本当は明日行くことになっていた父のお墓参りに、急遽今日行くことになった。
明日は朝から仕事だったので、ほんとによかった。

ここ数日娘のことで胸を痛めることがあったけど、少しずつ気持ちも落ち着き、母のことも少しずつ光が見えてきて公的機関につながることができて、ほっとしている。

ゆうべ久々に職場の友達とお茶したコーヒー

こんなことを言ってくれた『チョコちゃんにとってつらいことたくさんあるけど、きっと空の上からお父さんが見守ってくれているよ!一生懸命頑張っているチョコちゃんをお父さん見ているから、お母さんのこともちぃちゃんのこともきっとこれから解決策がみつかるはず。。
だからお父さんありがとうってお礼を言ってきてね。』と。。。

そう言われてみると、ここ一週間で不思議なくらい、タイミングよく物事がうまく進むことが何度かあった。。。


母の相談をしにいった市役所でとんとん拍子に話が進みドクターの面接、ケアマネの訪問等、すべて私休みの日に予定をいれてくれることができた。

ちぃのことも八方塞がりで途方にくれていたけれど、たくさんの友達が手紙や電話で励ましてくれ、私自身が崩れることもなく、向き合うことができた。

そしてなによりいつもケンカばかりしている妹が私のことを一生懸命考えてくれ力になってくれたこと、、やっぱり姉妹っていいなぁって改めて思うことができたしょぼん

あっちゃん
ありがとう

何をさておいてもかけつけてくれたことほんとうに嬉しかったよニコニコ


そしてお父さん
見えない大きな力で包み込んで守ってくれて、ほんとうにありがとうしょぼん
忘れていた。。

新聞を見たら今日は8月6日だった。


広島に原爆が投下された日

戦争の恐ろしさを語り継がなければならない日

昔 8月がくるたびにという絵本を読んだ。

原爆の投下時の時間のまんま止まった時計。

黒く焼け残ったお弁当箱とお箸

内容はよく覚えていないけど、とにかく怖くて悲しかったのを覚えている。

私の父方の祖父は
3月10日の東京大空襲で亡くなった。。
お骨も遺品も何一つ拾えなかったそうだ。

祖母はとにかく火の中を逃げるだけで精一杯だったと言っていた。

熱い熱いといいながら、隅田川に飛び込む人たちで隅田川の水がお湯になったと聞いた。。

戦争の恐ろしさを伝えてくれる祖母も叔母ももうこの世にはいない。

でも忘れてはいけない
風化してはいけない
語り継いでいかなければならない事実。

今日は休みだったので、母と一緒に保健所に一年に一回特定疾患の受給者証の更新手続きをするために行ってきたDASH!

車を持っていないので、母と出掛けるときはタクシーで移動するのでこれまた大変ダウン


後縦靭帯骨化症

というのが母の病名ですが、なんだか聞きなれない名前でわたしにもよくわからないです。

それに加えて認知症の方が進んでいるようで、こちらの方が深刻な問題です。


一人で抱え込まず、いろんな人に相談したりアドバイスもらったり、愚痴をきいてもらったりしています。

共倒れにならないよう、
これからの長い道
母と歩いていかなければと改めて思った日でした。