手術室の扉が開いて、そこから出てきたのは2人の看護師さんでした。
アクリルのケースを押しながら私に近づき、こう言いました。
「お父さん、おめでとうございます。男の子ですよ‼」
私は何故か呆気に取られて、看護師さんに「この子は生きているのでしょうか?」と質問しました。
看護師さんは微笑んで大丈夫ですよ‼と言いました。私は何が大丈夫のなのかよく分かりませんでした。
私は今まで3回出産に立ち会って来ましたが、こんな状態は初めてだったもので、どうして良いか?正直戸惑いました。
素直に喜ぶ事が出来ない自分がいました。
妻の様態を聞くと今産後の処置をしているからそれが終われば出てくるとの事でした。
アクリルケースに入った我が子の顔はほとんど見えず、とても小さく毛深く浅黒い、
例えるなら子猿の様な子供がいました。
私がボーとしていると看護師さん達が
「今からNICUと言うと病棟に連れていく行くから、ちょっとだけ待っててください」と言われて
「面会できる様になったらまた連絡しますね」
そう言うと私たちの前から消えて行った。
それから、どれくらい経ったでしょうか、妻がベットに乗せられ出て来ました。妻は私達に心配かけまいと少し笑っていた様な気がします。
その後に先生が出て来て
「何とか母子共に無事です。詳しくは後で奥さんと一緒に説明します。」
そう言って私の前から立ち去りました。
私は家族のみんなに先に家に戻って貰う様にお願いし、妻の病室に向かいました。
病室で少し妻と話をしていると看護師さんが来て先生から説明があるというので妻を車椅子に乗せて先生の話を聞きに行きました。
先生は少し疲れた顔で私達に
「いや、危ない状況でした。奥さんは早期剥離という症状を発症していました。通常ならエコー診断で発見出来るのですが、兆候が無く、お腹を開けて初めて症状が分かりました。中々、出血も止まらなく大変でしたが、何とか大丈夫です。もし、あと少し処置が遅れていたら母子共に命が危なかったかもしれません。」
私は一瞬、父が亡くなった時の事が過りました。
しかし、今回は違います。
今回は二人共生きています。
生きてさえいれば何とでも出来る‼そんな気持ちが私の中から沸々と沸き上がって来ました。
それから、また先生の話は続きました。
中々重たい話の内容でした。
子供の今後についての話です。
まず、乗り越えなければ行けない壁が有ること。
28週で生まれた彼には当然まだ生きて行くための機能が完全に備わって無く、この3日間が山場で有ること。
そこから、1週間、10日、この間に様々な症状が現れる可能性が高いという話。
そして、こうした出産の場合、かなりの確率で何らかの障害が発生する可能性が高いという話。
どれも今までテレビの中で見た様な話ばかりで、何がなんだかあまり理解出来ない自分がいました。
説明を聞き、私達は病室に戻りました。
子供との面会はあと少し時間がかかると言われ妻と少し話をして、私はタバコを吸いに外へ出ました。
私は気持ちを落ち着かせようと何本かタバコを吸い、実家の母へ電話する事にしました。
母と話をすれば少し気持ちが落ち着く様な気がしたのです。
私は今日、子供が生まれた事。母子共に命が危なかった事。そしてこれから起こるかもしれない子供の障害について・・・。
すると母からこう言われました。
「そんなあんたら夫婦に迷惑をかける子供なんか要らん‼死んでいた方がマシや‼障害ある子供なんか要らん‼」
私はショックでその後どう言って電話を切ったのか分かりません。
ただ実の母からそんな子供は要らん‼死んでいた方が良かった‼
そう言われた事で頭がいっぱいでした。
今になって思えば母は私達夫婦の事が心配で、私達が苦労するくらいなら子供がいない方が良いと思って言った事だろうと思います。
でもあの時の私には理解出来るほどの余裕もない状態でした。
そして、その言葉が怒りに変わり、その怒りが私の中の甘えを少し絶ち切った様な気がします。
私がしっかりしなくては‼
もう父の時みたいにはなりたくない‼
誰かに助けて貰うのでは無く、私が何とかしなくては‼
私はまたタバコに火を付け、自分に言い聞かせた後に妻の病室に戻りました。
それから一時間程、病室で待っていると看護師さんが面会できる事なったので赤ちゃんに会いに行きましょうか‼と笑顔で言ってくれました。
私と妻は少し不安を感じながら彼に会いに行きました。
続く
アクリルのケースを押しながら私に近づき、こう言いました。
「お父さん、おめでとうございます。男の子ですよ‼」
私は何故か呆気に取られて、看護師さんに「この子は生きているのでしょうか?」と質問しました。
看護師さんは微笑んで大丈夫ですよ‼と言いました。私は何が大丈夫のなのかよく分かりませんでした。
私は今まで3回出産に立ち会って来ましたが、こんな状態は初めてだったもので、どうして良いか?正直戸惑いました。
素直に喜ぶ事が出来ない自分がいました。
妻の様態を聞くと今産後の処置をしているからそれが終われば出てくるとの事でした。
アクリルケースに入った我が子の顔はほとんど見えず、とても小さく毛深く浅黒い、
例えるなら子猿の様な子供がいました。
私がボーとしていると看護師さん達が
「今からNICUと言うと病棟に連れていく行くから、ちょっとだけ待っててください」と言われて
「面会できる様になったらまた連絡しますね」
そう言うと私たちの前から消えて行った。
それから、どれくらい経ったでしょうか、妻がベットに乗せられ出て来ました。妻は私達に心配かけまいと少し笑っていた様な気がします。
その後に先生が出て来て
「何とか母子共に無事です。詳しくは後で奥さんと一緒に説明します。」
そう言って私の前から立ち去りました。
私は家族のみんなに先に家に戻って貰う様にお願いし、妻の病室に向かいました。
病室で少し妻と話をしていると看護師さんが来て先生から説明があるというので妻を車椅子に乗せて先生の話を聞きに行きました。
先生は少し疲れた顔で私達に
「いや、危ない状況でした。奥さんは早期剥離という症状を発症していました。通常ならエコー診断で発見出来るのですが、兆候が無く、お腹を開けて初めて症状が分かりました。中々、出血も止まらなく大変でしたが、何とか大丈夫です。もし、あと少し処置が遅れていたら母子共に命が危なかったかもしれません。」
私は一瞬、父が亡くなった時の事が過りました。
しかし、今回は違います。
今回は二人共生きています。
生きてさえいれば何とでも出来る‼そんな気持ちが私の中から沸々と沸き上がって来ました。
それから、また先生の話は続きました。
中々重たい話の内容でした。
子供の今後についての話です。
まず、乗り越えなければ行けない壁が有ること。
28週で生まれた彼には当然まだ生きて行くための機能が完全に備わって無く、この3日間が山場で有ること。
そこから、1週間、10日、この間に様々な症状が現れる可能性が高いという話。
そして、こうした出産の場合、かなりの確率で何らかの障害が発生する可能性が高いという話。
どれも今までテレビの中で見た様な話ばかりで、何がなんだかあまり理解出来ない自分がいました。
説明を聞き、私達は病室に戻りました。
子供との面会はあと少し時間がかかると言われ妻と少し話をして、私はタバコを吸いに外へ出ました。
私は気持ちを落ち着かせようと何本かタバコを吸い、実家の母へ電話する事にしました。
母と話をすれば少し気持ちが落ち着く様な気がしたのです。
私は今日、子供が生まれた事。母子共に命が危なかった事。そしてこれから起こるかもしれない子供の障害について・・・。
すると母からこう言われました。
「そんなあんたら夫婦に迷惑をかける子供なんか要らん‼死んでいた方がマシや‼障害ある子供なんか要らん‼」
私はショックでその後どう言って電話を切ったのか分かりません。
ただ実の母からそんな子供は要らん‼死んでいた方が良かった‼
そう言われた事で頭がいっぱいでした。
今になって思えば母は私達夫婦の事が心配で、私達が苦労するくらいなら子供がいない方が良いと思って言った事だろうと思います。
でもあの時の私には理解出来るほどの余裕もない状態でした。
そして、その言葉が怒りに変わり、その怒りが私の中の甘えを少し絶ち切った様な気がします。
私がしっかりしなくては‼
もう父の時みたいにはなりたくない‼
誰かに助けて貰うのでは無く、私が何とかしなくては‼
私はまたタバコに火を付け、自分に言い聞かせた後に妻の病室に戻りました。
それから一時間程、病室で待っていると看護師さんが面会できる事なったので赤ちゃんに会いに行きましょうか‼と笑顔で言ってくれました。
私と妻は少し不安を感じながら彼に会いに行きました。
続く