黒船に乗ってきた日本人
再来年の大河ドラマの主人公は「中浜万次郎」です。
日本は島国であるがゆえに、古来、漁業や海上輸送が盛んで、その一方で多くの遭難者や漂流民も生まれました。
そうした漂流民の中で、とりわけよく知られている人物といえば、やはり中浜万次郎ではないでしょうか。
そのほかにも、アリューシャン列島に漂着し、ロシア女帝エカチェリーナ2世に謁見。
帰国後には将軍・徳川家斉にも拝謁して、ロシアでの体験を語った「大黒屋光太夫」。
また、播州(兵庫県)出身で、難破してアメリカ船に救助され、アメリカに渡ったのち、ピアース大統領に謁見。
日本人として初めて英字新聞を発行し、日米二重国籍を持った「ジョセフ・ヒコ」。
ご当地・愛知県に目を向けても、「尾張の岩吉」や「知多の重吉」など、漂流民として知られる人物がいます。
そんな漂流民の中に、「えっ!」と思わず驚いてしまう人物がいます。
その名は、仙太郎(せんたろう)。
安芸国(広島県)出身の仙太郎は、嘉永3年(1850)江戸からの帰途に乗っていた船が難破し、仲間の乗員とともに漂流しました。
幸運にもアメリカ商船に救助され、サンフランシスコへ渡ります。
そして3年後の嘉永6年(1853)、ペリー率いる艦隊が日本へ向かうことになります。
その際、仙太郎は艦隊への同行を求められ、紆余曲折を経て、最終的には仙太郎ひとりがペリー艦隊の旗艦・サスケハナ号に乗り込むことになりました。
嘉永6年(1853)6月3日、ペリーは四隻の艦船を率いて浦賀沖に姿を現します。
その旗艦こそ、ペリー自身も乗艦していたサスケハナ号。
つまり「黒船の旗艦に、日本人が乗っていた」ということになります。
日本に到着した仙太郎は、通詞の堀達之助らとも面会することになります。
当時の日本側からすれば、目の前に現れた巨大な黒船だけでも驚きだったでしょう。
ところが、その旗艦の船上には、なんと日本人がいた。
その人物こそ、漂流民・仙太郎。
そう考えると、仙太郎という人物は、もっと知られてもよいのではないでしょうか。
「黒船に乗って日本へ帰ってきた日本人」仙太郎の物語、なかなか凄いと思いませんか。
愛知県内を襲った線状降水帯
昨日、愛知県内を襲った線状降水帯による大雨は、名古屋市で1時間に100ミリを超える記録的な雨量を観測しました。
名古屋の繁華街・栄地区では道路に水があふれるなど、まさに未曾有の状況となっていたようですが、その繁華街に会社を構えているにもかかわらず、私たちはその状況をほとんど把握できていませんでした。
外が暗くなってきたことで、「これから雨が降るかもしれないね」などと、経理の女性と悠長に話していたくらいです。
ところが、その直後、Yahoo!のトップページに「名古屋市中区」の重大な警報が表示されましたが、それを見ても、まだどこか半信半疑でした。
しばらくすると、今度はスタッフ全員の携帯電話から警告アラームが何度も鳴り響き、事務所内は一気に緊張した空気に。
さらに、庄内川には「レベル5・氾濫特別警報」が発表され、「決壊か」といったおどろおどろしい文字がニュースに踊り、約200万人を対象とした避難指示まで出されました。
ここでようやく、事態の重大さを実感しました。
しかし、程なくして鉄道・バス・地下鉄などの交通機関が相次いで運休。帰宅の足が完全に失われることに。
難儀の末、なんとか昨日のうちに全員帰宅することができましたが、経理の女性は地下鉄構内に閉じ込められ、5時間以上にわたって足止めされました。
その間、ショートメールで何度もやり取りをしていましたが、無事を確認できるまでは心配でなりませんでした。
そして今日。
昨日の大雨が嘘だったかのように、繁華街にはその惨事を彷彿とさせる痕跡はほとんどなく、ところどころに水たまりが残っている程度。
スタッフの家族にも心配をかけることになったため、今日は心ばかりですが、スタッフ一人ひとりに品物を渡すことにしました。
これまで、線状降水帯というものを、どこか「対岸の火事」のように捉えていたのかもしれません。
今回の経験を通して、その認識を改めることにします。
災害は、「まだ大丈夫だろう」と思っている間に、あっという間に迫ってくる。
今回、身をもってそれを実感した次第です。
毎朝に立ち寄るところ
特に信仰心が篤いというわけでもないのですが、ここ五年ほど、名古屋駅前からの通勤途上にある神明社にお参りをしてから会社に出るようになりました。
「神社」と同じように、「神明社」も全国津々浦々にあります。
恥ずかしながら、私はこれまで両者の違いもよく理解せず、同じような系統のものだろうと、さほど気にすることなく参拝しておりました。
その後、ネットで調べてみると、「神社」は神道の祭祀を行う施設の総称である一方、「神明社」は天照大御神を主祭神として祀る伊勢神宮の内宮を総本社とする、神明系の神社なのだそうです。
さて、通勤途上に足を向けるものですから、参拝する時間帯も自ずと同じになります。
ところが、ここ一、二年、参拝する人が少し増えてきたように思います。
たまたまなのか、あるいは世相を反映しているのかは分かりませんが、それぞれにいろいろな事情があるのでしょう。
私は毎日、同じことを願っているというより、むしろ唱えていると言った方がよいのかもしれません。
その言葉は、いつも決まって「大難が小難になりますように」。
仏教には「大難は小難に、小難は無難に」という言葉があるようですが、さすがに「無難に」とまでは唱えません。
会社をやっていると、さまざまなことが起こり得ます。
もちろん、良いことも悪いことも含めてのことですが、できることなら、取り返しのつかないような大きな痛手だけは避けたい。
そんな気持ちから、毎朝同じ言葉を唱えるようになったのだと思います。
大きな災いが起きないに越したことはありません。
それでも、もし避けられないものがあるのなら、大難が小難に。
そんなささやかな願いを胸に、明朝も神明社に立ち寄ってから会社へ向かいます。
再び名古屋駅地下に戻ってきた
昨日、家内と名古屋駅前で昼食を摂りました。
そのついでに、9月4日にリニューアルオープンした地下鉄名駅地下街「MEICHIKA(メイチカ)」に立ち寄ってきました。
メイチカは、昭和32年(1957)の市営地下鉄東山線開通と同時に開業した地下街。
3年ほど前、リニア中央新幹線の開業を見据えて名古屋市が進める「名古屋駅周辺まちづくり構想」に基づく駅地区整備への協力のため、一旦閉鎖されていました。
おそらく、今月19日に開幕する第20回アジア競技大会など、これから名古屋を訪れる人たちを迎えることも意識されているのでしょう。
名古屋駅周辺では、また一つ「賑わい」を演出する場所が増え、出迎えムードも高まってきたように感じます。
報道によれば、今回のリニューアルオープンに際して17店舗が出店しているようですが、私が見たところでは、以前から残っている店舗は「アマノドラッグ」くらいではないでしょうか。
その他の店舗は、ほぼすべて入れ替わったように見えます。
さほど広くない通路ですが、さすがにオープン直後ということもあって、すれ違う際にも気をつけなければならないほどの賑わいでした。
いつも広告代理店時代の話を持ち出しますが、私にとってメイチカは、かつて勤務先が入っていた毎日ビル(現・ミッドランドスクエア)の正面地下と、名古屋駅から見て左側の地下部分と直結していたこともあり、日常生活の中で毎日のように行き来していた、最も親しみのある地下街でした。
そういう意味では、今回のリニューアルには、単なる「新しい地下街の誕生」とはまた違った感慨があります。
今回のリニューアルでは、店舗配置と空間デザインが一新されました。
地下街の通路には、金のしゃちほこの鱗をモチーフにしたデザインや、有松絞り、名古屋扇子などの伝統工芸品をモチーフに造られたマテリアルが配置されるなど、随所に「名古屋らしさ」が演出されています。
かつて毎日のように歩いたメイチカが、時代の変化とともに姿を変えながら、再び名古屋駅の地下に戻ってきた。
そんなことを思いながら、久しぶりにこの地下街を歩いてきました。
「幕末手帳」と「戦国手帳」
先日、来年度の歴史壁掛けカレンダーをご紹介しましたが、今日は「2027年版 幕末手帳」についてお知らせしたいと思います。
自社の歴史商品の中でも、制作に最も時間を要するのが「幕末手帳」と「戦国手帳」です。
その大きな要因となっているのが、歴史手帳の特徴でもある、後半から展開する「歴史資料集」の制作で、幕末・戦国ともに、歴史資料集は58ページにも及びます。
さらに、資料集は毎年同じ内容を掲載するのではなく、毎年およそ3分の1を目安に項目や内容を差し替えるよう心がけています。
長くご愛用いただいている方にも、「今年はこんな内容が追加されたのか」と楽しんでいただける手帳を目指しています。
さて、「幕末手帳」の前半部分は、毎月の予定を書き込めるマンスリーページ。
そして、後半からは幕末の歴史をより深く楽しめる資料集が展開されます。
今回、新たに作成した内容には、
・幕末期の軍事施設マップ
・知っておきたい幕末の私塾
・出来事マトリックス
・組織の行動指標
などがあります。
このほかにも、新規ページを充実させ、2027年版ならではの内容に仕上げました。
一方、「戦国手帳」の前半部分も、マンスリーページを中心にこのような構成になっています。
後半から展開される歴史資料集についても、今回新たな内容を加え(豊臣家臣団・北条家臣団、知っておきたい分国法、旗指物、攻城戦など)、さらに充実した一冊となっています。
「幕末手帳」と「戦国手帳」は、全国の歴史館をはじめ、関係各所で販売される予定です。
店頭にはサンプルもご用意していますので、お立ち寄りの際にはぜひ実際に手に取ってご覧ください。
2027年の一年を、歴史とともに楽しんでいただける一冊になれば幸いです。
















