龍馬と夢紀行

歴史が好きだから、歴史の仕事を手探りで始めてみた。


発端は、ただそれだけ。


でも不思議なもので、そんな瞬間から「趣味」が「仕事」になりました。

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全国津々浦々の水軍

このところ水軍について調べていました。

 

水軍とは戦国時代の大名に付属して海上業務に従事した水上兵力で、

特に中世に瀬戸内海、西九州沿岸、紀伊熊野など

海上における武力の行使の所持・行使者のことを指します。

 

独立的集団をなし、海上の支配権を握っていましたが、

これらが集団化・組織化されていくと、

海賊衆、警固(けいご)衆、船手組、船党などの呼称にもなります。

 

有名なところではやはり村上水軍でしょう。

中国地方と四国地方の海域を拠点とし、

その後大まかに能島村上家、因島村上家、来島村上家に分かれました。

そして熊野水軍が元とされる九鬼水軍も知られている存在です。

 

さらに、これらに留まらず、

安東水軍、安房水軍、伊豆水軍、三浦水軍、小早川水軍、淡路水軍、

長宗我部水軍、塩飽水軍、松浦水軍、五島水軍、坊津水軍、

阿波水軍、武田水軍、忽那水軍、大友水軍など、

こう見ると全国津々浦々に水軍がはびこっていました。

 

そして、「厳島の戦い」「第一次、第二次木津川口の戦い」など、

合戦の勝負を左右する重要な働きをした水軍もありました。

 

そんな水軍の影が薄くなっていった要因は、

瀬戸内の盗船の事例を契機として海民の武装解除を目的として

天正16年(1558)に発布された「海上賊船の禁令(海上賊船禁止令)」。

 

海賊衆(水軍)に対する3ヶ条の定で、

それぞれに海賊行為をしない旨の連判の誓紙を出させ、

豊臣政権の中に水軍が再編され独立性が失われていきました。

 

いろいろと取りまとめましたので、

来年の「戦国手帳」などで記載していきたいと思っています。

深度が興味を喚起させる

江戸の地図で有名な切絵図は、

江戸中期の宝暦5年(1755)に吉文字屋(きちもんじや)が

分割地図として「番町絵図」を刊行したのが始まりとされています。

 

江戸府内全体を網羅するには至っていませんでしたが、

切絵図はもともと武家屋敷の所在を示すことを主目的に作られたもの。

また江戸時代の地図の販売に関しては幕府の許可が必要で、

事前に内容をチェックされ検閲を受けなければ刊行ができない代物でした。

 

そんな江戸の切絵図は、

携帯性に優れていたことで大いに人気を博したといいます。

 

たまたま昨年に纏まって売りに出された切絵図があり、

「千駄ヶ谷鮫ヶ橋四ッ谷」「六本木赤坂」「青山」

「市ヶ谷牛込」「小石川」の5舗を購入しました。

 

あまり知られていませんが、

この切絵図にも見方というものが存在します。

 

まずは「御」という文字が付けられた表示に関してですが、

これは将軍の所有物という意味を含んでいて、

「御城」とは江戸城を示し、将軍が生活する本丸御殿を示しています。

大名屋敷に関しては、

「家紋」が表示されているのは大名の上屋敷を指し、

「■」は大名の中屋敷(主に隠居や世継ぎ等の常住屋敷)を示し、

「●」は大名の下屋敷(別邸、物資の荷揚のため水辺に作られた蔵屋敷)

というように大名屋敷が区分されていて、

「■」「●」の印がある位置が表門のあるところになります。

ここら辺は、今の地図なんかよりも至って親切な表記となっています。

 

そして、「□」は辻番所、横棒が幾重にも引かれているのは坂道、

「廾」は市中の要所、表通りの町々の境界に設けられた警衛のための木戸、

いろいろな表示を用いてわかりやすく表しています。

 

こうしたことを認識して切絵図を眺めると、

また違う世界観を見出すことができ、その深度が興味を喚起させます。

幕末手帳の巻末資料にこれらを加えてみるのも一考の余地あり。

そんなことを思い描いています。

復起してきたもの

先週末、急ぎの仕事を何とか片付けて、

やれやれという気持ちで一息入れようと思い、

一時間半ほど車を走らせて、久しぶりに温泉に出掛けてきました。

 

生憎の天候で小雨にも見舞われましたが、

それでも露天風呂ではその小雨も然程気にならず、

却って風情を楽しむことができる要因と自分で切り替えました。

 

いつも通り小一時間分ほど露天風呂や内風呂などを行き来し、

湯船に浸かっていることだけで充足感を味わえました。

今回は日帰りでの入浴となりましたが、

来月あたりは泊まりがけで北陸方面の温泉地へと思いを馳せています。

 

さて、久しぶりといえば〝人寄り〟も然り。

コロナ禍の影響で人の集まりに気を遣っていたこともありましたが、

ようやくその状況から脱却することができ、

学生時代の同級会などの話が寄せられるようになってきました。

 

現に、先月には大学時代の仲間と久しぶりの再会を果たしましたが、

全員が揃ったのが4年半振りとなり、

その期間を埋めるように大いに盛り上がった会となりました。

 

そして、今月初旬には高校の同期会実行委員のLINEで、

同期会開催の是非について意見交換を行い、

4月上旬に4年半ぶりとなる高校の同期会開催の運びとなりました。

 

これにとどまらず、

さらには小学校の同期会の話もちらほらと聞こえてくる今日この頃。

 

楽しく賑わしい展開でとても結構なことだと思いますが、

時間に余裕ができた年代に差し掛かってきただけに、

この手のものが卒然と復起してきたような感じもなってきました。

 

どうでも良い話ですが、

ちなみに私と家内は中学の同級生ですので、いわば毎日が同級会。

同級会を主体に考えれば、これはこれで少し考え物かもしれません。

「図解シリーズ」の続編制作

昨年11月に「城図解」なるアイテムを商品化しました。

「城図解」は見開きタイプのクリアファイルで、

クリアファイルとしては都合116作目となるアイテムとなりましたが、

単に116作というスケールメリットよりも、

「城図解」が新シリーズ化の第一歩ということが私にとって重要でした。

 

それだけに当初から販売の推移を気にしていたのですが、

店頭に並んで3ヶ月ほど経過した販売実績の好調さから鑑み、

「城図解」の持つポテンシャルを再確認することができました。

 

こうなると、予め想定していた流れに沿うべく、

「図解シリーズ」の続編制作ということになるわけですが、

これは単なる第二弾という意味合いだけではなく、

シリーズが増えていくことで享受できるメリット、

つまりは同形が売場で並ぶコーナー展開での認知度アップ。

さらには、バンドルによる効率的な販売増を目指すことになります。

 

そうして今週からデザイナーと続編の打ち合わせに入りました。

「図解シリーズ」の第二弾は「合戦図解」としました。

 

次回の内容は、合戦に纏わる図解を用いて構成していきますが、

刀剣・槍・鉄砲・弓矢・兜・面具などの武器の種類や部位名称、

さらには陣形、戦法、軍制、旗指物、足軽の装備、合戦の流れ、

はたまた全国に散らばっている水軍や忍者・傭兵などを紹介するつもり。

 

とにかく戦国の合戦における全般の蘊蓄をマッシュアップしていきます。

 

ゴールデンウイーク前に商品化したいと思っていますが、

近々には第三弾として予定している「幕末図解」の取り組みも

本格的に始めることになりそうです。

「初恋」の裏話

「五月雨は緑色 悲しくさせたよ一人の午後は

 恋をして淋しくて届かぬ想いを暖めていた

 好きだよと言えずに 初恋はふりこ細工の心

 放課後の校庭を走る君がいた 

 遠くで僕はいつも君を探していた

 浅い夢だから 胸を離れない」

 

村下孝蔵氏が淡い恋心を歌った名曲に「初恋」があります。

この歌は実体験に基づいて書かれた楽曲で、

それゆえに実在の女性モデルが存在しているようです。

 

その昔、あるテレビの対談番組で「初恋」に関して、

村下孝蔵氏が面白い話をされていたことを思い出します。

 

村下孝蔵氏が全国津々でコンサートをするたびに、

実在のモデルの女性がこの地で生活をしていて、

ひょっとすると会場に来て自分の歌を聴いてくれているのではないかと。

そんなことを想像しながら心を込めて歌っていると話していました。

 

そしてときに客席にスポットライトがあたるなどして、

その初恋の女性に似ている人が目に映るとドキッとしていたそうです。

とても良い話だと思って聞いていたことが蘇ります。

 

さて過日のこと、

社内で顧客対応について話をする機会がありました。

 

ふと前述の「初恋」にまつわる村下氏の話を思い出しましたので、

スタッフにこのくだりを説明しながら、

「仕事も一緒で、相手がきっちりと見てくれていると思って、

 目の前の仕事を手を抜かずに一生懸命やらなければならない」と。

 

気持ち的にそれくらい峻厳な態度が望ましいのではないかと伝え、

そんなことを金科玉条として守り抜くくらいの覚悟を求めた次第です。

 

それ以来、ことあるごとに「初恋」「初恋」と、

まるで隠語のように小声で発する機会が増えました。

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