★沖縄のパワースポット★

 

 

 

 

あがりうま−い「東御廻り」

 

沖縄民族の祖先といわれる

"アマミキヨ族”が渡来して住みついたと伝えられる霊地を

 

巡拝する旅

 

 

 

 

みなさん、一緒に、いっきましょーっ。宇宙人キラキラキラキラ

 

 

 

 

 

まず

1か所目

 

園比屋武御嶽 です。

 

いにしえより国家行事や祭祀と密着。

東御廻りや聞得大君の就任式、御新下り(おあらおり)における第1番目の拝所である。

石門の後ろに広がる緑豊かな森が聖地であり、代々の琉球国王も聞得大君も往路の安全をここで祈念して出発したといわれている。

 

 

 

住所

〒903-0816 沖縄県那覇市首里真和志町1丁目17−3

 

地図はこちら

 

 

首里城の駐車場↓

県営首里城公園 駐車場P1

 

 

 

 

 

 

そもそもですが

 

 

 

園比屋武御嶽

 

 

 

 

その・・・ひ・・や・・・ぶ?

 

なんて読むの?さぁ〜。( 沖縄風に 笑)

 

 

 

 

 

 

みなさん、わかります?

 

 

 

 

園比屋武御嶽

 

 

 

 

 

 

そぬひゃんうたき

 

 

 

 

えっ、これ、当て字?

それとも、元々漢字?!

 

中国的な読み方??

 

 

 

普通、よ・・・めないよぉぉーー。笑笑い泣き

 

ちなみに

 

園比屋武御嶽があるのは

首里城内ひらめき電球

守礼門のすぐそばです〜ぶーぶー

 

2000年12月2日 園比屋武御嶽石門は、琉球王国のグスク及び関連遺産群のひとつとして、ユネスコの世界遺産条約に基づく世界遺産リストに登録されました。

全世界の人々のために保護すべき遺産として、特に優れて普遍的な価値があるものが、このリストに登録されます。

 

 

 

世界遺産でもあるよっラブ

園比屋武御嶽

 

石門とその奥の森を園比屋武御嶽といい、王府の祈願所であった。

石門は神社でいう拝殿にあたるが、本殿に相当する建物はなく石門の後ろに広がる森がそれに当たるという。

石門の創建は、尚真王(しょうしんおう)時代の1519年 

1933年には旧国宝に指定されたが、沖縄戦で大破。

1957年に復元され、後に解体修理し、1986年に完成した。

 

石門は竹富島の西塘(にしとう)の作と伝えられる

石材は主に琉球石灰岩を用い板葺唐破風屋根を表わす

屋根の飾りなどに日本と中国の様式をあわせて用いた沖縄独特の優れた石造建築である。

 

琉球国王も聞得大君も往路の安全を祈願したところ

 

 

 

今でいうと

旅の交通安全だから

 

わたしのように

外から来た人は

 

 

沖縄の首里城に縁をいただき

無事にこられたこと

巡礼できること

 

ありがとうございます。

 

 

沖縄に滞在中、旅の交通安全をよろしくお願いします。

 

 

と伝えると

いいよねっ。ひらめき電球

 

 

 

 あとっ

 

 今日はあがりうまーい行ってきます!!👍

 

 

 

 

 

あっ、そうだっ!

 

 

お水も飲まなくっちゃ。

 

 

 

巡礼の際は

お水を飲んで、身を清めるんだった。

 

 

 

ごくごくごく

 

 

 

 

サワサワサワサワ~

 

 

 

 

ん?

 

ふわぁぁぁ~~~~~ん

 

 

くるくるくるくる

サラサラ~

 

 

はぁっ、爽やか、やわらか〜い風

 

 

か~る~~いっっアップアップアップアップ

 

 

 

 

くんくん

くんくん

 

 

ふひぃ~

 

 

 

石門の脇、後ろ側からかな?

 

ここ、神様がおられるよ〜。キラキラキラキラキラキラ叫びキラキラキラキラキラキラ

 

 

 

 

 

石門の後ろ側は

少し緑があって

 

おうちも見えているけど

 

 

 

不思議。

 

 

 

目に見えてる世界とは

別の場所

 

自然の森の中の空気

女神様の光の中にいるみたい。

 

 

 

 

とってもやさしい~

やわらかい風が

 

 

ふわぁぁ~~~ん

 

ふくれあがって

 

 

 

すぅーーーー、はぁー

 

 

思いっきり吸いたーい。キラキラキラキラキラキラ

 

 

 

 

すごいよぉ、聖地の風。

 

 

 

石門の横、後ろ側からくる風

ご神気、そのもの。

 

 

 

ここ、ポイントだっ合格

 

 

 

横から

石門の後ろの空気を吸って。ニコニコ

 

 

パワースポットですぅぅぅーーーっっアップアップ

あっ

 

石が三つ並んでる

これ、香炉??

 

 

 

そうだ。

 

 

 

お供えもの

お供えもの

 

 

 

 

神様、こんにちは。

 

 

住所・・・下川友子です

神様・・・よろし

 

 

ぐるぐるぐるぐる~

 

 

 

え?

(自己紹介中・・・ですが・・・)

 

 

 

ぶわあぁぁぁ~~~~~ん

 

 

 

どっひゃー

 

光が、太陽!?

 

 

ぶわぁあぁああぁ~~~~ん

 

 

 

わわわわっっ

 

あつあつあつあつっっ

 

 

 

ま・・・ぶしぃーーーーーー。アップアップアップアップ

 

 

 

 

さわさわさわさわ

さわさわさわさわ

 

 

 

あ、風、あったかい~

 

太陽、あれ?空、太陽でた?!

 

 

 

 

パチ

 

 

 

あ、青空!!

 

 

 

天の日の神と繋がる

生命力、光、強い、熱い、高い~アップアップアップ

 

 

 

 

 

 

 

 

柔らかく扉が開く

 

 

 

あちらは

明るい光

 

女神様?

神代の世界・・・

 

 

 

 

 

奇跡の扉

光の扉

 

 

旅・・・巡礼。キラキラキラキラキラキラ

 

 

 

 

 

あがりうまーい

 

心、精神、魂、

光の扉が開く、お参りになるのかなぁ。

 

あ、太陽ーーーっっキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラ

 

 

 

日の神様

アマミキヨ様。

 

よろしくおねがいしまーすっキラキラキラキラキラキラ

せっかくなので

首里城の神所も

 

サラッとめぐりましょ。ぶーぶードキドキ

 

 

(って、いつもサラッとじゃなくなっちゃう〜。笑)

龍樋・冊封七碑と瑞泉門


石段途中の右手に泉があります。

龍の口から水が湧きでていることから、 龍樋という名があります。

龍の石彫刻は、いまから約500年前の1523年に中国からもたらされた当時のままのものです。
龍樋の水は、王宮の飲み水として使われました。

また、中国からの使者「冊封使」が琉球を訪れたとき、那覇港近くにあった宿舎「天使館まで毎日この水が運ばれたといいます。
この周辺の石碑は、龍樋の水の清らかさを称賛した冊封使たちの書を刻んだもので、 冊封七碑と呼ばれています。

沖縄戦でほとんどが破壊されましたが、拓本をもとに1996年(平成8)年に復元されました。


石段上の門は瑞泉門で、 その名は龍樋の水が瑞泉(りっぱな、めでたい泉の意味)と讃えられたことに由来します。

別名 「ひかわ御門」ともいいます。

「ひ」は樋のことで、 「かわ(川)」は沖縄では井戸や泉のことをさします。

さきほどの歓会門とちがい、双壁の石門の上に櫓がのっています。

この形式は日本本土の主な城の門と共通しています。
創建は1470年頃。沖縄戦で焼失し、1992(平成4)年に復元されました。

 

龍樋の水は、王宮の飲み水 かぁ・・・。

 

 

 

沖縄にとって

水はとても貴重な存在で

 

 

聞得大君の就任式(御新下り)でも、

水を額につけて、霊力を授かるくらい

 

神聖な存在。

 

 

 

 

くるくるくる~

 

サワサワサワ~

 

 

 

 

 

スーッと馴染む

清らかさ。

 

 

ここ、

水の神様がおられる・・・。キラキラキラキラキラキラ

 

 

 

 

しかも

足元の水

 

サラサラ

流れてくるけど

 

 

 

なにこれ

水??

 

 

あったかいよ。

 

 

 

 

ピチャ。パー

 

 

 

あっ、ぬるま湯みたいっ!!

 

 

 

えっ

地面があったかいからかな。

 

 

 

 

靴の底

水が自然に流れてく。

 

 

ここに

立って、水に意識を向けると

 

浄化~タイム〜。

 

 

 

足元の

流れる水

 

もう一度

 

ピチャ。パー

 

 

 

首もおでこも

水つけとこ。

 

 

 

水に触れると

浄化の力もあって

 

その土地と早く仲良くなれる気がするの。

 

 

 

 

水は、神聖なもの。

 

 

 

あらためて

水、ありがとう。キラキラキラキラキラキラ

おぉ!

 

 

この狛犬

 

じゃなくて

シーサー

 

 

なんだか

ズンッとしてる。

 

 

ほんと、魔除けだ。もぐもぐ

修復中・・・

漏刻門(ろうこく)


漏刻とは、中国語で水時計という意味です。 

この門の上の櫓の中に水で時間をはかる水槽(水時計)が設置されていました。

門をすぎた広場には日時計があり、 その二つで時刻をはかり、太鼓をたたいて時をしらせました。


別名「かご居せ御門」ともいいます。

駕龍で登城することを許されていた身分の高い役人も、国王に敬意を表しこの門で駕龍から下りたということからそのように呼ばれました。
創建は15世紀頃。

老朽化のため昭和初期には撤去されていたものを1992(平成4)年に復元しました。

 

 

ひろいねぇ。

 

 

 

首里城内

東側って

 

私、行ったことないのかも・・・

(記憶喪失の場合もあります)

 

 

東側にも

御嶽、あるんだねぇ。ひらめき電球

 

ではっ

 

ペコリ。

うわわっ、寛大、おっきい、力。!!

 

 

 

太平洋を眺めた気分?!笑

 

 

ここに入ると

気が、じぇーんじぇんちがーう。

 

 

 

 

王宮、城、らしい

ドーーンと大きく広がる気。

 

 

やっぱり

首里城って

 

パワースポットーッ。合格

 

ここは

 

下之御庭(しちゃぬうなー)

 

首里城正殿前の広場(御庭 うなー)に対して「下の庭」という意味。

正殿前で行われる儀式の控えの場。

 

 

 

でもねでもね

控えの場だけじゃないの。

 

 

 

目の前が

かーみさーまだよぉぉぉーっ ぶーぶーラブラブラブラブラブラブ

首里森御嶽(すいむいうたき)

首里森とは首里城の別称で、 御嶽とは沖縄の聖地または拝所のことです。 

琉球の神話では、この御嶽は神が造った聖地であり、首里城内でもっとも格式の高い拝所の一つです。 

城内にはここをふくめて「十嶽(とたけ)」と呼ばれる10ヶ所の拝所があったとされています。
国王が城外の寺社に出かけるときにこの御嶽で祈りをささげ、 神女たちが多くの儀礼を行いました。
石積内の植物はガジュマルやクロツグです。

 1997(平成9)年に復元されました。

 

首里森御嶽(すいむいうたき)
琉球王国時代、首里森御嶽は王国の重要な儀礼の際に拝まれる場所でした。

首里森御嶽は、 神アマミク (アマミキヨ)が創った聖地とされる「首里森」の拝所です。

遺構石積や配置図、 絵図などを分析して往時の形状·規模等を究明し、1997 (平成9)年12月に復元整備されました。
この首里森御嶽の門扉の前では、旧暦正月三日の初行幸や普天間参詣など国王自ら外出する際、 または百人御物参などに、国王をはじめ王城に勤める諸臣、そして聞得大君や三平等之大阿母志良礼ら王国時代の神女たちが祈りを捧げました。
儀式の際の会場レイアウトを示した『図帳』などの資料に、国王の拝礼時の様子をかいまみることができます。

 

 

 

ここも、絶対お参りしなくっちゃ。合格合格

 

御花米、御酒等の供物

 

 

今思えば

わたし供えてるもの同じだ。笑

 

 

 

 

ここ、まさに

国王が拝礼された所かぁ・・・。


 

 

なんだか

こうやってみると

 

髪の毛が生えてる

生き物にみえてくる。

 

 

ニョーッキーッて、草木が伸びて動き出しそうーーー。アップ

 

 

 

 

そのくらい

エネルギーというか

 

生きてると感じる

生命力、すごいんだもーん。イヒ

 

 

 

 

ザワザワザワ~

 

 

あ、またどこからか風が・・・

 

 

 

 

ぐるぐるぐるぐる~~~

 

 

 

 

分厚い、厳かな

神様の気

 

 

 

 

上から重力・・・が
かぶさる

 

 

ザワザワザワザワ〜

 

 

 

 

た・・、立ってられない。

 

 

 

 

ペタン。

 

 

 

 

ぐるんぐるん

 

 

分厚い

すごい、力のある気。

 

 

 

 

再現って

復元って

 

すごいなぁ。

 

 

 

御嶽は、神様も復元されてる。

 

 

 

神様は、人間が大切にすると

 

またその場所が中継スポットとなって

降りてこられるようになる

 

永久不滅の存在だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さぁてっ

 

首里城の正殿への門は

奉神門 


奉神とは 「神をうやまう」という意味です。 

別名「君誇御門」ともいいます。
向かって左側は薬·茶·タバコなどを扱った「納殿」、右側は城内の儀式などに使われた「君誇」という部屋になっていました。

3つの入口のうち、中央は国王や中国からの冊封使などの身分の高い人だけが通ることができました。
1992(平成4)年に復元されました。

 

この門の向こうが

 

首里城!というお姿

正殿 北殿 奉神門 南殿・番所 御庭

 

 

いろいろあるけれど

令和元年10月31日未明の火災で

 

今は・・・

まだまだ・・・

何もない。ぐすん

 

 

 

早く復元されるといいなぁ。キラキラキラキラキラキラ

 

あっ!

 

これ、首里城の正殿の所にあった柱だ!

 

 

なんとか

無事だったんだ~合格

大龍柱(だいりゅうちゅう)

 

 

っていうか

火災後

 

こんな感じだったのか・・・ガーン

 

さぁっ

 

こ~こから~は〜

 

 

私が首里城で一番好きな場所ドキドキドキドキドキドキ

 

 

京の内

首里城内で最大の信仰儀式の場で、首里城発祥の地ともいわれます。

神女の最高位に位置する聞得大君などが、ここで国家繁栄、航海安全、五穀豊穣などを神に祈りました。

 

 

 

首里城発祥の地!ですぅぅーーーー馬ドキドキドキドキドキドキ

 

京の内 (きょうのうち)


琉球王国では国王を頂点とした男性中心の行政組織の他に、聞得大君と呼ばれる女性を頂点とした神女組織があり、信仰や祭祀の面から王国を支えていました。

その神女にとって重要な信仰の対象が「十獄」と総称される首里城内の各所に配置された御獄(拝所)群であり、なかでも重要な御獄が「京の内」にはありました。
12~17世紀頃にうたわれたオモロ(神歌)を収録した最古の歌謡集「おもろさうし」によれば、城内最大の聖域空間である。

「京の内」は「けおのうち」と表記され、一般的に「気の充満する聖域」の意味に解釈されています。
「京の内」では、古くから聞得大君や「三平等の大あむしられ」と呼ばれる首里の神女たちによって
国王万歳、王家繁栄、 航海安全、五穀豊穣などが祈られていたことが分かっています。

17世紀になると、神女たちの儀式は次第に簡略化されていきますが、「京の内」や城内外の祭祀関連施設を巡拝する華やかな儀式は続けられていました。
復元にあたっては、明治時代の測量図に基づき整備され、一部は18世紀の絵図資料を参考にしています。

したがって、首里城全体の復元年代と同様に18世紀以降の時代を示す空間となっています。
なお、「京の内」は王国祭祀を知る重要な場所のひとつと考えられますが、そこで展示された儀式の内容や聖域空間としての具体的な形態、 植生などまだ明らかになっていない部分もあり、今後の研究が求められています。

 

 

 

 

「気の充満する聖域」

 

たーーしかにーーー!!

 

 

 

本土でいう

神社の社ができる前の

 

元の場所

という感じするねっ。ラブ

この京の内も復元ではあるけれど・・・

 

王宮の整備がほぼ完成した18世紀前半に設定して

4か所の御嶽と周りの御嶽林も復元されていて

 

すごいよね〜。ひらめき電球ひらめき電球

みてみて

 

四か所、御嶽の場所も書いてある。ひらめき電球

 

 

 

御嶽の枠内は

もちろん入ってはならないので

 

手前から

挨拶します。宇宙人

 

 

 

 

 

では・・・

 

失礼します。

 

 

 

 

ふぅ~

 

 

 

ペコリ。

一か所目

 

 

入口そば

 

 

 

 

サワサワサワ〜

 

 

あぁ、さわやか、

御嶽の清めの風・・・

 

 

スンスン

スンスン

 

御嶽の、深く青い葉の香り。

 

 

 

草木の独特な生命力・・・

 

 

 

 

はぁぁ〜キラキラキラキラキラキラ

 

 

 

 

わたしこの自然と

共鳴する感じを味わいに

 

何度も何度も

ここに来てる感じがする。

 

 

 

 

不思議な懐かしさ

魂にやさしさがにじんで

 

息をする

心地よさ

 

もぅ、それが幸せだぁ。目がハート

二か所目

 

 

うっわっおっおおおおおおおー叫び

 

 

ぐるぐるぐるぐる

 

ここ、やっぱり、すごい。

 

 

 

いつも

私が一番好きな御嶽。

 

 

 

 

しゃがんで

 

膝ついて

座り込んで

 

 

あぁ

頭が下に・・・

 

 

まだまだ

まだまだ

 

下がって

 

 

動けない・・・

 

 

地面

ペタンコ。   ← 土下座姿勢

 

 

 

きもちぃぃ・・・にやりラブラブラブラブラブラブ

3か所目

 

 

ここは

名前がわかる!

 

 

 

真玉森御嶽(マダマムイウタキ)

 

首里城の最も神聖な御嶽の一つで

アマミキヨにより造られたという御嶽。

 

穴、洞窟の中では

雨乞の儀式も行われるとか。

 

 

 

 

なにやら

地の底に潜っていくような

 

ひと際

厳かな気だけど

 

 

 

でも、

 

 

意識で

 

たどって

たどって

 

 

どこかに着地すると

あったかい・・・。

 

 

 

 

わたしにとって

 

不可思議が

いっぱいになる聖地。笑

新しい香炉もあるね~目

 

今は高台のほうには

いけなくなったんだっ!

 

 

こっちも

火災の被害があったのかしら・・・。

 

 

 

ほんで~

4か所目

 

 

サラサラ~

サラサラ~

 

風がどこからかやってきた。

 

 

やわらかく優しい気

ダンスしてるみたい。

 

 

ほ〜ぐれる〜〜アップ

 

 

 

 

 

御嶽って

 

それぞれ

空気感が、みんな違う。

 

 

 

 

そして

首里城内の御嶽は

 

どこも

復元といっても

 

本当に、神様の聖地。

 

 

 

沖縄、琉球を、今も見守っている

神聖な場所。

 

 

 

 

 

やっぱり格別だなぁ・・・

 

沖縄って。

 

 

 

 

沖縄の御嶽

神様の光ってすごいよぉ。

 

 

風、光、音、香り

 

みんな

生命力を運んでくるの。

 

 

 

魂、心、肉体も

ぷは〜っ

 

自然界の生気が、光って、どくどく入ってくる~

 

 

 

ときどき

 

体の外側が

きもちいい鳥肌で

 

 

わたしのエネルギー体ごと

場の気に、刺激されて

 

少しずつ少しずつ 

 

古いエネルギーが外れて

新しいエネルギーに変わっていく感じ。

 

 

 

聖地巡礼って

エネルギー的には

生まれ変わりの旅なのかもなぁ。

さぁっ

 

首里城の

最後。

 

 

西(いり)のアザナ

 

城郭の西端に築かれた物見台で、別名「島添アザナ」といい

かつては、鐘楼が建っていて、鐘を打って時刻を知らせた。

 

標高約130mで、那覇市内や那覇港、慶良間諸島を望める場所。

 

 

ビュースポットーッ合格

おぉおぉ~!!

首里城って

随分高い丘に建っているだね。

 

 

 

ふぅ〜

 

 

 

 

 

 

 

あがりうまーい

 

一箇所目にして

ある意味、おなかいっぱいだぁ。笑

 

 

 

 

あらためて

 

首里城は

観光地 

 

だけど

 

パワースポット

聖地、神様がおられるところ、です。ラブラブ

 

 

 

 

 

つっづいて〜

 

 

あがりうまーい

 

二か所目は

御殿山にいきましょーっ。合格