備忘録~とあるきょうだい児の記録~

備忘録~とあるきょうだい児の記録~

重度の知的障害がある妹が“ネグレクトの疑い”で措置入所させられました。

2024年6月から、起きた事を記録しています。
2年が経過しても、家族は誰一人妹と面会できていません.
1/15~不定期更新。

2026年8月28日(金)

 

前回、2026年6月17日の裁判について書きました。

妹が入所措置となった、ちょうど2年後の同じ日。

 

私たちは、あの日の行政判断について、

法廷で問い続けていました。

その中で、私が今もどうしても理解できないことがあります。

市側は、家族に改善を求めたにもかかわらず、

「改善する様子が見られなかった」

という趣旨の主張をしています。

でも、私たちの認識は違います。

 

私たちが、

2024年になって妹に多数の痣が確認されていたことを知らされたのは、

入所措置の後でした。

 

具体的な痣の数を説明されたのは、

2024年7月19日。

身体のどこに痣があったのか、

人体図で初めて確認したのは、

2024年9月30日でした。

 

私は今でも思います。

知らされていないことを、どう改善すればよかったのでしょうか。

 

どこに、

どんな痣が、

どのくらいできているのか。

何が問題なのか。

何を変えてほしいのか。

 

その具体的な説明を受けていない家族に、

後から、

「改善が見られなかった」

と言うことが、

本当に適切なのでしょうか。

 

今回の準備書面でも、

措置前に具体的な指摘や指導がなかったにもかかわらず、

「改善の様子が見られない」と評価するのは不当だと主張しています。

 

そして、もう一つ。

私たちが強く求めているのは、

痣の原因をきちんと調べてほしかった

ということです。

 

痣には、いろいろな原因があります。

家庭でできた可能性もある。

通所先でできた可能性もある。

本人の特性や病気、

転倒などが関係した可能性もある。

 

だからこそ、

原因を一つずつ調べる必要があったのではないでしょうか。

 

今回の準備書面では、

痣と家族の養護との因果関係を慎重に確認する必要があり、

通所先が原因となっている可能性も含めて調査すべきだったと主張しています。

 

さらに、原因が分からないのであれば、

既往症を確認する。

医師の見解を聞く。

医学的な可能性を検討する。

そうした確認も必要だったのではないか、

というのが私たちの主張です。

 

2年前の6月17日。

私たちは突然、

妹との日常を失いました。

 

そして、2年後の6月17日。

 

私たちは法廷で、あの日の判断に至るまでに、

本当に十分な調査が行われていたのか。

家族の話は十分に聞かれていたのか。

妹に起きていた変化は多角的に検討されたのか。

そのことを問い続けています。

 

私たちは、「家族だから正しい」

と言いたいわけではありません。

家族だって間違えることがあります。

だからこそ、調べてほしかった。

 

家庭だけを見るのではなく、

通所先も。

本人の障害特性も。

生活の変化も。

医学的な可能性も。

それまでの家族の支援状況も。

 

全部を見てほしかった。

 

そのうえで、妹に何が起きていたのかを考えてほしかった。

ただ、それだけです。

 

2024年6月17日。

そして、

2026年6月17日。

同じ日付が、

私たち家族にとって、

まったく違う意味を持つ日になりました。

 

2年前は、

突然、妹との生活を失った日。

2年後は、

私たちが資料と証拠をもって、

あの日の判断を問い直すために法廷に立った日。

 

裁判はまだ続いています。

だから、今の段階で結果について書くことはできません。

それでも私は、この2年間ずっと抱えてきた疑問を、

一つずつ、裁判という場所で確認していきたいと思っています。

 

そしていつか、妹自身にとって、

「あの時、本当は何が起きていたのか」

が、きちんと多角的に検討されることを願っています。

あの日の判断は、

 

本当に妹を守るために必要なものだったのか。

 

私たちは今も、その答えを探し続けています。

2026年8月26日(水)

 

2026年6月17日

私たち家族にとって、

決して忘れることのできない日から、ちょうど2年が経った日でした。

 

2年前の2024年6月17日。

妹は措置入所となり、それまで当たり前だった

家族との生活から離れることになりました。

 

そして、そのちょうど2年後。

2026年6月17日。

 

私たちは法廷にいました。偶然の日程です。

それでも私は、この日付に何かを感じずにはいられませんでした。

 

2年前のあの日から、私たち家族はずっと、

「なぜ、こうなったのか」

を問い続けてきたからです。

今回、6月17日の期日に向けて、

私たち原告側は、25ページにわたる準備書面を裁判所へ提出しました。

 

そこに書いたのは、この2年間、

私たちが何度も問い続けてきたことでした。

 

まず、私たちは妹を放置していたわけではない。

そのことを改めて主張しました。

妹には、日常生活のさまざまな場面で支援が必要でした。

 

てんかん発作への対応。

夜間の見守り。

着替え。

入浴。

通院。

送迎。

日々の生活。

 

そのため家族の中で役割を調整しながら、

妹が自宅にいる時には、最低1人が見守れる体制をとっていました。

母が出張でいない時には、父や私が代わって妹と一緒に寝る。

 

急な出張があれば、私が仕事を調整して、

送迎や見守り、通院などを担う。

 

離れている時にも、電話やメッセージで、

体調や服薬、送迎などについて家族で情報を共有する。

 

そうやって、家族みんなで妹の生活を支えてきました。

もちろん、私たちの介護が完璧だったと言うつもりはありません。

家族だから、すべての怪我を防げるわけでもありません。

 

実際、妹には周囲への注意が向きにくかったり、

目を閉じて歩いてしまったりすることもあり、

家具などに身体をぶつけることもありました。

 

だからこそ、

声をかけたり、

階段に滑り止めをつけたり、

私たちなりにできることをしていました。

 

それなのに、

なぜ、

「養護を怠った」

という結論になったのか。

私たちはそこを裁判で問い続けています。

 

そして今回の準備書面で、特に大きな争点として主張したことがあります。

 

妹の痣の原因です。

市側の資料によれば、

2018年から2023年までに確認された痣は、

6年間で合計6個。

 

ところが、2024年1月から5月までのわずか5か月間で、

10個に急増していたとされています。

では、2024年に、一体何があったのでしょうか。

私たちは、そこを見てほしいと主張しています。

 

2023年12月頃、

妹が長年利用していた通所先の送迎車で、

座る場所が変更されました。

 

妹は環境の変化が得意ではありません。

 

長年続いてきた生活習慣や日常の流れが変わると、

強い不安を示す特性があります。

 

それまで妹は、送迎車では後部座席の決まった位置に乗っていました。

それが助手席へ変更されました。

 

単なる「座席変更」と思われるかもしれません。

 

でも妹にとっては、

視界も、

乗り降りの方法も、

人との距離も、

車の中での過ごし方も変わります。

 

そして2024年1月以降、

妹の精神状態は、

家族がそれまで経験したことがないほど不安定になりました。

 

通所先からも、

不穏状態や抜毛について連絡がありました。

 

私たちは、嫌がる妹を職員が引っ張るようにして、

送迎車から降ろしている場面も目撃しました。

 

そして、

その対応について改善を求めました。

母は2024年4月にも、送迎車の座席を元に戻せないか、

通所先へ申し出ています。

 

しかし、回答はありませんでした。

 

私たちも困っていました。

何も感じていなかったわけではありません。

何もしなかったわけでもありません。

家族で何度も話し合いました。

 

そして妹本人にも確認しながら、

6月末を目途に、長年通ったその事業所を退所する方向で考えていました。

 

その矢先でした。

2024年6月17日。

 

妹は入所措置となりました。

 

そして2年後の同じ日、私たちは法廷にいました。

 

なぜ2024年に、妹の状態が大きく変わったのか。

なぜ痣が急増したのか。

その背景は、

本当に十分に調べられたのでしょうか。

そして、

もう一つ。

 

私たちには、

今もどうしても理解できないことがあります。

市は、

「家族に改善を求めたにもかかわらず、改善が見られなかった」

という趣旨の主張をしています。

 

でも――

私たちが多数の痣について具体的に知らされたのは、

妹が入所措置となった“後”でした。

 

知らされていなかった私たちに、

一体、何を改善することができたのでしょうか。

2026年8月18日(火)

 

前回、

明確な言葉で意思を伝えることが難しい人ほど、

その人生が周囲の判断によって決められてしまう危険性があるのではないか。

そんなことを書きました。

今回は、もう一つ、

私がずっと疑問に感じていることを書きたいと思います。

本人を守るために行政が介入したあと、傷ついた家族は誰が支えるのでしょうか。

 

虐待防止のために、

行政が介入しなければならない場面はあります。

 

命や身体を守るために、

緊急に本人と家族を離さなければならないこともあるでしょう。

その必要性そのものを、

私は否定したいわけではありません。

 

でも、介入するということは、

それまで続いてきた本人と家族の生活に、

行政が非常に大きな力をもって入るということでもあります。

 

場合によっては、

昨日まで一緒に暮らしていた家族が、

突然会えなくなることもあります。

 

いつ帰ってくるのか分からない。

これからどうなるのかも分からない。

そんな状況の中で、

行政から厳しい言葉を告げられることもあります。

 

その時、家族はどんな気持ちになるのでしょうか。

泣きたい。

怒りたい。

どうしてなのかと問い続けたい。

子どもに会いたい。

家に帰してほしい。

 

でも、感情を出したら、

「反省していないと思われるのではないか」

「理解していないと思われるのではないか」

「さらに状況が悪くなるのではないか」

そう考えて、言いたいことさえ言えなくなる人もいるのではないでしょうか。

行政から言われた言葉を何度も思い出し、

「あの時、私が違う行動をしていれば」

「私が悪かったのではないか」

と、自分を責め続ける人もいるでしょう。

 

私は思います。

それほど大きな介入を行うのであれば、

介入によって生じた心の傷にも目を向ける必要があるのではないでしょうか。

本人を保護した。

家族と分離した。

安全を確保した。

そこで支援が終わってしまっていいのでしょうか。

 

虐待が起きた、あるいはその疑いがあるのであれば、

「誰が悪かったのか」だけではなく、

なぜそこまで追い込まれたのかを考える必要があると思います。

介護負担はどうだったのか。

家族は孤立していなかったのか。

必要なサービスは届いていたのか。

障害特性について十分な支援があったのか。

家族が助けを求めた時、

その声を受け止める人はいたのか。

そして、それまで関わっていた支援者に、

もっと早くできることはなかったのか。

 

虐待を防ぐということは、

虐待が起きた後に本人を家族から離すことだけではないはずです。

その前に、

本人と家族が追い詰められないように支えること。

そして介入した後も、

本人だけではなく、

家族が再び生活を立て直せるよう支えること。

私は、そこまで含めて「虐待防止」なのではないかと思っています。

 

ところが、介入する仕組みはとても強く見えるのに、

その後、傷ついた家族を支える仕組みは、

なぜこんなにも見えにくいのでしょうか。

 

家族に残った恐怖。

自責。

後悔。

行政への恐怖心。

また何か言われるのではないかという不安。

家族との関係が突然断ち切られたことで残る喪失感。

そうしたものは、行政の決定が出た瞬間に消えるものではありません。

時には、何年経っても残ります。

 

そして私は、

ここに大きな疑問があります。

行政には「介入する責任」があるのに、
「介入した後を支える責任」は、どこにあるのでしょうか。

 

「法律に基づいて対応しました」

「必要な措置でした」

「行政として判断しました」

それだけで、

すべて終わりなのでしょうか。

本人も、

家族も、

感情を持った人間です。

行政の書類の中だけで生きているわけではありません。

その後も人生は続いていきます。

 

私は、虐待したと判断された家族を無条件に

擁護したいわけではありません。

虐待を正当化したいわけでもありません。

 

そうではなく、

虐待を本当に減らしたいのであれば、

養護者を支援する視点も欠かすことはできないのではないか

と考えているのです。

 

家族を責めるだけでは、

なぜその状況が生まれたのかは分かりません。

原因を見つけ、必要な支援につなげなければ、

同じことが繰り返される可能性があります。

 

本人を守ることと、

家族を支えること。

私は、この二つは対立するものではないと思っています。

むしろ、本人を本当に守り続けるためにも、

家族への支援が必要な場合があるはずです。

 

だから私は問い続けたいと思います。

保護しました。

分離しました。

措置しました。

安全を確保しました。

では――その後は、誰が支えるのでしょうか。

傷ついた本人を。

傷ついた家族を。

壊れてしまった関係を。

 

そして、

行政の言葉や対応によって残った恐怖や心の傷を

 

そこまで考えることが、

福祉ではないのでしょうか。

誰かを守るために、

別の誰かを壊したままにする制度であってほしくありません。

「守ったから終わり」ではなく、
「その後をどう支えるか」まで。

私はそこまで含めて、

本当の意味での「虐待防止」であってほしいと思っています。

2026年8月14日(金)

 

先日、ある記事を知りました。

発達障害のある息子さんを育ててきたお母さんのお話です。

 

記事には、児童相談所への相談をきっかけに、

親子が離れて暮らすことになった経緯や、

その後、一時保護や施設への委託へと進んでいったことが書かれていました。

 

もちろん、この親子に起きたことと、私たち家族に起きたことは別の出来事です。

 

私は、この方のケースについて、記事に書かれていること以外を知りません。

だから、行政の判断が正しかった、間違っていたと判断するつもりもありません。

 

それでも、この記事を読んだ時、

どうしても他人事には思えませんでした。

私たち家族が経験してきたことと、

重なって見えるものがあったからです。

 

虐待防止のために、

行政が介入しなければならないことはあると思います。

 

命や身体の安全を守るために、

緊急に本人を保護しなければならない場合もあるでしょう。

私は、その仕組みそのものを否定したいわけではありません。

むしろ必要な制度だと思っています。

 

でも、だからこそ考えてほしいことがあります。

その本人が、

「自分の意思を明確な言葉で伝えることが難しい人」

だったら、

どうなるのでしょうか。

 

「家に帰りたい」

「この人に会いたい」

「ここにはいたくない」

「これは嫌だ」

そうした気持ちを、

誰にでも分かる言葉で説明できない人もいます。

 

では、その人の人生は、誰が決めるのでしょうか。

 

言葉で伝えられないから、

「意思が確認できない」。

 

意思が確認できないから、

「周囲が判断するしかない」。

 

もし、そんな流れになってしまったら、

私はとても怖いと思います。

なぜなら、

意思を伝えることが難しい人ほど、

自分の人生について決める場から

遠ざけられてしまう可能性があるからです。

 

言葉にならなくても、

「意思はあります」

「表情があります」

「行動があります」

「安心する人がいます」

「不安になる場所があります」

「近づくことも、

 離れることもあります」

「拒否することも、

 笑顔になることもあります」

その一つひとつに、

本人なりの意思が表れていることがあります。

 

だからこそ、明確な意思表示が難しい人ほど、

より丁寧に本人を知ろうとする必要があるのではないでしょうか。

 

本人を長く知る人から話を聞く。

これまでの生活を見る。

障害特性を理解する。

普段の表情や行動を知る。

安心できる環境を整える。

 

一度だけではなく、

時間をかけて意思を確認する。

 

家族だけでもない。

行政だけでもない。

施設だけでもない。

専門職だけでもない。

いろいろな立場の人が情報を持ち寄り、

本人を真ん中に置いて考える。

私は、それがとても大切なのだと思っています。

 

家族の言うことが、

すべて本人の意思だとは思いません。

家族だって間違えることがあります。

 

でも同じように、行政の判断が、

そのまま本人の意思になるわけでもありません。

施設の判断も、専門職の判断も同じです。

だからこそ、

一つの立場だけで本人を理解したつもりにならないことが、

大切なのではないでしょうか。

 

本人が言葉で説明できないことを、

本人の人生を周囲が決める理由にしてはいけない。

私はそう思います。

むしろ、意思を伝えることが難しい人だからこそ、

周囲には、「もっと分かろうとする責任」があるのではないでしょうか。

 

今回の記事を読みながら、

私は改めて考えました。

虐待から本人を守る。

それはもちろん大切です。

 

でも、

「守る」という言葉の中に、

本人の意思を守ることも含まれているはずです。

安全だけではなく、

その人が誰と暮らしたいのか。

誰に会いたいのか。

どこで暮らしたいのか。

何を嫌だと感じているのか。

それを可能な限り知ろうとすることも、

本人を守ることなのではないでしょうか。

 

言葉にできない人の人生ほど、

周囲が簡単に決めてしまえる。

 

そんな社会で、本当にいいのでしょうか。

私は、そうは思いません。

言葉にできない人だからこそ、
その人の小さな意思に、
もっと時間をかけて耳を傾ける社会であってほしい。

 

そして、本人の人生について何かを決める時ほど、

何度でも問い直してほしいと思います。

「これは本当に、本人の意思を置き去りにしていないだろうか。」

2026年8月12日(水)

 

前回、「本人の意思が分からない」は、

本当に本人だけの問題なのだろうか。

そんなことを書きました。

 

妹には重度の知的障害があります。

 

自分の気持ちを、誰にでも分かる言葉にして説明す

ることは難しいです。

 

でも、

だからといって、

意思がないわけではありません。

では、

言葉で意思を伝えることが難しい人の思いを、

私たちはどうやって受け取ればいいのでしょうか。

私は、ここにこそ「支援」が必要なのではないかと思っています。

 

本人に、

「どうしたいですか?」

と聞く。

答えられなかった。

 

だから、

「本人の意思は確認できませんでした。」

 

それで終わってしまったら、

言葉で意思を表現することが難しい人は、

いつまでたっても自分の人生について意思を尊重してもらえません。

 

それでは、

あまりにも悲しいと思うのです。

 

意思は、

言葉だけに現れるものではありません。

表情があります。

視線があります。

身体の動きがあります。

声があります。

近づくこともあれば、

離れることもあります。

手を伸ばすこともあれば、

拒むこともあります。

いつもと違う表情をすることもあります。

そこには、その人なりの「伝え方」があるのだと思います。

 

そして、

一度だけ本人に会って、

一度だけ質問して、

その人の意思をすべて理解できるとも思いません。

 

どんな環境なら安心できるのか。

誰と一緒なら気持ちを表しやすいのか。

どんな聞き方なら理解しやすいのか。

どのくらい時間が必要なのか。

本人を理解するためには、

そうしたことも考える必要があるのではないでしょうか。

 

そしてもう一つ、

私が大切だと思っていることがあります。

本人を知っている人たちの話を聞くことです。

 

家族だけではありません。

長く関わってきた支援者。

相談支援専門員。

医療職。

学校の先生。

本人と関係を築いてきた人たち。

それぞれが持っている、

本人についての情報があります。

 

もちろん、

誰か一人の意見を、

そのまま「本人の意思」にすればいいわけではありません。

家族の意見だって、

支援者の意見だって、

行政の判断だって、

それだけで本人の意思になるわけではないと思います。

だからこそ、

いろいろな情報を持ち寄る必要があるのではないでしょうか。

 

本人がこれまで、

何を好んできたのか。

何を嫌がってきたのか。

どんな場所なら安心していたのか。

どんな時に不安になったのか。

誰といる時に穏やかだったのか。

これまでどんな生活を送ってきたのか。

そうした一つひとつを積み重ねながら、

「この人は今、何を伝えようとしているのだろう。」

と考え続ける。

私は、

それが意思決定支援の大切な部分なのではないかと思っています。

 

それでも、本人の意思が分からないことはあるでしょう。

人の心を100%理解することなんて、

誰にもできません。

障害がある人だけではありません。

私たちだって同じです。

だからこそ、

簡単に決めつけない。

「分からない」で終わらせない。

何度でも方法を考える。

その姿勢が大切なのではないでしょうか。

 

そして私は、

ここにこそ、

専門職の専門性があるのではないか

と思っています。

言葉で説明できる人の話を聞くことだけが、

意思を尊重することではありません。

言葉にならない小さなサインを見つける。

その人の障害特性を理解する。

環境を整える。

伝え方を工夫する。

本人を知る人たちから情報を集める。

そして、

一つの情報だけで決めつけず、

本人を中心に考え続ける。

それこそが、

支援する側に求められる力なのではないでしょうか。

 

自分の思いを、

きれいな言葉にできる人だけが、

自分の人生について意思を持っているわけではありません。

 

言葉にならない言葉に、

耳を傾ける。

小さな拒否を、

「分からない」で終わらせない。

安心した時の表情を、

見逃さない。

その人なりの伝え方を、

周囲が理解しようとする。

 

本人に、

私たちの分かる方法で伝えてもらうことだけを求めるのではなく、

私たちの側も、本人の伝え方を分かろうとする。

私は、

そこから意思決定支援は始まるのではないかと思っています。

 

だから、

「本人の意思が分からない」

という言葉を使う前に、一度だけ立ち止まって、

問いかけてみたいのです。

 

方法を変えてみただろうか。

環境を変えてみただろうか。

時間をかけただろうか。

本人を知る人たちの話を聞いただろうか。

言葉以外のサインを見ただろうか。

そして何より、

本人を中心に考えただろうか。

 

何度も言います。

「言葉がないこと=意思がないこと」ではありません。

 

分からないから、周囲が決めていいのでもないと思います。

だからこそ最後に、

私自身にも、

支援に関わるすべての人にも、

この問いを残したいと思います。

私たちは、本当にその人を分かろうとしたのだろうか。

2026年8月10日(月)

 

私はこの2年間、

何度も「本人の意思」という言葉について考えてきました。

 

妹には重度の知的障害があります。

 

自分の気持ちや考えを、

私たちと同じように、

言葉で詳しく説明することは難しいです。

 

だから、

「本人の意思が分からない」

「本人の意思を確認することが難しい」

そんな言葉を耳にすることがあります。

 

でも最近、

私はこの言葉そのものに、

大きな疑問を感じるようになりました。

本当に、

「本人の意思が分からない」のでしょうか。

 

それとも、

私たちが本人の意思を分かる方法を、

まだ見つけられていないだけなのでしょうか。

 

妹には、

ちゃんと意思があります。

好きなものがあります。

嫌いなものがあります。

安心できる人がいます。

不安になることがあります。

 

「これは嫌だ」

「ここにいたい」

「この人に会いたい」

 

そんな思いもあります。

ただ、それを長い文章にして、

相手に説明することが難しいだけです。

 

私たちだって、

言葉だけで人の気持ちを理解しているわけではありません。

表情。

視線。

声の調子。

身体の動き。

近づくこと。

離れること。

笑うこと。

黙ること。

 

そこにも、

たくさんの「意思」があるのではないでしょうか。

 

もちろん、

家族だから本人の気持ちを100%理解できる、

なんて思っていません。

 

家族だって間違えることがあります。

思い込んでしまうこともあります。

 

だから、

「家族の言うことをそのまま本人の意思にしてほしい」

と言いたいわけではありません。

 

でも逆に、

長年本人と暮らしてきた人たちが知っていることまで、

単なる「家族の主観」として切り離してしまう。

 

それも違うのではないでしょうか。

私は最近、

「本人の意思が分からない」

という言葉を聞くたびに思います。

分からないのは、本当に本人の問題なのでしょうか。

 

もしかすると、私たちの側が、

まだその人の「伝え方」を理解できていないだけなのかもしれません。

「言葉がないこと=意思がないこと」ではありません。

 

では、言葉で意思を伝えることが難しい人の思いを、

私たちはどうやって受け取ればいいのでしょうか。

後見人とはだれのためにいるのだろう

この問いを、何度も考えています。

成年後見制度は、

判断能力が不十分な方の権利や財産を守るためにある制度です。

つまり、守るべき相手は、

行政でも、

施設でも、

家族でもありません。

本人です。

だからこそ、

私が後見人に期待していたのは、

「本人はどう思っているのか。」

その一つの問いを、何よりも大切にしてくださることでした。


私たち家族は、

「家族だから言うことを聞いてほしい。」

そんなことをお願いしたことはありません。

お願いしたかったのは、

本人のこれまでの生活、

好きなこと、

苦手なこと、

安心できる環境、

言葉では伝えきれない意思。

そうした情報も、

本人を理解するための一つの材料として受け止めていただきたい。

それだけでした。


もちろん、

後見人には中立性が求められます。

だから家族の言葉を、そのまま受け入れる必要はありません。

でも、

最初から距離を置くことと、中立であることは違うと私は思っています。

本人のことを一番長く見てきた家族だからこそ知っていることもあります。

それを聞くことと、

それを鵜呑みにすることは、

全く別の話です。


今回、

懲戒請求という制度も経験しました。

結果は、私が望んだものではありませんでした。

でも、

私が本当に知りたかったことは、

「誰が正しいのか。」

ではありません。

後見人は、

本人の意思をどのように確認したのか。

家族から得られる情報を、

どのように評価したのか。

その過程でした。


成年後見制度は、

本人を守るための制度です。

だからこそ、

一番大切なのは、

「本人の人生を、本人のものとして守ること」

ではないでしょうか。

そのためには、

行政の意見も、

施設の意見も、

医療の意見も、

そして家族の話も、

必要に応じて丁寧に聞きながら、

最後は本人の利益のために判断する。

それが後見人の役割なのだと私は理解しています。


私は制度を否定したいわけではありません。

むしろ、この制度は本当に大切な制度だと思っています。

だからこそ、

もっと本人の意思が大切にされる制度であってほしい。

もっと本人を中心に考えられる制度であってほしい。

その思いは、今も変わりません。


後見人とは、

行政のためでも、

家族のためでもありません。

本人のためにいる存在。

私は、その原点だけは、

これからも問い続けていきたいと思います。

2026年8月1日(土)


今日は、成年後見人とのやり取りについて書こうと思います。

妹の成年後見人が選任されたのは、市長申立てによるものでした。

私は、「まずは妹のことを知ってもらいたい」と思っていました。

妹は重度の知的障害があり、35年以上、家族と一緒に生活してきました。

好きなこと、苦手なこと、不安になること、安心できる関わり方。

そうしたことは、長い年月を共に過ごしてきた家族だからこそ分かる部分があります。

そこで私は、両親の了承を得て成年後見人へ連絡をしました。

「一度お会いしてお話しできませんか。」

その時の返答は、面談は難しいというものでした。

後見人の先生は、

「家族の方が長く一緒に生活されてきたので、コミュニケーションを取れていたのだろうとは思います。」

という趣旨のお話もされました。

つまり、家族が妹をよく知っている可能性は理解されていたのです。

一方で、

「できれば書面でいただいた方がありがたい。」

「仕事もあり、時間を割くのが難しい。」

という理由から、直接話を聞く機会は設けられませんでした。

その後も、私たち家族が妹について直接お話しする機会はありませんでした。

私は今でも考えます。

本人の利益を守るためには、できる限り多くの情報を集めることが大切ではないのでしょうか。

行政の情報。

施設の情報。

医療の情報。

そして、35年以上一緒に暮らしてきた家族の情報。

どれか一つだけではなく、すべてを踏まえて考えることが、「本人の利益」につながるのではないでしょうか。

私は、家族の意見をそのまま採用してほしいと言っているわけではありません。

ただ、一度も話を聞かれることなく、重要な判断が進んでいくことに疑問を感じています。

家庭裁判所へ相談した際には、

「後見人の裁量です。」

という説明を受けました。

もちろん、成年後見人には専門的な判断が求められます。

しかし、その裁量は、本人を理解するために必要な情報収集を行った上で初めて成り立つものではないでしょうか。

私は今も、その答えを探し続けています。


妹へ

「お誕生日おめでとう。今年も健やかで、

笑顔あふれる1年でありますように。」


この問いを、何度も考えています。

成年後見制度は、

判断能力が不十分な方の権利や財産を守るためにある制度です。

つまり、守るべき相手は、

行政でも、

施設でも、

家族でもありません。

本人です。

だからこそ、

私が後見人に期待していたのは、

「本人はどう思っているのか。」

その一つの問いを、何よりも大切にしてくださることでした。


私たち家族は、

「家族だから言うことを聞いてほしい。」

そんなことをお願いしたことはありません。

お願いしたかったのは、

本人のこれまでの生活、

好きなこと、

苦手なこと、

安心できる環境、

言葉では伝えきれない意思。

そうした情報も、

本人を理解するための一つの材料として受け止めていただきたい。

それだけでした。


もちろん、

後見人には中立性が求められます。

だから家族の言葉を、そのまま受け入れる必要はありません。

でも、

最初から距離を置くことと、中立であることは違うと私は思っています。

本人のことを一番長く見てきた家族だからこそ知っていることもあります。

それを聞くことと、

それを鵜呑みにすることは、

全く別の話です。


今回、

懲戒請求という制度も経験しました。

結果は、私が望んだものではありませんでした。

でも、

私が本当に知りたかったことは、

「誰が正しいのか。」

ではありません。

後見人は、

本人の意思をどのように確認したのか。

家族から得られる情報を、

どのように評価したのか。

その過程でした。


成年後見制度は、

本人を守るための制度です。

だからこそ、

一番大切なのは、

「本人の人生を、本人のものとして守ること」

ではないでしょうか。

そのためには、

行政の意見も、

施設の意見も、

医療の意見も、

そして家族の話も、

必要に応じて丁寧に聞きながら、

最後は本人の利益のために判断する。

それが後見人の役割なのだと私は理解しています。


私は制度を否定したいわけではありません。

むしろ、この制度は本当に大切な制度だと思っています。

だからこそ、

もっと本人の意思が大切にされる制度であってほしい。

もっと本人を中心に考えられる制度であってほしい。

その思いは、今も変わりません。


後見人とは、

行政のためでも、

家族のためでもありません。

本人のためにいる存在。

私は、その原点だけは、

これからも問い続けていきたいと思います。


先日、県弁護士会から一通の議決書が届きました。

以前、このブログでも書いた懲戒請求についてです。

正直に言えば、封筒を開けるまで、とても緊張していました。

どのような判断が書かれているのか。

私たちが訴えてきたことは、どのように受け止められたのか。

そんな思いで、一ページずつ読み進めました。

結果は、

「懲戒委員会の審査に付さないことが相当である。」

というものでした。


もちろん、この結果は結果として受け止めます。

制度には制度のルールがあります。

第三者機関が判断した以上、その結論を無かったことにしたいとは思っていません。

でも、

読み終えたときに私の中に残ったのは、

「負けた。」

という気持ちではありませんでした。

残ったのは、

「本当に私が知りたかったことへの答えは書かれていただろうか。」

という疑問でした。


私は、懲戒請求をしたのは、

弁護士を責めたかったからではありません。

制度を利用して、

第三者に確認していただきたかったからです。

私が知りたかったのは、

後見人は、

本人の意思をどのように確認したのか。

家族からの情報をどのように受け止めたのか。

行政から示された内容だけではなく、

本人を取り巻く様々な情報をどのように整理したのか。

その説明でした。


議決書には、

私たち家族の主張も書かれていました。

一方で、

後見人側の説明も整理され、

その結果として、

「弁護士としての職務上の義務違反は認められない」

という判断が示されていました。

私は、その結論そのものよりも、

判断の前提が気になりました。

行政の判断。

後見開始に至る経緯。

虐待認定の内容。

そうしたものが前提となって評価されているように感じました。

しかし、

私たちが一貫して問い続けてきた、

本人の意思確認の過程や、

家族からの情報提供について、

私自身が納得できる形で整理されているとは感じられませんでした。


ここで誤解していただきたくないことがあります。

私は、

「自分たちの主張を認めてほしかった。」

と言いたいわけではありません。

もし、

十分な検討が行われた結果、

「違法ではない。」

という結論であれば、

その結論自体は受け止めます。

でも、

その判断に至るまでの説明が、

私の中では十分ではありませんでした。


今回、改めて感じたことがあります。

制度は、

事実そのものを判断するだけではなく、その前提となる情報をどう評価するかで結論が大きく変わります。

だからこそ、

前提となる情報が、

誰から、

どのように集められ、

どのように比較・検討されたのか。

そこが、とても重要なのだと思います。


私は、この懲戒請求で終わりとは考えていません。

この結果によって、

私の疑問がなくなったわけではありません。

むしろ、

制度について、

成年後見制度について、

弁護士の役割について、

そして、

本人の意思を誰がどのように守るのかについて、

さらに学び続けたいと思いました。


結果を受け入れることと、

疑問を持ち続けることは、

決して矛盾することではありません。

私はこれからも、

制度を否定するのではなく、

より良い制度とは何かを考え続けたいと思います。