母の四十九日も終わり
納骨も無事に済みました。

納得した見送りができたので、私自身崩れることなく日々を過ごせています。


喪失感は後からじわじわとやってくるのでしょうか…

浄土真宗の教えは

人間はこの世に生まれて生きているのは仮の姿で、亡くなったら阿弥陀さまにもどるのだと、住職が教えてくれました。


あの世とは、争いもケンカもない世界だから、安心していなさいとも…。


なによりの供養とは
故人を折に触れ思い出してあげること。


日常のなにげない会話の中にも故人のことを思い出してあげることだと

教えてくださいました。


立派な法要をしてあげることよりも、その人を忘れないでいてあげることだと。。


毎日仏壇の両親に
話しかけます。


しんどいよ
と弱音を吐きます。


助けて
と泣き言をいいます。

父と母は
ただ黙って微笑んでいます


だって弱音をはけるところはここしかないんだもん。

しっかりしなさい
と無言で教えてくれているのかな。


合掌


南無阿弥陀仏



気がつけばもう師走で

ここは半年近く放置状態でしたm(__)m


11月26日午後14時10分


最愛の母が
永遠の眠りにつきました。

お世話になってる老健から熱があるので病院に受診してほしいと電話があり、


病院につれていったところ肺炎でそのまま入院


そして10日余り
あっけなく
逝ってしまいました。


入院した当初は
まだ意識もはっきりしていて、頑張るからといっていた母


抗生物質も効かず
熱も下がらず

自発呼吸もままならなくなり、酸素吸入をしはじめてから、意識も混濁しはじめて、目もなかなかあけてくれなくなりました。


わたしと妹は
毎日母に語りかけ
手をさすり

好きだった夏川りみの
涙そうそうの歌を

耳もとで聞かせました。


だけど最後まで
言葉を発することなく


苦しんで
苦しんで

最後はチアノーゼもでて


妹と私は

もうこれ以上
頑張らなくていい。
と言いました。

痛いよね
苦しいよね

見ていて
こちらが苦しくなるくらい
母は頑張りました。


ほんとうに
頑張ってくれました。


今はきっと


父のもとに
旅立ち、また一緒に笑ったり喧嘩したりしていると思います。


姿かたちはなくなっても
母は永遠に私たち姉妹

そして
四人の孫たちの


心の中に
生き続けて


空の上から
見守っていてくれると信じています。


悲しいけど
いつかまた会える


そう思って

強く強く
生きていこうと
思います。



お母さん


ほんとうに心配ばかりかけた娘でごめんね。


わたし


がんばるから


ひとりでも

がんばるからね



たくさんの愛を


ありがとう
気がつくと今年ももう半分がすぎようとしてるショック!


ここもずっと
放置状態でガーン


最近
歳のせいで体力がなくなってきてるのか


疲れがなかなか抜けないしょぼん

それに加えて
動悸がひどくて


これはパニ発作の時のバクバクとはまた違う動悸で


横になって安静にしててもバクバクが治まらなくて


寝不足か
過労か


原因はよくわからないけど

いちど病院にいって検査しなきゃと本気で思い始めています。


動悸がひどいから
お風呂に入れない
湯船につかるとますます悪化して吐きそうになる


シャワーばっかりじゃ疲れがとれない

悪循環ですねしょぼん



労ってくれる人も
いない淋しい独り身なんで


自分で自分を労ってあげようと思います。



まだまだ精進しなきゃいけないんだろうけど


私は私なりにできることを精一杯しているつもりだから。


手を抜いたり
いい加減なことは


したくはない
といつも思ってます。


だけど結果的には
自分で自分をがんじがらめにしているのかな?


最近また迷路に迷い込んでます。