2026年8月28日(金)
前回、2026年6月17日の裁判について書きました。
妹が入所措置となった、ちょうど2年後の同じ日。
私たちは、あの日の行政判断について、
法廷で問い続けていました。
その中で、私が今もどうしても理解できないことがあります。
市側は、家族に改善を求めたにもかかわらず、
「改善する様子が見られなかった」
という趣旨の主張をしています。
でも、私たちの認識は違います。
私たちが、
2024年になって妹に多数の痣が確認されていたことを知らされたのは、
入所措置の後でした。
具体的な痣の数を説明されたのは、
2024年7月19日。
身体のどこに痣があったのか、
人体図で初めて確認したのは、
2024年9月30日でした。
私は今でも思います。
知らされていないことを、どう改善すればよかったのでしょうか。
どこに、
どんな痣が、
どのくらいできているのか。
何が問題なのか。
何を変えてほしいのか。
その具体的な説明を受けていない家族に、
後から、
「改善が見られなかった」
と言うことが、
本当に適切なのでしょうか。
今回の準備書面でも、
措置前に具体的な指摘や指導がなかったにもかかわらず、
「改善の様子が見られない」と評価するのは不当だと主張しています。
そして、もう一つ。
私たちが強く求めているのは、
痣の原因をきちんと調べてほしかった
ということです。
痣には、いろいろな原因があります。
家庭でできた可能性もある。
通所先でできた可能性もある。
本人の特性や病気、
転倒などが関係した可能性もある。
だからこそ、
原因を一つずつ調べる必要があったのではないでしょうか。
今回の準備書面では、
痣と家族の養護との因果関係を慎重に確認する必要があり、
通所先が原因となっている可能性も含めて調査すべきだったと主張しています。
さらに、原因が分からないのであれば、
既往症を確認する。
医師の見解を聞く。
医学的な可能性を検討する。
そうした確認も必要だったのではないか、
というのが私たちの主張です。
2年前の6月17日。
私たちは突然、
妹との日常を失いました。
そして、2年後の6月17日。
私たちは法廷で、あの日の判断に至るまでに、
本当に十分な調査が行われていたのか。
家族の話は十分に聞かれていたのか。
妹に起きていた変化は多角的に検討されたのか。
そのことを問い続けています。
私たちは、「家族だから正しい」
と言いたいわけではありません。
家族だって間違えることがあります。
だからこそ、調べてほしかった。
家庭だけを見るのではなく、
通所先も。
本人の障害特性も。
生活の変化も。
医学的な可能性も。
それまでの家族の支援状況も。
全部を見てほしかった。
そのうえで、妹に何が起きていたのかを考えてほしかった。
ただ、それだけです。
2024年6月17日。
そして、
2026年6月17日。
同じ日付が、
私たち家族にとって、
まったく違う意味を持つ日になりました。
2年前は、
突然、妹との生活を失った日。
2年後は、
私たちが資料と証拠をもって、
あの日の判断を問い直すために法廷に立った日。
裁判はまだ続いています。
だから、今の段階で結果について書くことはできません。
それでも私は、この2年間ずっと抱えてきた疑問を、
一つずつ、裁判という場所で確認していきたいと思っています。
そしていつか、妹自身にとって、
「あの時、本当は何が起きていたのか」
が、きちんと多角的に検討されることを願っています。
あの日の判断は、
本当に妹を守るために必要なものだったのか。
私たちは今も、その答えを探し続けています。