令和8年(2026年)8月1日から見直しが予定されている高額療養費制度については、反対の声が大きくなっています。

 

今回は、医療保険制度や年金保険制度などの大改革が行われ、「福祉元年」とも呼ばれた「昭和48年(1973年)」の意味について簡単に触れてみます(※)。

 

※ 昭和48年といえば、「第2次ベビーブーム(昭和46年~49年生まれ)」のピークの年であり、出生数「209万1,983人」を記録した年ですね。

 

【1】保険医総辞退騒動!

厚生省の「国民健康調査」により、人口100人当たりの「有病率」を見てみると、昭和30年には3.8人であったものが、昭和40年には6.4人、昭和45年には9.4人、昭和50年には11.0人にまで上昇しています。

 

すなわち、20年間で3倍近くも増加したわけで、高度経済成長期は長時間労働と公害などによって、健康破壊が最も進んだ時代であったとも言えます。

 

このことは生活保護制度にも現れており、生活保護受給開始の理由の中で、結核および精神疾患を中核とした傷病の占める割合は、高度経済成長期を通じて高くなる一方であり、なんと昭和45年には80.9%に達しています。

 

このような時代背景の中、昭和46年7月に起きたのが「保険医総辞退(保険医登録抹消)騒動」でした。

 

これは、当時の医療保険制度に反対する日本医師会が、医師の一斉休診と保険医総辞退の指示を出し、それに応じて42都道府県の6万余人の医師が保険医登録を抹消し、保険医を辞退するに至ったという事件です。

 

患者は、保険医の辞退がなかった国公立病院に殺到し、保険医の辞退があった民間の医療機関では、医療費の全額をいったん支払い、後日、受診の医療機関が発行した簡易請求書や領収書を持参して社会保険事務所(現・年金事務所)で「償還払い(療養費払い)」を受けるという煩わしい手続きが求められました。

 

これでは現金の持ち合わせがない病人の受診が拒否されることとなり、国民皆保険の理念に反します。開業医に対する世間の反発が強まるのも当然で(医師に対するバッシングが新聞記事に載っていたものです)、この騒動は1か月続いて収束します。この騒動が大きな契機となり、昭和48年の医療保険制度大改正につながっていくのです。

 

そして、その改正事項の1つが「高額療養費制度」だったのです(※)。

 

※ 高額療養費制度は、健康保険法においては昭和48年10月1日から、国民健康保険法においては昭和50年10月1日から施行されました。

 

【2】高額療養費制度における上限3万円の謎?

昭和48年2月17日、「健康保険法等の一部を改正する法律案」が国会に提出されますが、その改正事項の1つとして新たに導入されたのが高額療養費制度であり、被扶養者[注]が暦月に同一の医療機関で支払う負担上限額が「3万円」とされました(※)。

 

※ この負担上限額(高額療養費算定基準額)の「3万円」については、平成19年度社労士試験〔選択式問題〕に出題されています。

 

[注] 健康保険法に高額療養費制度が導入され施行された昭和48年10月当時、高額療養費制度は「被扶養者」にのみ適用されるものであって、「被保険者」には適用されませんでした。というのは、当時の被保険者は「10割給付」だったから、とはよく言われることですが、厳密には被保険者負担がゼロだったわけではありません。

初診時一部負担金制度」といって、通院外来の場合には、初診時に1回だけ「200円」を支払えばよく、2回目以降の通院外来時には窓口負担がなくなるというものでした(この「200円」の初診時一部負担金制度は「昭和48年12月1日」から新設・施行された労働者災害補償保険法における「通勤災害」において現在でも使われているところです)。また、入院の場合には、1か月を限度として1日当たり「60円」を支払うというものでした。

 

さて、この「3万円」という金額はどこから出てきたのでしょう?

いろいろ調べてみましたが、どうもよく分かりません。

 

どなたか、この謎の正体をご存じの方は、ぜひお知らせください。

 

一説には大卒初任給の半額だと聞いたことがありますので、念のため調べてみると、確かに当たってはいます。当たってはいますが、でも、偶然かもしれませんので、この3万円問題は諦めることとして、さっそく高額療養費制度に苦悶する厚生労働省の話に移りましょう。

 

【3】高額療養費制度に苦悶する厚生労働省

🔷高額療養費の自己負担限度額(高額療養費算定基準額)

 

 

 

 

※ 第58回(令和8年度)社会保険労務士試験(令和8年8月23日実施予定)では、令和8年3月時点における現行の上表が出題対象になります。

それでは、厚生労働省が高額療養費制度に苦悶している理由を考えてみましょう。

 

■「区分ウ」に該当する協会管掌健康保険の一般被保険者であって、総医療費が100万円と仮定して計算してみましょう。

①一部負担金の額

100万円×30%

=300,000円

※ 療養の給付等の保険給付分としては「70万円」

②高額療養費算定基準額

80,100円+(100万円-267,000円)×1%

=80,100円+7,330円

=87,430円

③高額療養費の額

300,000円-87,430円

=212,570円

※ マイナ保険証によるオンライン資格確認を利用していれば、高額療養費分は現物給付化されますので、1か月当たりの自己負担分としては「87,430円」を支払うのみで済みます。

 

⑴ 診療報酬のプラス改定

令和8年6月から診療報酬のプラス改定により、総医療費の100万円の額そのものが引き上げられます。医療従事者等の賃金引上げ、診療に必要な用具・設備等の充実を考えてみれば、これに反対する人はおそらくいないでしょう。

 

⑵ 保険給付分に係る国庫補助

協会管掌健康保険においては、1000分の130から1000分の200までの範囲内において政令で定める割合を乗じて得た額を国庫が補助することとされていますが、現在、この割合については、健康保険法附則第5条の規定により、当分の間、「1000分の164」(16.4%)とされています。

 

すなわち、実際にはもっと複雑なのですが、簡略化して言えば、残りの83.6%の保険給付分については、被保険者と事業主が納付する保険料で賄われているというわけです。

 

ここで、この国庫補助率(16.4%)を引き上げることができないかが問題となりますね。

公的年金制度では、原則として、給付費の2分の1(平成21年3月以前の被保険者期間分については3分の1)をも国庫負担しているのですから…。

 

でも、国庫は、協会管掌、組合管掌の別を問わず、健康保険事業の事務の執行に要する費用を負担していますし、さらに、国民健康保険法による高額療養費に係る保険給付分について、その32%分を「療養給付費等負担金」として、9%分を「調整交付金」として負担していますので、合わせて「41%分」を負担しているわけです。

 

再びさらに、国庫は、国民健康保険組合が行う国民健康保険の給付費に対して「療養給付費補助金」を補助していることからも分かるように、高額療養費以外の保険給付に対しても国庫補助等をしています。

 

そもそも、国会等では、消費税減税等が議論されているではないですか。

 

協会管掌健康保険における被保険者及び事業主が納付する保険料の「一般保険料率(都道府県単位保険料率)」については、令和8年4月から「子ども・子育て支援金」が上乗せされて徴収されることは前々から分かっていたことですから、令和8年度における全国平均保険料率を10%から9.9%に引き下げるとともに、都道府県単位保険料率も引き下げることとし、本来であれば都道府県単位保険料率が引き上げられるはずだった7つの支部(青森、秋田、山形、栃木、神奈川、島根及び沖縄)については、健康保険法施行規則(厚生労働省令)を改正してでも、据え置くこととしました。

 

あと考えられることといえば、「健康保険組合」のように、事業主の保険料負担割合を増加させることができるように、健康保険法の改正をすることでしょうか?

※ 健康保険財政が安定した健康保険組合は、健康保険法第53条の規定による「付加給付」を行うことができますので、現在においても、1か月当たりの自己負担限度額を「3万円」としているところがあります(私が覚えている限りでは、平成10年代頃までは、1か月当たりの自己負担限度額が「1万円」という組合もありました)。

 

また、高額療養費の支給対象となる者は、確定申告における「医療費控除」の適用対象にもなるのが普通ですから、医療費控除の在り方についても考えるべきでしょうか?

 

今般の高額療養費算定基準額の一部引上げについては、薬剤費の高騰が大きな要因ですので、薬剤費の在り方についても考えなければなりません。

 

う~ん、まだまだ考えなければならないことは、たくさん、たくさんありそうです。

 

昭和48年に高額療養費制度が導入されてから半世紀以上、健康保険法等の改正のたびに、特に高額療養費制度については議論の的となってきました。

 

福祉元年(昭和48年)の遺産に、厚生労働省は苦悶するばかりです(そんなことではいけないという批判の声も聞こえてきそうですが・・・)。