もう3歳とは。早いです。
いつかアンナに内緒でティーン満々のゾーイにゴス衣装を着せたい願望が...気付けばその時が瞬く間に来てしまいそうです。

そんな矢先、なんと、ゾーイに妹が出来ました!
まだお腹の中だけど、しっかり娘に成っていました。私...ちょっと動揺しちゃって、興奮しちゃって落ち着きません。
ゾーイに贈りました。なはは :)
まだマウス描きなのでくたくたです(。>д<)。
「インスタント・ファミリー」
ピートとエリーのワグナー夫妻には子供が居ない。それで良いと思っている。
しかしネットでアメリカにはあまりにたくさんの孤児や事情のある子供が里親の手を待っていると知り「見捨てられない」と一念発起。
いざ子供たちに会いに行くが、なかなか運命的な出会いはもたらされない。さすがにシニアはキツいと目を背けていたところ、リジーと言う15歳の少女が「全部分かって居るから気にしないで」と気にする夫妻を嗜める。
そんなリジーに運命を感じてしまった夫妻はリジーを引き取ろうと決断するが、実はリジーには弟と妹が居ることが分かり、夫妻は悩みながら3人を里子として迎えることに成る...
これは...あなたが少しでも家族のあり方に悩んだことが有り、その修復や理想に頑張ったことが有るならば、親側、子側関わらず、100%!胸に来ます。当然、里子や養子の方は、もっともっと感じるものがある筈です。
私も、非常に胸に来てしまいました。
まあ、想像するそのままの映画です。特に新味はありません。"愛"を中心に高らかに謳い出す方向のベタものでは無いくらい。最近流行りの"権利"で物事が計られ、右往左往する姿と、乗り越える姿を楽しみます。
里親にはひと先ずの親としての権利はあるけれど、それを行使すれば里子への愛や保護者の資質が疑われるので、無いに等しく、代わりに里子には否定し拒否する強い権利が有ります。訴えれば、里親は診断され、概ね彼等の資質は失墜してしまいます。
だから里親は里子に嫌われまいとして媚を売り、我慢し、怯えます。
序盤は結構なストレス。次女リタの大暴れは里親...いや、全ての親の苦労を痛感させられるほど手に余り、リジーの物分かりのある、時に陰湿な仕打ちはあまりに厳しく、気落ちするほどキツい。また、長男フアンの過度な臆病さと注意力の無さは厄介で、事故を招き、里親に"保護責任"の素養を疑われ追い詰めることに。
それは、覚悟の無いワグナー夫妻の理想を嵐のような凄まじさで、瞬く間に破壊していきます。
当初、至福の時を語ったふたりは、次第に悪態を吐き、自らの決断を呪います。

しかし。この映画の素晴らしいところは、そんなふたりに有ります。ふたりは善人では無い。しかし、非常に人間臭い。
里子たちの行いに限界を越えてしまったふたりは、胸の内を吐き出します。ふたりの結論は
「里子解消だ!」
もうひとつ。家族の映画を。
「アリータ、バトルエンジェル」
医師のイドは、町のゴミ捨て場で機能しているサイボーグを拾う。彼は破壊された体を直し、少女の形を形取る。
彼女は目を覚まし、今居る世界の姿に歓喜する。ただし、記憶は無い。
イドは彼女に"アリータ"と名前を送る。
町では殺人事件が話題で、命を賭けて戦うモーターボールが最大の娯楽だった。空には選ばれた人達の住む空中都市ザレムが浮かび、モーターボールでトッププレイヤーに成れば、そこに行けると言う。
ある夜。アリータは密かにイドが出掛けるのを見掛ける。翌朝、街は殺人事件が話題に成り、イドは腕に怪我をしていた。
原作は日本の漫画「銃夢」。
始まって26センチュリーフォックスと出て笑わせます。でも実は「時は26世紀」と謳っているのでしょう。上手く遊んでいます。
世界の造形は良く出来ていますが、ちょっと手狭に見えます。VFXで街ごと作った訳では無く、セットを多様、「トータルリコール」や「ゴースト・イン・ザ・シェル」くらいでしょうか。ですが、全景はなかなかのもの。高所からの眺めも美しく雄大で、その迫力には圧倒させられました。

物語は日本アニメ的王道。細かいカタルシスは控えめに、語りの中でカタルシスたる縁が紡がれていきます。
この映画は始まりに特別な"何か"を提示しません。ある平凡な医師が壊れたサイボーグを拾った事から始まる街の片隅の物語。
監督はロバート・ロドリゲス。メキシコの方。本当に素敵な映画を作って頂けました。
製作総指揮のジェームズ・キャメロンは嫉妬しているんじゃないかなあ...と思いました。何しろこの映画は如何にも彼の作品らしい。
主人公は凡人~しかし、実は世界の命運を背負っている...
それがキャメロン節。
人間世界ではその意欲を発揮出来ずに居た足に障害を抱える軍人が、星間の争いを止める鍵となる「アバター」、宇宙人による人類への裁定を計るコンタクトに、その愛や仲間への思い遣りで希望となる「アビス」、ごく平凡な女性が人類の未来を変える切っ掛けの子供を産むと言うだけでサイボーグと戦う事になる「ターミネーター」...
「アリータ」もそう。記憶を失い、ただの親の慰めサイボーグとなり、人に出会い、成長し、人生に戦いを挑む勇気を持つ話。そしてきっと、このザレムに支配された世界を変えることでしょう。
☆私、ちょっと風邪っぽいです。熱は無し。肺炎の気配も無し。忘れちゃいけません。
しかし、直後に向き合って
「出来る?」「そんな事、出来る筈がない」
そう、本気で口にする。
ふたりは善人では無い。しかし、人並みに人を愛する事に真っ直ぐなのだ。
権利に怯え...と書いたけれど、実は彼らが一番怯えているのは、子供たちに嫌われる事なのだ。
ふたりは善人では無い。しかし、人並みに人を愛する事に真っ直ぐなのだ。
権利に怯え...と書いたけれど、実は彼らが一番怯えているのは、子供たちに嫌われる事なのだ。
里親の一番辛いことは、子には産みの親が居ること。絶対に敵わない。目を背けようと、どれだけ絆を深めようと、誰かのひと声で、インスタントな家族は崩壊してしまう。
だから、頑張る。
そんなふたりの不毛な愛は、ある時、実に成っている事を思い知らされます。
リタは食べ物を投げつけ、破壊と奇声で大暴れだったけれど、いざと言う時には「離れたくない」とエリーの脚にしがみつく。
フアンの怯えは、実は"諦め"から来ていると知り、リジーの反抗は実の母への期待と、やはり"諦め"から来ていると知らされる。
ワグナー夫妻は、あの手この手と手段と方法を講じ、親足る立場を形作ろうと頑張ります。
どんなに邪険に扱われようと、時に里親の立場を悪くしようと、櫛を便器に落とされようと。
次第に近付く親子の距離。
様々なイベントを為して、心から向き合って、拒否され、涙して、また挑む。
諦める子に対し、諦めない里親の健気さが非常に愛に満ちていて、堪らないほど素晴らしい。
完璧なんて遥か遠い。でも世界一素晴らしい親の姿がここに有りました。
子に対して、子のために諦めないこと。
ふたりは不意に「父」「母」と呼ばれる度、嬉しくて、隠すこと無く飛び上がります。そんな姿を見て、子は微笑みを溢します。
"愛してる"
それは、いつも見ていてくれると感じる至福。血の繋がりや法的権利では無い、まごうこと無い想いのゆり籠。

主演ピート役はマーク・ウォルバーグ。まだまだ演技派では無いかもしれませんが、彼の作品には外れが非常に少ない。
エリー役にローズ・バーン。最近では「X-MEN」シリーズで有名ですね。
このふたりが如何にも"親"に失敗しそうで危なっかしいのが良いんです。でも誰よりも成功していく。そこが非常に素敵なんです。最後まで不器用。でも最高の選択をしていくふたり。もう最高でした。
そんなふたりの不毛な愛は、ある時、実に成っている事を思い知らされます。
リタは食べ物を投げつけ、破壊と奇声で大暴れだったけれど、いざと言う時には「離れたくない」とエリーの脚にしがみつく。
フアンの怯えは、実は"諦め"から来ていると知り、リジーの反抗は実の母への期待と、やはり"諦め"から来ていると知らされる。
ワグナー夫妻は、あの手この手と手段と方法を講じ、親足る立場を形作ろうと頑張ります。
どんなに邪険に扱われようと、時に里親の立場を悪くしようと、櫛を便器に落とされようと。
次第に近付く親子の距離。
様々なイベントを為して、心から向き合って、拒否され、涙して、また挑む。
諦める子に対し、諦めない里親の健気さが非常に愛に満ちていて、堪らないほど素晴らしい。
完璧なんて遥か遠い。でも世界一素晴らしい親の姿がここに有りました。
子に対して、子のために諦めないこと。
ふたりは不意に「父」「母」と呼ばれる度、嬉しくて、隠すこと無く飛び上がります。そんな姿を見て、子は微笑みを溢します。
"愛してる"
それは、いつも見ていてくれると感じる至福。血の繋がりや法的権利では無い、まごうこと無い想いのゆり籠。

主演ピート役はマーク・ウォルバーグ。まだまだ演技派では無いかもしれませんが、彼の作品には外れが非常に少ない。
エリー役にローズ・バーン。最近では「X-MEN」シリーズで有名ですね。
このふたりが如何にも"親"に失敗しそうで危なっかしいのが良いんです。でも誰よりも成功していく。そこが非常に素敵なんです。最後まで不器用。でも最高の選択をしていくふたり。もう最高でした。
リジー役にイザベラ・モナー。
「トランスフォーマー、最後の騎士王」の子役だそうです。褐色の肌でなかなかの美人。気丈な感じがとても良く、強気から弱気までとても的確に演じられていて、素直に泣かされました。エンディングでは"I'll stay"と言う主題歌も歌っています。
フアンとリタは勿論、ワグナー家シニアが良いんです。中でもエリーのお母さん(下の写真後ろの女性)。すっごく可愛く、"落書き"のシーンは大爆笑ものでした。
思い出すだけ幸せになります。完璧な家族の話では有りません。ですが、衝撃的なほど素敵な、ある家族の、ある一案が見られます。
もうひとつ。家族の映画を。
「アリータ、バトルエンジェル」
医師のイドは、町のゴミ捨て場で機能しているサイボーグを拾う。彼は破壊された体を直し、少女の形を形取る。
彼女は目を覚まし、今居る世界の姿に歓喜する。ただし、記憶は無い。
イドは彼女に"アリータ"と名前を送る。
町では殺人事件が話題で、命を賭けて戦うモーターボールが最大の娯楽だった。空には選ばれた人達の住む空中都市ザレムが浮かび、モーターボールでトッププレイヤーに成れば、そこに行けると言う。
ある夜。アリータは密かにイドが出掛けるのを見掛ける。翌朝、街は殺人事件が話題に成り、イドは腕に怪我をしていた。
原作は日本の漫画「銃夢」。
始まって26センチュリーフォックスと出て笑わせます。でも実は「時は26世紀」と謳っているのでしょう。上手く遊んでいます。
世界の造形は良く出来ていますが、ちょっと手狭に見えます。VFXで街ごと作った訳では無く、セットを多様、「トータルリコール」や「ゴースト・イン・ザ・シェル」くらいでしょうか。ですが、全景はなかなかのもの。高所からの眺めも美しく雄大で、その迫力には圧倒させられました。
山場のアクションシーンでは街に張り巡らされた送水管?の上を走り回るのですが、非常にスピード感を伴って、街の新たな一面を見せられます。モーターボールのフィールドもしっかり作られていて、スケールが有ります。
作り込まれた近未来アイテムや機械の数々はとても自然に機能しています。手狭でごった返した街の通りをすり抜けるトラックや一輪バイクは非常に自然に動き、カッコいいです。
多くのサイボーグが街を闊歩していますが、その造形も其々個性があり、美しく、その妖しさは非常に刺激的です。
アリータのVFXはまあまあ。スタントさんの動きを取り込んでCGキャラクターの動きの基とする"モーフィング"が非常に上手く行っていて、地に足の付いた重力感が良く出ています。物に触れば、その反発力を感じさせられ、人との触れ合いにも無理がありません。ただし、アクション時には多少なり、その重力感に甘さが有るのは愛嬌ですね。まだまだです。
質感はまだ「人にしか見えない」とは言えません。サイボーグだから気になりませんが、「ソニック・ザ・ムービー」にも言えますが、まだ細かい動きや質感に人形っぽさが有ります。でも固い人形では無く温もりのある人工スキンと言った感じでしょうか?
質感はまだ「人にしか見えない」とは言えません。サイボーグだから気になりませんが、「ソニック・ザ・ムービー」にも言えますが、まだ細かい動きや質感に人形っぽさが有ります。でも固い人形では無く温もりのある人工スキンと言った感じでしょうか?

物語は日本アニメ的王道。細かいカタルシスは控えめに、語りの中でカタルシスたる縁が紡がれていきます。
この映画は始まりに特別な"何か"を提示しません。ある平凡な医師が壊れたサイボーグを拾った事から始まる街の片隅の物語。
名前を付ける。それは我が子の成長を見守ると言う人間全ての人のカタルシス。
無垢なアリータは苦い食べ物に顔を歪め、美味しい食べ物に笑みを浮かべる。
新しい刺激に興奮し、人に出会い、恐れ、興味し、惹かれる。
そうして初めての反抗期。
そんな過程を辿る。
展開がちょっと早いかな...とは思います。帰宅シーンの次は翌日の出発シーンに...なんてあっさりした繋ぎもあり、私としてはイドとのたくさんの平凡な時間やお出掛け、食卓、そんな家族の営みと見たいんですけど...殆ど有りませんでした。何しろ、駆け足過ぎます。
でも、映画だから。2時間ですしね。原作を全て描くわけには行きませんし。でもその為、映画は深みを欠いてしまいます。
それを補うはやはり上の世界ザレムの未知性。そして描き込まれた世界アイアンシティの姿。
やはり、生身と機械が融合したサイバーパンク的"かたち"はとても素晴らしく、世界が今のかたちに成った過程を想像出来るほど描き込まれています。ある者は力のために、ある者は美しさのために、自らを変えていく。それは「銀河鉄道999」にもある、機械の体への焦がれでもあるでしょう。でも、あくまで人の殻(主に顔)は捨てたくない、そんな不完全な"美観"にも生命力を感じさせます。「999」にある顔が無くても気にしないくらいの達観は、きっと人が地球の縛りを越えた時にようやく始まるのかもしれません。
私は以前「銃夢」のアニメ版を観ていまして、そのままのストーリーだったと思います。
無垢なアリータは苦い食べ物に顔を歪め、美味しい食べ物に笑みを浮かべる。
新しい刺激に興奮し、人に出会い、恐れ、興味し、惹かれる。
そうして初めての反抗期。
そんな過程を辿る。
展開がちょっと早いかな...とは思います。帰宅シーンの次は翌日の出発シーンに...なんてあっさりした繋ぎもあり、私としてはイドとのたくさんの平凡な時間やお出掛け、食卓、そんな家族の営みと見たいんですけど...殆ど有りませんでした。何しろ、駆け足過ぎます。
でも、映画だから。2時間ですしね。原作を全て描くわけには行きませんし。でもその為、映画は深みを欠いてしまいます。
それを補うはやはり上の世界ザレムの未知性。そして描き込まれた世界アイアンシティの姿。
やはり、生身と機械が融合したサイバーパンク的"かたち"はとても素晴らしく、世界が今のかたちに成った過程を想像出来るほど描き込まれています。ある者は力のために、ある者は美しさのために、自らを変えていく。それは「銀河鉄道999」にもある、機械の体への焦がれでもあるでしょう。でも、あくまで人の殻(主に顔)は捨てたくない、そんな不完全な"美観"にも生命力を感じさせます。「999」にある顔が無くても気にしないくらいの達観は、きっと人が地球の縛りを越えた時にようやく始まるのかもしれません。
日本版のアリータこと銃夢です。
とても嬉しかったです。弄って原作のイメージを歪めてしまう過去のハリウッド実写映画化に寂しい思いをしてきましたからね。
「ガンダム」を実写化した「Gセイバー」とか「ドラゴンボール」とか...
「ゴースト・イン・ザ・シェル」だって、元々、無国籍感が有ったとは言え、日本が舞台と言うよりは中国みたいでしたもの。
ああ言うのは残念です。
歪んだ日本感は勿論、"中国"や"韓国"、そして"アメリカ"さえも出張らないことがこんなに素敵とは思いませんでした。この世界は、まごうこと無く「銃夢」の世界でありました。
ハリウッド映画では無く、すごく日本らしいユニバーサルな映画と言う素敵な仕上がりでした。
ああ言うのは残念です。
歪んだ日本感は勿論、"中国"や"韓国"、そして"アメリカ"さえも出張らないことがこんなに素敵とは思いませんでした。この世界は、まごうこと無く「銃夢」の世界でありました。
ハリウッド映画では無く、すごく日本らしいユニバーサルな映画と言う素敵な仕上がりでした。

監督はロバート・ロドリゲス。メキシコの方。本当に素敵な映画を作って頂けました。
製作総指揮のジェームズ・キャメロンは嫉妬しているんじゃないかなあ...と思いました。何しろこの映画は如何にも彼の作品らしい。
主人公は凡人~しかし、実は世界の命運を背負っている...
それがキャメロン節。
人間世界ではその意欲を発揮出来ずに居た足に障害を抱える軍人が、星間の争いを止める鍵となる「アバター」、宇宙人による人類への裁定を計るコンタクトに、その愛や仲間への思い遣りで希望となる「アビス」、ごく平凡な女性が人類の未来を変える切っ掛けの子供を産むと言うだけでサイボーグと戦う事になる「ターミネーター」...
「アリータ」もそう。記憶を失い、ただの親の慰めサイボーグとなり、人に出会い、成長し、人生に戦いを挑む勇気を持つ話。そしてきっと、このザレムに支配された世界を変えることでしょう。
アリータには過去の秘密が有ります。衝撃を受けたり、戦いの中での感情の高まりに呼応するように記憶は甦り、アリータを導き、強くしていきます。それでもアリータが大事にし続けるのは愛する「お父さん」と愛する「ヒューゴ」
序盤、アリータを守ろうとするイドに対してアリータは逆らいハンターに成ろうと我を張ります。これは、反抗期なだけでは無く、父のように成りたい娘の背伸びでも有ると思います。
そんな意地らしい娘アリータの情に満ちた物語。家族の物語なのです。
マイノリティの私としてはアリータがヒューゴと心を通わせ「私がサイボーグでもいいの?」と言うシーンは、胸に来ました。人の想いは"違い"など越えるのです。
少ないながらドラマは常に印象的で、最後にアリータは目的を手に入れます。この作品は大河の初めのひと雫。カタルシスを手に入れる最初の第一話なのです。
ドラマだけでは有りません。モーターボールに代表する、壮絶極まりないハイスピードアクションは映画を盛り上げます。
エンターテイメントとして非常に面白いです。
2時間は短すぎました。でも満喫の2時間です。
続編観たいなあ...
アリータ、大好きです。
☆私、ちょっと風邪っぽいです。熱は無し。肺炎の気配も無し。忘れちゃいけません。
この時期はコロナだけで無く、インフルエンザも花粉症も、平凡な風邪も無くなってはいないんだよね。忘れてました。