taroo の茶道日誌

taroo の茶道日誌

覚えが悪いので、お茶のお稽古で出会ったことなど、書いて覚えてゆきたいと思います。

上野毛の五島美術館の「古染付と祥瑞」展を訪れました。

このテーマ、2013年6月、出光美術館を訪れた際には、大変な刺激をうけたものでした。

 

 

 

 

蜜柑は三種。いずれも堂々たる存在感でした。

その中で、チラシにもなった湯木美術館の重要文化財は、沢山の絵柄情報があってもうるさくならず落ち着きます。

窓絵というのでしょうか、胴のへこみは、葉の虫食いと同じ面白さがあるとの解説には、ガッテンです。

 

 

帰宅して、雪衣を頂きました。

 

 

 

 

 

 

猛暑の中、中国鍋で棗を初食しました。

 

 

 

 

 

 

ダシを取ったものなので、味は薄くなっているのでしょうが、普通の果物のように美味しく頂きました。

目隠ししたら蓮の実などと区別がつかないかもしれません。

 

こんな形に、中次の角を取って丸くしたことで、悟りに更に近づけるとしたら、有るのが難しいほどのことです。

 

 

大徳寺大仙院のお庭です。

 

 

 

こちらは海のようで、真ん中に浮かぶ蓬莱山と、人々の住む島でしょうか。

渡りの下を、こちらに流れ込む川が流れています。

 

 

 

その最上流。

瀧から流れが始まっているのでしょうか。

 

 

 

そして下流。

海に流れ込む直前の景色でしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

こちらは国宝の玄々たる関門。

 

 

 

 

 

 

 

生死事大 しょうじじだい
無常迅速 むじょうじんそく  
 

生きるも大事、死するも大事。

変らぬものはなく、時は迅速に過ぎ去ってゆく。

だからこそ、今日の一日も、このひと時も大事に。

 

 

玄関の傍らの版木が、朝晩など時を告げる時、毎回、考えさせられます。

 

 

 

 

 

 

京都訪問の続きは大徳寺真珠庵

 

 

光る君人気を背景に初公開となる屏風を拝見させていただきました。

ここ大徳寺は御所から徒歩20分位でしょうか。

かつて藤式部の生家もこのあたりで、

ここ真珠庵の井戸の水で、産湯につかったそうです。

 

手前は村田珠光のつくばい。

 

 

 

 

 

お釈迦様以前にも仏様がおられたそうで、お釈迦様を入れて七人。

その教えが七仏通戒偈。

諸悪莫作 しょあくまくさ     悪を作ること莫(な)かれ
衆善奉行 しゅうぜんぶぎょう   もろもろの善を行うべし
自浄其意 じじょうごい      自ら其の意を浄くせよ
是諸仏教 ぜしょぶっきょう    是がもろもろの仏の教えなり

 

 

一休宗純師の開いた大徳寺真珠庵の入口がこちらです。

 

 

 

 

 

須弥南畔   須弥の南畔
誰会我禅   誰かわが禅を会せん
虚堂来也   虚堂来たる也
不直半銭   半銭にも直せず
  東海純一休
 

一休さんの遺墨というのでしょうか。この後に及んで、もし憧れの虚堂老師が来てくれたとしても半銭にもならぬと。

 

ちなみに、海の真ん中に浮かぶのが須弥山。

その頂上が有頂天・うちょうてん。

周りの海の境目が金輪際・こんりんざい。

山の南側に人間が住む島があるのだそうです。
なので我々が須弥をめざすなら、南側から畔をめざすことになりましょうか。

ですが北側からでも良いという意味で「南」の字が小さいのでしょうか。

忘れただけとしても、敢えて書き加えるほどの意味があるのでしょう。

 

 

方丈襖絵は400年ぶりに新しくされたそうで、つりばか日誌の北見けんいち氏の描く「楽園」。

一休さんのお寺らしく、殻をやぶっています。

 

 

 

 

 

ところで白居易(字は楽天)は、玄宗皇帝と楊貴妃 & 安史の乱の頃の唐代の詩人で禅を好んだとか。

 

ある時、鳥窠道林(ちょうかどうりん)師に仏教の本質を問うた。

すると

「悪いことをせず、良いことをしないさい。」と。

「そのような事は、この隣にいる子供でもわかる。」

「わかっても、80歳の私でも出来ない。」

 

 

 

その問答に登場する三人の様子は、こちら曹洞宗大本山總持寺の襖絵にもなっています。

 

 

 

 

 

 

秋の特別拝観です。

 

 

 

総見院では、秀吉が信長の葬儀を盛大に行ったとか。

入口の侘助椿。

秀吉が利休さまより頂いたのだそうです。

 

 

 

 

 

ご住職、紫野実巌老師より頂きました。

 

 

中国の王様からの「善行を沢山してきたが何の為になるか」との問いに、

「無功徳」と。

 

成果は期待するものではない、ということか。

 

藤沢にりっぱな時宗総本山があるのは知りませんでした。

一遍上人の生きた鎌倉時代は、相模の国が日本の中心だったからでしょうか。

 

藤沢山・清浄光寺(しょうじょうこうじ)、通称「遊行寺」で、学生さんたちのお茶会がありました。

 

 

 

一遍上人の出た伊予河野氏は愛媛県今治市の伊予一宮・大山祇神社(おおやまづみじんじゃ)を信奉する一族とかで、神社の紋「折敷に揺れ三の字」を使っていたそうです。また、河野氏が頼朝、北条時政に次ぐ席となったとき、折敷に「三」の字が書かれていたからとも。

 

 

 

 

門前には「ふじさわ宿交流館」がありました。

奥に遊行寺さんの入口が見えます。

 

 

 

なんでも、八代将軍吉宗の命で、江戸市中のほか、各地の重要社寺の門前にも火除け地を作ることとなりました。それが各地の広小路で、ここ遊行寺門前の藤沢広小路は大鋸広小路ともよばれたそうです。

 

 

 

 

 

良く知るお姿の上人。

浄土宗西山義を学んだそうですが更に一歩進め、阿弥陀様を信じていなくとも、念仏を唱えれば救われるとしたそうです。そして、全国を遊行三昧して廻るのですが、集団でとなるとなかなか難しい面もあったようです。

 

 

 

 

 

 

遊行の困難を乗り越えるため幕府の庇護があったためか、金魚・銀魚を放生するには遠く藤沢遊行寺へ、との指示もあったとか。

 

 


 

 

 

 

靴を置くたびに、顧みることにいたします。

 

 

 

 

細長く大きな湯舟のお風呂場の入口。

気ままに、そして自由に漂う煩悩のような一片の雲から、清らかな流れが生まれるということでしょうか。

 

 

 

 

東京駅丸の内は、明治安田生命の一角にある静嘉堂美術館の眼福茶道具展に行きました。

開催期間は 2024年9月10日~11月4日

 

 

誰が見てもすばらしい稲葉天目。

お茶はもちろん、美術にも縁のない友人に図録を見せるとチラッとしただけで素晴らしい、と。

今回の展示は、ライティングが素晴らしいのか、見たときに「アッ」と声が出てしまいました。

 

眼福・がんぷく とのテーマの今回の展示会では、曜変天目以外はスマホ撮影可、SNS投稿も可とのこと。カメラでの撮影は不可だそうで、私の技術ではどちらも変わらずなのですが・・・・・。

 

 

 

 

気になったのは大阪城落城後に修復された、九十九茄子、松本茄子。

戦が終わると、本田正純の取次で藤重藤元・藤巌父子が召し出され豊臣秘蔵の名物茶入の破片でも探すようにとの命が。

 

一回目の捜索で

1 新田肩衡  徳川ミュージアム所蔵

2 鴫肩衡

3 玉垣文琳  遠山記念館所蔵

4 小肩衡

5 大尻膨 

 

二回目で

6 付藻

7 松本茄子

8 宗薫肩衡

9 針屋円座


を探し出し、見事に修復、褒美に 付藻と松本茄子 は藤重親子に下賜されました。

その後、揃って今村長賀を経て岩崎弥之助のもとへ。


 

明治17年のこと、年末の給与を兄の弥太郎社長に前借して購入したとか。

しかし、返済まで本家預かりとされたようです。

その後も弥之助は茶道稽古も茶会を開くこともなかったそうで、岩崎一族の取り組み姿勢が感じられます。

 

 

ところで、今村長賀 天保8年・1837年~明治43年・1910年 は土佐出身の陸軍軍人。

本阿弥平十郎に刀を学び刀剣収集3000振りとか。

宮内庁御刀剣係になるなど、鑑定家としもよく知られていたようです。

 

本阿弥平十郎成重は、本阿弥分家光意系15代で、近代研磨の基となる金肌拭い法を発案、明治期の刀剣界を本阿弥長識と二分との評も。

本阿弥宗家から折紙台帳を受け継ぐ。

弟子には今村長賀や西郷従道のほか、岩崎弥之助の名前も。




 

 

 

よみがえった付藻茄子。

ひきやと箱が用意され、最終的に松本茄子と同じ箱に納まっています。

付藻・松本茄子と交換になったであろう刀剣はどんなだったのか、少し気になります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お彼岸に向けて、仏様におすがりし、

念願、悲願を聞き入れていただこうと。

 

 

こちらの悲母観音さまは、いかにも分かりやすくお優しい。

「悲しい」は短調なのでしょうが、そのような事は感じさせません。

 

 

そして、それに応えるように。

りっぱに育ちそう。

 

 

 

 

こちらは、加納芳崖の悲母観音のレプリカのアップ。

これまでの画法の外を目指したのが芳崖とか。

 

 

 

表情がだいぶ違うようです。

このさき、楽しさや悲しさが沢山待ち構えているのを
微塵も感じさせないようにも。

 

 

 

 

川﨑の日航ホテルで見かけました。

 

 

 

良い為政者の前には鳳凰があらわれるとか。

その鳳凰は、初夏に白い花を咲かせる桐に棲み、

竹の実を食べるという。

鳳が雄で、凰が雌なので、右下が鳳でしょうか。

 

 

そして、雲雀は鳳凰の異称だとか。

春を連想させるヒバリは、雲雀とも書くようです。