誰かが怒っていたり、機嫌が悪かったりしたとき、

「わたしなにかしたかな…」
そう思うことはありませんか?
 
 
わたしは、気が強くて負けず嫌い。
 
実際、自分本位に周りを振り回す人に、
呆れもするし、腹も立つし、
目に余るときはハッキリ嫌だと伝えます。
 
だから、
「わたしなにかしたかな…」と
気にするようなタイプには思われないけど、
 
ココロの中では、
あれこれぐるぐるして、不安にとらわれて、
気が気じゃなかったりもするんです。
 
 
でも、あるきっかけがあって、
このとらわれから解放されました。
 
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20代半ばにお付き合いしていた彼。
 
急にスイッチが入ったように、
不機嫌にだまるときがありました。
 
はじめはこわかった。
 
怒られるのは嫌だし
なにかしてしまった⁈と焦ったし。
 
「どうしたの?」って聞いても、
「べつに」もしくは無言。
 
理由がわからなくて、気が気じゃなくて、
 
とうしてこんなことになってしまったのか、
「待ち合わせ場所変更したからかなー」なんて、
 
まったく関係ないことを後悔しはじめたりして…
 
 
でもね、
3回、4回と同じことがあると、
 
だんだんとわたしもイライラしてきて、
機嫌悪いなら会わなくていいのに、と、
 
不快な時間を共有しなければならないことに、
うんざりしていました。
 
 
とはいえ、
「そういうの、やめてほしい」と伝えるのは、
 
すごくエネルギーがいるし、
タイミングが難しくて、なかなか…。
 
言えずに、
その後も何度か不快な時間を過ごすことに。
 
だけど、なんだか納得いかなくて。
 
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例えば、
不機嫌の原因がわたしだったと仮定する。
 
どうしたの?と理由を聞いたときに、
「理由を言わない」という選択をしたのは彼。
 
言ってもらわないとわからないことだってある。
 
 
そして、わたしが原因ではなかった場合。
 
自覚なく無意識で不機嫌な可能性もあって、
それは彼自身の自分との向き合いかたの問題。
 
それから、
 
例えば仕事でうまくいかないことがあったとか、
 
そうだった場合、
わたしにはどうしようもできない「彼の問題」
 
 
そっか、
わたしが解決できることって何もない。
 
わたしが原因だったときは、
全力で誠実に対応するのみ。
 
今できることは、
わたしはどうしたいのか、を知ることだけ。
 
 
こうして、ひとつずつ分解して、
「誰の問題なのか」をハッキリさせたら、
 
「わたしなにかしたかな」という思いだけに、
とらわれることはなくなりました。
 
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この、

「わたしなにかしたかな」というもの、

HSPの特徴として言われていることが多いけど

 

HSPの気質とは言えないんじゃないか…

とわたしは考えます。

 

 

周りが気づかないような

誰かの怒りや機嫌の悪さに気がついて

圧倒され動揺する。

 

これは、

HSPの敏感ならではの反応。
 

でも、そのあとの、

わたしなにかしたかな、と不安に思うのは、

 

気質ではなく「思考のクセ」だと思うのです。

 

 

ささいなことにもよく気がつくHSPは、

「相手の問題」を「自分の問題」として

受け取りやすい傾向にあるのかもしれません。

 

ただ、傾向にあることと

生まれ持ったものがそうさせているかはまた別の話。

 

 

誰の問題かをハッキリさせること、

人の問題は背負えないこと、

自分はどうしたいのかを知ること、

 

「わたしなにかしたかな」

そう不安に思ったとしても、

 

〇〇かもしれない、

というたくさんの視点を持てば、

不安もその中のひとつの捉え方だとわかるので、

とらわれて押しつぶされることはなくなります。

 

「誰の問題か」の分解はおすすめです。

 

 

ちなみに、彼には、

「そんな態度が続くなら会いたくない」と伝えることで解決。

 

伝えること、

思い込みにとらわれないことの

大切さを知ることとなりました。

 

 

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