TwitterのTLを見ていたところ、FP1級という方が「障害基礎年金と老齢厚生年金は併給できるのに、なぜ障害厚生年金と老齢基礎年金は併給できないのだろうか?」というツイートがありました。もちろん、障害基礎年金と老齢厚生年金が併給できるのは、受給権者が65歳以上であるときに限ることは前提のことでしょうが…。

 

【1】歴史的・沿革的に考察すると…

まず、年金制度の疑問を紐解く際に重要なのは「歴史的・沿革的な観点」から考察するということです。

 

年金制度は、他の法制度以上に、過去からの制度設計が積み重なって現在の制度が作り上げられていることを、まずは優先して考えなければなりません。

 

例えば、現在においても昭和61年4月1日前の旧法の仕組みによって年金給付を受給している人が実際にいるのですから、そういう意味においては、今現在でも旧法は生きているのです

 

そもそも昭和61年4月1日に施行された新法の仕組みにより「1人1年金」という鉄板の大原則が定められたのですから、「なぜ障害厚生年金と老齢基礎年金は併給できないのだろうか?」と問うのではなく、「受給権者が65歳以上の場合に限るけれども、なぜ障害基礎年金と老齢厚生年金は併給できるのだろうか?」と問わなければならないのです。

 

そう、疑問が逆転しているのです。

 

〔注意〕疑問の逆転は、英語の学習においても当てはまります。英語を習い始めると「なぜ不定冠詞の “a" は、後ろに母音が来ると “an” になるのだろう?」という疑問を抱くものですが、歴史的・沿革的には「なぜ不定冠詞の “an" は、後ろに子音が来ると “a" になるのだろう?」と疑問に思わなければなりません。「1つの」という意味の不定冠詞は “one” に由来し、その弱形が “an” なのですから、“an” こそが基本形なのであり、後ろに子音が来ると “n” が脱落して “a” になったのです。

 

【2】障害基礎年金と老齢厚生年金との併給規定

平成18年3月以前は、「1人1年金」の鉄板の大原則により、障害基礎年金の受給権者については、65歳に達しても、老齢厚生年金や遺族厚生年金との併給ができませんでした。

 

その結果、深刻な問題が生じていたため、平成16年改正により、65歳以上の受給権者に限り、「障害基礎年金と老齢厚生年金」又は「障害基礎年金と遺族厚生年金」は、それぞれ併給することができるようになりました(平成18年4月1日施行)。

 

さて、平成16年改正の契機となった深刻な問題とは、障害基礎年金の受給権者が、障害を負うまでに厚生年金被保険者として就労して納付していた厚生年金保険料が老齢厚生年金として反映されないことが多くなっているという状況でした。

 

障害基礎年金の受給権者になると国民年金第1号被保険者になることが多いのですが、そこで生じる大きな問題は「国民年金保険料の法定免除」です。

 

当時の法定免除の仕組みは、現在の法定免除の仕組みと異なり、国民年金保険料を納付することができませんでした。


*法定免除期間については、年金機能強化法により、平成26年4月1日以降、国民年金保険料を納付することが可能になっています。これは、追納が可能であるとしても、2年以上前の期間分の国民年金保険料については追納加算率が加算され、また前納割引が利用できないという問題があったからです。


さらに、当時(平成21年3月31日以前)の基礎年金給付費に対する国庫負担割合は「3分の1」でしたから(平成21年4月1日以降は「2分の1」)、「老齢基礎年金+老齢厚生年金」よりも「障害基礎年金」を単独で受給したほうが高額になることが多かったのです。

 

障害基礎年金の額は、2級の障害状態の場合で老齢基礎年金の満額相当、1級の障害状態の場合では、2級の障害基礎年金の額の1.25倍に相当する額ですし、障害基礎年金と老齢基礎年金とは同じ基礎年金同士であり代替給付とみなされるため、「障害基礎年金+老齢厚生年金」の併給を認めることとしました。

 

さらに、平成16年改正時においては、「障害者雇用促進法」により、障害を有していても就労できる環境整備に向けた取組みが進められており、障害者の就労による貢献を年金制度上も評価し、障害者の自立の促進を図るという趣旨・目的もありました。

 

〔注意〕ただし、この併給の仕組みだけで全てが解決するわけではありません。例えば、障害基礎年金は65歳でその受給権が消滅し失権することがありますから、そうすると、少額な「老齢基礎年金+老齢厚生年金」を受給するしかありません。

 

*「障害基礎年金と遺族厚生年金の併給」についても、遺族厚生年金が遺族の老後保障を兼ねており、また、遺族が障害基礎年金を選択した場合、死亡した配偶者の納付した保険料が年金給付に反映されなくなることは老齢厚生年金と同じことになりますから、併給を認めることとしました。

 

【3】障害厚生年金と老齢基礎年金が併給できない理由

さて、歴史的・沿革的な理由は理解できたとして、どうして平成16年改正時において、障害厚生年金と老齢基礎年金との併給が議論にならなかったのかは、やはり疑問として残ります。

 

ここで、その理由を考えてみようと思います。

 

まず、1級又は2級の障害状態である場合には、ほとんどのケースで障害厚生年金と障害基礎年金は併給され、さらに、子の加算額や配偶者加給年金額が加算されることもありますので、障害厚生年金と老齢基礎年金とを併給させる必要性はないと考えてよいでしょう(併給させてしまうと、過剰給付となってしまい、社会保険としては不公正となりかねません)。

 

問題は、3級の障害状態である場合の障害厚生年金ですが、年金額計算における「被保険者期間の300月みなし」もありますし、「最低保障額(2級の障害基礎年金の額×4分の3)」の規定もあります。

 

さらに、受給権取得当時から引き続き3級の障害厚生年金を受給している場合には、国民年金保険料の法定免除の対象にはなりません(1級又は2級の障害状態に引き続く3級の障害状態である期間は法定免除の対象になりますが)。


また、3級の障害状態とは、労働能力喪失率から考えると、就労することが不可能というわけではなく、障害者雇用促進法による取組みもあり、障害者が雇用される市場環境は徐々に改善されつつあります。


*社会保障法学者の堀勝洋教授の見解によると、障害厚生年金は短期給付の年金であるのに対して、老齢基礎年金は長期給付の年金であり、全く性質が異なることから併給できないのに対し、障害基礎年金と老齢厚生年金はともに短期給付の年金であることから併給することを可能にしたとのことです。ただし、この考え方の欠点として、短期給付の遺族厚生年金と長期給付の老齢基礎年金が併給できることを説明できないことが挙げられます。

 

▼最も有力で合理的な見解は、旧法との関係にあるというものです。


例えば、昭和61年4月1日前に旧厚生年金保険法による障害年金を受けていた者は、65歳から旧国民年金法による老齢年金(現在の老齢基礎年金)を受けるために、国民年金保険料を納付している者が少なくありませんでした。これは、旧厚生年金保険法による障害年金と旧国民年金法による老齢年金は、65歳に達すれば併給することができたからです。


ところが、昭和61年4月1日の新法施行日とともに「1人1年金」という大原則が定められてしまったため、新国民年金法に「特別一時金」という給付を創設し、旧法時代に納付していた国民年金保険料が掛け捨てにならないようにしました。分かりやすく言えば、旧法時代に納付していた国民年金保険料を還付するようなものとして「特別一時金」を創設したのです。


すなわち、障害厚生年金と老齢基礎年金を併給させてしまうと、旧法の時代と同じ併給の仕組みを復活させることになってしまい、わざわざ「特別一時金」という給付を創設した意味がなくなってしまいます。


以上の理由により、障害厚生年金と老齢基礎年金は併給できないと考えられます。


【補遺Ⅰ】

令和5年度の現在においては、法定免除期間であっても国民年金保険料を納付することができますし、障害基礎年金の受給権者である国民年金第1号被保険者は、iDeCo(個人型確定拠出年金)に加入することも可能であることを付記しておきます。


【補遺Ⅱ】

ここで、昭和61年4月1日前の旧法の時代における法定免除について整理しておきます。

(1)旧国民年金法による障害年金の受給権者

旧国民年金の保険料は法定免除となる。


(2)旧厚生年金保険法による障害年金の受給権者

・旧国民年金法は適用除外となる。

・適用除外なのだから法定免除にもならない。

・ただし、旧厚生年金保険法による障害年金と旧国民年金法による老齢年金は併給することができたので、旧国民年金に任意加入して保険料を納付することは可能である。

・昭和61年4月1日の新法施行日からは、旧厚生年金保険法による障害年金と新国民年金法による老齢基礎年金は選択受給とされた。

・旧厚生年金保険法による障害年金の障害の程度が減退しないと認められる場合は、旧法の時代に納付していた国民年金保険料が掛け捨てになってしまうので、それを還付してもらう趣旨で「特別一時金」が創設された。