正倉院の「螺鈿紫檀五絃琵琶」の美しさに魅せられたのがきっかけで、中国琵琶を聴き始めました。「びわ」ではなくて「pipa」なんです。

これまで中国語映画のBGMや「女子十二楽坊」などの合奏スタイルで耳にしたことはありましたが、今回初めて独奏を聴いてみて、繊細な単音のメロディーから躍動感ある和音でのリズムまで、その演奏表現の多彩さには身震いを感じました。まるで鳳凰や龍が広大な天海を舞い踊る様だ、と言ったら大袈裟でしょうか?それくらい打ちのめされた感じです。

あらゆる弦楽器の源がここにあるのではないかと思えてくる位のものですね。日本の琴も、津軽三味線も、語り部ぼ琵琶法師も、沖縄の三弦も、VENTURESのテケテケテケも、インドのシタールも、LED ZEPPELINの「限りなき戦い」や「WHITE SUMMER」も、U2の「IN THE NAME OF LOVE」や「NEW YEAR’S DAY」も、KING CRIMSONの「THREE OF A PERFECT PAIR」も、幌馬車ジプシー楽団系DJANGO REINHALDTも、フラメンコ系PACO DE LUCIAも、バロック楽器代表のチェンバロも、ウクレレも、リュートも、ハープも、ドブロギターも、どれもが皆、時間も空間も超越して自分の中では一つに繋がってしまいました。

おっと、いけない、いけない。ここは「漢字」のブログでしたね。ついつい我を忘れて前置きが長くなってしまいました。反省です。

さて、日本語では「びわ」、中国語では「pipa」と読む「琵琶」ですが、調べたところ、右手で弦を外側に弾くのが「琵」、内側に弾くのが「琶」という奏法上の特徴が名前の由来だそうです。「かんむり」に「王」が二つ並ぶのは、やはり楽器の発展と言うものは元々、祀り事や宮廷に関わるものである事もあるとはおもいますが、漢字は象形文字であるという視点で眺めますと、縦横の線が「弦と指板」の図表に見えてくるから不思議なものです。そういえば「琴」も然り。訓読みでは「おおごと」、音読みでは「シツ」でと読む「瑟」も然りですね。

突き詰めて語ればきりがない話ですので、この辺でやめておきますが、漢字には「視覚」と「聴覚」のどちらにも訴えるところがあることを改めて認識致しました。いやはや深い話です。





「出」

割と地味な存在である。意識しなくても簡単に書ける。意識しなくても簡単に読める。

「出来る」と書かずに「できる」で済ますことも割りと多い。敢えて注目される機会も少なそうだ。

でも、勢いは感じる。天から地への重力の法則に逆らうように、下から上へと伸びていく動きを感じる。

象形文字である漢字は静止画と同じで、一瞬を捉えた姿であるということが特徴である。その条件の元で動きを表そうとした古代の人々の表現力には唯々感嘆するばかりである。

巷では、「森ガール」なるものが話題となっておりますが、個人的にはライフスタイルとして好感持てますね。いつかは「ガール」を卒業することさえわきまえていれば、すごく魅力的な生き方かなと思います。

それはさておき漢字の話に移ります。「森ガール」の「森」の字ですが、ご承知の通り「木」×3で集合を表してます。「木」×2で「林」という字もありますね。

この辺りは、漢字の象形文字としての面白さですので、思い浮かぶままに列挙してみます。

「日」×3で「水晶」の「晶」「貝」×3で「贔屓(ひいき)」の「贔」

「女」×3で「姦しい(かしましい)」の「姦」

「車」×3で「轟く(とどろく)」の「轟」音読みでは「ゴウ」と読みます。重ねると「轟轟(ゴウゴウ)」うーん、轟いてます。

「馬」×3で、これも「驫く(とどろく)」「驫」音読みでは「ヒョウ」と読みます。

これが「牛」×3になると「犇く(ひしめく)」「犇」音読みでは「ホン」と読みます。

「耳」×3で「聶く(ささやく)」の「聶」これは「口偏」をつけて「囁」でも「ささやく」です。こちらの方が雰囲気はありますね。

「口」×3で「上品、下品」の「品」結びつきがよくわかりませんが、多数の意見で評価が決まるといったところでしょうか?ご存知の方がいましたら、教えてください。

「目」×3もあるかなと思いましたが見つかりませんでした。あったとすれば「壁に耳あり障子に目あり」に使うと雰囲気が出ますね。


「虫」の旧字体で「蟲」「虫酸(むしず)が走る」や「疳の虫」などの言い回しは「蟲」を使った方が実感がわきますね。

「石」×3で「磊」中国の石材業者の名称で見たことがあります。

「火」×3で、「火」×2の「炎」と同じく「焱」と書いてこれも「ほのお」だそうです。山火事といった感じでしょうか?

他にも「惢」「矗」「皛」「刕」「厽」「叒」「垚」「猋」「毳」「畾」「嚞」「羴」「舙」「譶」「厵」「鱻」「麤」などが見つかりました。

意味や読み方、その由来などもそのうち調べてみようかと思います。なにしろ漢字ですから、こんな類はまだまだ他にもたくさんあるかと思います。ご存知の方は教えて頂けると有難いです。

おっと、見落とすところでした。「一」×3で「三」も仲間に入れても良いかもしれませんね。




「口」ときて「目」ときたら、忘れてならないのが「鼻」ですが、可哀想にあまり品のないイメージです。不思議なものです。

「象形文字」として見ると、鼻毛が出ている風にも見えますし、意地汚く吸い込んでいるようにも見えます。

だいたいが、視覚が「見る」、聴覚が「聞く」に対して、嗅覚は「嗅ぐ」ですのでどうも「臭」

という文字のあらわす不快感から逃れられない呪縛のようなものを感じます。

目と口の間にあり、顔の中心に位置する大切なところなのに何だか気の毒です。


「におい」を「臭い」ではなく「匂」という字で「匂い」と置き換えても、日常会話では同じ発音でも「臭い」の方が強いのは確かです。

「香を聞く」という言い回しがありますが、聴覚の「聞く」と同じなので残念ですが一般的には浸透してないですね。

但し、「危険を察知する」という機能では、目や耳には決して劣らず、視覚や聴覚では認識できないものを補う役割を果たしてくれていますので、地味ではありますが大切な身体の一部ですので大事に致しましょう。味覚も補ってくれてますからね。


前回は「口」を語ったので、今回は「目」です。


アルファベットのような発音の記号としての文字とは違って、本来「象形文字」であるところが漢字の魅力であります。「口」もそうですが、この「目」も典型的な例ですね。


これを「眼」とすると「眼球」や「眼差し」のように、機能を表したりと“動き”が出た感じになりますね。「見る」というinputの行為だけでなく、「何かを訴えている」outputの機能も表しているので、生命力を感じます。正に「眼は口ほどにものを言う」ということですね。


少々こじつけて見てみますと、左眼がまばたきをしている瞬間にも見えてきます。

所謂“めぢから”も「目力」よりは「眼力」のほうがしっくり来ますね。


反対に動きが停まった状態を「眠」という文字で表すのは周知のとおりですが、この「民」という「旁(つくり)」もまた「目」から派生した文字で、よく聞くのは、「奴隷を目潰しして支配下に置いた」のが由来といった類の話です。確かに制御不能の“Out of control”な状態ですね。


身体の中でも「色」と「形」を認識して反応するための大切な器官ですので、「目」は大切に致しましょう。