者を複数人選任し、職務を分担することもできますが、その場合には、職務に抜け落ちが発生しないよう、職務を分担する化学物質管理者や実務を担う者との間で十分な連携を図る必要があります。
⑷ 事業者は、化学物質管理者を選任したときは、当該化学物質管理者に対し、第1項各号に掲げる事項をなし得る権限を与えなければならない。
≪解説≫
化学物質管理者は、事業場内の労働者から選任する必要があるため、その職務を適切に遂行するために必要な権限が付与されなければなりません。
ただし、表示等に係る業務や教育管理を当該事業場以外の事業場(他の事業場)において行っている場合は、表示等及び教育管理に係る技術的事項は、他の事業場において選任した化学物質管理者に管理させなければなりません。
⑸ 事業者は、化学物質管理者を選任したときは、当該化学物質管理者の氏名を事業場の見やすい箇所に掲示すること等により関係労働者に周知させなければならない。
●以上が「化学物質管理者」に関する規定ですが、リスクアセスメントの結果、労働者に保護具(保護衣、保護手袋、呼吸用保護具、保護眼鏡等)を使用させる必要が生じることがあるでしょう。そのような場合には、「保護具着用管理責任者」を選任しなければなりません。「保護具着用管理責任者」についても社労士試験で出題される可能性がありますので、ここでは、令和6年4月1日施行の新設条文のみを掲載しておきますので、参照しておいてください。
【3】保護具着用管理責任者の選任等(安衛則第12条の6)
⑴ 化学物質管理者を選任した事業者は、リスクアセスメントの結果に基づく措置として、労働者に保護具を使用させるときは、保護具着用管理責任者を選任し、次に掲げる事項を管理させなければならない。
①保護具の適正な選択に関すること。
②労働者の保護具の適正な使用に関すること。
③保護具の保守管理に関すること。
⑵ 前項の規定による保護具着用管理責任者の選任は、次に定めるところにより行わなければならない。
①保護具着用管理責任者を選任すべき事由が発生した日から14日以内に選任すること。
②保護具に関する知識及び経験を有すると認められる者のうちから選任すること。
⑶ 事業者は、保護具着用管理責任者を選任したときは、当該保護具着用管理責任者に対し、第1項に掲げる業務をなし得る権限を与えなければならない。
⑷ 事業者は、保護具着用管理責任者を選任したときは、当該保護具着用管理責任者の氏名を事業場の見やすい箇所に掲示すること等により関係労働者に周知させなければならない。
【参考資料】社労士試験における労働安全衛生法においては、「安全衛生管理体制」が鉄板の学習事項と言われますが、新たな化学物質管理における安全衛生管理体制を図表化するとすれば、次のようになります。