2020年(令和2年)3月5日(木)、次のような記事が出ました。

 

『なぜ「家政婦」は労基法の対象外なのか?

国を相手に、前例のない裁判始まる』

https://news.nicovideo.jp/watch/nw6756868

 

これを機に、「家事使用人」について考えてみましょう。

 

【1】社会保険労務士試験では?

社労士試験においては、次の行政通達を知っていれば足ります。


①家事使用人であるか否かを決定するに当たっては、従事する作業の種類、性質の如何等を勘案して具体的に当該労働者の実態により決定すべきものであり、家事一般に従事している者がこれに該当する。


②法人に雇われ、その役職員の家庭において、その家族の指揮命令の下で家事一般に従事している者も家事使用人である(したがって、労働基準法は適用されない)。


③個人家庭における家事を事業として請け負う者に雇われて、その指揮命令の下に当該家事を行う者は家事使用人に該当しない(したがって、労働基準法が適用される)。

(昭63.3.14基発150号、平11.3.31基発168号)

 

①の実態によって判断するというのは労働法の大原則なので問題ありませんし、また、③は労働基準法が適用され、労働基準法による保護を受けることができるので、これも問題ありません。

 

最大の問題となるのは、②の行政解釈です。

 

【2】なぜ「家事使用人」は労働基準法の適用除外なのか?

家事使用人(家政婦)は、個人家庭において、その家族の指揮命令の下に家事一般に従事する労働者です。昔の言い方をすれば「女中」ですね。


*明治期から昭和初期まで、「女工」と「女中」は女性の2大職業と呼ばれていました。

 

労働基準法は、まず行政法規であり、そして民事法規であると同時に刑事法規でもあります。

刑事法規としての側面から見れば、“法は家庭に入らず”という「民事不介入の原則」があります。

 

家事使用人は、「事業」においてではなく、「個人家庭」においてその家族の指揮命令を受けて家事一般に従事する労働者です。

 

その個人家庭における「家族」の中には年少者や児童もいるでしょう。その「家族」が、家事使用人に対して、1日8時間を超えて家事に従事させたからと言って罰則を適用させるのは、確かに不適切です(住み込みで働く家政婦もいます)。

 

おそらく、そのようなこともあって、家事使用人を労働基準法の適用除外にしたのだと思われます。

 

【3】家事使用人(家政婦)の就労実態

家政婦紹介所」というと古い言い方になりますが、今現在でもあります(私の住む自治体でも3箇所あります)。

 

家政婦紹介所というと、裕福な独身貴族が家事をするのが面倒なため家政婦に家事をお願いするということが多かったのですが、最近では、育児や介護で忙しい人たちが、育児や介護に加え、炊事・洗濯・掃除などを家政婦にお願いしている例が多いようです。

 

でも、これって「家事代行サービス業者」に家事一般をしてもらうのと、実態はほとんど変わりませんよね。


上記行政通達の③によると、家事代行サービス業者に雇用され、当該家事代行サービス業者の指揮命令を受けて家事一般に従事する者は「家事使用人に当たらない」ことになりますが、実態は「家族」の指揮命令をも受けているわけです

 

もちろん、料金体系やサービス内容等は「家事代行サービス業者」が設定したものになるわけですが、これは家政婦を利用した場合でも同じことです。料金体系やサービス内容等については、「家政婦紹介所」が設定しています。

 

【4】「法人に雇われ」の意味

さて、もう一度、上記行政通達②を見てください。

法人に雇われ」とあります。

つまり、法人と雇用契約を締結しているわけですね。

 

ということは、法人が報酬を支払っていることになります。

雇用管理も法人が行っているはずです。

ただ、働く場所が「役職員の家庭」だということです。

 

これは、一種の「労働者派遣」又は「労働者供給」と解されますが、昭和60年に労働者派遣法が制定される以前は「派出」と呼ばれていたものです。


すなわち、家事代行サービス業者に雇用されている労働者と家政婦とで、労働基準法上の適用の有無を分ける理由はありません。


私見ではありますが、行政通達の解釈には無理があるように思われます。

 

★ちなみに、家事使用人であっても、労働基準法第6条の中間搾取の規定は適用されますし、通説では、同法第5条の強制労働の規定も家事使用人に適用されるものと解されています。労基法5条及び6条は「事業性」を必要としないからという理由です。

 

【5】労働基準法立法者の願い

実は労働基準法の立法過程において、家事使用人を適用除外とすることには強い反対論がありました。家事使用人(女中)こそ、封建的色彩の濃い使用関係にあるからです。

 

しかし、家事使用人に関しては、当時の先進諸外国にも先例が極めて少なかったため、将来の課題にすることとして、適用除外にしておいたものです。


★ただし、現在では、ILO第189号条約(家事労働者の適切な仕事に関する条約)が2011年の第100回総会で採択されており、家事労働者に対する労働法及び社会保険法上の保護を宣言しています(日本は未批准)。

 

昭和22年4月7日に労働基準法が公布されてから、今年(令和2年)で「73歳」になります。

もはや家事使用人を労働基準法の適用除外としておくことは、立法不作為の責めを免れません。司法判断として、冒頭の裁判の行方に注目したいと思います。

 

なお、Twitterにおいて、労働基準監督官の方から、家事使用人に関して、適用される労働法規と適用されない労働法規との区別が指摘されていますので、ここに掲載します。

 

《家事使用人(各家庭の直接雇用の家事労働者)の適用関係》

●適用されない労働法規

・労働基準法

・最低賃金法

・じん肺法

・炭鉱災害による一酸化炭素中毒症に関する特別措置法

・労働安全衛生法

・賃金の支払の確保等に関する法律

 

●適用される労働法規

・個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律

・公益通報者保護法

・労働契約法

 

【補遺】

社労士受験生のためには、平成30年4月1日に「第2種特別加入者(特定作業従事者)」として認められるようになった「家事支援従事者」に触れなければならないところです。

というのは、社労士試験における労災保険法では「特別加入」について細かなところまで出題されるからです。

ただ、申し訳ないですが、これまた説明が長くなってしまいますので、割愛させてください。