事情があり二度購入 | 龍馬と夢紀行

事情があり二度購入

慶応4年(1868)1月3日、

京都に向け北上する旧幕府軍と新政府軍が鳥羽・伏見で激突。

こうして戊辰戦争の戦端が開かれ一年半の及ぶ内戦が勃発しました。

 

鳥羽・伏見の戦いは一進一退の攻防が続きましたが、

1月5日に新政府軍の陣営に「錦の御旗」が掲げられると、

流れは一気に新政府軍へ傾き始めることになります。

 

大坂城で指揮をとっていた徳川慶喜は、

「たとい千騎戦歿して一騎となるといえども退くべからず」と、

退路を断つように何とも威勢の良い言葉を家臣らに投げかけましたが、

劣勢とみるや6日夜に側近らと密かに大坂城からの脱出を図ります。

 

慶喜は、大坂城から東帰する(江戸へ下る)に際し、

味方までも欺くような二枚舌を使ったことになり、

旧幕府軍の将として有るまじき行為に走ったわけです。

 

そして8日には天保山から軍艦・開陽丸で江戸への帰路につき、

11日に江戸に到着すると、

薩摩・長州側に通じるパイプを持つ勝海舟を一番に呼びつけ、

勝に交渉を委ねて自ら上野寛永寺に謹慎して恭順の意を示すのでした。

 

さて、5年ほど前に「徳川治蹟年間紀事 十五代徳川慶喜」を購入。

これは月岡芳年の臨場感ある錦絵で、

大坂から船で脱出して開陽丸に向かう徳川慶喜一行が描かれています。

自社商品の図版として活用度が高い部類の錦絵でしたが、

私の管理体制が不届で、この錦絵の所在がわからなくなってしまいました。

 

どこをどう探しても見当たらず思案投首だったのですが、

先週、東京の馴染みの錦絵専門店で同じ錦絵が売りに出されました。

画像で見る限り以前所有していた錦絵よりも、

コンディションが数段良さそうな代物でしたので思い切って購入。

 

今週、手元に届きましたが、摺良く上々のコンディションに満足。

これからはこちらの画像を自社の図版として使用していきます。