今日は家族で宮島を訪れました。
目的は2つ、大河ドラマで旬な平清盛をマネて繁栄祈願(ついでに世界平和も祈っちゃおう)のために厳島神社に参拝することと、弥山の頂上にある巨石を見にいくことでした。
大きな岩、好きなのです。
これまでにもアメリカなどで巨石のある遺跡をいくつか見てきました。
暑いので朝早いうちから行動する作戦に。
宿を8時前に出て、厳島神社に向かいました。
干潮だったので大鳥居まで歩いていけました。
触ってみると、想像以上に存在感の凄い鳥居でした。
何でも近寄れるなら近寄ってみるものですね。
厳島神社の参拝は難なく済ませて、さて、ロープウェイに。
と思ったら、ロープウェイ乗り場に行く途中に「8月8日~10日まで点検のため運休します」という貼り紙が!
今日は8月9日です…
家族で弥山の頂上へ、は諦めざるを得ませんでした。
3歳児がいますから。
でも、私はどうしても頂上の巨石が見たかった。
テレビで見て、是非行ってみたいと思った場所です。
今見ておかなくては、次に宮島に来ることなんて、あったとしても10年以上先かもしれませんから。
それで、夫と子供たちがロープウェイの代わりに水族館に行く間に、私だけで山頂まで歩いて登ることにしました。
登山口に着いてみれば、「石段がほとんどで1時間半ほどかかる道です」と立て札がありました。
子供たちが水族館に行っている間だけで山頂まで登って下りて来られるだろうか?
かなりしんどくはないだろうか?
やっぱりやめとこうかな、という思いが何度も胸をかすめました。
でも時間を無駄にしないようにと思って、迷いながらもまず登り始めようと。
しんどかったら戻ってきてもいい。
石段だらけというのは本当で、しかも一つの段がなかなか急なのです。
すぐに息が上がりました。
山さん、どうか、上まで登らせてください…
お願いしながら一歩一歩登ります。
登りながら、開業という初めての体験をした時の気持ちが甦ってきました。
あの時だって迷いがないわけがなかった。
でもやるしかないと思ってた。
それは若い頃だったからできたことで、今はあれほどのエネルギーはない、と自分に限界をつくるような思いが、心のどこかになかったか?
女性には妊娠・出産・子育てという壮絶な期間を経て、ヘトヘトになる時期があります。
しかし子供の成長とともに、少しずつまた余裕が出てくるのです。
そのときに出てきた余裕のエネルギーをどこに向けるのか?
子供の心配事と夫の愚痴とテレビの話、明日への何も生み出さないこの3つの話題だけをぺちゃくちゃしゃべって終わりたくはない。
夢を実現させたり、心から共鳴できる仲間と出会ったり、小さくても何か自分にとって意味を感じられるものを生み出したりしたい。
また人生の新しい山に登ろう。
……そんなことを考えているうちに、弥山の山頂まで登れるかどうか迷っていたことなど忘れ、ひたすら石段を登ってらいる自分に気がつきました。
山頂に到着することしか考えていない。
こうなると、無敵!
もうすぐ山頂か?と思っては裏切られの繰り返しでけっこうしんどかったですが、無事、弥山登頂!
巨石も拝めました。
巨石にも触ってきました。
ロープウェイが運休で、自分の足で登ったからこそ思いが及んだことの数々。
正直、これからの挑戦のことを思うと足がすくみそうになることもあるのですが、目標だけを見て、そこに到達することだけを考えて、進んでいこうと思います。
(宮島・弥山山頂でこの記事を書いています)
塾は結果的に5年ほど続けたあと、終了しました。
直接の原因は、塾は営業時間帯がどうしても遅くなるので、小さい子供を育てながらでは苦しくなってきたからでした。
メインで塾をやってくれていた友人にも、私の子供たちとそれぞれ同い年の、2人の小さな子供がいました。
友人は塾を終えたあと、気に入った自然豊かな地域に空き家を見つけて、引っ越していきました。
私たちの塾は、勉強熱心な子は少なくて、どちらかというとお母さんが「家では全然勉強しないから、塾にでも行ってその間だけでも勉強してほしい」と思って通わせている、という子がほとんどでした。
勉強できる子は何も指導しなくても自分でどんどんやっていく。
勉強に全然身が入らない子は、宿題を一度もやってこない上に、マンツーマンで見ているというのに居眠りしたり(^_^;)
でもそういう子たちも、人生の勝負に使える資質を、勉強とはほかのところに持っているはず。
何かを持っているのは分かる。勉強していないとき、何かがキラキラしている。
まだ、進路に希望を失ってエネルギーを枯渇させるところまでいってないのだし。
だけど彼らの資質が何かをきっちり見つけてあげるには週1回では足りません。
それを伸ばしてあげるには、両親や学校の先生といった、もっと深く長く関われる立場でないと難しいでしょう。
社会で成功するには何か一つのことが突出してできればいい。
さらに多芸だともちろんネタになるしトクではありますが、何か勝負できるものや、勝負できるフィールドを持っていることが一番。
ほとんどの大人はそうは考えていなくて、学校行って勉強して何かを教えてもらって就職先を紹介してもらってどこか良いところに就職して、とだけ考えている。
その型に、あらゆる子供がはめられる。
それで幸せなのだろうか?
残念ながら、そうやって生きてきた大人たちがまず幸せに見えない現状。
だから子供はますますそんな道を歩きたくない。
たまたま、親の示した道と自分のやる気になれる道が同じ方向だった子供は幸せだと思います。
ちょうどウチでも、最初の子にとっては、私の考えていた方向性はことごとく合っていないようでした。
自分の考えを捨てて、子供にとって一番、自分の持っているものを伸ばせるように見守っていかなければと思い始めていました。
画一的で、なかなか後戻りややり直しのきかない日本のシステムの中で、どうやって子供たちのそれぞれの資質を伸ばしていけばいいのか?
その点については、今も常に問い続けながら子供たちと向き合う毎日です。
オマケ:弥山山頂からの眺め
塾は結果的に5年ほど続けたあと、終了しました。
直接の原因は、塾は営業時間帯がどうしても遅くなるので、小さい子供を育てながらでは苦しくなってきたからでした。
メインで塾をやってくれていた友人にも、私の子供たちとそれぞれ同い年の、2人の小さな子供がいました。
友人は塾を終えたあと、気に入った自然豊かな地域に空き家を見つけて、引っ越していきました。
私たちの塾は、勉強熱心な子は少なくて、どちらかというとお母さんが「家では全然勉強しないから、塾にでも行ってその間だけでも勉強してほしい」と思って通わせている、という子がほとんどでした。
勉強できる子は何も指導しなくても自分でどんどんやっていく。
勉強に全然身が入らない子は、宿題を一度もやってこない上に、マンツーマンで見ているというのに居眠りしたり(^_^;)
でもそういう子たちも、人生の勝負に使える資質を、勉強とはほかのところに持っているはず。
何かを持っているのは分かる。勉強していないとき、何かがキラキラしている。
まだ、進路に希望を失ってエネルギーを枯渇させるところまでいってないのだし。
だけど彼らの資質が何かをきっちり見つけてあげるには週1回では足りません。
それを伸ばしてあげるには、両親や学校の先生といった、もっと深く長く関われる立場でないと難しいでしょう。
社会で成功するには何か一つのことが突出してできればいい。
さらに多芸だともちろんネタになるしトクではありますが、何か勝負できるものや、勝負できるフィールドを持っていることが一番。
ほとんどの大人はそうは考えていなくて、学校行って勉強して何かを教えてもらって就職先を紹介してもらってどこか良いところに就職して、とだけ考えている。
その型に、あらゆる子供がはめられる。
それで幸せなのだろうか?
残念ながら、そうやって生きてきた大人たちがまず幸せに見えない現状。
だから子供はますますそんな道を歩きたくない。
たまたま、親の示した道と自分のやる気になれる道が同じ方向だった子供は幸せだと思います。
ちょうどウチでも、最初の子にとっては、私の考えていた方向性はことごとく合っていないようでした。
自分の考えを捨てて、子供にとって一番、自分の持っているものを伸ばせるように見守っていかなければと思い始めていました。
画一的で、なかなか後戻りややり直しのきかない日本のシステムの中で、どうやって子供たちのそれぞれの資質を伸ばしていけばいいのか?
その点については、今も常に問い続けながら子供たちと向き合う毎日です。
オマケ:弥山山頂からの眺め
開業して間もないある日、国内トップクラスの大学を出ているママ友に出会いました。
いろいろ話しているうちに、一緒に塾をやろう、ということになりました。
塾といってもそんなに大掛かりなものではなく、
小学生か、せいぜい中学生までを対象に、一度に3~4人くらいの子の勉強を見る、というものです。
この友人は児童英語も教えられるということで、児童英語教室もくっつけることになりました。
整体院内に張り紙をして、子供のいそうな家にチラシをポスティングして、ホームページに案内を出す。
その程度で始めました。
集まった子供たちの8割くらいは、整体に来られているお母さんまたはお父さんのお子さんでした。
週に4日、夕方になると、塾or児童英語の時間がきます。
整体をしている裏の部屋を、塾の部屋に当てていました。
一人で整体院を切り盛りしている中、仲間の友人と、子供たちが集まって、一気ににぎやかになる時間です。
毎日楽しみにしていました。
私も中学生までなら教えられるので、週に1コマは塾のお手伝いをしました。
ときには、お子さんが塾で勉強している間に、お母さんが整体を受けられることもありました。
整体と塾の組み合わせは、意外に相性のいいものでした。
整体のように体に働きかけるものは、リラックスしてくるので、お客様もいろいろと本音の話をされます。
それで、お母さんやお父さんの整体中に、塾に来てるお子さんについて、いろいろと聞くことができました。
そして、私から見たお子さんの良いところについて、お母さんお父さんに伝えることができました。
塾で見る子供の様子と、お母さんやお父さんの話から、
小学校低学年の子供はこんなふうで、こんなことを考えていて、ご両親はこんなふうに見ている、
高学年になるとこんな問題が出てきて、中学生になるとあんな問題が出てくる、
というように、
子供が成長するにつれて出くわすこと、それに対する両親の思いや対処の仕方が、
ひとつひとつ私の中でデータとなって蓄積されていきました。
それは何より、私自身の子育てに、とても役に立ちました。
まだ自分の子供が0歳と2歳の段階で、小学生や中学生になったらどうなるかがとてもよく分かって、
先を見通すことができました。
子供がどんなふうに成長していくか想像ができないでいると子供の将来が不安でたまらないところですが、
子供たちのこれからの道のりについてリアルに想像できるようになったので、
子供に対してゆったりと構えられるようになり、過度の期待をかけなくなったし、子供の成長具合に対して焦ることがなくなりました。
また、子供の側と、お母さんお父さんの側、両方ともそれぞれけっこう深いところまで話をして把握できたことから、
両親の状況が子供にダイレクトに影響すること、
両親が何か問題を抱えたら子供にもそれが何らかの形で現れるし、
両親が子供を威圧していたら子供は外で人を困らせるくらいに発散することがあるし、
両親が子供を信頼していられたら子供は自分の持ってる力をまっすぐ発揮するとか、
親としてどうあるべきかについても学ばせてもらいました。
私にとっては、オフでママ友と話をするよりも、
子供のいる人に整体をしながら子育てについて話すほうが、
うわべだけじゃなくて本音で語り合えるので、
ずっと実りのある時間が持てることになりました。
子供のことも自分自身のことも、できるかぎり信頼して落ち着いて子育てしてこられたのは、
この塾の経験があったからだと言えます。
いろいろ話しているうちに、一緒に塾をやろう、ということになりました。
塾といってもそんなに大掛かりなものではなく、
小学生か、せいぜい中学生までを対象に、一度に3~4人くらいの子の勉強を見る、というものです。
この友人は児童英語も教えられるということで、児童英語教室もくっつけることになりました。
整体院内に張り紙をして、子供のいそうな家にチラシをポスティングして、ホームページに案内を出す。
その程度で始めました。
集まった子供たちの8割くらいは、整体に来られているお母さんまたはお父さんのお子さんでした。
週に4日、夕方になると、塾or児童英語の時間がきます。
整体をしている裏の部屋を、塾の部屋に当てていました。
一人で整体院を切り盛りしている中、仲間の友人と、子供たちが集まって、一気ににぎやかになる時間です。
毎日楽しみにしていました。
私も中学生までなら教えられるので、週に1コマは塾のお手伝いをしました。
ときには、お子さんが塾で勉強している間に、お母さんが整体を受けられることもありました。
整体と塾の組み合わせは、意外に相性のいいものでした。
整体のように体に働きかけるものは、リラックスしてくるので、お客様もいろいろと本音の話をされます。
それで、お母さんやお父さんの整体中に、塾に来てるお子さんについて、いろいろと聞くことができました。
そして、私から見たお子さんの良いところについて、お母さんお父さんに伝えることができました。
塾で見る子供の様子と、お母さんやお父さんの話から、
小学校低学年の子供はこんなふうで、こんなことを考えていて、ご両親はこんなふうに見ている、
高学年になるとこんな問題が出てきて、中学生になるとあんな問題が出てくる、
というように、
子供が成長するにつれて出くわすこと、それに対する両親の思いや対処の仕方が、
ひとつひとつ私の中でデータとなって蓄積されていきました。
それは何より、私自身の子育てに、とても役に立ちました。
まだ自分の子供が0歳と2歳の段階で、小学生や中学生になったらどうなるかがとてもよく分かって、
先を見通すことができました。
子供がどんなふうに成長していくか想像ができないでいると子供の将来が不安でたまらないところですが、
子供たちのこれからの道のりについてリアルに想像できるようになったので、
子供に対してゆったりと構えられるようになり、過度の期待をかけなくなったし、子供の成長具合に対して焦ることがなくなりました。
また、子供の側と、お母さんお父さんの側、両方ともそれぞれけっこう深いところまで話をして把握できたことから、
両親の状況が子供にダイレクトに影響すること、
両親が何か問題を抱えたら子供にもそれが何らかの形で現れるし、
両親が子供を威圧していたら子供は外で人を困らせるくらいに発散することがあるし、
両親が子供を信頼していられたら子供は自分の持ってる力をまっすぐ発揮するとか、
親としてどうあるべきかについても学ばせてもらいました。
私にとっては、オフでママ友と話をするよりも、
子供のいる人に整体をしながら子育てについて話すほうが、
うわべだけじゃなくて本音で語り合えるので、
ずっと実りのある時間が持てることになりました。
子供のことも自分自身のことも、できるかぎり信頼して落ち着いて子育てしてこられたのは、
この塾の経験があったからだと言えます。
この前、お客様として来られた、60代の女性のお話です。
この方は若い頃からずっと仕事をされていました。
仕事内容は具体的にはよくつかめませんでしたが、乗務員(添乗員?)、仲居、保険など、いろいろやったと言います。
結婚してすぐ、ご主人と給料明細を見せ合ったら、ご主人よりもこの方のほうがだいぶ給料が高かったんだそうです。
「働き続けてください」とご主人は言い、この方は働き続けることになりました。
(本当は、結婚したら仕事をやめたかったそうなんですが)
子供が生まれても、お母さん(子供たちのおばあちゃん)にかなり面倒を見てもらって。
定年までしっかり働かれました。
定年してから、息子さん夫婦と2世帯住宅に住み、やがてお孫さんが生まれました。
息子さん夫婦もフルタイムの共働き。
お嫁さんも、朝は早く、夜も早くはなく、土日もときどき出勤するときがあるそうです。
なので朝はお孫さんに朝ご飯を食べさせて、保育園に送って行き、夕方も迎えに行き、息子さん夫婦に夕食のおかずの1品程度を作って届ける。
昔、自分のお母さんがやってくれたことを、今は自分の番だとばかりに一生懸命お孫さんを世話しているのだそうです。
「働いていたときはね、家族が30%くらいだった。ほとんど仕事のことを考えていたわ。そのくらいでないと仕事できないもん」
そうですよね・・・。
しかし、私には子供たちの面倒を見てくれる母は近くに住んでいない・・・・
身内も友達もいない土地に夫婦2人で引っ越して来た。
夫と私で何とかするしかありません。
家族30%では、家事も子育てもムリ。50%は最低必要。子供が3人になってからは、60~70%を家事育児に使わないと家庭が崩壊する!!
今年から、うちも2世帯住宅になって両親と同居することになったのはいいが、母は手足が不自由な身体障害者。
面倒を見てもらうどころか、こちらが介護しなければならない状態に半分差しかかっている。
毎日7人分の食事を作る日々。
夫婦だけで子供たちのことと、それぞれの仕事のことを何とかしなくてはいけない家庭はきっと多いはず。
フルタイム勤務でやりくりできなければ、仕事をやめるか、時給1000円いくかいかないかのパートになったりする。
それで家族のための生活をエンジョイできればとてもハッピーですが、
仕事を通じた自分自身の充実をあきらめた感があるとしたら・・・
(1)自分は家族にどれだけのどのようなことをしたら、人生の終わり頃に振り返っても、後悔がないか?
(2)自分は仕事を通して何を成し遂げたら、人生の終わり頃に振り返っても、後悔がないか?
この2つのことを熟考して、家族に何%、仕事に何%、自分のエネルギーを配分したいかを決めます。
仕事に使うと決めたエネルギーの範囲内で、自分の仕事について考え、仕事を選び、仕事の性質や量を調節するのです。
勤めに出るとして、条件がピッタリ合うものに出会えればよいですが、
なかなか、仕事の量や時間帯、働く日と働かない日などを自分で決めるということは難しいです。
自分で仕事を創れば、それらのことは自分で調節できます。
子供に手がかかる時期ならペースを抑え、手が離れてきてから仕事に注ぐエネルギーの割合を増やしていき、ガンガン働くようにする、などという戦略も自由に設定できます。
私は開業当初は家族50%、仕事50%くらいでした。
3番目の子が生まれて、やがてハイハイする頃になって以降、2人目まではありえなかったほど手がかかり始め、
家族70%、仕事30%に落とさざるをえなくなりました。
思い切って家族100%にしようかと思ったくらい。
余裕のない日々でした。
それが3年近く続き、ようやく、家族50%、仕事50%に戻せるようになっていきました。
もう何年か後に、上の子たちが成長してきたら、家族30%、仕事70%にしたいところですが、
母親の介護がもっとかかってくるかもしれないので、どうなることやら。
助け合えるなら家族で助け合って家事育児を分担しながら、仕事できる人が存分仕事するというのは、理想的ですね。
この方は若い頃からずっと仕事をされていました。
仕事内容は具体的にはよくつかめませんでしたが、乗務員(添乗員?)、仲居、保険など、いろいろやったと言います。
結婚してすぐ、ご主人と給料明細を見せ合ったら、ご主人よりもこの方のほうがだいぶ給料が高かったんだそうです。
「働き続けてください」とご主人は言い、この方は働き続けることになりました。
(本当は、結婚したら仕事をやめたかったそうなんですが)
子供が生まれても、お母さん(子供たちのおばあちゃん)にかなり面倒を見てもらって。
定年までしっかり働かれました。
定年してから、息子さん夫婦と2世帯住宅に住み、やがてお孫さんが生まれました。
息子さん夫婦もフルタイムの共働き。
お嫁さんも、朝は早く、夜も早くはなく、土日もときどき出勤するときがあるそうです。
なので朝はお孫さんに朝ご飯を食べさせて、保育園に送って行き、夕方も迎えに行き、息子さん夫婦に夕食のおかずの1品程度を作って届ける。
昔、自分のお母さんがやってくれたことを、今は自分の番だとばかりに一生懸命お孫さんを世話しているのだそうです。
「働いていたときはね、家族が30%くらいだった。ほとんど仕事のことを考えていたわ。そのくらいでないと仕事できないもん」
そうですよね・・・。
しかし、私には子供たちの面倒を見てくれる母は近くに住んでいない・・・・
身内も友達もいない土地に夫婦2人で引っ越して来た。
夫と私で何とかするしかありません。
家族30%では、家事も子育てもムリ。50%は最低必要。子供が3人になってからは、60~70%を家事育児に使わないと家庭が崩壊する!!
今年から、うちも2世帯住宅になって両親と同居することになったのはいいが、母は手足が不自由な身体障害者。
面倒を見てもらうどころか、こちらが介護しなければならない状態に半分差しかかっている。
毎日7人分の食事を作る日々。
夫婦だけで子供たちのことと、それぞれの仕事のことを何とかしなくてはいけない家庭はきっと多いはず。
フルタイム勤務でやりくりできなければ、仕事をやめるか、時給1000円いくかいかないかのパートになったりする。
それで家族のための生活をエンジョイできればとてもハッピーですが、
仕事を通じた自分自身の充実をあきらめた感があるとしたら・・・
(1)自分は家族にどれだけのどのようなことをしたら、人生の終わり頃に振り返っても、後悔がないか?
(2)自分は仕事を通して何を成し遂げたら、人生の終わり頃に振り返っても、後悔がないか?
この2つのことを熟考して、家族に何%、仕事に何%、自分のエネルギーを配分したいかを決めます。
仕事に使うと決めたエネルギーの範囲内で、自分の仕事について考え、仕事を選び、仕事の性質や量を調節するのです。
勤めに出るとして、条件がピッタリ合うものに出会えればよいですが、
なかなか、仕事の量や時間帯、働く日と働かない日などを自分で決めるということは難しいです。
自分で仕事を創れば、それらのことは自分で調節できます。
子供に手がかかる時期ならペースを抑え、手が離れてきてから仕事に注ぐエネルギーの割合を増やしていき、ガンガン働くようにする、などという戦略も自由に設定できます。
私は開業当初は家族50%、仕事50%くらいでした。
3番目の子が生まれて、やがてハイハイする頃になって以降、2人目まではありえなかったほど手がかかり始め、
家族70%、仕事30%に落とさざるをえなくなりました。
思い切って家族100%にしようかと思ったくらい。
余裕のない日々でした。
それが3年近く続き、ようやく、家族50%、仕事50%に戻せるようになっていきました。
もう何年か後に、上の子たちが成長してきたら、家族30%、仕事70%にしたいところですが、
母親の介護がもっとかかってくるかもしれないので、どうなることやら。
助け合えるなら家族で助け合って家事育児を分担しながら、仕事できる人が存分仕事するというのは、理想的ですね。
困ったことといえば、特に初年度は不安定な売上で、前年度の収入で決まる健康保険を支払うのが大変だったとか、半年後に自覚のない疲労がたたり肺炎になったとか、
ふつうに苦労したことはもちろんたくさんあります。
そういうのではなく、子育てしながらの仕事だったからこそ困ったこと、を挙げると、
自宅とは別に店舗を借りていたという点に集約されます。
男性や独身の方なら問題にはならないのですが、子育てしながらでは、それに特化した仕事環境づくりが必要になってきます。
いちおう、それなりに子育てしながら仕事しやすくしたつもりだったのですが、仕事場と自宅が離れていた、というのは最大のデメリットに感じられました。
以前の記事に書いた通り、当時の自宅は店舗に不向きなので、店舗を借りるという手段を選んでいました。
もちろんコストはそれなりにかかります。自宅の家賃+店舗の家賃だからです。
コストがかかるので、営業形態を予約制にはしていても、気分的にお店から離れられません。
もしかしたら飛び込みのお客さんが来られるかもしれないとか、
子供とたまに出かけたくても、少しでも収入の見込みが欲しいから営業しておこうとか。
一人でやっているから代わりがききません。
自分が熱を出しても、子供が病気になっても、予約が入っていたら何とかやる。
子供が熱を出したら裏の部屋で寝かせておけるから大丈夫、と思っていたのですが、
自宅ではない場所というのは、0~2歳そこらの小さな子供には落ち着かないようで、
「おうちに帰りたい」とぐずったり、大泣きされたり、なかなか、平穏に営業できる状況にになりませんでした。
もしこれが自宅だったら、病気になっても子供はも安心して寝ていられるだろうし、
合間には料理を作ったり、掃除したりの家事ができるだろう。
冬には部屋を暖めておくために、早めに暖房を入れる必要がありますが、
それも自宅なら、パジャマのままでも早い時間に暖房スイッチオンできます。
整体師さんたちの交流会に出たら、男性整体師さんたちでさえ、店舗借りるより自宅兼店舗にするに限るよ、家賃がダブらないからね、という話をしている。
子育てしながら女性が1人で切り盛りする仕事を持つには、自宅がいちばんだな・・・と、切実に思い始めました。
(2人以上でやるなら店舗を借りるほうが便利と思います)
自宅と言っても、どんな家でもいいわけではなく、お客さんが入りやすいような外観や作りになっていたほうがいいですし、私に支払いができる程度でなければならないし、難しいものです。
自宅兼店舗、どうにかして手に入らないかな。。。
そればっかり考えるようになりました。
ちなみに、私が自宅兼店舗を持つようになってから知り合った女性は、ご主人の実家に嫁いでご主人の両親と同居している状況でも、話し合って、小さな看板を出して、ホームページを持って、カウンセリング的なことを自宅で行っていました。
やろうと思えばやれるものだなと、勉強させていただきました。
ふつうに苦労したことはもちろんたくさんあります。
そういうのではなく、子育てしながらの仕事だったからこそ困ったこと、を挙げると、
自宅とは別に店舗を借りていたという点に集約されます。
男性や独身の方なら問題にはならないのですが、子育てしながらでは、それに特化した仕事環境づくりが必要になってきます。
いちおう、それなりに子育てしながら仕事しやすくしたつもりだったのですが、仕事場と自宅が離れていた、というのは最大のデメリットに感じられました。
以前の記事に書いた通り、当時の自宅は店舗に不向きなので、店舗を借りるという手段を選んでいました。
もちろんコストはそれなりにかかります。自宅の家賃+店舗の家賃だからです。
コストがかかるので、営業形態を予約制にはしていても、気分的にお店から離れられません。
もしかしたら飛び込みのお客さんが来られるかもしれないとか、
子供とたまに出かけたくても、少しでも収入の見込みが欲しいから営業しておこうとか。
一人でやっているから代わりがききません。
自分が熱を出しても、子供が病気になっても、予約が入っていたら何とかやる。
子供が熱を出したら裏の部屋で寝かせておけるから大丈夫、と思っていたのですが、
自宅ではない場所というのは、0~2歳そこらの小さな子供には落ち着かないようで、
「おうちに帰りたい」とぐずったり、大泣きされたり、なかなか、平穏に営業できる状況にになりませんでした。
もしこれが自宅だったら、病気になっても子供はも安心して寝ていられるだろうし、
合間には料理を作ったり、掃除したりの家事ができるだろう。
冬には部屋を暖めておくために、早めに暖房を入れる必要がありますが、
それも自宅なら、パジャマのままでも早い時間に暖房スイッチオンできます。
整体師さんたちの交流会に出たら、男性整体師さんたちでさえ、店舗借りるより自宅兼店舗にするに限るよ、家賃がダブらないからね、という話をしている。
子育てしながら女性が1人で切り盛りする仕事を持つには、自宅がいちばんだな・・・と、切実に思い始めました。
(2人以上でやるなら店舗を借りるほうが便利と思います)
自宅と言っても、どんな家でもいいわけではなく、お客さんが入りやすいような外観や作りになっていたほうがいいですし、私に支払いができる程度でなければならないし、難しいものです。
自宅兼店舗、どうにかして手に入らないかな。。。
そればっかり考えるようになりました。
ちなみに、私が自宅兼店舗を持つようになってから知り合った女性は、ご主人の実家に嫁いでご主人の両親と同居している状況でも、話し合って、小さな看板を出して、ホームページを持って、カウンセリング的なことを自宅で行っていました。
やろうと思えばやれるものだなと、勉強させていただきました。

