備忘録~とあるきょうだい児の記録~

備忘録~とあるきょうだい児の記録~

重度の知的障害がある妹が“ネグレクトの疑い”で措置入所させられました。

2024年6月から、起きた事を記録しています。
1年半以上が経過しても、家族は誰一人妹と面会できていません.
1/15~不定期更新。

2026年2月6日(金)

文書に残された「事実」と「表現」の乖離

これまで、
制度・裁判所・行政文書を軸に、
起きた事実を一つひとつ整理してきました。

そして今回も、
文書を読み解く中で浮かび上がってきた
いくつかの違和感について書いていきたいと思います。

その中でも、
どうしても触れておく必要があると感じた
ある一文があります。

 

この通知書には、
「改善すべきことを繰り返し助言指導してきた」
と記されています。

しかし、私たち家族の認識では、
実際に行われた面談は 3回 でした。

定期的な関与や、継続的・反復的な指導があったとは言い難く、
「繰り返し」という表現が、
具体的に何を指しているのかは分かりません。

 

判断の根拠となる文書であるからこそ、
事実の積み重ねと表現の正確さは、
より慎重に扱われるべきではなかったのか――
その疑問が残っています。

 

「正当化していた家族」という整理への違和感

文書には、
家族が状況を正当化していたかのような記載も見られます。

しかし私たちは、
危険や困りごとがあること自体を
否定したことは一度もありません。

むしろ、

・どうすれば安全に過ごせるのか
・どのような支援や環境調整が必要なのか

を、行政と一緒に考えたいという姿勢で
関わってきました。

改善を求め、協力を申し出てきた家族の姿勢が、
いつの間にか「正当化していた側」として整理されていることに、
強い違和感を覚えています。


「現地調査を実施した」とされる記載について

文書には、
「現地調査を実施し、養護者が主張する全ての項目について聴取を行った」
と記されています。

しかし、私たちが一貫して問題として伝えてきた
送迎車の乗り降りに関する実地調査 については、
その実施を裏付ける記録が見当たりません。

誰が、いつ、どのように確認したのか。
乗り降り時の動線や介助方法、身体への負荷について、
具体的に調査した記述は存在していません。

それにもかかわらず、
「裏付ける実態は確認できなかった」と結論づけられている。

私たちはそこに、強い不自然さを感じています。

調べていないことを、
調べた結果であるかのように整理することは、
検証ではなく、
結論ありきの評価になってしまうのではないでしょうか。

 

「自発的に提出された改善計画書」という表現

文書には、「改善計画書は自発的に提出された」と記されています。

しかし実際には、
提出しなければ不利益が生じることが示され、
強い圧力のもとで選択を迫られていました。

 

不利益を回避するための行動を
「自発的」と表現することは、
事実を正確に反映した記述とは言えないのではないか。

さらに、
その後に行った署名活動や意見表明が
「疑義」として評価されている点についても、
異議を唱える行為そのものが
不利に扱われている構造を感じざるを得ません。

 

それは、この文書に必要な記載だったのか

そのうえで、
どうしても最後に触れておきたい一文があります。

行政文書に突然書き込まれた「係争中の裁判」

文書には、次のような記述がありました。

「係争中の事件(施設入所措置処分取消等請求事件)では、
不自然な痣に対する認識を一転し、
『虐待(ネグレクト)認定は事実ではない』との主張に至っている。」

この一文を読んだとき、
私は強い違和感を覚えました。

 

それは、この通知書に必要だったのか

この通知書は、
施設入所措置を解除する理由を説明する文書です。

本来であれば、

・安全性の判断
・支援体制の検討
・本人の生活に関する評価

が中心になるはずです。

それにもかかわらず、

・係争中であること
・裁判での主張内容
・主張が変わったかのような書き方

が、なぜここに書き込まれているのか。

 

裁判で主張することは「不利」になるのか

裁判で異議を申し立てることは、
誰にでも認められた正当な権利です。

主張を整理し、表現を修正することも、
訴訟では自然な過程です。

それを
「認識を一転した」
と断定し、行政文書の中で評価する。

その書き方は、
裁判をしていること自体が
マイナスであるかのような印象を与えます。

 

問題は「事実」ではなく「書き方」

この一文がなくても、
措置解除の判断は説明できたはずです。

安全性の評価とも、
直接の関係はありません。

それでも、あえて書かれている。

だからこそ、
私はこう思わずにはいられませんでした。

これは説明ではなく、
家族の信用性を下げるための一文ではなかったのかと。

 

問われているのは、誰の人生か

行政の判断に異議を唱え、
裁判という手段を取った家族。

その事実が、
行政文書の中で静かに記録され、
評価されていく。

もしそれが当たり前になるのだとしたら、
次に「判断される側」になるのは、
私たちだけではありません。

2026年2月4日(水)

 

成年後見人についての記事を書いたのはこの後に重要な役割を果たす

人物だからです。

 

実は2025年11月末に「施設入所措置解除決定通知書」 が届きました。

(実家に妹はまだ帰ってきていません。)

 

正直に言うと、
この文書を受け取った直後、

私はすぐに言葉にすることができませんでした。

 

怒りや悲しみ以前に、
あまりにも書かれている内容が重く、
冷静に読み解くまでに、かなりの時間を要したからです。

 

何度も読み返し、
一文ずつ確認し、
事実と照らし合わせながら考え続けました。

 

その過程で、
どうしても拭えなかったのが、
この文書全体から感じる 強い違和感 でした。

それは、障害のある人が地域で当たり前に暮らすことを目指す
「ノーマライゼーション」という理念から、
大きくかけ離れているのではないか、という違和感
です。

 

この通知書は、
単に「措置を解除した」という結果を伝えるものではなく、
そこに至るまでの経過や評価、
家族や本人の在り方までもが、
一つの方向に整理された文書でした。

 

だからこそ私は、
感情的に反応するのではなく、
いま一度、この文書を冷静に見つめ直し、
何が書かれていて、何が書かれていないのか

整理して残しておきたいと思いました。

 

その通知書を読み解く中で見えてきた
「事実」と「表現」の間にある乖離についてです。

2026年2月2日(月)

 

実際に起きていた「情報の傾き」

けれど、現実に起きていたことを振り返ると、
どうしても拭えない違和感があります。

行政の判断は、次々と通っていく。
一方で、家族が行った申立ては、長く止まったままでした。

私たちが申立てを行ってから、約2か月後。
市役所による市長申立てが提出され、
それは、わずか1か月という短期間で通過しました。

なぜ、後から出された市の申立てが、
これほど早く判断されたのでしょうか。

その申立て文の中で示されていたのは、
「恐れ」や「疑い」という言葉でした。

確定した事実でも、
明確な証拠でもありません。

それでも、
市役所という公的機関が記した
「恐れ」と「疑い」は、
そのまま公的判断の根拠として扱われていきました。

大きな確証がなくても、
証拠が示されなくても、
行政が「恐れがある」と言えば、
それは通ってしまう。

この現実に、
私たちは強い衝撃を受けました。

本来、
ネグレクトの「恐れ」について裁判が始まっている状況であれば、
なおさら慎重な審議が求められるはずではないでしょうか。

それにもかかわらず、
判断は加速するように進んでいきました。

どうしても、
私たちが申立てを行ったあとに、
市役所がその事実を知り、
家族申立ての審議が止められたのではないか。

そして、
その流れを家庭裁判所が受け入れたのではないか。

その懸念が、
今も消えずに残っています。

どちらも同じ「後見人申立て」であるはずなのに、
その進み方には、
明らかな差がありました。

異議が「不都合」になる構造

さらに不可解だったのは、
その後の家庭裁判所の対応でした。

申立てを続けること自体が問題であるかのように、
私たちは繰り返し「取り下げ」を求められるようになりました。

そのたびに、私たちは問い続けました。

なぜ、取り下げなければならないのか。
なぜ、私たちの申立ては長く「審議中」のままだったのか。
なぜ、私たちの申立てが採用されるのではなく、
約2か月後に提出された市役所の市長申立てが先に通ったのか。

けれど、
これらの問いに対する説明は、一切ありませんでした。

返ってきたのは、

「市長後見申立てがされたので」
「その結果、裁判所で選任した弁護士が後見人になりました」

という、結果だけを告げる通知でした。

そこに、

・判断の理由
・順序が逆転した説明
・家族申立てが止まっていた理由

は、何ひとつ示されていませんでした。

本来、
家族申立てと市長申立ては併存することが可能です。

複数の申立てがある場合、
それらを踏まえたうえで、
最も本人にとって適切な後見人を選ぶのが
家庭裁判所の役割のはずです。

それにもかかわらず、
実際に続いたのは、
家族申立てを残すこと自体を避けるかのような
「一本化」を求める流れでした。

異議があること。
疑問を持つこと。
説明を求めること。

それらが、
いつの間にか「不都合なもの」として扱われていく。

天秤が本当に機能しているのであれば、
異なる声があることは、
むしろ歓迎されるべきではないでしょうか。

それを排除する方向へ進む判断を、
私たちはどう理解すればよいのでしょうか。

中立とは「同じ重さで聞くこと」

中立とは、
どちらの意見にも、同じ時間と同じ重さを与えることだと思います。

中立とは、
手間を避けることではありません。

中立とは、
静かに行政側に寄ることでもありません。

異なる立場の声を、
同じ距離から聞き、
同じ基準で検討すること。

それが、
「中立」という言葉の本来の意味ではないでしょうか。

では、今回私たちが直面した出来事は、
日本全国で本当によくあることなのでしょうか。

そして、
このようなことが、
「当たり前のように」まかり通ってよいのでしょうか。

本来、裁判所とは、
感情ではなく、
立場でもなく、
法律に基づいて判断がなされる場所のはずです。

それにもかかわらず、
今回の判断は、
いったいどの法律のどの部分に基づいて動いたのでしょうか。

「ネグレクトの疑いがある、だから経済的虐待もしている可能性がある」
そう書かれていました。

けれど、
その「疑い」や「可能性」を裏づける
具体的な証拠や立証は、示されていません。

それでも、
行政という公的機関が書けば、
その文言は裁判所に提出され、
判断の前提として扱われる。

確証がなくても、
証拠がなくても、
推測だけで天秤は傾いていく。

それは、
本当に「中立な判断」と言えるのでしょうか。

もし、
一方の声は「疑い」や「恐れ」だけで重く扱われ、
もう一方の声は、説明を求めても聞き入れられないのだとしたら。

その天秤は、
いったい誰の人生を、
どんな基準で量っているのでしょうか。

真実とは、
一体どこにあるのでしょうか。

これは、私たちだけの問題ではない

ここまで書いてきて、
私が一番伝えたいのは、
「私たち家族がひどい目にあった」ということではありません。

もっと怖いのは、
この構造が、特別なケースではないということです。

判断する側と、判断される側。
説明する側と、説明されない側。

人はいつか、
年齢や病気、障害、事故、家族の事情によって、
「判断される側」に立つ可能性があります。

そのとき、

・疑い
・おそれ
・推測

だけで判断が進み、
説明もなく、
異議を出せば「不都合な存在」になり、
天秤が静かに傾いていく。

そんなことが、
「制度の中だから」
「裁量だから」
という言葉で、平気で起こってしまう。

もしこのまま、
「自分には関係ない」と目を逸らし続けたら、
次に判断されるのは、
あなたかもしれない。
あなたの家族かもしれない。

私たちは、
完璧な判断を求めているわけではありません。

ただ、
きちんと説明され、
異なる声が同じ重さで扱われ、
人の人生が、
疑いだけで動かされない社会であってほしい。

そのために、
この違和感を、
「一家庭の問題」で終わらせてはいけないと思っています。

これは、
私たちだけの話ではありません。

「判断される側」に立ったとき、
この社会はあなたを守ってくれるのか。

その問いを、
一緒に考えてほしいと思っています。

2026年1月31日(土)

 

前回書いたとおり、
私たちは2025年2月に成年後見人の申立てを行いました。

 

しかし、その後、市長申立てが通過してからというもの


家庭裁判所から繰り返し、

「申立てを取り下げてください」
「取り下げる方向で検討してください」

という言葉を向けられるようになりました。

 

一度代理人弁護士より、

「取り下げない場合はどうなりすか?」

と質問した所

「そのようなケースがあった事がないのでわかりません」

との返答でした。

思い返せばこの言葉の違和感を感じた方がよかったのかもしれません。

 

私の記憶だけでも、
2025年末までに少なくとも4回。

それは、
一度きりの提案ではなく、
繰り返し、執拗に続いた要請でした。

 

そのたびに、
私たちは自分たちに問いかけました。

 

なぜ、そこまで“取り下げ”にこだわるのか。

なにか不都合でもあるのかと・・・。

 

まず、はっきりしている事実があります。

成年後見人の申立ては、
申立てをした側が、取り下げなければならない義務はありません。

 

家族申立てと市長申立ては、
本来、併存することも可能です。

 

家庭裁判所は、
複数の申立てがある場合、
それらを踏まえたうえで、
最も本人にとって適切な後見人を選任する立場にあります。

 

それにもかかわらず、
なぜ、私たちにだけ
一貫して「取り下げ」を求め続けたのか。

 

その理由は、
一度も説明されていません。

 

しかし、家庭裁判所は正当な理由があれば、

この申し立てを破棄する事は可能なのです。

 

しかしそれをせずに、申し立ての取り下げを要請される。

 

私たちの申立てが残ることで、

・市長申立ての正当性
・行政判断の妥当性
・後見人選任の経緯

これらが、
後から検証される余地が残ることになります。

 

しかし、
家族申立てが取り下げられれば、

・市長申立てのみ
・行政主導の流れのみ

という「一本化された構図」が完成します。

 

そこに、

家族の異議
家族の疑問
家族の視点

が、入り込む余地はなくなります。

 

だからこそ、
家族申立ては「残っていてはいけない存在」だったのではないか。

そう考えざるを得ませんでした。

 

もし本当に、
妹本人の利益を最優先に考えるのであれば、

家族が申立てを行い、
後見人の在り方を真剣に考えている状況は、
むしろ歓迎されるべきだったはずです。

 

それにもかかわらず、

「取り下げてください」
「その方向で検討してください」

という言葉が、
一方的に繰り返された。

 

そこに、
本人中心の視点は、
本当にあったのでしょうか。

 

私たちが取り下げを迫られたのは、
単なる書類の問題ではありません。

それは、

・家族の声
・家族の意思
・妹を守ろうとする行動

そのすべてを、
制度の外へ押し出そうとする力のように感じられました。

 

なぜ、ここまで「取り下げ」にこだわったのか。

その理由を、
私たちは今も知りません。

けれど、
この違和感だけは、
決して消えることはありません。

2026年1月29日(木)

 

裁判の準備に追われる日々が続いています。


家族全員で、記憶と記録を何度も見返す毎日です。

今日は、
前回の続きとして、今も消えずに残り続けている

違和感について書きたいと思います。

 

私たちは、
妹の人権が守られていないという強い危機感から、
妹のことを第一に考え、真に本人の利益を守ってくれる

後見人を立てる必要があると判断しました。

 

そして、2025年2月
私たちは成年後見人の申立てを行いました。

しかし、そこから先、
待てど暮らせど、審査は一向に進みませんでした。

担当の弁護士を通じて、
家庭裁判所に2度ほど問い合わせを行いましたが、
返ってきたのは、毎回、

「現在、審議中です」

という言葉だけ。

進捗の説明も、見通しの提示もなく、
ただ時間だけが過ぎていきました。

 

そんな中、
私たちは信じられない出来事を知ることになります。

2025年5月。

市役所から提出された
市長申立てによる後見開始の申立てが、

わずか1か月で通過したのです。

私たちは、強い衝撃を受けました。

なぜなら、
後見人の申立ては「申立て順に審査される
と説明を受けていたからです。

私たちの申立ては、
すでに【3か月近くも「審議中」】のままでした。

それにもかかわらず、
後から出された市長申立てが、わずか1か月で通った。

この順序の逆転に、
私たちは大きな疑問と不安を抱きました。

 

そして、ここからです。

市長申立てが通った後、
家庭裁判所は、再三にわたり、

私たちに「申立てを取り下げるように」求めてきました。

私の記憶だけでも、
2025年末までに少なくとも4回。

「取り下げてください」
「取り下げる方向で検討してください」

その言葉が、繰り返されました。

 

なぜ、
私たちが取り下げなければならないのでしょうか。

制度上、
後見人の選任は申立て順が原則であるはずです。

それにもかかわらず、
なぜ、後から出された市長申立てが優先され、
私たちの申立ては、取り下げを迫られる側になったのか。

その理由は、いまだに説明されていません。

 

そして、さらに衝撃を受けたのは、
市役所が提出した意見書の内容でした。

そこには、

「家族によるネグレクトの疑い」
さらに、
「経済的ネグレクトのおそれ」

という文言が、記されていたのです。

 

私は、その文章を読んだとき、
言葉を失いました。

 

「疑い」
「おそれ」

それは、事実でも、証明でもありません。

けれど、市役所という“権限ある機関”が書けば、

それは事実として扱われる。

 

確証がなくても、
立証がなくても、
その「疑い」と「おそれ」だけで、

・市長申立ては通り
・家族の申立ては後回しにされ
・取り下げを迫られる

そんな現実が、目の前で起きていました。

 

もし、
「疑い」と「おそれ」だけで、

ここまで人生が動かされてしまうのだとしたら。

私たちは、一体、何をもって自分たちの

正当性を守ればよいのでしょうか。

 

この制度は、
本当に本人の権利と尊厳を守るためのものなのか。

それとも、
行政の判断を優先させるための

仕組みになってしまっているのか。

私たちの中で、
この疑問は、今も消えることがありません。

2026年1月26日(日)

 

家庭裁判所とのやり取りについても、記録として残しておきたいと思います。

 

私たちは、2025年9月、後見人に対する質問状を家庭裁判所へ提出しました。
 

この書面については、家庭裁判所は正式に受け取ってくれています。

また、後見人である弁護士が、家族からの連絡や質問にほとんど応じない状況が続いていたため、私たちは対面で家庭裁判所に状況を説明しました。

 

その際、
「私たちは対立したいのではなく、

妹のために協力したいからこそ連絡を取り続けている」
ということ。

 

そして、
「後見人が家族の話を聞いてくれないことに強い不安を感じている」
ということを、正直に伝えました。

 

しかし、その返答は、
「後見人には裁量があります」
という一言でした。

 

それ以上の説明や確認はなく、
この問題は「裁量」という言葉で片付けられてしまいました。

 

その後も、2025年9月に提出した書面に対して、

家庭裁判所からの連絡は一切ありませんでした。

 

そして、2025年11月末。
後見人の判断によって、妹の施設入所が決定しました。

 

この重大な決定について、その経緯や意思確認の状況を知りたいという思いから、
私たちは2025年12月、回答期日を設けた質問状を後見人へ送付しました。

 

同時に、この弁護士を後見人として選任した家庭裁判所にも、
質問状の写しと、これまでの経緯をまとめた報告書を直接持参しました。

しかし、家庭裁判所はその報告書の受け取りを拒否しました。

対応した職員から、父に対して、

「このような書類を持ってこられると困ります」

という趣旨の言葉が伝えられたそうです。

 

私は、父一人で行ってもらったことを、心から後悔しました。
その言葉を受け止めた父は、少なからず衝撃を受けたようでした。

公正であるはずの家庭裁判所から、
なぜこのような対応を受けなければならないのか。

 

そのとき、私たちの中に湧き上がったのは、
「家庭裁判所は、本当に中立な立場として機能しているのだろうか」
という強い疑問でした。

 

市役所と情報を共有しながら、
天秤としての役割。

 

すなわち、公平性を保つ役割を、
きちんと果たしているのだろうか。

この疑問から、
私たちはどうしても目を背けることができませんでした。

2026年1月25日(日)

裁判に備えながら、問い続ける日々

裁判に備えて、現実と向き合う日々が続いています。

辛さを抱えながら、それでも生きていかなければならない。

そんな「辛抱」の時間が、静かに、確実に積み重なっています。

でも、これは私だけの話ではありません。

一番は、妹が同じ思いをしていなければと、ただ祈るばかりです。

妹の現状について、私たち家族が最後に知ることができたのは、昨年11月。

それ以降、どこで、どんな暮らしをしているのか、
元気なのか、苦しんでいないのか、
何一つ、知るすべがありません。

 

後見人は、
「『誰か』の許可がなければ家族には伝えられない」としています。

生きているのかどうかさえ、家族であっても教えてもらえない。

そんな現実の中で、気が狂いそうなほど静かな日々が流れています。

 

前回の続きとして、どうしても考えたいこと

前回、「成年後見人の本来の役割」と「現実との乖離」について書きました。

では、現行の制度の中で、こうした状況に置かれたとき、
私たちはどうすればいいのでしょうか。

とくに、後見人が「本人の意思を無視して決定している」と感じたとき、
家族はどう抗議すればいいのか。

今日は、そのことを整理して書き残しておきたいと思います。

成年後見人は「代理決定者」ではない

まず、はっきりさせておきたいことがあります。

成年後見人は、
本人に代わって何でも決めてよい存在ではありません。

制度の根幹にあるのは、

「本人の意思の尊重(意思決定支援)」

です。

後見人には、

・本人の意思
・本人の価値観
・これまでの生活歴
・人間関係

を踏まえたうえで、
判断を行うことが求められています。

つまり、

後見人の役割とは、
「本人の意思を探し、支え、反映させるための補助」

であって、

「後見人自身の判断を、本人の意思として置き換えること」ではありません。

それでも「本人の意思」が見えないまま進む決定

ところが実際には、

・本人の意思確認の方法
・本人がどう受け止めたのか
・どんな選択肢が示されたのか

こうした点が、ほとんど見えないまま、重大な決定だけが積み重なっていきました。

 

その結果、

・施設入所
・生活環境の激変
・家族との分離

といった、人生を大きく左右する判断が、「本人のため」という言葉をまとって進んでいきます。

 

しかし、その「本人の意思」は、
いつ、どこで、誰によって、
どのように確認されたのでしょうか。

 

その説明がなされない限り、私たちは、どうしても納得できません。

抗議とは「感情」ではなく「構造」への問い

後見人の判断に疑問を感じたとき、大切なのは、感情的に責めることではありません。

必要なのは、制度と役割に基づいた、具体的な問いかけです。

たとえば、

・本人の意思は、どのような方法で確認しましたか
・本人に、どのような選択肢を示しましたか
・そのとき、本人はどう反応しましたか
・その内容は、どのように記録されていますか

こうした問いを、
書面で正式に確認すること。

 

これは抗議ではなく、
制度上、当然の確認行為だと考えています。

それでも説明がなされないとき

それでもなお、

・回答が返ってこない
・抽象的な説明に終始する
・「総合的に判断した」という言葉で済まされる

こうした対応が続く場合、そこには制度の運用そのものの問題がある可能性を感じます。

 

その場合、

・家庭裁判所への申立て
・後見監督人の選任申請
・後見人の職務調査の要請
・専門職団体への相談

といった、
正式な制度ルートによる確認と是正が、
正当な選択肢になります。

 

これは「対立」ではなく、
制度を本来の姿に戻すための行動です。

抗議とは「本人の尊厳を守る行為」

後見人が、本人の意思を十分に確認しないまま
代理意思決定を行っていると感じたとき、

それに抗議することは、制度への反抗ではありません。

それは、本人の尊厳を守るための、正当な行動です。

そしてそれは、いつか誰もが当事者になるかもしれない問題でもあります。

 

なぜ、ここまで問い続けるのか

私たちは、後見人を責めたいわけでも、攻撃したいわけでもありません。

 

ただ一つ、

妹の人生が、本人の知らないところで決められていくことだけは、
どうしても受け入れられない。

その思いがあるだけです。

 

意思を表すことが難しい人ほど、
意思を汲み取ろうとする努力が、
何よりも必要なはずです。

 

それを省略した支援や判断が、
「本人のため」という言葉だけで正当化されてしまう社会であってはならない。

そう、強く感じています。

 

2026年1月17日(土)

 

そもそも、後見人制度について残る疑問

――本人のためだったのなら、なぜその選択だったのか

今回の一連の出来事を通して、

私の中には 成年後見人制度そのものへの大きな疑問 が残っています。

なぜ今回、妹が 重度の知的障害のある障害者 であるにもかかわらず、
成年後見人として選任されたのが 弁護士 だったのでしょうか。

 

成年後見人には、

・弁護士
・司法書士
・行政書士
・社会福祉士

など、さまざまな専門職が存在します。

 

とりわけ、
日常生活の支援や意思決定支援、
障害特性への理解を重視するのであれば、
社会福祉士という選択肢も十分に考えられたはず だと思います。

それでもなぜ、
家庭裁判所はこの弁護士を選任したのか。

その判断の基準や理由について、
私たち家族には 一切の説明がありませんでした

 

「裁量」という言葉で済ませてよいのか

家庭裁判所には、
後見人を選任する際の裁量があることは理解しています。

けれど、

・本人の障害特性
・意思疎通の方法
・日常生活における支援の必要性

こうした要素を、
どこまで具体的に踏まえた上での選任だったのかは、
今も見えてきません。

さらに、結果として 後見人としての役割が十分に果たされているとは感じられない状況 が続いています。

 

もしそうであるなら、

・その後見人を選任したこと自体について
・選任した側に、何らかの検証や見直しの責任は生じないのか

という疑問が残ります。

 

「裁量」という言葉は便利ですが、
その裏で 本人の生活や人生に重大な影響が及んでいる ことを、
私たちは見落としてはいけないのではないでしょうか。

 

もし「係争中だから弁護士」だったのだとしたら

仮に、行政と家族が係争関係にあることを考慮して
弁護士が選任されたのだとしたら、
そこにも大きな違和感があります。

弁護士の理念の象徴である「天秤」は、
本来、どちらの側にも偏らず、公平であるためのもの です。

しかし、少なくとも私たち家族から見える範囲では、
妹に関する判断や認識は、
行政側の説明を前提として構築されているように感じられました

妹のこれまでの生活や、家族が積み重ねてきた日常、本人なりの意思表出については、十分に扱われていないように見えたのです。

 

「依頼主は誰なのか」という根源的な問い

市長申立てによって後見が開始された場合、
形式上は「本人のための後見」であるはずです。

けれど、

・申立てを行ったのは市長
・関係機関とのやり取りも行政主導
・情報の流れも行政経由

こうした状況が重なる中で、
後見人自身が無意識のうちに
「依頼主は行政である」
と認識してしまう可能性は、本当にないのでしょうか。

 

もしそれが起こり得るのだとしたら、
それは 成年後見制度の根幹を揺るがす問題 だと思います。

後見人は、
行政の代理人でも、調整役でもなく、
あくまで 本人の権利と生活を守る存在 のはずだからです。

 

資格があれば誰でもよい、で済ませていいのか

成年後見制度は、
資格や要件を満たせば利用できる仕組みになっています。

けれど、

「資格があるから」
「制度上、問題がないから」

という理由だけで、
本当にその人に合った後見人が選ばれているのか

その疑問が、今回の経験を通して、私の中で強く残っています。

制度は、人を守るためにあるはずです。
 

その制度が、本人から遠ざかる形で機能してしまっているとしたら――

それは、やはり「おかしい」と言わざるを得ない のではないでしょうか。

2026年1月16日(金)

 

一年半という時間が奪ったもの

妹がいない生活が、
少しずつ「特別」ではなくなってきています。

それが、怖い。

 

最初は、「息をするのも苦しいほどだった」のに。
今は、気づけばその日常の中でご飯を作り、洗濯をし、

予定を立てている自分がいます。

慣れてしまうこと。
受け入れてしまうこと。

それが必要な時間だと分かっていながら、
同時に、慣れていく自分たちをどこかで嫌悪している自分もいます。

 

妹が中心だった、家族の暮らし

妹がいた頃、
私たち家族の暮らしは、いつも妹が中心でした。

予定を決めるときは、
「妹を一人にしない時間帯か」
「誰かが必ずそばにいられるか」
「誰かの手を借る必要があるか」

そんなことを、自然に、当たり前に考えていました。

それは不便でも、重荷でもなく、
ただの“日常”でした。

 

考えなくてよくなったことが、悲しい

今はもう、
誰もいない時間を気にしなくていい。
連絡を細かく調整しなくていい。
誰かに頼むかどうか、悩まなくていい。

それは「楽になった」のではありません。

妹が、生活から切り離された結果です。

考えなくてよくなったことが、
こんなにも胸を締めつけるなんて、
思ってもいませんでした。

 

知らされないという現実

今、私たちは
妹の生活を知ることができません。

元気なのか。
ちゃんと食べているのか。
笑っているのか。

生きているのか、
それとも——
そんなことさえ、教えてもらえません。

 

ここで、どうしても浮かんでしまう問いがあります。

私たちは、何か罪を犯したのでしょうか。
なぜ、家族であるという理由だけで、
ここまで遮断されなければならないのでしょうか。

答えは、どこにもありません。

 

“いない”ことが日常になる前に

妹がいない現実に、
慣れてしまうことが一番怖い。

忘れたくない。
なかったことにしたくない。

だから、書いています。

 

書くことで、
まだ繋がっていたいと思っているのだと思います。

 

妹がいない日常が
ただの「日常」になってしまう前に。

 

この気持ちだけは、
静かに、でも確かに、
胸の中に残しておきたいのです。

 

これは自分の意思を自分で伝えられない人に

いつでも起こる可能性があります。

 

声を出す家族こそ排除されていく行政や福祉でよいのか

 

共創とは何なのか?

共創と本来の意味をはき違えているように思えてなりません。

「自分に都合の良い人」との共創ではなく

「自分と対極にある人」との「対話」の延長線上に「共創」があるのではないでしょうか?

2026年1月14日(水)

 

ここ数日、体調を崩してしまっていました。

更新ができず、心苦しかったのですが大分よくなってきました。

 

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施設入所の判断が下された瞬間は、
書面一枚で、淡々と終わったように見えます。

けれど、その判断は、そこで終わりではありませんでした。

むしろ、そこから先の時間にこそ、大きな影響が続いています。

 

今回の施設入所の判断において、

「妹本人の意思が、どこまで確認されていたのか」

その問いは、判断が出た後になって、より重くのしかかってきました。

なぜなら、意思が確認されないまま下された決定は、
その後の生活、関係性、選択肢のすべてに
静かに影響を及ぼし続けているからです。

 

施設入所が決まったあと、
私たち家族は、「知らされない側」になっていきました。

今、どこで暮らしているのか。
どんな日常を送っているのか。
何を感じ、何を望んでいるのか。

 

それらは、家族であっても簡単には知ることができません。

説明がないわけではありません。
けれど、その説明はいつも結果だけで、
過程や、本人の気持ちには触れられないままでした。

 

判断そのものは、一瞬で下されたように見えます。

しかし、その影響は一瞬では終わりません。

・会えない時間が続くこと
・選択肢が狭まっていくこと
・関係性が途切れていくこと

それらは、日々の生活の中で、
少しずつ、確実に積み重なっていきます。

 

ここで、どうしても残る問いがあります。

意思を聞かれなかった判断は、
どこまで人生を縛るのか。

そして、その判断がもたらした結果について、
誰が責任を負うのか。

 

本人の意思を確認しないまま進んだ決定は、
「その時点では最善だった」
という言葉で片づけられるかもしれません。

 

けれど、その後の影響まで含めて考えたとき、
本当にそれで終わりにしていいのか。

私は、そう思わずにはいられません。

 

これは、特定の家庭だけの問題ではありません。

 

誰もが、病気や障害、事故や老いによって、
ある日突然「判断される側」になる可能性があります。

 

そのとき、「自分の意思」は、どこまで扱われるのか。

その疑問を、自分事として考える人が増えてほしい。

 

そう思いながら、
今日はこの現状を書き残しました。