私は強くなれた。そうなる為の鍵は性別適合手術では無く、もう持っていました。
ひとまず、母と友には謝りのメールを送りました。
朝は目玉焼きとウィンナーとハム、トースト、バナナ。今日のバナナは丁度良い柔らかさ。
今日は待つばかり。
朝に時間割が出るわけではないので、それが弱りもの。
今日は看護婦さんの出入りも少なく、最後の触れ合いがあまり出来ません。
まさか、もう出て行く人だから構わないだけ?寂しいなあ...まさかね。
定期の検診も数は減りながらも有って、その度に伝えたい想いを伝えなくちゃと張り切りますが、なかなかうまくいかない。
私はブロークンながらもそれなりに会話出来るほど英語は使えたつもりでした。しかし、長く英語に触れていなかったせいで、いまや嘘のように干からびています。
伝えたいことを伝えられないもどかしさ。
...口惜しい。
お昼は焼肉。お腹がパンクしそうです。
それから現地時間14時頃、シャワーを浴びました。
昨日、私を助けてくれた彼女が補助してくれます。
さすがにみんな昨日以上に慎重です。私もどきどき。
そっとベッドを降ります。
立てた。歩きも3メートル程の距離を歩く内に著しい変化を感じられました。
思わず顔を向き合わせて、表情で「やった!」と息がぴったり。
問題は、シャワーです。
昨日のようにはならないぞ。
今日は完全セルフ。
お湯の量を控えめに、あまり体に当てないようにしました。
シャンプーやボディソープを取る際にも、体にお湯が掛からないように注意しました。
髪を洗う時も頭に当たらないように意識しました。
そして思っていたより順調に終了。
お腹が張っている以外は順調過ぎる私の体。はあ...
今日は鏡を見る事が出来ました。
私ってこんな顔だったかな。
張った肩、小振りな胸の膨らみ、一週間の成果が溜まったような張り切ったお腹は、まるで妊婦みたい。程よいお尻、太いままの太もも...
そして大きく違う男性器の無い股。
不思議です。何も変わらない。
気持ちも変わらない。涙も出て来ない。
ただ、頭痛持ちの頭痛が今日は無いだけ。そんな感じ。
この瞬間、きっと「あぁ、女に成ったんだ」って満足するのかと思った。感動に泣き叫ぶかと思った。でも、何も言葉が作れませんでした。
私は贅沢にも看護婦さんに体の半分を拭いて貰い、髪も乾かして貰いました。
恥ずかしくはない。これは信頼の証。:p
私はベッドに戻り、髪を解かしました。
看護婦さん達が最後の作業を始めます。
すると、私を一番多く、世話してくれた子が入ってきました。
彼女は親しげに微笑み、そっと私の髪に触れると「綺麗な髪、いいね」そう言って、部屋を出て行ってしまいました。私は慌てて「サンキュー、コップンカー」と見えない彼女の背中に投げ掛けると、部屋の外から「ユア・ウェルカム」と返ってきました。
ベッドを患部の消毒に適した形に整えていた昨晩の彼女は、私と目を合わせると、いつものように、にこっと微笑みました。
ここは微笑みに溢れている。タイは微笑みの国と言う。ただ、微笑んでいるだけなのかもと思っていました。商売人のように愛想がいい、それくらいかと。
ここは病院、例外かもしれないけれど、私はその微笑みに包まれ、安堵の下に、ひと区切り、今日、退院します。
昨晩の彼女にも早々に「イエスタデイ、サンキュー」と伝えています。彼女はじっと私を見詰め返し、はにかむようににこっと笑いました。
私は、心でもう一度「ありがとう」と噛み締めるように念を押しました。そしてもう一度。
「Really thank you」
ダイレーションは明日。もしかすると明日も説明だけかもしれないとの事です。穴が埋まりそう...
しばらくアテンドさんが来なかったので、その間、脚を戻そうと、部屋を歩きました。
随分、回復したかな。もう歩き方は普段と変わりません。
しかし一日中、寝ながらも脚を意識していましたが、どうも未だに弱々しさは抜けません。
時間が余る。足が疲れる。
何かやり残したこと...たくさん有り過ぎてどうこなせばいいかわからない。今更だし。
...でも、ひとつくらいなら出来るかもしれない。
私は鞄から小さなノートを取り出し、空きページを1枚引き千切ると、ペンでこう綴りました。
"Thank You♥I never forget your kind. Tomo→Mari"と。
そして畳んだ使用済みのシーツの上に置きました。
掃除婦の子か配膳と掃除もするおばさんに届くかもしれない。そう信じて。

タイの夕日。
アテンドさんが来て、これからホテルに移動します。部屋は病室のそのまま2つ上。窓に寄って見られるだけで、景色は全くのそのままです。
アテンドさんと別れると、私はこれまでになくゆっくり寛ぎました。
自由に出来るって、ほっとします。
...と言いたいところでしたが、鏡を見て、私の髭が凄いことに成っていると気付かさせられました。
看護婦さん達、よく受け入れていたなあ。ホテルのコンシェルジュのお兄さんに金庫の閉め方聞いちゃったよ。これじゃ、髭女のレッテル貼られちゃう。
性別適合手術くらいでは髭は全く変わりません。
私は1時間くらいかけて可能な限り抜いて、寛ぎに戻りました。
しかし、悲劇が。
ベッドで映画を見ていたら、シーツに血が!下着も下ろし立てでしたが鮮血まみれになっていました。どうしよう、血が出ているようでは、進行が遅れかねません。
そっとティッシュを宛がうと、水っぽい濃度の薄い血が付きます。
私の明日からのダイレーション、大丈夫なの?手術の正否さえも危ぶまれます。
悩んでもしょうがないので円座をベッドに置いてその上で眠りました。疲れていたのか4時間ほど深く眠りましたが、現地時間2時には目を覚ましてしまいました。
腰と背中が痛い...
まだ眠れそうでしたが、諦め、立って夜を明かす事にしました。
血は止まっていません。
私は下着を下ろし、どうしたものかと思案しました。
すると30度設定の空調でも寒いのか、お腹が痛くなり始めました。
堪えられない...私は洗面所に飛び込み、ペーパーで患部を覆うと、立ったまま一週間ぶりの用を足しました。(´▽`*). 。:+.
夜は穏やかに更けています。
それから3時間。下着を着けないまま、患部を労りました。宛がうティッシュには相変わらず血が付きます。
拭っても、また新しいティッシュを赤く染めます。
私にはオチが付き纏う。
最悪のオチに成らないことを祈りながら、今、ゆっくりと明けるタイの空を眺めています。