ナターシャさんの運命を大きくかえたのは当時ソ連邦だったウクライナのチェルノブイリで起きた原発事故。
家はその原子力発電所から僅か3・5キロ離れてところ。
原発事故があった日、事故について何の報道もなく、翌日も普避難しすぐに戻ってくると伝えられて、みんな手ぶらで移動させられた。
そしてその間、家はすべて破壊されて、2度と戻ることはできなくなった。
・・・このようなことをナターシャさんは淡々と話す。
ナターシャさんの話の中に「ソ連」「ロシア」「プーチン」「ウクライナ戦争」という言葉は出てこない。
非難を抑え、恨みを抑えて淡々と話す・・・でもそれだからこそ、より多くそんな気持ちが伝わってくるのだ。
日本でも同じことが起きた。
あの時いったい政府は何をしたか?!
メディアは何を報じたか?!
すっかりパニックになり大騒ぎして救援活動を妨害しただけの菅首相。
遅らせ枝野・・・官房長官(?)だったかな?
さらに許せないのはメディア。
自分たちはいち早く安全地帯に避難して置いて、現地の人には「安全情報」報道し続けた。
保身のために現地の人を見殺しにする、じょれが政治家・役人・メディア。
そしてメディアの情報を信じそれに煽られる住民。
でもそのつけはすべて住民がかぶらなければならない。
こんな構造は今もまったく変わっていない。

いえいえ、こんな話じゃなくてコンサートの話だった。
 ・いつも何時でも
 ・防人の詩
 ・秋桜(コスモス)
いずれも歌手の思いがこもった歌。
防人の詩は今ウクライナで死んでいく兵士たちへも思いを込めて・・・
秋桜(コスモス)は戦地で暮らす家族へのことを思いを込めて・・・
そんな感じの歌だった。

そして歌がみんな終わった後・・・お決まりのアンコール。
アンコー~ル!アンコー~ル!!アンコー~ル!!!
ここは聞かなぁ~損やとばかり、
アンコー~ル!アンコー~ル!!アンコー~ル!!!
半ば居眠りしてた人もたちまちこの騒ぎに起きて、
アンコー~ル!アンコー~ル!!アンコー~ル!!!

でもねぇ~「アンコール」以外に他にもっと日本にあった言い方はないのだろうか?
こおは威勢よく「もういっちょう!」と言うのはどうだろう?
もういっちょう!もういっちょう!!もういっちょう!!!
すると歌手の方もうっかり乗って、
よ~し!もういっちょう、いったろかい!!
そして勢いよく舞台に飛び出す。
でもこんな生きのいい歌手だけじゃない。
がら空きの客席だったらすっかり意気消沈する。
そんなとき「アンコール!」なんて、いい加減にしてよ・・・
ついつい主催者に文句もいいたくなる。
またタダ働きさせるつもりなんかいな、残業代くらい出したらどやねん。
ともあれアンコール、出ないわけにはいかない。
しゃ~ないなぁ・・・と、しぶしぶ舞台に戻り、投げやりに
「ちょっとだけよ~・・・あんたも好きねぇ~」
そしてなんと歌った曲が鳩ぽっぽ。

 ぽっぽっぽ 鳩ぽっぽ
 みんなで仲良く食べに来い

これだけ歌ってさっさと引っ込む。
おいおいこれってアンコールで歌う曲か?!
みんな茫然。
でも、これ受けると思わない?

まあそんなことは置いといて、実際の舞台はというと、
とってもアンコールも楽しめて、
さらには特別にサプライズとして地元出身の作曲家で今回のコンサートの主催者でもある未知留さん伴奏で「赤とんぼ」の歌で終わったのだった。
(実はここは「赤とんぼ」の作詞者・三木露風が生まれ育ったたところなのです)

さてもうすっかり、酔ってます。
この長いレポートももういい加減終わります。
今日もまたまた酔ってます。


プログラムは全部で9曲。
最初の3曲は自作も含めウクライナの歌。
 ・木の根
 ・踊る娘
 ・旅歌人(コブサーリ)
次の3曲は日本の歌。
 ・いつも何時でも
 ・防人の詩
 ・秋桜(コスモス)
最後の3曲はウクライナの歌。
 ・わがキエフ
 ・希望の灯
 ・希望の大地

とってもいい選曲。
全体として感じるテーマは
 ふるさと・いのち・大地・祖国・・・
ナターシャさんはソルベーグの歌がとっても似合いそうな美しい声。
こんな大ホールよりももっともっと小さなホールでしみじみと聞きたいような・・・そんな感じの歌だった。
ただアベ・マリアを聞きたかったのだけど残念ながら今回のプログラムにはなかった。
これは再度しみじみユーチューブで聞くことにしよう。

ナターシャさんは17歳の時日本に来て、その後22年も日本を拠点に演奏活動を続けているという・・・
それで日本語はぺらぺら。
演奏の合間に語ってくれたこと・・・チェルノブイルのことなど・・・
身に沁みる。

ここ等辺はまた次回。
なんせもうとっくに酔いどれタイム。.
うぃぃ~~~

 (続く・・・)



さてコンサートが始まった。
最初は「木の根」と「踊る娘」
木の根はウクライナの大地と命の息吹を感じさせるしっとりした歌、
踊る娘はナターシャさんの作曲でこんな歌こそ本当のウクライナの歌じゃないのかな?と感じさせる楽しい歌。
そこにコサックの踊りと歌を感じる。
焚火を囲んで踊り謡うコサックの饗宴を。

今までウクライナ民謡を意識したことはなかった。
すべてロシア民謡と思っていた。
曇天の空の下、重苦しい雰囲気のロシア民謡。
「広きドニエプルの嵐」や「小さいぐみの木」もまたそんな重苦しいロシアの歌だと思っていた。
そしてロシア人もきっとそう思っていたのだろう。
でもどちらもウクライナ民謡だった。
その一方で「1週間」はロシア民謡だけど、同じような歌がウクライナにもある。
だってこの歌とってもコサック風なのだから。
きっとウクライナの歌がロシアに伝わってロシア民謡になったのだろう。
ナターシャさんも「1週間」風な歌や「踊る娘」みたいな歌が好きなのだろう。
とっても楽しそうに歌っていた。

ところでコンサートの度にいつも気になるのが拍手。
「いい拍手」ってのはなかなか難しい物なんだね・・・と思う。
今回もあまりに拍手が早すぎ!
伴奏の余韻がのこってるのに早くも拍手!
歌手は歌うのが仕事。
観客は拍手するのが仕事(?)
いい加減にしてよ!
観客は自分の好きなように聞いたらいい。
つまらなければ拍手なんてしなくていい。
居眠りだって、あくびだってしたらいい。

 歌手を殺すに刃物はいらぬ
 あくびの一つもすればいい

そして本当に良かったと思ったら拍手をしたらいい。
わざとらしい「ブラボー!」なんてやめてくれ。
それよりもにっこり笑ったら、それでいい。

でもだからと言って拍手のタイミングが遅れたらどうなるだろう?
1曲歌い終わって、歌手はここで拍手があるだろう・・・と思ってたら、なかなかない。
(今宵の客はしぶといなぁ~・・・)
 ここでは絶対に歌が不味かったのかなぁ・・・なんて思ってはいけない
 まだそんなこと考えるとあとの歌に影響してくる。
 そこで何とか間を持たせるべく、楽譜台をいじったり、咳をしたりして
 ・・・このてん楽器の奏者はいいなぁ~調弦なんかして間をとることが、
 できるから。
 ピアニストもいいなぁ~椅子の高さの調整をして間をとることができるから。
 グレングールドは演奏会で30分も椅子の調整をしたとか・・・
 なんて考えながら、仕方ないので次の歌を歌おうとしたとたん前の歌の拍手が・・・!
 いい加減にしてよ!!
 
かくも拍手は難しい。

うむ・・・まだまだ書きたいこといっぱいあるけど、書いてることが支離滅裂になってきたね。
そうそういつものように頭の中がマヒしてきたよ・・・
今の時間は晩酌タイム。
うぃぃ~~~

 (続く)
開演直前の緊張感が好きだ。
舞台裏の楽器の調整の音が左の袖から聞こえてきて、
演奏者の緊張感が、特に最前列にいるともろに伝わって来る。
別にこちらは緊張することもないのになぁ~なんて思いながらも、
その緊張感が伝わって来て、次第に、期待にワクワクしてくる。

舞台の正面にはマイクと譜面と譜面台。
そして小さな机と(きっと)ウクライナ模様のテーブルクロス。
そしていよいよ、赤系のウクライナの民族衣装で片手にバンドゥーラをもったデューラナターシャ・グジーさんの登場。

バンドゥーラはウクライナの民族楽器でリュートや琵琶と同じ系統の楽器。
古代ギリシャから伝わった楽器が東北に広がってバンドゥーラになり、
西に広がってリュートになり、はるばる東に広がって、中国や日本で枇杷になった。
ギリシャで吟遊詩人がイーリアスやオデュッセイアを語り、ヨーロッパでは騎士物語を語り、日本では平家物語を語ってきた。
ウクライナでは盲目の吟遊詩人たちが、日本では琵琶法師たちが叙事詩を語り伝えてきた。
バンドゥーラを見ると、そんな思いが、シルクロードの東の果てから西の果ての日本、
そしてウクライナとの、そんな微かな時のつながりをとっても感じることが
できた。

バンドゥーラはバチでたたく琵琶と違って爪ではじく。
爪をはじいて音を出すため、ギターや琵琶風に和音を出すのでなく、ハープのように単音をだす。
ただ弦が60本くらいあり、チェロとヴァイオリンが一緒になったような楽器で、それで低音部も出せる部分もあるので1本でメロディーだけでなく、低音の伴奏もできる。
それに楽器の見栄えがとってもいい!
見栄えを言ったら、弦楽器だったらぜったいハープかバンドゥーラだね。
ハープはとっても重そうだけどバンドゥーラは膝の上に置いて引く。
一見軽そう!・・・でも本当は8キロ~10キロあるらしい。
8キロ~10キロと言うとチェロくらい?あるいはコントラバスくらいかな?
でもチェロやコントラバスだとケースに入れて移動する姿を見ると、思わず運ぶの手伝ってあげようかなぁ~なんて気になるけど、
バンドゥーラだと一見軽そうなのでぜんぜんそんな気にはならない。

・・・ところで
・・・うむ?
楽器の話ではなく、コンサートの話だったよね・・・。
ところが今宵も困ったことにまたまた酔っぱらってきた。

 (次回は明日です・・・うぃぃ~~~!)



ナターシャ・グジー コンサートに行ってきた。
今まで何度もユーチューブで聞いてはいたけど、やっぱり生の演奏はいい。
でもそれはわかってはいるものの、コンサートに行くのはなんとも面倒くさい。最近ますますどうしようもない億劫人間になってきた。
でもこれを逃すと地元で聞けるチャンスはきっと2度とないだろう。
他にも聞きたいコンサートはあったけど、今回はこれで決めようと、
潔く、やむなく、しかたなく決めたのだった。

ナターシャ・グジーはウクライナの歌手でバンドゥーラ奏者。
ウクライナ支援のチャリティーコンサート・ツアーを全国47都道府県で開催中、詳しくはこちらを(CFU47
そして兵庫県では地元たつの市。
これはやっぱり行かずばなるまい。

さてチケットはどうやら完売らしく、開場も30分早まったので、これはいかん!と開場の1時間も早くホールに到着した。
なんせ全席自由席だったので早く行かねば損!・・・という気になってしまう。
でももうすでに100人くらい並んでた。
本を読みながら待ってるとそんなに待ち時間を感じることもなく、間もなく開場。
いつもは遠慮して3列目くらいに座るのだけど、今度は最前列に席をとった。
映画と違って、演奏はやっぱり最前列がいい。思いっきり足を延ばせるのもいい。
会場の大ホールもほぼ満席。
こうして演奏会が始まった。

 (続く・・・)


久しぶりに陶芸作品。
今までも、ちまちま、それなりに作っていたとはいえ、
写真アップは久しぶり!

まずはモンドリアン風皿2枚です。
モンドリアンのコンポジションを参考に色や形を変えて作ろうかと思ったけど、少しでも変えるともうモンドリアンじゃない。
そう、モンドリアンのコンポジションはもうそれだけで完璧なのです。
つくづくそう気づきました。



ウクライナ風皿。
青と黄色に塗り分けたらウクライナ国旗。
皿だけでなくマグカップやグラスやぐい吞みや花瓶などを作って、
青と黄色に塗り分けて焼くとウクライナセット。
それを作ろうと思ったけど・・・青色が薄かった。
地平線がはっきりしなくて、もやもや・・・まるで今のウクライナの東部戦線のよう。
ウクライナセットはもう少し様子を見てから作ろうかな・・・


皿に化粧土などを張り付けていくつか作ってみた。
この手の作品は実用的で、気楽に楽しくできる。





いつもながらのぐい吞み。
ぐい吞みもまたとっても実用的。
沢山作って気に入ったもののみを使う。
酒がとっても美味く感じる。
釉薬は白萩と青萩を使った。
萩を嫌いな人はあまりいないだろう。
それだけに無難な色ともいえるし、落ち着く色ともいえる。
満月を見ながら手作りの萩焼のぐい吞みで純米酒を呑む。
これこそ最高の月見酒ではないだろうか?



もう9月も中旬なのに今日はまじめに夏!
いい加減にしてよ!!
でも彼岸花はちらほら咲きだし、虫も元気よく鳴いている。
しばらくすっかり休んでいたブログもようやく書く気になって来た。
もともとブログを書くのは大して苦痛じゃない。
それどころかデジタル1眼で撮ってブログに写真を載せる方がずっと面倒。
だって電話が嫌いなので携帯とかスマホとか持ったことない人間だから。
でもあるときふと気づいた、ブログを書くよりも書かない方がずっと楽だということに。
夏が終わりなんか体調不良・・・それでしばらく呑むのを止めたらブログを書くのも面倒になってきた。
あるいは呑むのを止めたので体調不良になったのかもしれない。
そこら辺の因果関係は定かではないが、(きっと後者だろう)
ともあれ久しぶりに酒を飲みようやく平常に戻っている。
そうそう清く正しく美しく、常に外見だけでなく、体の中までアルコールで清めていなければならなかったと深く深く反省している。
ゴルバチョフさんが亡くなった・・・
(えっ、まだ生きていたの?もうすっかり過去の人だと思っていた・・・)
ろくでもないソ連の指導者の中で親しみを感じていたのわずかにフルシチョフとゴルバチョフだけ。
フルシチョフはスターリンを否定し、ソルジェニーチンの「イワンデニーソヴィッチの1日」の出版を許可した。
ゴルバチョフはペレストロイカを進め(本意ではなかっただろうけど)ソ連を崩壊させた。
(中国にもゴルバチョフが現れて習近平独裁体制が崩壊してチベット、ウィグル、内モンゴル、満州が独立してくれたら嬉しい!)
革命後のキューバにソ連のミサイルが配置された時、ケネディーが怒って「撤去しなければ第3次世界大戦じさない!」と言ってキューバを海上封鎖した。
こんな若造のケネディーに対してフルシチョフは大人の対応、キューバからミサイルを撤去した。
(こんな大人の対応をする勇気が今のプーチンや習近平にあるか?)

ゴルバチョフは政権末期、すっかり破綻してしまったソ連に経済援助を求めて日本に来た。
北方領土返還の何の手持ち駒を持たずに、ただ返還をにおわせて援助だけを引き出そうとした哀れな姿を思い出す。
そしてなんの成果もなく憔悴してソ連に帰り間もなく失脚してソ連は崩壊した。

フルシチョフとゴルバチョフ。
この二人こそもっとも偉大なソ連の大統領ではなかったか?
今こそそう思う。
そしてフルシチョフとゴルバチョフ亡き今、ソ連がロシアが小物たちによって蝕まれ崩壊していく・・・

最後にゴルバチョフさんの死を揶揄しているのではなく、
ゴルバチョフさんの死を悼んで、弔うべく、ロシアの崩壊を願いつつ、次の言葉を早口で3回言ってくださいね。

 親ゴルバチョフの上に子ゴルバチョフ乗って、
 子ゴルバチョフの上に孫ゴルバチョフ乗って、
 孫ゴルバチョフの上にひ孫ゴルバチョフのって、
 親ゴルバチョフこけたら子ゴルバチョフ、孫ゴルバチョフ、ひ孫ゴルバチョフみなこけた。
今日で8月が終わる。
気持的には盆が過ぎてすでに秋が始まってはいたのだけど、
明日から9月になり、誰もが認める秋になる。
この夏もただただたらたらすぎた夏だった。
とっても暑い夏だった。
それを口実に鶏の世話と時々思い出したように草刈りや庭の手入れするほかは、もっぱら寝転んで読書と昼寝に明け暮れた。
おかげで夏痩せどころか夏太り。
2キロも太ってしまった。
しかも悔しいことにその太った分がみんな腹回りに集中している。
これはいかん!マッチョ人間になってプーチンを懲らしめてやろう!!という目標はどこに行った?!
そこでもっとまじめにダンベルに励んだ。
でも筋肉を鍛えることと体重を減らすことは別のことなのかも知れない。
余分な肉を他の所に移して誤魔化すだけなのかもしれない。
でもまあそれでもプーチンを懲らしめることは無理かも知れないけど、
自分自身をごまかすことはできだろう。

毎月重りを上げてきたダンベル。
今1.75キロから2.5キロに上げた。
片手2.5キロ×2。
両手で10キロ。
(プーチン見てろよ!)



まっすぐ上に伸びて咲く花じゃなく、
いつも主流に乗れず、寄り道ばかりのネジバナ。
こんな生き方大好きだよ!
だって主流だけで生きるってとってもつまらない。
初めて新幹線に乗ったとき、最初はスピード感にわくわくしたものの、
すぐに退屈になって、居眠りしてしまった。
新幹線の乗客は旅をしてるのではなく、たんに目的地に向かって移動しているだけ・・・
そんな気がしてつまらなくなった。
そこにはローカル線の、あの「旅」の雰囲気が少しも感じられなかった。
駅に着くたびに土地の臭いで次第に変わっていく車内の空気。
景色を見ながら、聞くともなく聞く乗客の会話、飽きたら本を読み、居眠りする。
そんな楽しみが新幹線では少しも感じられなかった。
主流だけに生きてきた人にはきっとこのローカル線の楽しみはわからないだろうな。
他人より早く目的地に達しようとする人生よりも、
主流に乗れずあちこち寄り道ばかり、そんな人生の方が、
本当はずっと豊かなのかもなのかも知れないね・・・