★沖縄県 久米島の旅&パワースポット巡り★

 

 

久米島4日目

最終日。

 

 

お次も

また観光。

 

 

ここ、

何度も何度も

案内板みたから

 

行ってみようと

思ってたの。

 

 

それだけ

久米島で大切な観光地なのかなって。ひらめき電球

上江洲家
沖縄県島尻郡久米島町字西銘816
098-985-2418
 
 
 

国指定重要文化財に指定される

上江洲家は旧具志川城主の末裔。

1754年頃、琉球王朝時代の地頭代の家。

 

琉球石灰岩の立派な石垣と、フクギが取り囲み、

琉球王国時代の風水思想に基づいた

民家の屋敷構を今も残す。

 

屋敷に、神聖な木、クバがあって
珍しいそうだよ。ひらめき電球
 
 
拝観料は
大人300円です。
あっ、おばあちゃんが座ってる~。
 
案内してくださるんだね。ニコニコ
 
 
 
『こんにちは~宇宙人
 
 
『こんにちは~。
一人できたの?』
 
 
『そう、関東から。宇宙人
 
 
『そう~。いいねぇ。』
 
 
 
拝観料を渡すと
おばあちゃんの説明が始まる。

『ここはね

 

右手東側、

太陽が上がる方向が男性の門

身分が高い王様などが入る門ね

左手西側

太陽が下がる方向女性の門。

 

 

内側の石垣が

目隠し風よけヒンプンと呼んでね

盛り上がった石は風水師が占って作ったの。

 

265年を迎えている風水で建てられた家

だから屋根に、魔除けのシーサーはいないよ。』

 

 

 

え、あっ、そういうこと?

 

風水で考えられてるから

そっか、魔除けはいらないんだ!!

 

 

 

『中国では、屋根の中央にシーサーをおくと、

火事になったとき、

口をあけたシーサーが火をパクリと消してくれると

 

門の悪いのも追い払ってくれるという

伝説があるといわれてます。』

 

 

 

ほぉ~

 

だから、

沖縄の家には

シーサーがいるのね。

 

 

 

『柱はね、イヌマキの木、上江洲の杜からね。

 

これで作れば、久米島の風土にあっているから

長く持つ、という家。

 

お部屋はね、畳が

9畳、4畳、4畳となっていて

満たされていない、足りない数字でできているの。

 

足らない分は補うように

発展を続けなさいという意味。

 

柱もね、

一本は杉の柱になっているの。

 

東側の石垣も

下はキレイに積んで、上はなぞらずに

完全じゃないから、努力しなさいとして

よく考えられている、ということ。

 

そうすると

代々努力すると栄えていくけど

満たしていると三代でなくなるおそれもあるからね。』

 

 

 

確かに・・・。

 

『左手にあるのは

米倉。

 

中二階になっていて

上は天日彫りしたもみを藁でつくった袋にいれて

下は味噌瓶が並んでる。』

 

 

『えっと〜、今って人は住んでるんですか?宇宙人

 

 

『今は人が住んでないよ。

仏さんだけが住んでる。

 

仏壇の家だよ。(笑)』

 

 

 

でたーーーー

 

仏壇の家。(笑)

 

 

 

『風通し良く造っているでしょ~。』

 

 

本当に、風がぬける。

 

きもちよさそう~キラキラキラキラ

 

『この右手の建物は??宇宙人

 

 

『先祖と火の神を祀る神棚』

 

 

 

神棚・・・めずらしい。

 

 

沖縄って

先祖、祖先崇拝

仏壇

 

そして

火の神を祀るけど

 

 

神棚ってきかないなぁ。

さっ
 
そんなこんな
見学したあと
 
外に出てみたら
久米島町字西銘案内図がある。
 
史跡が載ってるんだね。ひらめき電球
 
 
 
あ!!!
 
あらかきの杜ものってる!
 
 
そっか
ここから近いんだ。
 
 
もう一度いってみよー。ぶーぶー足あと
 
 
 
 
・・・っと
 
途中に
新垣(あらかち)(新垣ヲヒヤ家)
 
 
あらかきのマキヨ(古集落)の根所(草分け)。
この家の男子が世襲っでヲヒヤになった。
向かいに『新垣蔵下(あらかちんぐゎっちゃ)』がある。
(火の神名は、ミヤカノ森アカゴチヤガナシ)
 
 
火の神さまって
沖縄でとても大切にされているけど
 
ノロ(神様と人を繋ぐ人)を通して
竈のようにみせた
3つの石に降りるんだよね。
 
 
火の神様もお名前が
いろいろあるんだ・・・
 
 
じぇんじぇん
わからにゃい。ショック!
新蔵下(みんぐゎっちゃ)
 
 
旧暦6月の稲大祭の祭場。
蔵下は、古い時代の公倉(公庫)の跡、またはその象徴的な場所と考えられる。
ノロの乗馬石がある。
 
 
 
あっ!ほんとだ。
 
大きな石がある。
 
 
 
でも、ここは、
民家??
西銘ノ口殿内(にしめぬんどぅんち)
 
 
西銘(にしめ)、上江洲(うえず)、久間地(くまじ)、
三集落の祭祀を司る西銘ノ口の火の神を祀っている。
 
 
火の神様は、
家の神様、竈の神様
 
それって
日(太陽)の神様なのかな?
 
 
ニライカナイは、
海の彼方にある理想郷。
豊穣や生命の源。
 
 
うーん。
 
 
なぞ。
 
 
これは、あれだな。
 
こういう
ガイドさん、次回お願いしよう。
 
だめだ。
 
基本がついていけない。(笑)
 
 
 
・・・っていうか
 
 
わあぁああああ~~〜叫びメラメラメラメラ
 
 
ぐるぐるぐるぐる
 
 

空間が変わる

すごく強い気、力がある。

 

 

おちついた、熱い力が、

どしっと鎮座。

 

 

体がじわじわ

熱い。

 

手がじんじんする。

 

 

三集落を守る神様かぁ・・・。

 

 

 

こんにちは。

お邪魔してます。

 

 

挨拶すると

ふわっと軽くなっていく・・・

 

 

 

ぺこり。

そして
 
3日目、りみさんに案内いただいた
上江洲御嶽(うえずうたき)(あらかきの杜)
 

 

 

あらかき村のコシアテ(腰当て)

村を抱き護る神のまします杜。

『あらかきのもり』『あらかきのみや』『あらかきのいなみね』

などと謡われた。

 

 
そういえば
 
ここは、たくさんのクバが茂っていて、
ガジュマルの下に、
神様の石があるって、いってたなぁ。
 
 
 
ぐるぐる
ぐるぐるぐるぐる
 
 
濃密な気がおりてくる。
 
 
ざわざわざわ
ざわざわざわ
 
風がその気を運んでるみたい。
 
 
 
そっと
 
御供物をだして
手を合わせ
 
遥拝した。

御嶽は

森の中にあることが多い。

 

 

 

そして

 

伊平屋島も、

クバは神聖な木で

 

神様がおられるところは

森の中だった。

 

 

 

久米島の御嶽は、

とても素朴

人工物的なものはない。

 

 

神石があるくらいなのかな。

 

 

その感じが

私はたまらなく好き。

 

 
 

本土の昔ながらの信仰とは

少し違うかもしれないけど

 

自然の木や石などに

神様が宿る

原始の姿、という感じが

 

すごくいいんだ。

 

 

 

神様と人が繋がる
本当に神聖な場所は
 
静かでいい
 
そう教えてくれるのも
沖縄だなぁ・・・。
 
 
 
 
あっ!
 
そうだ。
 
最初に行った
君南風殿内にもお礼しなきゃ。
 
 
 
・・・っと
 
向かったところに
 
またまた
拝所 チナバク
 
 
笠末若按司(がさしわかちゃら)が、釣り縄、釣針を納めた海箱をh股間した場所と伝承されている。
若按司は、伊敷索按司(いしちなはあじ)の三男。
三里で生まれ、後に登武那覇城の城主となる。
 
 
釣縄箱明神 と書かれていて
祠の中は、神石が2つ安置されてる、かな。
 
 

厳かで

近寄りがたいほど。

 

 

ぐるぐる

ぐるぐる

 

風がふき回るワイルドなチカラ

男性的・・・

 

 

 

ずいぶん手前にいるのに

頭が下がってしまう。

 

 

強まってくる。

 

 

 

・・・

 

 

・・・

 

 

 

なにを願うわけでもないけど

 

私にとっては

挨拶をすることに

意味がある。

 

 

願いを伝えてるわけじゃない。

 

 

 

ただ、

 

魂が通うような

御参りは

 

 

現実感の

あまりない

 

瞑想のような

感覚の中で

 

自分の意識とは別のところで

言葉でない会話をしている

 

そんな感じがする。

 

 

私はこの感覚が

愛おしい。

 

 

どこか

なつかしい。

 

 

 

きっと

 

人が祈る場所には

宿るものがある。

 

 

そこに触れて

たくさんの人たちの思いを

 

ダウンロードしてるのかもしれない。

さっ
 
君南風殿内です。
 
 
 
 
おさらい。
 
 

君南風由来によれば「神代の昔、姉妹3人の神女がいて長女は弁ノ御獄を住居とし、次女と三女は久米島へ渡って次女は東獄、三女は西獄に住んだ。
その後次女は八重山に渡り、おもと嶽を住居とし、三女はそのまま西継に住み君南風となった。」

とあり、三女が君南風の始祖となっている。

『おもろそうし』には、「中地綾庭」とうたわれている。
部落時代から集落のノロを統括する神職にキミというのがおり、 按司時代には按司の姉妹神として祭事を司る神職のキミがいて、古くは君南風もこの三十三君の1人であった。
弘治13年(1500)尚真王代に、八重山のオヤケアカハチを征伐す
る首里軍に従軍した君南風の計略により大勝利をおさめ、王より恩賞を賜った。

この時以来、君南風は久米島の最高神女として島内のノロや神女を統括し、島民の精神的支配者になった。

君南風殿内は歴代君南風の祭礼殿である。

康煕6年(1667) 三十三君は廃止されたが、伊平屋のあむがなし、久米島の君南風、 今帰仁村のあおりやえの三君だけは残された。
 

 


君南風は、久米島の最高神女。

 

琉球王国の神女組織の33君の1人で、

久米島のノロ(神様のお使いの方)を統括し

その祭祀を行う所がここ。

 

琉球王国の時代は、神女(ノロ)が祭祀を行っていて

久米島の君南風はその中の一人

首里城に登城することができる

高い地位の神女だったそうだよ。

 
 
6月には豊作を祈って、
7月には感謝の祭り、
9月にはウチマー。
 
 
君南風のヒサカキに
神様がおりてくるそう・・・。
 
 
正面にある
御幣は後のもの
 
鳥居もそうだね。
 
 
 
 
ぺこり
 
 
 
久米島の空気に
馴染んだわたしは
 
来たばかりのとき
 
鳥居の前から
挨拶した感覚とは
 
やっぱり違う。
 
 
 
するりと
 
中に入れる。
 
 
 
トン
 
トン
 
トン
 
 
くるくるくるくる
ふわ〜ん
 
 

崇高で穏やかな空気・・・。キラキラキラキラキラキラ

 

 

その中に包み込まれる

渦の奥には奥深い力ある。

 

 

それでも

寄せ付けない感じではなく

どこかやさしい。

 

 

開放的なきもちよさ。

 

 

 

 

ありがとうございました・・・。

 

 

 

全身、女神さまの光で

包み込まれ

 

心がホッコリ

 

 

魂が柔らかく

透明に返った感じ。

 

 

はぁ、

 

 

もう一度

挨拶できてよかった。

 

 

 

久米島に

お参りに来る時は

 

 

君南風殿内ではじまり

おわりも、君南風殿内にお参りしたいな。合格