さて今回は、国民年金第1号被保険者であった小谷翔平さんの仮の事例から、年金制度改正の解説をすることにします。

 

【事案】

国民年金第1号被保険者であった小谷翔平さんは、40歳の時に障害基礎年金の受給権を取得し、しばらくは障害基礎年金を受給していましたが、その後、障害状態が軽減し、3級の障害状態にも該当することなく3年以上を経過してから65歳を迎えました。

そのため、65歳に達した日に当該障害基礎年金の受給権が消滅(失権)するととに、新たに老齢基礎年金の受給権が発生しました。

小谷翔平さんは、しばらくは老齢基礎年金の裁定請求をしないでいましたが、72歳に達したときに当該老齢基礎年金の裁定請求をし、かつ、当該裁定請求の際に当該老齢基礎年金の支給繰下げの申出を選択しませんでした。

このような事例において、老齢基礎年金の裁定請求をした日の5年前の日に支給繰下げの申出があったものとみなし、5年前に遡って増額された老齢基礎年金を受給することができるのでしょうか?

すなわち、小谷翔平さんの事例において「特例的な繰下げみなし増額制度(5年前繰下げ申出みなし制度)」の適用があるでしょうか?

 

※ 「特例的な繰下げみなし増額制度」は「特例増額制度」ともいい、その表現が定まっていないのがなんとも厄介ですね。

 

【解説】

⑴ 令和7年6月19日以前の改正前の旧規定(国民年金法第28条第5項第2号)

改正前の旧規定においては、「当該請求をした日の5年前の日以前に他の年金たる給付の受給権者であったとき」は、「特例的な繰下げみなし増額制度(5年前繰下げ申出みなし制度)」の適用がないものとされており、増額されない老齢基礎年金が、時効によって消滅されない5年前までに遡って支給されるのみでした(もちろん、72歳以後も増額されない老齢基礎年金が支給され続けます)。

 

条文では「5年前の日以前」とありますから、65歳前の過去の期間も含まれます。

小谷翔平さんは、65歳前に障害基礎年金の受給権者であったことがありますので、改正前の規定が適用されていれば「特例的な繰下げみなし増額制度(5年前繰下げ申出みなし制度)」の適用がないものとされていたことになります。


でも、これでは小谷翔平さんのような事例の人にとっては酷ですよね😰

というわけで、次のように改正されました。


⑵ 令和7年6月20日施行日以降の改正後の新たな規定(国民年金法第28条第5項第2号)

改正後の新たな規定においては、「65歳に達した日から当該請求をした日の5年前の日までの間において他の年金たる給付の受給権者となったとき」は「特例的な繰下げみなし増額制度(5年前繰下げ申出みなし制度)」の適用がないものとされました。

 

法改正によって、他の年金たる受給権者であったか否かの判断は、「65歳に達した日から当該(裁定)請求をした日の5年前の日までの間」に限定されることとなったため、65歳より前の期間については他の年金たる給付の受給権者であっても、「特例的な繰下げみなし増額制度(5年前繰下げ申出みなし制度)」の適用については判断されません。

 

小谷翔平さんの事例では、65歳に達した日に障害基礎年金の受給権が消滅(失権)しているため、65歳に達した日から当該裁定請求をした日の5年前(67歳)の日までの間に遺族基礎年金の受給権者とならなければ(※)、「特例的な繰下げみなし増額制度(5年前繰下げ申出みなし制度)」の適用を受けることができます。


※ 65歳前に遺族基礎年金の受給権者となったことがある場合でも、65歳に達する前にその遺族基礎年金の受給権が消滅(失権)していれば、「特例的な繰下げみなし増額制度」の適用対象になるということですね。


すると、小谷翔平さんは、老齢基礎年金の裁定請求をした日の5年前(67歳)の日に支給繰下げの申出をしたとみなされますので、時効で消滅しない5年前まで遡って増額された老齢基礎年金を受給することができます(裁定請求をした72歳以後も増額された老齢基礎年金を受給し続けることができるのは当然です)。

[注] 同様の法改正は、厚生年金保険法第44条の3第5項第2号においても令和7年6月20日から施行されています。

ただし、厚生年金保険法においては、国民年金法における「65歳に達した日から」という語句が、「当該老齢厚生年金の受給権を取得した日から」となるのが特徴ですね。

受給資格期間が10年と短くなっている現在においては「65歳に達した日から」と表記してもよいはずなのですが、企業等を退職して厚生年金保険の被保険者資格を喪失しなければ老齢年金の受給権を取得することができなかった古い時代の名残りですから、こういう書きぶりには慣れていただくしかありません。

 

※ 老齢年金給付の支給繰下げ制度については、令和10年(2028年)4月1日から、さらなる法改正が施行される予定となっているのですが、現時点(令和7年12月時点)において解説を加えてしまうと、第58回(令和8年度)と第59回(令和9年度)の社会保険労務士試験の受験生の頭を混乱させてしまうおそれが多分にありますので、それまでお待ちください……

といっても、それまで私が生きているのかどうかは全く分かりませんけどね😅