令和」になって初めての労働紛争に関する最高裁判決、いえ、最高裁決定です。

労働施策総合推進法が改正され、大企業では令和2年6月1日から、中小企業では令和4年4月1日からパワハラ防止対策措置」が義務づけられます。

※ この改正労働施策総合推進法のことを、俗に「パワハラ防止法」と呼ぶことがあります。

したがって、改正労働施策総合推進法そのものは今年(令和2年)の社労士試験の出題対象にはなりませんが、今回紹介する「松原興産事件・最3小決令元.7.2)は、今年(令和2年)の社労士試験の出題対象になってしまう最高裁決定です。

〔注〕「判決」と「決定」の相違は社労士試験では出題されないと思いますが、簡単に述べると、口頭弁論を開いた上で行われる裁判所の裁判」のことを「判決」と言い、口頭弁論を開かずに行える裁判所の裁判」を「決定」と言います。最高裁判所が上告審として受理せず、2審である高等裁判所の判決をそのまま是認する場合に「決定」がなされることが多いのです。

【1】事案
パチンコ店で働く労働者Xは他の労働者15人とともにインカムを装着して(つまり、他の労働者15人も誰にどんな指示がなされているかが聞こえる状態で)接客をしていた。
ある頃から直属の上司であるA班長の指示が厳しくなり、注意の口調ばかりか、注意を受けた労働者が言い訳をすると、激昂して「帰るか」「しばくぞ」「殺すぞ」という発言をするようになった。
あるとき、新台の基盤についているスピーカー線が破損しているとして、A班長が労働者Xに「お前しかおらんのや。お前を辞めさすために俺はやっとるんや。店もお前を必要としてないんじゃ。お前には責任を取ってもらう。とりあえず始末書を書け」とXを事務所に連れ込み、始末書を書かせた。
このようなことが続き、Xはうつ病に罹患し、退職することとなった。
なお、当該うつ病に関しては、労災認定されている。
Xは、民法715条の規定による使用者責任を追及するため、当該パチンコ店を営むY社に対して損害賠償の支払いを求めて提訴した。

【2】判旨
一審地方裁判所も二審高等裁判所も、本件パワハラとうつ病の発症との間には相当因果関係が認められると判断した。

※ Y社は、労働者Xのうつ病は治癒していると主張していたが認められなかった。

一審地方裁判所は、労働者Xはうつ病に罹患しやすい性格(心因的要因)があったとしてY社の損害賠償額を25%減額した。これを「素因減額」といい、「過失相殺」の一種である。

しかしながら、二審高等裁判所は、電通事件最高裁判決(最2小判平12.3.24)を踏襲し、次のように判示した上、素因減額(過失相殺)を認めなかった
最高裁も、上告審として受理せず、この二審の高等裁判所の判決内容をそのまま認めている。

「企業等に雇用される労働者の性格等は多様のものであるところ、ある業務に従事する特定の労働者の性格が同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものでない限り、その性格等が当該労働者に生じた損害の発生又は拡大に寄与したとしても、そのような事態は使用者として予想すべきものということができ、しかも、使用者又はこれに代わって労働者に対し業務上の指揮監督を行う者は、各労働者がその従事すべき業務に適するかどうかを判断して、その配置先、遂行すべき業務の内容等を定めるのであり、その際に、各労働者の性格をも考慮することができるものである。
したがって、労働者の性格が、上記同様の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものでない場合には、裁判所は、上司からパワーハラスメントを受けて、うつ病に罹患したことを原因とする損害賠償請求において使用者の賠償すべき額を決定するに当たり、その性格及びこれに基づく業務遂行の態様等を、心因的要因として考慮することはできない(=素因減額は許されない)というべきである」

こうして、使用者の支払うべき損害賠償額を減額すること(素因減額・過失相殺)は許されないと判示した部分は、まさに電通事件最高裁判決を踏襲したものである(使用者に命じられた損害賠償額は約1,116万円)。

ぜひ、電通事件最高裁判決を読み返していただきたい。

【3】パワハラの定義
改正労働施策総合推進法第32条の2においては、パワーハラスメントの法律上の定義を「職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害されること」としている。

もちろん、「パワハラ」だとか「パワーハラスメント」などという文言は出てこない。

しかし、よくよく考えてみると、パワハラの内容は多種多様であり、どこまでが業務上の指導であり、どこからがパワハラになるのかを判断することは難しい。

そこで、厚生労働省は「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(パワハラ防止指針)」(令和2年1月15日厚生労働省告示第5号)を、すでに公表している。

しかし、このいわゆる「パワハラ防止指針」に書かれてあることは「例示」であるから、実務運用面では、かなり判断に迷う場面も出てくるのではないかと思われる。