母の四十九日も終わり
納骨も無事に済みました。
納得した見送りができたので、私自身崩れることなく日々を過ごせています。
喪失感は後からじわじわとやってくるのでしょうか…
浄土真宗の教えは
人間はこの世に生まれて生きているのは仮の姿で、亡くなったら阿弥陀さまにもどるのだと、住職が教えてくれました。
あの世とは、争いもケンカもない世界だから、安心していなさいとも…。
なによりの供養とは
故人を折に触れ思い出してあげること。
日常のなにげない会話の中にも故人のことを思い出してあげることだと
教えてくださいました。
立派な法要をしてあげることよりも、その人を忘れないでいてあげることだと。。
毎日仏壇の両親に
話しかけます。
しんどいよ
と弱音を吐きます。
助けて
と泣き言をいいます。
父と母は
ただ黙って微笑んでいます
だって弱音をはけるところはここしかないんだもん。
しっかりしなさい
と無言で教えてくれているのかな。
合掌
南無阿弥陀仏
納骨も無事に済みました。
納得した見送りができたので、私自身崩れることなく日々を過ごせています。
喪失感は後からじわじわとやってくるのでしょうか…
浄土真宗の教えは
人間はこの世に生まれて生きているのは仮の姿で、亡くなったら阿弥陀さまにもどるのだと、住職が教えてくれました。
あの世とは、争いもケンカもない世界だから、安心していなさいとも…。
なによりの供養とは
故人を折に触れ思い出してあげること。
日常のなにげない会話の中にも故人のことを思い出してあげることだと
教えてくださいました。
立派な法要をしてあげることよりも、その人を忘れないでいてあげることだと。。
毎日仏壇の両親に
話しかけます。
しんどいよ
と弱音を吐きます。
助けて
と泣き言をいいます。
父と母は
ただ黙って微笑んでいます
だって弱音をはけるところはここしかないんだもん。
しっかりしなさい
と無言で教えてくれているのかな。
合掌
南無阿弥陀仏
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