今度の邦人人質事件で、とくに「後藤さんを救出しよう」といった運動がおこって、うちにもMLなどを通じて、署名やら賛同を求めるメールが送られてきた。ただ、これに対しては、本当にどう対応して良いやら、迷ってしまう。

 政府に対して何か要求するにしても、一体何を求めるか、どこまで求めて良いのか、正直戸惑うのだ。海外に行った邦人に対して、政府はどこまで責任をもつべきなのか。政府の責任と権限が及ぶ範囲は、あくまで日本国の領域である。この中では、日本国民は平等にあらゆる種類の福利を受ける権利があるし、政府には義務がある。
 ただ、これが国外になるとどうなるだろう。あらゆる国家の主権が及ばない南極などは別として、日本国外のたいていの陸地はどこかの国家の主権下にある。そして、たいてい普通の邦人が足を運ぶところは、日本と条約などを結んでいて、相互互恵の関係にある。A国の国民が日本に来たときには、ある程度の留保は付きながらも日本国民と同じくらいに保護するから、日本国民がA国に行ったときは、A国国民に最低限与えられている保護はお願いしますよ、ということだ。こういうことになっているので、日本では外国人も国民健康保険に入って日本国民と同じように福祉を受けることが出来る(もちろん税金や保険料は払わなければならないが)。もし日本国内で深刻な事件・事故にA国国民が巻き込まれた場合はどうなるか。日本の警察・消防、場合によっては自衛隊は必死にA国国民を救出するということになる。「外国人だから見捨てておけ」という事にはならない。そのかわり、日本国民がA国で何らかの事件・事故に巻き込まれた場合、A国の警察・消防や軍隊が、必死になって助けて下さいね、ということだ。
 つまり、外国における邦人の保護というのは、相手国に代理で行ってもらうのが大前提ということだ。もしA国に邦人の保護を行う能力がない(混乱によってA国が保護能力を喪失していたり、A国の保護能力を上回る災難が発生していた場合)、日本はA国に対して渡航しないように警告を発する。この警告というのはつまり「A国に行って、どんな事態に巻き込まれてもA国の助けは期待できないし、日本政府としても責任もてません」という意味だ。

 以上のような原則を、国家の側が崩してしまうと、どうなってしまうか。日本のA国民に対する保護が不十分だということで、A国の軍隊が日本に次々と上陸し、A国国民の保護を行った場合。こういう事は、第二次世界大戦前には、よく行われていた。これも、相手国の同意を得て行う場合と、同意を得ずして行う場合とがあるが、後者は今日通常「侵略」と呼ばれる。前者も同意のとり方が問題とされて、後日「侵略」ではないかという議論になったりする。アメリカなどは、二次大戦後もこういった自国民保護を平気でやるが、現在こういった能力を保持し、平気で行う国は少数だ。言い換えると、「侵略国」になるリスクとひき換えてまで、危険な国や地域に自国民を送り込む国は減っているということだ。逆に、日本は戦前には明らかに危険なところに自国民を送り込んでいた。日本軍の派遣がなければ危険だということが明らかなところに。日本国政府の直接的なマンパワーの投入による邦人保護は、結局何を引き起こすのかということは、とりあえず押さえておかなければならない。

 もう一つ、個人が以上のような原則からはずれて行動してしまうと、どうなるのか。つまり、日本の外務省などが立ち入らないよう警告している国や地域に足を踏み入れ、そこで何らかの事件・事故に巻き込まれた場合。これはもう「自己責任」としか言いようがない。日本国のサポート対象外のところに行ってしまったのだから。
 A国の保護が期待できないからといって、日本の自衛隊なりが出ていくと、当然別の意味での多大なるリスクを日本は抱え込んでしまうことになる。一番こわいのは、日本はまた「侵略」をする立場になるのか、という国際世論にさらされることである。日本国に、主権領域を越えて何らかのマンパワー行使を求めるということは、恐ろしく過剰な国家権力行使を求めているということに他ならない。

 以上のように話を整理した上で、「後藤さんを救出しよう」と政府に求める運動には、2つの方向性が有り得るという考えに行き着く。1つ目は、日本政府に積極介入を求める方向性。交渉などによる間接的な介入から、マンパワーの積極的な投入を求めていくというものである。この方向性の最終手段は、自衛隊などの派遣だ。ただ当然、日頃から自衛隊の海外派遣や集団的自衛権に反対している人々は、こういうことを求めているとはとうてい考えられない。そうなると考えられるのが、2つ目の方向性。逆に政府の作為を減らすよう求めるというものだ。そもそも今回の人質事件は、安倍政権のテロ組織に対する挑発が発端だという考え方からすると、そういった挑発的言動を全て撤回するなりして、不作為(つまり余計なことをするな)の方にもっていくよう要求するというものだ。もちろん不作為を求めると同時に、極力関係当事国の協力などを得て、交渉することなどは求めるだろうが。
 今回の件で、2つ目の方向性で政府が出来ることといえば、対テロ支援と称した2億ドルの中東向け資金援助の支援名目を切り替えるとか、支援先を変えるとか、支援を撤回するとか、あまり多くはない。他には、中東政策では、イスラエル寄りの立場であると受け取られることを極力控えるとか、人質救出に向けてとれる措置は本当に少ない(ただ、どれも大事なことだと思うが)。大局的には、集団的自衛権行使を撤回するとか、そういったことも入ってくるかもしれないが。

 ただ、非常に弱いけれども、2つ目の方向性での運動には、それなりの意義があるとは思う。「後藤さんを救出しよう」という運動も、「イスラム国」が当初身代金2億ドルを要求してきたときには、2億ドルの中東支援の撤回や、使途の変更を交渉オプションに救出を求めていく、という話なら賛同できると思ったのだが。人質解放の要求が、2億ドルの身代金から、ヨルダンに収監されている死刑囚の解放ということになって、途端に話の性質が変わってしまった。これはもう、日本政府に何かを求めて何かが変わるという問題ではなくなってしまった。日本政府としては、ただヨルダンにお願いをするしか方法がない。
 これ以上の救出を求める運動は、無意味と考える(中東支援のあり方に再考を促すような運動は引き続き有意味とは思うが)。これ以上運動を続けて、日本政府を突き上げたところで、安倍首相はテロ組織に対して憤りの表情をつくりながら、自衛隊派遣などの「国家としてのサービス」を充実させていくだけのことだ。

 日本という国に、必要以上の強権を行使させたくなければ、「自己責任」という割り切りは、どこかで必要になってくるはずだ。何もかも国家に責任があると突き上げると、結局はその権限行使の強化を是認してしまう方向に絡め取られ、いずれ個人の首を絞めてしまいかねないと思うのだが。

[靖国神社は本当に日本の伝統か]

 さて、A級戦犯の合祀・分祀問題に触れたついでに、靖国神社の合祀・分祀の祭儀が本当に、伝統的で動かしがたいものなのかどうかも疑ってみたい。梅原猛「だから靖国参拝はしてはいけない」(『論座』2001/9)で簡潔かつ十分に説明されているように、靖国神社は、実は日本的な祭祀の形からすれば、ずいぶん異質で、かつ新しいものなのだ。つまり伝統といっても、せいぜい明治になって作られた「新しい伝統」なのである。

[日本の伝統的な祭祀のあり方]

 江戸時代以前には、ときの政権のために戦って命を落とした人を祀ったり称揚するような祭祀および祭祀施設は存在しなかった。日本では、武士の登場以来、軍人の職業化が進んでいた。日本の武士は、君主のために忠義を尽くすとは言いながらも、一義的には「お家繁栄のため」「裸一貫から身を立てるため」戦っていたため、国(朝廷や幕府)が戦死者を追悼・称揚する施設はないのだ。「お家」の活躍のために死んだ者を祀る主体は、あくまで「お家」であって、ときの政権ではなかった。国(朝廷や幕府)が戦死者を悼むにしても、「お家」に対して家禄を増やしたり、下賜品を与えたりして報いるという「君主―家臣の家」というのが基本軸になっており、国が直接戦死者を弔うということは無い。忠義を尽くしたが、跡継ぎがいなかったり、家を存続させる形で上手く立ち回れなかったりした武士の家は、どんなに戦死者を出しても歴史の記憶から消えていった。あくまでお家が基本だから、家を栄えさせる事に失敗すれば、消えてしまっても仕方がないという考え方だ。もちろん、気の毒なケースを見かねて、他家から養子を入れさせ、お家を再興させて祭祀を維持することもあった。ここでも戦死者祭祀の基本主体は、お家だったことがよくわかる。

 一方、敵味方を問わない戦死者・巻き添えの無辜の百姓の死を悼むための寺や仏像建立というものもある。ただし、これはたいてい、敵味方問わずのものであって、味方のみを慰霊したり称揚したりする祭祀のあり方とは全く異なる。

 つまり靖国神社のような、味方のみを慰霊したり称揚したりする祭祀施設は、古来日本には存在しなかったのだ。家を中心とする祭祀とも相容れない。敵味方を問わず慰霊する祭祀とも相容れない。そもそも武士にとって、勝った側のみを称揚する心根は、厳に慎まなければならないとされたものなのだ。斬った相手に手を合わせる。(自分の出世栄達のためという勝手な都合とはいえ、斬ってすまぬということだ。)この考え方は、剣道や相撲にはしっかり残っていて、勝った選手や力士が、負けた側に勝ちを誇ったり、ガッツポーズをとるようなことは反則行為とすらされている。

 むしろ日本では、殺してしまった相手・滅ぼした相手に、祟り神として祟ってくれるなよ、という考えから、勝者よりも敗者の怨霊鎮魂の方が盛行した(出雲大社・天満宮・平将門信仰など)。自身の政治的成功のために滅ぼした相手に、祟ってくれるなというのも勝手な話ではあるが、少なくともそういった祭祀のあり方が、日本本来の伝統というべきものなのだ。

[靖国のような祭祀のあり方はどこから来たか]

 それでは靖国神社のような、国のために殉じた者の慰霊、ないしは勝者称揚の祭祀のあり方が日本に入ってきたのはいつなのか。これは、2つの経路があると考えられる。1つは、明治以降に西洋文明国のやり方は全て正しいとして輸入した時期に、日本の伝統に合うか合わないかを検証せず、強引にコピーしてしまったという流入経路だ。もう一つは、幕末から明治初期にかけて、統一的な王朝国家を理想として、中華王朝の統治のあり方を熱心に勉強した幕末・明治初期儒学の思想家たちが、当時の清朝から学びとったという流入経路だ。前者の経路は容易に想像がつくが、容易に想像がつくせいか、かえってあまり専門的な研究はないようだ。今後優れた研究がでることを期待したい。意外と分かりにくいのが後者の経路なのだが、これは小島毅『靖国史観―幕末維新という深淵』(2007年、ちくま新書)が詳しく分析しているので、そちらを参照されたい。

江戸時代までは、家臣の家が、自らの家の繁栄のために君主の家に忠義を尽くす、ということで江戸幕府政権は成り立っており、そこには国のために、という論理がなかった。ところが明治になって、職業軍人集団としての武士階級を解体し、農民を動員して軍隊を作るようになると、戦死者に対する祭礼の在り方も、従来のようにはいかなくなる。武士は死んでもそれが仕事だ。しかし、国民皆兵制度のもとでの兵隊は、そういうわけにはいかない。徴兵されて死んだ旧武士階級以外の者にとっては、働き手を奪われて、後は見舞金程度で済まされては、国に対して遺恨しか生まれない。そこで無理にでも徴兵する際に、国のために命をかけるという考えを国民に植え付け、死んだら国が慰霊を保障する必要がでてきた。国が慰霊を行っているような身近な事例は、日本にとっては、清朝にしかなかった。

 清朝からコピーしてくる際に、日本の伝統に合わせた祭祀の構築を、もっと模索すればよかったのだが。日本的な体裁をもたせるために、神社的な建物の形と神官の服飾が採用されてはいるが、祭儀のあり方は、神道風でありながらも新しく構築されることになった。なので、靖国神社は、日本の伝統からすると異質というか、違和感のあるものになってしまった。日本の伝統的な神社が、多様なものを受け入れる、良き雑多性を持っているのに対し、靖国神社とその分社である護国神社は、どこか「われら」以外のものを寄せ付けぬ、居心地の悪い清潔感が滲み出ている。靖国神社が立派な慰霊施設だと称賛する海外の元首もいるが、それはあくまで西洋的な祭祀の論理、あるいは儒教的な論理で褒めてくれているのであって、グローバルスタンダードに即していることを評価されているだけで、日本人としては違和感をぬぐえない。この褒めてくれている外国人は、本当に日本のことを理解してくれているのだろうかと。

 国内でも、諸外国では似たような慰霊施設を持っているから堂々とやれといった意見もしばしば見られるが、そういったホシュ論者は、いつも思うことだが日本の伝統よりも、国際基準を優先するグローバリズム論者なのだ。どこが保守なのだ、と毒づきたくなる。保守なら、もっと日本の伝統を一義に考えろよと。もっとも、近年のネットを中心とするウヨクやホシュ論者は、グローバリズムの盛行とセットで生まれてきた、グローバリズムの双子の弟のようなもので、日本の本当に伝統的なものから物事を考えようという方向性に欠け、逆にグローバルスタンダードから日本の伝統を解釈しようとしているため、多くの伝統を見落としていることは、不思議なことではないのかもしれないが。

 とにかく、日本の伝統的なものを深く省察もせずに、「当たり前」という大雑把な議論でなにもかも強制することが、なによりも恐い。

[全ての日本人が気兼ねなく参拝できる神社なのか]

 ホシュ論者の中でよく見られる、靖国に参拝するのは日本人としては当たり前という言葉を聞く度に、それでは靖国参拝をしていない天皇は、日本人ではないのだろうかと思う。昭和天皇の靖国参拝は、1975年が最後になった。天皇が靖国参拝を辞めた理由は、様々な推測がなされているし、一つだけの要因によるものではないと思われる。1975年というのは、三木首相が戦後初めて終戦の日に現役首相として靖国を参拝したときに、公的参拝か私的参拝かということが国会で取り上げられた年だ。私的参拝というものが考えにくい天皇の参拝というものが、やりにくくなったというのも要因の一つではあるだろう。A級戦犯合祀問題と、どうしても切り離したい者は、どうもこの要因のみを強調して、合祀は関係ないと主張しようとするのだが、これは極端な強弁である。2006年にその一部内容が公になった、元宮内庁長官・富田朝彦の手による、いわゆる富田メモにより、やはりA級戦犯合祀が、天皇の靖国参拝の大きな障害になっていることが明らかになった。また、今上天皇が1993年に埼玉県靖国神社に参拝したとき、わざわざ神社側にA級戦犯が合祀されていないことを確認したことからも、天皇および宮中の意志は明白である(また、護国神社に参拝していることからも、天皇が公的・私的参拝云々の問題が、天皇の靖国参拝を断念させた決定的な理由ではないことも明白である)。また、天皇の靖国参拝が、今のように中国などから強い抗議があって取りやめられたわけではなく、自発的に取りやめたという点も重要だ。

 とにかく、天皇を含め、日本人全てが気兼ねなく行ける神社であるという状態がそこなわれたのは、A級戦犯合祀が大きな要因になっていることは間違いない。そんな、日本人誰もが気兼ねなく行けるわけではない状態になっている神社に行くことが、日本人にとって当然の行為である、というのは実に乱暴な話だ。また、靖国神社は戦後、一宗教法人になってしまっている。一宗教法人への参拝を、絶対視するのも思想・宗教の自由からしておかしい。一宗教法人の靖国神社が、戦死者の慰霊を行うことは結構。他の幾千の宗教法人が、戦死者の慰霊を行うことも結構。それぞれの宗教法人、個々人が、それぞれのやり方で戦死者の慰霊をやりましょうと呼びかければ、それだけで十分ではないか。

[どういう祭祀のあり方が適切なのか]

 それでもどうしても日本人みんなに靖国神社に来てもらおう、または全員揃って行けるような追悼施設を作ろうというのであれば、それなりの工夫が必要だ。ここまで論じてきた問題点から導き出される、解決のために不可欠な条件は、以下の3点になるだろう。

1.A級戦犯の分祀を行うこと(または追悼者個人名を特定しないような祭祀のやり方に切り替える)

2.一宗教法人ではなく国営の施設で、宗教性を薄めた追悼を行うこと

3.追悼対象に自国だけではなく他国の死者も含めること

 1は、神道の教義上無理だとされているが、靖国神社自体が新しい伝統であり、その祭儀も明治になって作られたものが多いという。ここは大胆に新しい教義なり祭儀を作り出してやればよいのだ。手続き的には、霊璽簿からA級戦犯の名前を削除すればよい。実は上記の3つの条件の中でも、一番ハードルが低いのではないか。天皇および首相の参拝を外交問題化させないという点だけに絞れば、これだけで問題は解決する。

 そして、まずは殺してしまった相手に手を合わせるという日本の伝統的価値観から、3のように、追悼の対象者を全ての戦死者として、個人名をいちいち特定しないというのも一案だ。どちらが味方か敵か、どちらが善か悪か、どちらが正義か不義か、そのような白黒ハッキリつける考え方自体が、曖昧さを大事にする日本的な価値観に即さないのではないか。西洋諸国や中国が、自国のみの戦死者追悼をやっているからといって、それを機械的にコピーするようなやり方ばかりが正しいわけではないだろう。他国がどうであろうが関係なく、日本らしさを強調した、独自の追悼のやり方を考える方が、よほど伝統を尊重していると思えるのだが。

 では、2の条件はどうだろうか。靖国神社をそのまま使うなら、現在の一宗教法人から国営の施設に戻す作業が必要になってくる。ここが現実的には一番難しい点だろう。ここが難しいという話になってくると、新たな施設を作るという事になるだろう。戦前のように、国家神道は宗教ではないという理屈が、詭弁なりともなんとか通用していた時代ならともかく、現在は神道スタイルの祭祀を国営施設でやるのは避けなければならない。最近はあまり裁判沙汰になってクローズアップされることも少なくなってきたが、やはり国や地方自治体の行事で神主さんを呼んで地鎮祭やらお祓いをやったり、そういった行事に出席させられたりするのは、神道の信者でない者にとっては、信仰の自由を著しく侵害された気持ちになる。となると、ありきたりな結論だが、結局は千鳥ヶ淵のような施設を中心に追悼を行っていくのが一番という事になる。千鳥ヶ淵は、慰霊する遺族もない無縁仏の祭祀施設という位置づけなので、戦死者全体を弔う施設ではないという見方もある。そこで、無縁仏以外の戦死者・戦没者も追悼しますということに切り替えればよいだけである。そこで戦死したおじいさんのことを想うのもよし、戦地で殺された人に対する謝罪の意で追悼する人がいてもよいだろう。

 靖国神社参拝に対して、少しでも異を唱える者がいると、すぐに戦死者に対する畏敬の念がないのかとか、死者を盾に同調圧力をかけてくる言動が迫ってくるのは、実に恐ろしいことである。多様な祭祀のあり方の可能性を考えている者は、靖国のみという考え方に異を唱えているだけで、決して死者を冒涜しているわけではないのだが。むしろ靖国しか考えられない者より、今の靖国のあり方以外の選択肢も考えて、真剣に死者の追悼のあり方を模索している。そういった者ほど、首相の靖国参拝には異を唱えたくなるはずである。

[戦犯は戦死者か]

 A級戦犯に、罪をかぶせたままでよいのかという議論もある。

 終戦の日は、一応1945815日という事になっているが、これは戦闘が終了した日ということであって、日本が独立を回復した1951428日までの間は、法的にはまだ戦争が継続しているという事になっている。通常この期間を占領時期というが、この期間に敵国の手によって何らかの方法で殺された者が、どういう扱いになるかという問題がある。敵国のご無理ごもっともな裁判で殺された人を、全員名誉の戦死扱いにしてやろうという、占領行政に対する反発を反映した考え方である。ただ、これをあまり露骨に実行すると、講和条約成立の前提を掘り崩しかねない。そこで、この動きは、実に奇妙な形、玉虫色の形で結実した。政府の解釈では、195251日以後、戦犯は国内法上の解釈で「公務死」扱いにすることにしたのである。この措置は、2点の両義性を有している。まず1点目は、「公務死」という表現。これは(とくに名誉の戦死と解釈したい人向けに)「戦死」ととりたい人には戦死と取れるし、(戦勝国向けには)「戦死」ではありませんよとも説明可能な表現である。2点目は、「国内法上の解釈」という扱い。国内的には公務死、国外的には公務死ではありませんと説明可能な、実に二枚舌の措置だ。本来、政府がこのようないい加減な措置をとるべきではない。だが、これを盾に、戦犯の名誉回復をはかる人たちは、「公務死」を「戦死」と強引に解釈し、戦犯の死刑者を英霊として靖国神社に祀ってしまったのである。

 気の毒な戦犯の名誉回復をはかりたい人がいるのも分からなくはないが、せいぜい名誉回復的なものにとどめておけばよい。やり方が極端で、英霊として祀ったりなどすれば、戦勝国を刺激し、講和条件自体を掘り崩しかねないという遠望も深慮もない浅はかな行いで、現在のA級戦犯問題の元凶はここにある。ここで浅はかな行いをした者の責任を、厳しく追及すべきである。

[「東京裁判」という名の示談]

 さて、A級戦犯の名誉回復派の論理には、そもそも東京裁判に、裁判としての正当性がないという論法も存在する。「平和に対する罪」という、従来存在しなかった新しい戦争犯罪が設けられ、とくにA級戦犯はこの項目に該当する犯罪を問われたわけである。つまり、事後成立の法律で裁かれたということなのだが、確かにここは裁判としての重大な欠陥といっても良い部分だ。第二次世界大戦以前までは、戦争そのものを違法とする考えはないので、戦後になって形成され始めた「戦争そのものを違法とする考え方」はおかしいという論理を、安易に無視するわけにはいかないだろう。事後立法の適用は、確かにまずい。

 だがこれは、東京裁判を「裁判」ととらえるからまずいのだ。19世紀くらいまでの国際ルールでは、戦争行為はどの国も当然の権利と認識してやっていたことだが、全く自由に発動し、無責任に終わらせることが出来たかといえば、決してそうではない。戦争をする権利があるから、負けても何もペナルティがないということでは決してない。むしろ負けた側は、理不尽な要求を呑まされ、勝った側は無謬であるというのが、二次にわたる世界大戦以前の非常なお約束だ。勝った側にも負けた側にも、非人道的な行いをすれば裁きがくだされるという、第二次大戦後のような常識は存在しない。日本は、危うく19世紀以来の理不尽な戦後処理のやり方で、戦勝国からほしいままに搾取・蹂躙(多額の賠償金・領土割譲)を受ける恐れがあったわけだ。そこを、「平和に対する罪」という新設の罪に該当する該当者を生贄にし、その犯罪者だけが悪いかのように体裁を整え、搾取・蹂躙を免除してもらうという「示談」を行ったのだ。

 そもそも東京裁判が、本当に裁判としての体裁を整えるなら、戦勝国にも非人道的な行いをしたものがいないか調べて、公平に裁判を行える裁判所を、中立国か国際機関に委ねるべきだったのだ。ところが東京裁判は、戦争の当事者間で行われてしまった。当事者間で裁きを行うものは裁判ではない。当事者間で話をつけることを、通常「示談」という。だから東京裁判は、裁判という名は付いてはいるが、まぎれもなく示談なのである。つまり、東京裁判が裁判としての欠陥を有しているのは、それが実は示談であるからに他ならない。

 さて、「東京裁判」が示談であるなら、その内容は勝手に反故にしてよいようないい加減なものとして扱って良いのだろうか。いや、示談には示談の正当性・強制力がある。簡単に覆すわけにはいかない。覆せば、さらに不利な示談内容を求められたり、裁判に持ち込まれて不利な条件を要求されたりするかもしれない(具体的には、アメリカの影響が及びにくい中立性の高い裁判で、天皇の戦争責任を問われるような可能性も出てくる)。なので、日本としても、この示談に乗るのが最良の選択として考えられたわけだ。後になってこの示談が無効であると主張するのは、あらためて、天皇を含めた戦争責任者の責任を洗い出し、徹底した責任追及を行いましょうと言っているに等しい。もう戦後半世紀以上経っているので現実的ではないが、仮に公平な裁判が行われれば、ひょっとしたらアメリカ側の戦犯を訴追することも可能かもしれない。しかしそれと引き替えに、天皇も含めた日本側の戦争責任者の洗い直しを受け、賠償金も領土割譲の要求も甘んじて受けましょうという覚悟のある者が、東京裁判無効論者の中にどれだけいるだろうか。

[A級戦犯合祀が一番の問題]

 「靖国問題」は近年世間での関心も高く、その本質を考えると、「A級戦犯問題」であるということを知っている人も、少なからずという状況になってきた。ただ、それ以上には議論はあまり深まっているようには見えない。首相の靖国参拝に賛意を示す人は、もうすでに合祀してしまっている霊を分祀することは神道の教義上できない、という靖国神社側の見解そのままに、「しかたないから」という論理の上に、分祀の可能性を全く無視したうえで、とにかく外国からとやかく言われることがけしからん、という論理にすり替えて反論を行うレベルから脱していない。論旨逸脱の、全くお粗末な状況だ。また、批判する側も、そもそも分祀が不可能なのかということを突き詰める議論は少ない。なぜか?それは、もし分祀が可能なら、靖国神社という祭祀施設の存続を認めるのかと問われた際に、答えが出しにくいからだろう。靖国神社そのものが、戦争を称揚するための装置であるという立場からすれば、問題は分祀云々ではないからだ。ただ、実際に気の毒な遺族で、靖国神社を心の拠り所としたいという信者も一定数いることを考えると、批判する側もA級戦犯分祀を、最大の論点にするくらい真剣に取り組んで考えるべきだと思うのだが。(分祀が可能かという問題については、後で改めて触れる。)

[A級戦犯とはなにものか]

 さて、そもそもそこまで問題視されるA級戦犯とはなにものなのか。なぜそこまで合祀が問題視されるのか。一番初歩的な誤解は、そこまで合祀が問題視されるA級戦犯が、そこまで問題視されるならそれだけの極悪人なのだろう、という誤解である。つまりA級というのがあれば、当然B級・C級というのがあって、A級というのはB級・C級より悪行のレベルが高いというという誤解である。ちなみに、一般の中国人の100%は、まさにこの誤った理解でA級戦犯を理解している(政府高官レベルでは別だが)。日本人も、どの程度がキチンとA級戦犯の意味を理解しているかは疑わしい。

 BC級戦犯というのは、第二次世界大戦のときまでに、通常の戦争犯罪と見なされていたようなことを犯して訴追された人のことで、極めて重い罪に問われるケースもある。死刑になった人も多く、A級との違いは罪や罰の重さではない(A級で禁固刑で済むような人もいるし、BC級で死刑になる人もいた)。

A級戦犯は、ポツダム宣言六條(日本を世界征服へと導いた勢力を除去する)」にもとづいて、極東国際軍事裁判所条例で定められた戦争犯罪にふれた人を指す種別だ。要するに、戦争現場で戦争犯罪を行ったとされるBC級に対して、A級は国家の中枢にいて戦争を主導したとされる人たち(軍人・政治家・活動家)が対象ということだ。A級戦犯の中には、戦場で残酷な戦争犯罪を指揮したような人は、むしろ少ない。つまり、彼らがBC級に対して、飛び抜けて極悪人であるというわけではないということだ。むしろ広田弘毅のように、かなり強引に死刑にもっていかれた人もいる。なら、何故彼らの靖国神社合祀が、特に問題とされるのか。

 A級戦犯の特殊性というのは、戦後処理のためのスケープゴート(生贄)であるということなのである。第二次世界大戦時期の日本は、国内にナチス党のような分かりやすい戦争主導のグループがいて、そういったグループに戦争責任を負わせることによって、戦争責任問題を解決することが不可能だった。日本は、政府の中にも戦争推進論者と反対論者がおり、軍部の中も然り。民衆の中でも戦争に反対するものもいれば、熱狂的に暴走する軍の独断を支持するものもいた。日本では、戦争を主導したものを抽出するのが困難だった。責任者を特定し、それに罰を与えることで、戦後処理・戦後の国際秩序再構築を行おうとしても、責任者がハッキリしないという、困難な状況があった。戦前の日本の政治の仕組みは実に複雑で、結局誰が国策を推進しているか、分からない状況があった。現在、日本近代史の研究者の中でも、結局誰が日本の戦争を主導したのかということは、繰り返し議論がなされているが、いまひとつハッキリしない。戦前の日本は、内閣には完全に行政権が集約されておらず、軍権は天皇に属していたり、軍そのものも内地と外地ではコントロールのあり方が異なったりと、まとまりがないこと極まりなかった。結局のところ、暴走する軍と、それに引きずられる政府と国会、戦勝を称賛するマスコミ、常勝報道にのせられて軍を支持する多くの民衆の共犯で戦争が進んでいったというほかないのだが。ただ、そういった状況を目の当たりにして、戦後処理を主に担うことになったアメリカは、はたと困った。軍・マスコミ・民衆全てに責任があるとして、それら全てに罰を加えることはできない。

そうなると、憲法上、それらの行動に最終的責任を持つのは誰か。それは当然天皇という事になってくる。アメリカの戦後処理の最大の課題は、この天皇に戦争責任を負わせるか否かということであったといっても良い。しかし、マッカーサーは、いち早く天皇を利用して反共陣営の構築を行う構想を描いていた。アメリカは他の戦勝国から天皇の訴追を求めてくるのをおさえつつ、他に責任者を作り出して、いち早く罰する必要に迫られた。そこで、第二次世界大戦当時の首相や軍の高官から、いわば適当に見繕って並べられた責任者が、A級戦犯の面々なのである。軍の責任者として最適だったのは、対米開戦当時の首相の東條である。東條は、戦時中内閣の首相の中でも、とくに天皇との意思疎通が上手くいっていた天皇の信用が最も厚い軍人だ。文官のトップの責任者をどうしようかというとき、困難が生じた。対中開戦の時の首相としては、近衛文麿あたりが最適だが、近衛は東京裁判開廷前に自殺してしまった。あまり文官が活躍していないところで、責任者を見出すのも難しい。なんとかひねり出された責任者が、広田弘毅だったとされる。他何名かが被告とされ、裁判が進められた。この裁判は、とくに陸軍に責任を負わせて自体収拾をはかろうとする日本側の政治家や天皇の側近の積極的な証言によって、予想外にスムーズな審理が進められた。軍に責任を負わせることに積極的な政治家は、後の戦後政治の中核を担っていくような保守政治家が名を連ねていたりする。まさに、A級戦犯をスケープゴート(生贄)として、戦後の保守政党や天皇制は成立したのである。この辺の事情は、A級戦犯が、戦勝国から一方的に選ばれて処罰されたものではなく、アメリカも驚くほど日本側からの積極的な協力の上に生みだされたものでることを、膨大な日本側証言記録から研究した吉田裕『昭和天皇の終戦史』(1992年、岩波新書)を参照されたい。

 生贄にされたという点では、A級戦犯の人たちというのは、実に気の毒な面もある。とくに天皇への忠誠厚い東條英機などは、天皇の責任を回避するため、天皇の意志に反して開戦の決断をしたという不本意な証言を強要され、全ての責任を負って死んだのである。あまり彼の行為を美化したくはないが、忠義の死を学徒に強要した立場の者の末路としては、それなりに筋を通していて潔いとは思う。『昭和天皇独白録』(1995年、文春文庫)などを読んでも、東條の忠節に対する複雑な思いが綴られており、天皇もかなり東條には強い負い目を感じていたようだ。

 かくして、7人もの絞首刑者を出して、東京裁判の第一次法廷は終了し、天皇は戦争責任の訴追から免れたのである。1951年のサンフランシスコ講和条約でも、「日本国は、極東国際軍事裁判所の裁判を受諾する」と書かれているように、東京裁判での結果を、日本が認めることを前提に、日本の国際社会への復帰が宣言された(沖縄はアメリカの施政下に残されたままであったが)。つまり、A級戦犯が泥をかぶり続ける限り、天皇は無謬であり、アメリカもそれを全面的に支持しますよ、というのが戦後の日米を軸とした国際秩序の前提なのである。(中国はサンフランシスコ講和条約に加わってはいないが、東京裁判の結果を受け入れることを前提に国交回復しているので、日米間の国交回復の論理とさして大きな違いはない。)その、泥をかぶったA級戦犯を、戦死者を追悼ないしは戦争での活躍を称揚するような施設に祭るというのは、サンフランシスコ講和条約で構築された前提を覆す行為に他ならず、「じゃあ、あらためて天皇訴追のための裁判やっても良いよね」といわれても仕方のないことなのである。A級戦犯に罪をかぶせ続けることが、天皇の無謬性を保持し、戦後も天皇制を維持するために不可欠なことであった。昭和天皇も、とくに高く評価していた東條が全部罪をかぶってくれたことには、感謝していたに違いない。だが、詰め腹を切った家臣への感謝など、君主としては決して口に出しては言えないことである。これを口に出すと、君主本人に責がおよび、詰め腹を切ってくれたことそのものが台無しになるからだ。心で感謝しながら、表では「この悪臣め」という態度をとっていなければならない。昭和天皇が戦後になってA級戦犯の諸臣に対して、公的な発言をひかえたのは当然で、詰め腹を介した屈折した君臣関係に原因がある。昭和天皇が、靖国神社への参拝を取りやめたのは、A級戦犯が合祀されていることを知ったことが契機になっているのは確実だが、これは自らの戦争責任訴追とも直接に絡む問題だし、詰め腹を切ってくれた臣下の行いを台無しにする行為でもあるので、複雑な感情を抱えていたのだろう。A級戦犯合祀のまずさは、天皇本人が一番よく理解していたといって良い。

[安倍首相の靖国参拝]

 20131226日、安部首相が靖国神社を参拝した。彼の第一次内閣の時は、中韓への配慮で実現できず、国内保守派からは失望の声があがっていた。今次の内閣では、衆参の選挙でも圧勝し、国内政治情勢的には盤石の状態なので、外向的に少々冒険しても大丈夫という判断があったのだろう。

[アメリカの反応予測の甘さ]

 結果として、中韓はおろか、アメリカからも批難の声があがった。今まで批難の声をあげていなかったアメリカから批難されるというのが、どれだけ深刻なことか、分かってないのだとしたら、安倍首相は本当に致命的に外交音痴としか言いようがない。とにかく、アメリカとの間で、なんのすり合わせも、アメリカの反応予測もしていなかったことは露呈した。これで、日米安保を軸に尖閣諸島を守るとかいわれても、誰が信じられよう。アメリカは、日中米をはじめとする東アジアの情勢を注意深く観察し、常に自分にとって有利な行動をとるプラグマティックな国だ。永久不変な原則を墨守するような国でもないし、日米安保が未来永劫に渡って盤石という保障もない。日本がアメリカと協力して、東アジアの秩序を現状維持していくなら、もっと真剣な対米関係維持の努力が欠かせないが、どうも今回のようなアメリカの反応を引き出してしまうこと自体、アメリカに対する盲信が露骨に現れてしまったなという感じがした。アメリカという国は、情勢の変化によっては、中国と手を結んで、日本を切り捨ててしまうことくらいはやりかねない、というくらいの警戒感は欠かせないはずなのだが。

[参拝の何が問題なのか]

 さて、今回の参拝のあと、ネットなどでは安倍首相の靖国参拝に対して、同情的ないしは賛同的な意見も海外にはあるという言説が飛び交っているのを目にする。確かにそういった意見があるのも事実だろうが、それをもって、安倍首相よ、日本国民よ自信を持て、というのは、あまりにも雑なセラピー愛国言説にしか見えない。第二次世界大戦で、戦勝国ではなかった国、および当時は植民地であった国の中には、日本に対する一定の同情意見があるのは、あまりにも自明な事実。そしてアメリカの中にも、対中強硬的なスタンスから、日本に対して同情的な意見が出てくるのは当たり前。東アジアの秩序を形成する諸国家の政権担当者が、軒並み対日批判をしているという状態が「孤立」と言われるゆえんなのであって、その他の諸国や各国内に同情的な意見がある事は、それはそれでありがたいが、現実的な孤立を解消する直接的な特効薬になってくれそうにもない。また、純粋な親日的立場から発せられる言説もあるだろうし、対中牽制的な政治的必要性から発せられるものもある。面倒なのが後者の場合で、親日的言説が多いと思って安心して寄りかかっていると、対中牽制的な政治的必要性が無くなった場合、急にハシゴをはずされるようなことが起こりうる。そういった意味で、あまりセラピー的な言説に癒されすぎるのも問題だ。

 そしてなにより、日本に対する同情的意見の中でも注目したいのは、東南アジアの元首などがよく使う、「戦死者の慰霊は当然」といった表現。この論理に対しては、一見反論は難しい。何故ならどこの国でも似たような戦没者追悼の施設を持っているからだ。とりあえず親日的なコメントとしては、これが一番無難。

 ただ、こういったコメントには重大な欠陥がある。なぜなら、中国などは「戦死者の慰霊」自体にケチをつけているわけではないからだ。中国が首相の靖国参拝に異議を申し立てている理由は、そこにA級戦犯が合祀されているという、ほぼこの一点に尽きる。つまり、この問題は「靖国問題」と呼ぶと重要な論点がずれてしまうので、「A級戦犯をどう扱うか」という「A級戦犯問題」と呼ぶべきなのだ。

 園遊会で天皇に手紙を渡したことについて、だいぶ山本太郎議員が叩かれている。

 批判のほとんどは、「不敬である」というものと「政治利用である」というものにしぼられるようだ。ルール違反とか、制度論的な順序の問題として批判する向きもある。
 今回ボクとしては、一番違和感のある批判は前二者だ。
 不敬かどうかというのは、とらえる個人の問題。戦前のように、天皇は敬わなければならず、敬わないと不敬の罪に問われる時代ではない。天皇を敬ったり信仰したりしている人にとっては不敬。そうでない人にとっては不敬でないという、主観の話に行き着いてしまう。
 政治利用かどうかという問題については、確かに政治利用だろう。ただ、天皇の政治不介入が定められているとはいっても、実際に天皇が政治に全く不関与ということはありえない。そもそも法で定められた国事行為も政治利用の一つといっていい。では、法で定められていない範囲での政治利用が全く無いかというとそうでもない。何らかの公益法人の行事に天皇・皇室が出席して挨拶をすることもあるが、こういった法人が実は自民党の票田だったなどという話になると、これも間接的な政治利用ととれる。こういうグレーな部分は、判定が難しい面はある。しかし、今回のような園遊会がらみでいうと、首相推薦で自民党の後援会の重鎮が出席したりすることもあるとのこと。これなどは支持者への便宜供与に天皇が利用されてしまっているわけで、かなり露骨な政治利用といっていいのではないだろうか。だから、山本議員も、どうせやるならマスコミから「政治利用では?」とつっこまれたら、話をそらして誤魔化したりせずに、「はいそうです。他にもやってる人いっぱいいますよね、とくに自民党」くらいに開き直った方が筋が通ったのではないだろうか。

 ただ、ボク個人の意見としては、山本議員には、こういったことはやって欲しくなかった。今回の行動を、田中正造と並べて論ずる向きもあるだろうが、田中正造はつまるところまだ「忠君愛国」のイデオロギーの中で生きていた人。国会や政府が鉱毒をなんとも出来ないなら、天皇に直訴してなんとかしようとした。天皇の政治的な力の発動に期待をかけ、天皇を頼ったわけである。もちろん戦前は、天皇にもかなりの政治的権限があった。
 しかし山本議員は戦前のようなイデオロギーで行動している人なのだろうか。天皇に政治的な動き、ないしは権限の発動を期待したのだろうか。また、現代は天皇に政治的権限の発動を求めていくべき時代なのか否か。そういったことを考えた上で、彼は天皇に頼るべきだったのだろうか。これが革新政党の人間なら、そういうことは考えないだろう。天皇にそこまでの権威や期待を感じていないわけだから。実際に、共産党などからは擁護の声は無いことはないが、どうも弱い。全面的に徹底擁護しようという姿勢は見られない。懲罰はやむをえないけど、軽いもので良いんじゃないかといったところだ。当然その冷たいというか突き放した態度の根底には、「天皇に頼るなんて」、という考えがあるはずだ。なので、右寄りの層からは反感、左寄りの層からは助け船もいまいちといったのが現状。今回の行動は、パフォーマンスとしては注目度は高かったが、やはり効果的な面からすると、ずいぶんマイナスだった気がする。


 そしてボクがあまり山本議員を擁護する気になれないのは、以下のようなパターンを想像してしまったからだ。


山本議員手紙を渡す。
お上「よく分かりました。」
お上「福島の事故では大変な事になっているようです。被曝問題ももっとしっかり対処しなさい。すぐに日本国内の原発を廃炉にしなさい。」
安倍首相「おおせのままに。」

   ↓

子どもや原発作業員の被曝対策に巨額な予算が付き、日本国内の全原発即時廃炉決定。


 世論調査などでどんなに多くの国民が原発反対の意志を示しても、ダラダラと原発の延命をはかる安倍政権が、天皇の鶴の一声で180度方向転換。これは極端な話だが、限定的にもこういったことがあったら逆に怖い。もしこんな事になったら、日本は民主国家と言えるのか。安倍内閣が、いかに民意に反した政策をしていても、それは天皇抜きで変えさせていかなければならないのではないだろうか。
 そういった意味で、今回の山本議員の行為は、大変残念に感じられた。

 石原都知事(当時)の尖閣国有化方針に端を発して、日本政府がやむなく都が購入交渉をしている3島(魚釣島・北小島・南小島)を購入してから一年がたった。

 一年たって朝日新聞のインタビューで、石原前知事が話した内容がこれだ。
土居智典のブログ-朝日20130911記事1

 3島購入の目的など、一番大事な部分が、去年口にしていたことと大きく食い違っていたり、結局は、購入して事態をどこにもって行きたかったなどのシナリオが全く無いことがクリアになった形だ。


 国に対処を促すために3島購入するとか、都が購入した後に国に売却の可能性がとかいっていたのに、今度は「都が買った方が(都が所有しておいた方が)良かった」と話がブレる。そもそも所有権の行き先など、全く考えていなかったし、今も何の定見もないということだ。しまいには、「俺が憎まれて殺されてもそれでいいじゃない」と個人的かつ義侠的・犠牲的精神の問題に話をすり替えている。都が所有するのが適切か、都が所有するのが適切かという話に、知事本人が憎まれているか否かは関係ない。もし関係があるのだとすれば、石原知事が当時首相だったら、国が所有するのが適切だという論理になるのだろうか。とにかく、都の立場としてどうするかや、国としての立場として外交問題をどう舵取りしていくかということは、彼の中ではもはや問題の埒外で、全て自分個人の問題に収斂してしまっている。

 国が購入を決めたことについて、「『これは人気取りになるな』と思っただけの話」とか、自分の人気取りのことは棚に上げ、国による購入が人気取りとは。どこまで思考が倒錯しているんだ。国が慌てて購入を検討せざるを得なくなったのは、全て自分が購入を仕掛けたせいなのであって、都が購入をしなければ、国は尖閣の所有権の問題を、大きな問題にすることなく、静かに粛々と尖閣に対して主権を行使できていたのだ。外交的均衡を崩した石原前知事の罪は深く重い。

 自分で相手を挑発して、やり散らかしておきながら、中国が悪い、後始末は政府の責任でとか、この人には、自分で何かに責任をとろうという意識は全く無い。挙げ句、さらに挑発の石を打ったらいいじゃないかとか、無責任な発言は止まらない。挑発の先に何があるのかなどの戦略が「無い」ところが、この人の本当に恐いところだ。強気の戦略の先に、長期的なり短期的にも、何か具体的な戦略目標があれば、まだ話は分かるが、話がコロコロ変わり、戦略の無さがはっきり分かってしまうところが恐いのだ。強気の戦略の後に、後退を余儀なくされるというシミュレートが一切無いのが恐いのだ。

 結局のところ都の3島購入方針というのは、紛争誘発、新党立ち上げのアドバルーンという意味づけしか残さなかったのだが、本人にはその自覚すらないのかもしれない。一方、マイナス面でいえば、彼が誘発した外交的損害は計り知れない。「外交問題は存在しない」として、問題が表面化しないほど、日本政府にとっては有利だったのだが、実質的に外交問題があると世界に向けてアピールし、中国がつけいる隙をつくった。
 損害は、外交の舞台にとどまらず、彼の無責任な蛮勇のおかげで、一番の利害関係者である国境の人々は、多大なる迷惑を蒙ることになった。
土居智典のブログ

 いったい誰のための強気の戦略なんだ?都による3島購入方針が、結果としてこういう主権の後退をもたらすことは、外交当局者(とくに外務官僚)はみな予測していたことだが、果たして結果は予想通りとなった。こういう主権を後退させる事をしでかす人のことを、国粋主義者のロジックでは、売国賊というのだろうが、当の本人にはもちろん自覚はないだろう。

 尖閣問題で注意しなければいけないのは、領土問題は存在しないという日本政府の立場に対し、アメリカは事実上「領土問題はある」という立場に立って、日中どちらの側にもつかないという姿勢を取って、自らの都合のいい立ち位置を探っているという点だ。
 とりあえず、対立を煽るだけ煽って、あとはアメリカが出てきてなんとかしてくれるだろうという石原慎太郎のような無責任な強硬論に乗っていたら、後で本当に痛い目を見ますよ。


以下、9月7日『朝日新聞』記事より

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尖閣「外交解決を」

オバマ氏、習主席と会談



 米国のオバマ大統領と中国の習近平・国家主席は6日、主要20ヵ国・地域(G20)首脳会議のため訪れているロシア・サンクトペテルブルグで会談した。新華社通信によると、シリア情勢について習氏は「政治的解決が唯一の正しい方法であり、軍事攻撃では根本的な解決は出来ない」と述べ、米国の対シリア攻撃に反対を表明した。

 また、中国国営中央テレビによると、習主席は尖閣諸島をめぐる日中対立などを念頭に「米国は公平で客観的な立場に基づき、関係国が実際的な行動をとるようすすめて欲しい」と発言。米ホワイトハウスによると、オバマ大統領は「強制力ではなく外交努力によって解決すべきだ」との考えを示した。

(サンクトペテルブルグ)

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 この記事だけを見ると、中国がアメリカに一方的に中立的立場の維持と、軍事力を行使しないよう求めているように見えますが。アメリカは1971年の日本への尖閣返還交渉以来、とりあえず施政権は日本に帰すが、領有権のありかについては判断しない、というどちらにもとれる曖昧な態度をとり続けています。
去年、パネッタ国防長官が来日したときにも、尖閣は安保の対象になると言うとともに、「主権をめぐる対立では特定の立場をとらない」という、どちらにもとれる玉虫色の発言を残していきました。中国は、こういったアメリカの両天秤の態度をよく承知して、外交舞台で立ち回ってるんですよ。
 「尖閣は安保の対象」になるという、頼りになりそうな部分だけ切り取って胸をなで下ろし、強硬な言辞を弄してる人たちは、実にお気楽としかいいようがありません。

 やらせメール事件で、著しく損ねた社会的信用を回復するために、やらせを重ねる九州電力。思考の土台が根本的におかしい。特権を全て取り払い、純然たる一般企業にしない限り、この体質は改まりそうにない。こういう説明会自体がやらせなんだということに気づかないほど神経が麻痺してるというのは、本当に重症。


 以下、9月6日の朝日新聞記事より引用。

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再稼働にらむ九電 参加者選び「対話」

鹿児島「意義に疑問」の声


 川内原発(鹿児島県薩摩川内市)と玄海原発(佐賀県玄海町)の再稼働を目指す九州電力は5日、地域住民との「対話の会」を鹿児島市内で開いた。2年前の「やらせメール」問題後の信頼回復策の一環として開いたもの。公募でなく九電自身が選んだ10人の「住民」が参加した。

 参加したのは、鹿児島県内の経済同友会や漁連、消費者団体の代表ら10人。人選については瓜生通明社長は「公募では偏りがでてくる。代表者をまんべんなく、公平に選んだ」と説明する。

 意見交換では、県商工会連合会の森義久会長が「関連企業だけでなく幅広く影響を受け、限界に近づいている。電気料金の値上げは競争力を落とす」と再稼働を要請した。その上で、「電気料金に上乗せする前に役員や職員の給与の思い切った削減が必要だ」と経営努力を求めた。

 ただ一人、明確に「再稼働は時期尚早」と訴えたのは女性団体会長の松下洋子さん。「福島原発の事故処理が進んでおらず(原発の)信頼は回復していない」と訴えた。終了後には「色々な立場の人がいるので公募にしてほしかった」ともらした。

 瓜生社長は「厳しい意見もいただけた。現時点では再稼働は仕方ない、との条件付きの意見が多かったと受け止めている」と述べた。

 東日本大震災後の2011年夏、原発再稼働に向けた国の説明番組で、九電側が再稼働に賛成する意見を投稿した「やらせメール」問題が発覚。検証した第三者委員会は提言で、消費者と直接対話して透明化を図るよう求めた。

 第三者委の委員長を務めた郷原信郎弁護士は取材に対し、「安全性や事故対応の質問をしたい住民は多いはず。受け止めて説明責任を果たさなければ、対話の場としてはあまり意味をなさないのでは」と話した。

 なんか、今頃になって再稼働を意識した発言ではないとか、「直接的影響」で死んだ人はいないと言ったつもりとか、言い訳し始めたが、苦しいとしか言いようがない。
http://www.asahi.com/special/news/articles/TKY201306170249.html

 受け取る側の理解力が云々とかいったレベルの話では済まされない。そもそも、福島第一原発の過酷事故の影響で、どれだけ苦しんでる人がいるかとか、実際に死亡者がでて東電が訴えられているとかいうことを知っていれば、絶対に出来ない発言だ。


↓たぶん、こういった死亡のニュースは知ってても知らんぷりなんだろうね。再稼働が一番大事な人にとっては。
http://www9.nhk.or.jp/kabun-blog/200/147990.html
http://mainichi.jp/select/news/20130531k0000m040051000c.html
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130611-00000113-san-soci