通常の法定時間外労働に対して支払われる割増賃金の解釈については、通常の労働時間の賃金に該当する100%部分を含む「125%説」と、割増部分の「25%説」とに分かれています。

 

【行政実務の立場】

まずは、行政実務の見解を確認しておきましょう。

(1)立法担当者の見解

労働基準法の立法担当者の一人、労働省労働基準局監督課長であった寺本廣作氏は、その著『労働基準法解説』の中で、次のように述べています。

「本条(労働基準法第37条)の解釈については、法律上は単に2割5分の賃金を支払えば足り、必ずしも12割5分を支払う必要はないと解する向きがある。しかしながら、・・・本法(労働基準法)が2割5分の支払いを定めているのは、割増賃金として規定しているのである。割増賃金という文字は10割の賃金支払いを含むものである。単に2割5分を支払うのみであれば、それは通常の賃金の7割5分の割引賃金に外ならない。」

 

※確かに、「割増賃金という語句を素直に日本語として読めば、「100%の賃金に25%分が割り増された賃金」と読めますよね(^^)/

 

(2)行政通達(昭和23年3月17日付け基発第461号)~割増賃金の意味~

〔問〕割増賃金は本給の支給については言及していないので、当該事業場の賃金規則に別段の定めのない限り、月給者又は日給者については時間外労働に対する本給の支給は必要なきものと思うが如何。

 

〔答〕労働基準法第37条が割増賃金の支払を定めているのは、当然に通常の労働時間に対する賃金を支払うべきことを前提とするものであるから、月給又は日給の場合であっても、時間外労働について、その労働時間に対する通常の賃金を支払わねばならないことはいうまでもない。

 

つまり、行政実務としては、どうやら「125%説」を採用しているように思われます。

それでは、具体例を見ていくことにしましょう。

 

〈具体例①〉
例えば、時給1000円の労働者が1日8時間を超えて9時間労働したとします。延長して労働した時間は1時間ですが、この場合の割増賃金とは「250円(25%説)」のみをいうのでしょうか、それとも「1,250円(125%説)」全体をいうのでしょうか?
 
※なぜ、このようなことが問題になるのかと言うと、労働基準法第114条の規定による「付加金」が問題となってくるからです。
 
1,250円」の全体が割増賃金の未払金であるとすれば(125%説)、付加金はこれと同一額の「1,250円以下」となり、合算すると「2,500円以下」となります。
一方、「250円」のみが割増賃金の未払金だとすれば(25%説)、付加金はこれと同一額の「250円以下」となり、合算すると「500円以下」となります
 
実務的に言えば、労働者は、数時間~数十時間にわたって時間外労働等をさせられるわけですから、この金額差は非常に大きなものとなり、労働者にとっては深刻な問題となりますね。
 
労基法114条の文言では「未払金のほか、これと同一額の付加金の支払を命ずることができる」とあり、実際には裁判所に裁量が認められているため、未払金より少ない付加金の支払命令をすることがありますし、また、情状酌量により、未払金の支払命令だけをして、付加金の支払命令をしないこともあります。そのため、ここでは、付加金について「以下」という文言を付けました。
 
※下級審裁判例における付加金の取扱いについては、概ね「125%説」を採用するものが多いようですが、「25%説」を採用するものも散見されます(最高裁判例では明確にされていません)。
 
【125%説が不合理な理由】
さて、「125%説」では不合理なことが生じます。それは「出来高払制その他の請負制によって定められた賃金」において生じる問題です。
 
〈具体例②〉
物の加工業において、1日に1個の製品を完成させたら1万円の賃金を支払うという雇用契約を締結した場合です。
 
出来高払制その他の請負制によって定められた賃金」においては、1日に1個の製品を完成させたという「結果(成果)」に対して賃金を支払うものです。
 
ですから「所定労働時間」という概念がありません。1個の製品をわずか3時間で完成させたのならば、そのまま帰宅してよいのです。
 
※もちろん、実務上、「始業及び終業の時刻」や「所定労働時間を超える労働の有無」は<就業規則の絶対的明示事項>とされていますから、一応「所定労働時間」に関する定めは設けているのが普通です。
 
ただし、所定労働時間の概念がなくても、法定労働時間という概念までなくなるわけではありませんから、1日10時間で1個の製品を完成させた場合においては、「25%分」の割増賃金である「250円×2時間=500円」のみを支払えばよいのです。通常の賃金である1万円は、1個の製品を完成させたことにより、すでに支払われていると解されるからです。
 
出来高払制その他の請負制における時間単価は、労基則19条1項6号の規定により、賃金を「総労働時間数」(所定労働時間数ではなく)で除して得ることとされていますから、「1万円÷10時間=1,000円」が当該割増賃金の時間単価となります。
 
☟下記、平成18年度社会保険労務士試験:労働基準法〔問5-E〕を参照のこと。
そうすると、この場合に未払金があったとすると、1時間当たり「250円」(2時間分で「500円」)となりますから、1時間当たりの付加金の額は「250円以下」(2時間分で「500円以下」)、1時間当たりの未払金と付加金とを合算した額は「500円以下」(2時間延長労働をしていますので「1,000円以下」)となります。
 
【25%説による脱法的な行為?】
さて、出来高払制その他の請負制によって定められた賃金を考慮すれば、「25%説」が妥当だということが分かりました。
 
しかし、「25%説」を採用すると、次のような問題が生じてしまいます。
 
〈具体例①〉の1,250円」全体が割増賃金の未払金だと解釈する「125%説」からすれば、通常の賃金分の「1,000円」についても、労基法37条の文言上、支払うことが義務付けられていることになります。
 
つまり、〈具体例①〉における1日8時間を超えた通常の労働の賃金については「1,000円」とすることが、労基法上強制されることになるということです。
 
②ところが、「25%説」を採用すると、〈具体例①〉における未払金「1,250円」のうち、割増賃金は「250円」の部分のみということになりますが、残りの「1,000円」はどうなるのでしょうか?
 
1日8時間を超えた通常の労働時間分の賃金を必ずしも「1,000円」とする義務はないという解釈になります
例えば、8時間労働までの通常の労働の賃金が「1,000円」であるとしても、8時間労働を超えた分の通常の労働の賃金額を「800円」とすることも可能です。
 
そうだとするならば、8時間を超えて労働させた1時間分については、割増賃金「200」と8時間を超えた通常の賃金「800円」を合算した「1,000」を支払えばよいことになってしまいます
 
あれれ?
だとしたら、労働時間が8時間を超えても、使用者はずっと時給「1,000円分」を支払えばよいことになり、労働者としては、8時間を超えていくら働いても時給「1,000円分」しかもらえないことになります。
 
③そのため、この「800円」は、明らかに軽易な業務に転換させるなど合理的な理由がない限り、労基法24条による賃金全額払違反として処理したり、あるいは、民法90条による公序良俗違反として無効になるものと解されています。
 
 しかし、通常の労働時間の賃金については、労働契約の定めによるという「国際自動車事件最高裁判決(最判平29.2.28)」が出ており、その差戻審でも〈労働者敗訴〉となっていますから、上記③の取扱いも、必ずしも公序良俗違反や労基法37条違反にはならないという可能性が出てきました。
 
つまり、時給1,000円の労働者を12時間働かせようが、16時間働かせようが、1時間当たりの賃金額をずっと1,000円にするということが直ちに労基法37条違反にならないと解釈される余地が出てきたのです。
 
【社労士試験対策上のまとめ】
以上述べたことは、社労士試験レベルとしては非常に難解なものですので、次の3つのポイントだけは確認しておきましょう。
①行政通達は「法第37条が割増賃金の支払いを定めているのは、当然に通常の労働時間に対する賃金を支払うべきことを前提とするものである」(昭23.3.17基発461号)とあることから、「125%説」を採っているものと解される。
ですから、下記③を除いて、社労士試験の講義においては「125%説」で話しています。
 
〈具体例①〉において、「125%説」(行政通達) では「1,250円」の全体が割増賃金になるのに対して、「25%説」では「250円」のみが割増賃金となる。
 
③ところが、〈具体例②〉のように「出来高払制その他の請負制によって定められた賃金」については、明らかに「25%説」 が妥当になる。〔平成18年度労基法択一式問5E参照〕
 
<追記>
去る2018年2月22日のブログ『裁量労働制における3種類の賃金形態』も参考にしてくださると、理解が深まると思います。