仕事が休みの日には
なるべく母がいるホームに面会に行くようにはしているが

ここ二週間
とにかく疲れていて
休みの日になると
身体が動かなくて
なかなか面会に行けなかった。


今日はやっと
会いに行くことができた。


案の定
顔を見るなり


えーと
誰だっけ?


って(涙)


話すうちに私だということが解っていったけれど。


また来るからね


と別れたあと
きっと数分後には


忘れてしまうのだろう。



それが
せつなくて
苦しくて


足が遠ざかってしまっているのも事実。


家に帰りたい
と言うことも
最近は言わなくなった。



そうやって
少しずつ緩やかに
でも確実に進行していく病


目をそらしては
いけない現実なんだ。


熊本の義母が亡くなりました。

一昨年義父を見送ったばかりなのに。。。


きっと義父が寂しがって
呼んだんでしょうねしょぼん


世間で言う嫁姑の確執は
もちろんあったけれど


亡くなった今は


ただ感謝の気持ちでいっぱいです。


21で嫁いで何もわからない子供の私に①から料理、田舎ならではの礼儀作法、しきたりを教えてくれました

離婚してから
四年近くたって


ようやく心のわだかまりが溶けてきました。


去年熊本に帰ったとき
義母に会って話ができて
ほんとうによかったと心から思います。


どうか安らかに
天国でまた義父さんと仲良くしてくださいね。
お義母さん
今まで、ありがとうございました。

合掌



震災以来落ち着かず
こちらの方は
ずっと放置状態に
なっていました。


いまもなお
被災地で頑張っている人びとのことを思うと

何をどう書いていいのかとなかなか日記を書く気持ちにはなれませんでした。


計画停電に振り回されるなかでうちのお店は一日も営業を休むことなく、限定メニューになりながらも通常の毎日でした。


物不足、買い占めに当初戸惑うこともありましたが、今はスーパーにいっても陳列棚には通常通りにものが並んでいます。


喉元すぎれば、、じゃないけれど、いまだに余震の怖さに怯えることもあるけれど、あの3月11日が遠い過去になってしまっているような気がします。


でも大切なのは
細く長く続けること。



節電でも
募金でも


風化させないように
していくことが
大事だと思う


今日この頃です。