開業して時間が経つにつれて、「開業してみて困った点」http://ameblo.jp/tomoe-2012/theme-10057516183.html
に書いたとおり、店舗を借りての営業が苦しくなってきました。
苦しくなって、というのは、子育てのことを思ってこの仕事のスタイルを始めたはずなのに、子供のためになっていないかもしれない、と思うことと、金銭的なことと、両方です。
もうやめようか、という思いがかすめることもありました。
でも、当初の夢、自宅で仕事をする、というのはまだ叶えていない。
それを叶えることができたら、かなりの部分が解決するかもしれない。
ほとんど、もうこれしかないか、という気持ちで、自宅兼店舗の可能性を探り始めました。
どんなところでもいいから、自宅兼店舗となる物件はないか?と思って探してみたり、
小さくても安くで適当な一戸建てを建てられないだろうか(この地域では一戸建てを建てても都市部ほど大きな買い物にはなりません)と思ったり。
その一方で、私はずっと、自然素材や無垢の木でできた家に住みたいという夢も持っていました。
マイホーム願望なんてさらさらなかったのですが、まだ大学院生だった頃に、無垢の木がふんだんに使われた家の写真を見て衝撃を受けたのです。
木の家を建ててもらえるのはどの工務店か、坪単価いくらくらいするのか、など、ちょこちょこ調べたりしていました。
見渡せば一戸建てに住んでる人っていっぱいいるのに(そういう地域なのです)、私には住めないのか?
どうしてなんだろう?
いろいろ考えました。
かなり必死でした。
すがれるものにはすがりました。そういう心境でした。
やがて、不動産の賃貸契約の更新に行ったある日、
ちょうど、窓口にあのとき、http://ameblo.jp/tomoe-2012/entry-11317359713.html
妊娠9ヶ月のお腹で店舗を借りるための問い合わせに行った時に、親切に対応してくださったTさんがいました。
Tさんにならいろいろと話せるので、自宅兼店舗を探している、と、伝えてみました。
自宅兼店舗は、私の希望の地域にはほとんど出ない。一戸建ての中古も良さそうなものは今のところ出ていない。
土地ならこんなところがあるよ、と、教えてくれました。
その土地はけっこう坪単価も高く、とうてい私たちには手が出せないものだったのですが、
あることにピンと来て、結果的に、その土地を購入することになるのです。
まさに奇跡のような流れでした。
個人のお店、またはごく少人数で経営しているお店を、お客様に知ってもらい、印象に残るようにするには、
誰に遠慮することなく、自分自身の世界観を打ち出したウェブサイトやブログを持つのがいちばんだと思います。
独善的になりはしないか?あまり個性が強いお店は嫌われるのではないか?と、不安になるかもしれませんが、
自分に正直に、自分の考えや価値観をストレートに出したほうが、より、結びつきの強いファンが獲得できます。
これはどういうことなのかというと、人間関係について「人に嫌われるのが怖い」とか「誰にでもいい顔をしようとして疲れる」と悩んでいるお客様にも話すことなのですが、
私のお客様には結果として子持ちもお母さんが多いので、
よく産院を例に出しています。
今、特に個人経営の産院は、
・自然分娩や、自然ということを大切にしているところ。
・助産院的なところ。
・無痛分娩を打ち出しているところ。
・食事が玄米菜食のところ。
・食事がホテルみたいに豪華でおいしいところ。
・ゴージャスなブランド物に囲まれて入院生活を送れるところ。
というように、いろいろなバリエーションがあります。
それぞれ相反するものもあります。
だけど、独自のカラーがより絞られていればいるほど、それぞれに「こういうお産をしたい」と望んでいる熱烈なファンがつきます。
とにかく自然なお産をしたい人に、無痛分娩はほとんど目に入らないでしょうし、
痛いのが怖いからできるだけ痛みを軽くしたいと思う人には、無痛分娩一択です。
食事法に気を使っている人には、玄米菜食や粗食を出す産院しかありえませんが、
大変なお産の後だし、すでに家族がたくさんいたりすると出産の入院は忙しい日常から離れられる貴重な機会だから、ホテルみたいな食事や設備がある産院がいい、と思う人もいるでしょう。
それぞれの性質を、それぞれのファンに、とても喜んでもらえるのです。
しかし、どんな人にも受け入れられるような産院にしようと思うとどうなるか?
総合病院の中の産婦人科のようになります。
とりあえず安心感はありますが、
地方の、古くさびれかかった総合病院、かもしれません。。
個人が総合病院になることはできませんし、似合いません。
総合病院は、たくさんの医師や看護師の集合体だからできることです。
100%、誰からも好かれる、誰にでもファンになってもらえるなんて無理。
世の中の人の、1割の人から好きになってもらえたらそれで十分!
2割の人からまあまあ好かれ、4割の人から可もなく不可もなく見られ、2割の人からあまり好まれず、1割の人から嫌われる。
そんな分布が自然なのではないでしょうか。
100%の人から「好かれる」のは独裁者くらいなものです。それも見かけだけですね。
だからたまたま目の前を通過した人に「好かれよう」とする必要はない。
好きになってくれる「1割」の人とどう知り合っていくか?
個人のお店にとって、ウェブサイトを通した集客は、個人対個人の人間関係と同じで、
飾らない、正直な自分自身を、思い切って出していくことしかないと思うのです。
誰に遠慮することなく、自分自身の世界観を打ち出したウェブサイトやブログを持つのがいちばんだと思います。
独善的になりはしないか?あまり個性が強いお店は嫌われるのではないか?と、不安になるかもしれませんが、
自分に正直に、自分の考えや価値観をストレートに出したほうが、より、結びつきの強いファンが獲得できます。
これはどういうことなのかというと、人間関係について「人に嫌われるのが怖い」とか「誰にでもいい顔をしようとして疲れる」と悩んでいるお客様にも話すことなのですが、
私のお客様には結果として子持ちもお母さんが多いので、
よく産院を例に出しています。
今、特に個人経営の産院は、
・自然分娩や、自然ということを大切にしているところ。
・助産院的なところ。
・無痛分娩を打ち出しているところ。
・食事が玄米菜食のところ。
・食事がホテルみたいに豪華でおいしいところ。
・ゴージャスなブランド物に囲まれて入院生活を送れるところ。
というように、いろいろなバリエーションがあります。
それぞれ相反するものもあります。
だけど、独自のカラーがより絞られていればいるほど、それぞれに「こういうお産をしたい」と望んでいる熱烈なファンがつきます。
とにかく自然なお産をしたい人に、無痛分娩はほとんど目に入らないでしょうし、
痛いのが怖いからできるだけ痛みを軽くしたいと思う人には、無痛分娩一択です。
食事法に気を使っている人には、玄米菜食や粗食を出す産院しかありえませんが、
大変なお産の後だし、すでに家族がたくさんいたりすると出産の入院は忙しい日常から離れられる貴重な機会だから、ホテルみたいな食事や設備がある産院がいい、と思う人もいるでしょう。
それぞれの性質を、それぞれのファンに、とても喜んでもらえるのです。
しかし、どんな人にも受け入れられるような産院にしようと思うとどうなるか?
総合病院の中の産婦人科のようになります。
とりあえず安心感はありますが、
地方の、古くさびれかかった総合病院、かもしれません。。
個人が総合病院になることはできませんし、似合いません。
総合病院は、たくさんの医師や看護師の集合体だからできることです。
100%、誰からも好かれる、誰にでもファンになってもらえるなんて無理。
世の中の人の、1割の人から好きになってもらえたらそれで十分!
2割の人からまあまあ好かれ、4割の人から可もなく不可もなく見られ、2割の人からあまり好まれず、1割の人から嫌われる。
そんな分布が自然なのではないでしょうか。
100%の人から「好かれる」のは独裁者くらいなものです。それも見かけだけですね。
だからたまたま目の前を通過した人に「好かれよう」とする必要はない。
好きになってくれる「1割」の人とどう知り合っていくか?
個人のお店にとって、ウェブサイトを通した集客は、個人対個人の人間関係と同じで、
飾らない、正直な自分自身を、思い切って出していくことしかないと思うのです。
インターネットというものが世に普及し出したときからネットはずっと使ってきていましたから、自分のお店を表現するのに、ウェブサイトは必須だと考えていました。
24時間、いつでも探して読める広告媒体であり、分厚いパンフレット代わりでもあるサイト。
利用しないわけにはいきません。
開業したその日から、自分のお店のサイトは作っていました。
開業のときに入れた折込チラシにも、それから出すことになるすべての広告にも、
サイトのURLを入れていました。
当時はウェブサイトを作るのは今よりも簡単な技術でできました。
お絵描きソフト(ドローソフトと呼ばれていた)の延長のような感覚で、「ホームページ作成ソフト」を扱うことができました。
(いつから「ホームページ」という言葉があまり使われなくなったんだろう?)
とはいえ私が開業した地域では、当時、自分のサイトを持つお店はかなり少数派でした。
私の開業から4~5年たった頃でも、新規開業した人が、
「インターネットを見て来る人は少ないみたいだからホームページは作らない」と言っていたくらいでした。
ど、どこから「ネットを見て来る人は少ない」という情報を仕入れたのだろうか???
そんな地域なので、地域で検索したらすぐに私のお店が出てくるような状況でした。
リンク集への登録や、お友達のページとの相互リンクはやっていましたが、本格的なSEO対策などはほとんどやっていなかったのに、です。
文章を書くのは嫌いではなく、どちらかというと好きだったので、
レンタル日記と呼ばれていたものに、日記を書いて、サイトから飛べるようにしていました。
まだブログというものはありませんでした(一般的ではありませんでした)。
サイトの方は、一度見た人は、臨時休業の確認くらいでしか再び閲覧することはありませんが、
日記やブログを持っていれば、それを読むためにときどき訪れてくれる人が増えます。
開業初年度は、先輩方のアドバイスどおりに広告はたくさん打ちました。
折込チラシ、地域の情報誌、看板、その他、あらゆる広告を、どれが良いか分からなかったので、
営業が来るままに試してみて、
最終的には、一番反応のよい、地域の情報誌への掲載は、1年に1~2回は続けていくことになりました。
最初のうちはそういう、リアルな広告媒体からのお客さんが大多数でしたが、
この地域にインターネットが普及していくにつれて、
「ネットで調べて来た」というお客様がどんどん増加していきました。
ここ5年くらい、9割以上がネットからのお客様です。
サイトの作成は、何を参考にしたわけでもありませんが、
整体院としては施術者の顔写真とプロフィールは必須、
(載せていれば安心してもらえます)
基本的な情報(メニューや料金や営業時間や地図など)のほかにも、
いろんなページを作って、コラム的なことを書いたり、
自分の世界をかなり出していました。
結果的にそれが良かったようで、
サイトを見て「ここにしようかな」と考えているお客様は、
ウェブサイトの隅々まで読み込んで(それにはけっこう時間がかかるような量だったのですが)
納得したら、「ここにしよう」と決定を下して、来てくださっていたようです。
ウェブサイトにはいろいろな説明を細かく書いていましたから、
サイトを読んでから来られるお客様は、あらかじめいろいろと分かってくださっており、
私の方も安心でした。
レンタル日記から、ブログに変更したのは開業3年後、2006年のときでした。
少し出遅れてたんですが、関係ない。読み応えを感じてもらえればそれでよし。
地域のブログランキングに登録したら、けっこう上位にいつもいました。
ランキング参加は途中で面倒になって外しちゃいましたが・・・
レンタル日記よりもブログのほうがたくさんの内容を書き込むことができるので、
それだけ自分の世界観をより出していくことができて、
それに共鳴したお客様がぼつりぽつりと現れ始めました。
毎日のようにブログをチェックして下さる方も、そこそこいらっしゃるようでした。
特に共鳴度が大きかった数名のお客様は、今では、お客様というより親友のようになっており、大切な仲間として時々、食事や日帰り旅行を共にしています。
次回は、集客のターゲティングについてずっと考えてきたことを、続けて書いてみたいと思います。
24時間、いつでも探して読める広告媒体であり、分厚いパンフレット代わりでもあるサイト。
利用しないわけにはいきません。
開業したその日から、自分のお店のサイトは作っていました。
開業のときに入れた折込チラシにも、それから出すことになるすべての広告にも、
サイトのURLを入れていました。
当時はウェブサイトを作るのは今よりも簡単な技術でできました。
お絵描きソフト(ドローソフトと呼ばれていた)の延長のような感覚で、「ホームページ作成ソフト」を扱うことができました。
(いつから「ホームページ」という言葉があまり使われなくなったんだろう?)
とはいえ私が開業した地域では、当時、自分のサイトを持つお店はかなり少数派でした。
私の開業から4~5年たった頃でも、新規開業した人が、
「インターネットを見て来る人は少ないみたいだからホームページは作らない」と言っていたくらいでした。
ど、どこから「ネットを見て来る人は少ない」という情報を仕入れたのだろうか???
そんな地域なので、地域で検索したらすぐに私のお店が出てくるような状況でした。
リンク集への登録や、お友達のページとの相互リンクはやっていましたが、本格的なSEO対策などはほとんどやっていなかったのに、です。
文章を書くのは嫌いではなく、どちらかというと好きだったので、
レンタル日記と呼ばれていたものに、日記を書いて、サイトから飛べるようにしていました。
まだブログというものはありませんでした(一般的ではありませんでした)。
サイトの方は、一度見た人は、臨時休業の確認くらいでしか再び閲覧することはありませんが、
日記やブログを持っていれば、それを読むためにときどき訪れてくれる人が増えます。
開業初年度は、先輩方のアドバイスどおりに広告はたくさん打ちました。
折込チラシ、地域の情報誌、看板、その他、あらゆる広告を、どれが良いか分からなかったので、
営業が来るままに試してみて、
最終的には、一番反応のよい、地域の情報誌への掲載は、1年に1~2回は続けていくことになりました。
最初のうちはそういう、リアルな広告媒体からのお客さんが大多数でしたが、
この地域にインターネットが普及していくにつれて、
「ネットで調べて来た」というお客様がどんどん増加していきました。
ここ5年くらい、9割以上がネットからのお客様です。
サイトの作成は、何を参考にしたわけでもありませんが、
整体院としては施術者の顔写真とプロフィールは必須、
(載せていれば安心してもらえます)
基本的な情報(メニューや料金や営業時間や地図など)のほかにも、
いろんなページを作って、コラム的なことを書いたり、
自分の世界をかなり出していました。
結果的にそれが良かったようで、
サイトを見て「ここにしようかな」と考えているお客様は、
ウェブサイトの隅々まで読み込んで(それにはけっこう時間がかかるような量だったのですが)
納得したら、「ここにしよう」と決定を下して、来てくださっていたようです。
ウェブサイトにはいろいろな説明を細かく書いていましたから、
サイトを読んでから来られるお客様は、あらかじめいろいろと分かってくださっており、
私の方も安心でした。
レンタル日記から、ブログに変更したのは開業3年後、2006年のときでした。
少し出遅れてたんですが、関係ない。読み応えを感じてもらえればそれでよし。
地域のブログランキングに登録したら、けっこう上位にいつもいました。
ランキング参加は途中で面倒になって外しちゃいましたが・・・
レンタル日記よりもブログのほうがたくさんの内容を書き込むことができるので、
それだけ自分の世界観をより出していくことができて、
それに共鳴したお客様がぼつりぽつりと現れ始めました。
毎日のようにブログをチェックして下さる方も、そこそこいらっしゃるようでした。
特に共鳴度が大きかった数名のお客様は、今では、お客様というより親友のようになっており、大切な仲間として時々、食事や日帰り旅行を共にしています。
次回は、集客のターゲティングについてずっと考えてきたことを、続けて書いてみたいと思います。
前回の記事で、
「私がもし専業で主婦をしていたら、ほとんどの時間、心は子供たちよりも自分の夢にあって、気もそぞろだっただろう。そんな心の状態で子供たちと一日中、毎日一緒にいたら、子供たちの信頼は得られない…」
と書きました。
この点は、自分で特に気にしていたことでした。
私は自分が子供だったころの感情をけっこう覚えています。
大人がどんなことを考えているかに敏感でした。
だから絶対、子供の心にごまかしはきかないと思っていました。
でも、初めての子が生まれ、初めて赤ちゃんという存在と1日中暮らすようになったとき、
赤ちゃんに何をしてあげたらいいのか分からない!!
という状態でした。
おむつとおっぱい、それ以外のことは何をしたらいいの?
今思えば、ずっと抱っこしてあげて、母親の私が気分良くニコニコしていればそれでよかったんです。
でも、初めての子供に対しては不安や緊張があるもの。
それに抱っこするための筋力がついていなくて、長時間の抱っこがとてもできませんでした。
ベビースリングがまだなかった頃でしたし。
それで、子育てに関する本を読んだり、ネットで調べたり、
情報をいろいろ調べました。
そのうち、早期教育に出会いました。
3歳までが重要、というキャッチフレーズのやつです。
説明を読んでいたら、なるほどなるほどと思ったので、
やってみました。
これは、初めての子供に対して、
「何をしてあげたらいいの?」
という迷いの解決には、とても役立ちました。
絵本を読んであげたり、積み木やブロックでいろいろ作ってみせたり、
フラッシュカードも、時間にしたらほんの数分ですが、やりましたよ。
これは、何をしてあげたらいいのか分からなくて迷いながら時間を持て余すよりは、
子供に集中して過ごすことができて、
良かったと思います。
娘も、とても喜んでくれました。
早期教育に関しては、また改めて書きたいと思っています。
昼間、保育園に預けている間は仕事に集中して、
夜、子供と一緒にいるときは、仕事のことは頭からはずして、子供に集中する。
私にはそのペースとリズムがとても合っていました。
「私がもし専業で主婦をしていたら、ほとんどの時間、心は子供たちよりも自分の夢にあって、気もそぞろだっただろう。そんな心の状態で子供たちと一日中、毎日一緒にいたら、子供たちの信頼は得られない…」
と書きました。
この点は、自分で特に気にしていたことでした。
私は自分が子供だったころの感情をけっこう覚えています。
大人がどんなことを考えているかに敏感でした。
だから絶対、子供の心にごまかしはきかないと思っていました。
でも、初めての子が生まれ、初めて赤ちゃんという存在と1日中暮らすようになったとき、
赤ちゃんに何をしてあげたらいいのか分からない!!
という状態でした。
おむつとおっぱい、それ以外のことは何をしたらいいの?
今思えば、ずっと抱っこしてあげて、母親の私が気分良くニコニコしていればそれでよかったんです。
でも、初めての子供に対しては不安や緊張があるもの。
それに抱っこするための筋力がついていなくて、長時間の抱っこがとてもできませんでした。
ベビースリングがまだなかった頃でしたし。
それで、子育てに関する本を読んだり、ネットで調べたり、
情報をいろいろ調べました。
そのうち、早期教育に出会いました。
3歳までが重要、というキャッチフレーズのやつです。
説明を読んでいたら、なるほどなるほどと思ったので、
やってみました。
これは、初めての子供に対して、
「何をしてあげたらいいの?」
という迷いの解決には、とても役立ちました。
絵本を読んであげたり、積み木やブロックでいろいろ作ってみせたり、
フラッシュカードも、時間にしたらほんの数分ですが、やりましたよ。
これは、何をしてあげたらいいのか分からなくて迷いながら時間を持て余すよりは、
子供に集中して過ごすことができて、
良かったと思います。
娘も、とても喜んでくれました。
早期教育に関しては、また改めて書きたいと思っています。
昼間、保育園に預けている間は仕事に集中して、
夜、子供と一緒にいるときは、仕事のことは頭からはずして、子供に集中する。
私にはそのペースとリズムがとても合っていました。
夫の実家に帰省しています。
さっき、義理の妹の2人の男の子たちの写真を見せてもらいました。
2歳と1歳の年子です。
夏休み、元気いっぱいに遊んでいる写真がアルバムに目一杯入れてありました。
最後の写真は、たった1週間前の日付。
それに比べてわたしは、3番目の子が生まれてから印刷した写真は、ハワイに母子で16日間滞在したときのものだけ…
もう3番目の子が生まれてから3年になるというのに(ーー;)
義理の妹は専業主婦として子供たちを育てています。
その育てっぷり、家事のこなしぶりは、専業主婦の鏡のようです…。
写真を見ながらふっと思います。
私も、子供たちの小さい間、こんなふうに専業主婦としてずっと一緒に過ごしていたら、楽しかっただろうかと。
しかしどんなに想像しても、答えはノーなのです。
私がもしそうやって専業で主婦をしていたら、ほとんどの時間、心は子供たちよりも、自分の夢にあって、気もそぞろではなかったかと。
そんな心の状態で子供たちと一日中、毎日一緒にいたら、子供たちの信頼は得られない…
逆に悪影響を与えてしまう…
つくづく、専業主婦には向いていなかったな、と。
「いかなった」と過去形なのは、3人目の子を生んでからは、母親体質が身になじんできたからです。
3番目の子が1~2歳だった時は、今なら仕事をなくして子育てと家事に徹することができるな、と思いました。
女性性や、母親としての性質も、続けているうちに成長するものです。
ただしそうなった分、仕事の能率は、少し落ちました。
のんびりになってしまうので。
女性的な面と男性的な面。
どちらも経験したかった。
男性的な部分を使って仕事をし、女性的な部分を使って子育てをする。
女性的な自分が育ってきた今、次の目標は、男性的な自分と女性的な自分の切り替えを、素早くできるようになることです。
一瞬で切り替えられるようにする。
分刻みでも切り替えられるようにする。
自分の中のキャラクターの使い分け。
それができるようになったら、最強だと思います!
がんばる。
さっき、義理の妹の2人の男の子たちの写真を見せてもらいました。
2歳と1歳の年子です。
夏休み、元気いっぱいに遊んでいる写真がアルバムに目一杯入れてありました。
最後の写真は、たった1週間前の日付。
それに比べてわたしは、3番目の子が生まれてから印刷した写真は、ハワイに母子で16日間滞在したときのものだけ…
もう3番目の子が生まれてから3年になるというのに(ーー;)
義理の妹は専業主婦として子供たちを育てています。
その育てっぷり、家事のこなしぶりは、専業主婦の鏡のようです…。
写真を見ながらふっと思います。
私も、子供たちの小さい間、こんなふうに専業主婦としてずっと一緒に過ごしていたら、楽しかっただろうかと。
しかしどんなに想像しても、答えはノーなのです。
私がもしそうやって専業で主婦をしていたら、ほとんどの時間、心は子供たちよりも、自分の夢にあって、気もそぞろではなかったかと。
そんな心の状態で子供たちと一日中、毎日一緒にいたら、子供たちの信頼は得られない…
逆に悪影響を与えてしまう…
つくづく、専業主婦には向いていなかったな、と。
「いかなった」と過去形なのは、3人目の子を生んでからは、母親体質が身になじんできたからです。
3番目の子が1~2歳だった時は、今なら仕事をなくして子育てと家事に徹することができるな、と思いました。
女性性や、母親としての性質も、続けているうちに成長するものです。
ただしそうなった分、仕事の能率は、少し落ちました。
のんびりになってしまうので。
女性的な面と男性的な面。
どちらも経験したかった。
男性的な部分を使って仕事をし、女性的な部分を使って子育てをする。
女性的な自分が育ってきた今、次の目標は、男性的な自分と女性的な自分の切り替えを、素早くできるようになることです。
一瞬で切り替えられるようにする。
分刻みでも切り替えられるようにする。
自分の中のキャラクターの使い分け。
それができるようになったら、最強だと思います!
がんばる。