オコメがHSCじゃなかろうか?と、HSCについて調べた時に、1番最初に思ったことは、
「あぁ、私も子供の時そうだったんだろうなぁ」ということ
そこで、HSPという大人バージョンのチェックテストをやってみたんですが、今の私は、
「HSP20% あまりストレスがたまらないタイプ」でした、、笑
でも、親から聞く、私の子供の頃のエピソードは、まんまオコメだし、HSCに当てはまる、、
なので、幼稚園、小学生の間は、結構辛い学校生活でした、、
幼稚園は、2年間しか行かなかったのですが、今で言うプレ保育?は、私だけ母子分離ができず泣いて泣いて、1人保護者のいる部屋にお母さんといたし、お弁当の幼稚園だったのだけど、入園してからしばらくは、お弁当をほとんど食べれなかったらしいです。
お母さんは、ほとんど残ってるお弁当箱見ては、心を痛めて、、
なんて事はなく、、
私の下には、まだ小さい弟もいて、お父さんは毎日深夜まで残業、土日は大学で研究?してたらしく、ほぼいない、お母さんの親は遠くて手伝ってもらえない、、
電動自転車なんてないから、東京の街を普通の自転車に前と後ろに私たちを乗せて、エッサホイサ走って、とにかく慣れない東京生活でいっぱいいっぱいだったそう(お母さんは大阪出身で、結婚するまで一人暮らしもしたことない、、)
なので、あーこの子は相変わらずだねぇ、、
って感じで、大して気にも止めてなかったらしい、、
性格もあると思うけど、、
昔から、私はお母さんに「気にし過ぎ!」て言われてたので、、
逆に、お母さんは気にしな過ぎで、若干空気が読めない、、
これは、ほとんど社会人生活をしていないからだろうか?それとも、性格?
とにかく、友達だったら嫌なタイプだなって思ってました、、というか、今も思ってる、、
で、話は戻して、幼稚園の年中さんなんて、その当時でも意地悪な子はまあまあ意地悪で、、
むっちゃくちゃ大人しい上に、めっちゃくちゃトロイ私は、案の定、いじめの対象に、、
と言っても、この頃はクラス全員で1人を、、て感じではなくて、意地悪番長みたいな女子が、何人かの大人しい子に、順番で意地悪していく、、て感じで。
時代も時代だから、それを先生がその子の親に伝えたら、周りに他の親も子供もいるのに、我が娘にビンタして怒ったらしいです、、
これは、さすがにうちの親も衝撃だったらしく、よくこのエピソードを話している 笑
そして、私はとにかく、その子も怖かったし、周りの子もみんな怖くて、なんなら、幼稚園自体が怖かった、、
楽しかったなーって思い出が一個もない。
みんなの前で、先生にトイレに行きたいって恥ずかしくて言えなくて、お漏らししたり、お遊戯会の劇も出たくなくて、「大きなカブ」は、最後の最後に出てくるネズミ役 笑
とにかく、3歳までお母さんと弟とずーと一緒にいたのに、急に1人で幼稚園に入れられて、すごーく嫌だった、、
でね、私、赤ちゃんの時、本気で太ってたんですよ。
生まれた時は、たぶん普通で3000gもなかったのだけど、お母さんの母乳の出が良かったのか、なんなのか、、
生後3ヶ月で、横綱級のビッグベビーでした。
親に、絶対に10キロあったでしょ?て言っても、そんなの忘れた!コロコロしてて可愛かった!としか言ってくれないんだけど、あんなに太ってる子、テレビとかでしか見たことない。
今だったら確実に、3ヶ月検診で親が怒られると思う、、
太りすぎててハイハイするにも、手で体が支えきれなかったほど、、笑
ただ、夜泣きもほとんどせず、おっぱいさえあげてれば、ニコニコしてて、勝手に1人で寝てるような子だったらしいです。
私が1歳7ヶ月で弟が生まれてるので、1歳3ヶ月くらいで歩き出してからは、親に抱っこして!てワガママも言わず、結構な距離も手を繋いで歩いてたらしいです。
そんな感じなので、もちろん、外で駄々こねて床に転がったりもしなかったし、癇癪もなかったらしいです。
ただ、人見知りはまあまああったようですが、オコメの赤ちゃんのときみたく、おじいちゃん、おばあちゃんにも人見知りする!なんて事はなく、半年に1回くらいしか会わない祖父母にも、すぐに懐いていたらしいです。
人見知りというよりかは、引っ込み思案て感じだったらしい、、
まあ、そんな事はおいておいて、、
そんなプックプクの横綱級の私ですが、幼稚園に入れられてからは、グングン痩せていき、、
小学校に上がる頃には、すっかり痩せ気味の少女に。
それくらい、幼稚園が私の人生の第一の関門だったんですね、、
まあ、とにかく、そんな感じの私の赤ちゃん〜幼稚園時代でした。