薄暗がりの中で、ぽつんとひとり、ベッドの上で、空調のぐんぐんと言う音だけを聞いています。
朝食はホットドッグにダノンビオ・ヨーグルトのストロベリー味。そしてバナナ。
考えるべき事がたくさん有る筈なのに、何にも浮かびません。
そうだ、親友にメールを。
私の話なんかいい。彼女の素晴らしい知らせに、どれだけほっとさせられたかを伝えなくちゃ。
それなのにこんな事にも頭が巡りません。
ほぼひと月の旅。人生を大きく変えようとした、挑戦。
気楽に、笑いながら終えることは出来なかったし、満足に胸をわくわくさせるものともなりませんでした。
不安が残ります。
ただ、今は、私の心には何もない。
性別適合手術をして、何が変わったか?と知りたい人が居るでしょう。
正直言うと、何も変わりません。
感覚としても特に変わりません。
用足しの時に漏らすかもと焦り、何をするにも患部を傷めないよう気にし、常に完全でない不具合のある何かを抱えているような気がするだけ。
ふと「ああ、有ったものが今は無い」そう思うだけ。
Gidだから?
多分、違うと思います。
映画でたくさん見た男性器の無くなる恐怖。愛する人に愛して貰えなくなるかもと焦る男たち。
でも、きっと、私達にはそんな形なんて、大したものじゃないんです。
性別適合手術をしたら人生が大きく変わるのか?
それはあなたの心が本当に女(男)で有るならば、大丈夫。大きくかは分からないけれど、今までとは全く違う筈です。"活きる事"に躊躇う事は無くなるでしょう。
ただ、性別適合手術がその特別な印をくれる訳では有りません。
明日がどうなるかは"あなた"、そして私に全てがかかっています。性別適合手術は服を着替えたようなもの。ただ、かつての服は着ることが出来なくなります。似合わないからと新しい自分を作り直す事も、もう出来ません。
心が変わるかと聞かれた事が有ります。
いいえ。
元から私は女ですから、そのままです。男として生きようと足掻いた分だけ、私色な心を持っています。
きっとこれからなんだよね。日本での現実に帰り、様々な選択肢を選んでから、振り返ってみて、あぁ、今までの自分なら選ぶことの無かった道を選んできている、そう実感した時、きっと言い様の無い満足に胸を震わせるのだと思います。
手にしたものを無駄にしないよう、頑張って活きてください。
もしかしたら"自信"を手に帰る人も居るかもしれません。
しかし私にはそれを手にする事は出来ませんでした。
不安から溢れた涙も枯れ、悲しみを洗い流し、研ぎ澄まされた静寂の朝に、今、私は居ます。
現地時間11時。
もう残り少ないダイレーション回数。
自分でひとまず出来るのに、つい看護婦さんを待ってしまって怒られる私。
す...すみませ~ん。
人を巻き込むとオロオロになる体質な為に、そんな時こそミスの連発。看護婦さんは腰に手を充てて、ため息を溢すばかり。
しょげます。
あげくまた10cm。捩じ込んで12.5がやっと。
お昼はおかず2品の屋台です。
内蔵系のお肉と野菜の炒め物と鶏肉の足かなのささやかにピリ辛の炒め物をご飯に乗せて貰いました。まあまあでした。むむむ。
45バーツ。
昼食後は、薬局に行きダイレーション用具を買います。結構な出費になりました。ぐすん。
その後、ジム・トンプソンのアウトレットビルに行きました。綺麗な小物入れから生地までたくさん、色とりどり。
素敵でしたが、荷物容量が気になって、小物入れくらい...と思いながら、手が出せませんでした。
それ以上にベビー服が気になる気になる。
親友に送りたい~けど、相手はパリか...
アマゾン・フランスで買った方が...なんて、邪道な私。
お金貯め直して、パリに体ごと行くのが一番だよね。またブロークンフレンチではまずいので勉強もし直そう。
書けるけれど会話に弱い、日本人らしい欠点です。
しかし...鞄に荷物が入るか不安。何とかギリギリなんだけど、あとダイレーターが入ってくる。厳しいなあ。
下着を棄てて...
返りはジーンズ履いてスカート履いて、上着は2枚着。それでも厳しい。
お土産買いすぎました。食べちゃうか...どうしよ。
それからガモン先生との経過観察は明日に延期。なんだかど~でもござれです。
泣き過ぎて、ネジが飛んじゃいました。

笑うことが出来ました。
午後のダイレーションはセルフで完璧です。
しかし、恐怖の2号がテーブルに乗せられております。
また太い。1号が0号に見えます。看護婦さん、間違って3号を持ってきていません?と何度も確認してしまったほど。
ひと回りじゃ無いよ。ふた回りは太くなってるよ。
今は5号までらしいので、2号に慣れればあと3つ。ふう。折り返しかあ。
いやいや、この太さは尋常じゃない。
あ。そう言えば1号、入れるの楽々だった。12cmで押し込んで13cm。幸先良いね。
しかし、私はその後に待ち受ける、恐るべき現実を知らなかったのです。
穏やかな時間が過ぎます。
30分後。看護婦さんがやって来ました。
英語で、多分「ダイレーションの2号へのサイズアップをします。オーケイ?」みたいに言ったと思います。
私はジェル塗り以外は全部、自分でこなしました。
看護婦さんは、ちょっとまだ、ぷんすか気味ですが、順調な進行に心無しか語句が優しい。
さあ、ダイレーター2号を構えます。
さて。どうでしょう。
突っかかりはない。入り口は余裕かな。
入っていくね...あまり太さは感じません。
あれ?突き当たり?もう少し行けそう。
奥では、ダイレーターの太さを少し感じます。
どすん。
はあ...
痛く有りませんでした。
なんか余裕じゃないさ。5号でも何でも持ってらっしゃい。私の膣はなんでも食うぞ。
下品ですみません...
そんな余裕さえ抱いてしまいます。
5インチ弱。12.5cmくらい。
ちょっとお尻の方が慣れないからか、息苦しさを感じますが、それは1号の時も同じでした。容易く慣れるもの。
私はまたもや痛みを感じる事無く、ダイレーションを新たなる域へと進める事が出来ました。

さて。
前振りをした、私の知らぬ恐ろしき現実とは、何か。
それは、股を開くからおならがしたくなる~。
いけない。ダイレーターがずっしり体に入り込んでいるから、お尻の穴を閉められない ...
まあ、さほどせずに落ち着きは取り戻せましたが、人生を掛けた最大級の危機でした。:p
2号の取り出しも苦労はせず、順調に作業を終えました。
ダイレーションルームも今日で最後です。
明日も私の場所は開けられていますが、帰宅後の練習の為にも、ホテルでダイレーションをした方が良いとのこと。
明朝は、完全セルフで何もかもをします。
夕食はお腹の減りが悪く、マンゴーの漬け物を買いました。
「それだけで大丈夫ですか?」と聞くアテンドさんに「別れが惜しいから胸がいっぱいなんです」と言うと、笑ってらっしゃいました。
本当なんだぞ。
彼の後ろ姿を見ながら、改めて、ありがとね、と心で呟きました。
次第に"別れ"が胸に実感として重くのし掛かってきます。帰る不安と恐れ。帰りたくない愛着。そして帰りたくてたまらない気持ち。
複雑に入り交じる感情が私を焦らせます。
やり残したこと。ただ、その言葉だけが呪文のように頭を巡り続けています。
部屋に上がり、マンゴーを食べてみました。
がりごり...
青梅を浸けたの?酢っぽくはないけど。
半分は美味しい。半分は少し飽きが...
15バーツ。
ふと。雨が降りだしました。
まるでタイが別れを惜しんでくれているようです。
ここ数日、看護婦さんたちに会えてないなあ。
別れの挨拶も出来なかった。
ちょっと残念でなりません。
でもちゃんと記憶に焼き付けたよ。
絶対に忘れないからね。
明日、大丈夫と言われたら、もう二度と来ないガモン・ホスピタル。整形手術しないしね、私。
コンシェルジュさん、掃除婦さん、看護婦さん、受け付けさん、入居者たち。
ミスウクライナのハンナさん、他のたくさんの擦れ違った人達。
そして病院の日本人スタッフであり私のタイのお母さん、アテンドさん、アテンドさんのお母さま、蒼月の店長さん。
みんな、忘れられない、私の一部です。
あん、今日は泣いてなかったのに。
別れを言いたくないからって言わなかったら、言えなくなっちゃった。。゚(゚´Д`゚)゚。
人は別れを力に変えて強くなる。
私はまた強くなる。どこまでも、もっともっと、ね。
これで患部が治癒できて、形がもう少し良かったら、私は清々しい気持ちだったろうに。
だからこそ、代わりに"意味を残したい"、そんな欲求に駆られています。
私の人生は"平凡"以下から"平凡"になるのでは無く、特別な何者かになる。"私"である意味を刻みたいのです。
良からぬ欲が出てきました。こうなると厄介なので、はい、頭空っぽ。
雨は音をたてて降り続けます。
世界を覆う、雨の音。
もしかしたら私の心が立てている音かもしれない、なんて思いながら、夜も更けて行きます。
明日考えよう。明日はガモン先生にたくさん質問しなきゃいけない。
良い日になるといいな...