龍馬と夢紀行

歴史が好きだから、歴史の仕事を手探りで始めてみた。


発端は、ただそれだけ。


でも不思議なもので、そんな瞬間から「趣味」が「仕事」になりました。

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涼を求めて

この一週間、名古屋は酷暑日に迫る陽気が続き、なおかつ名古屋特有の蒸し暑さに見舞われて少々バテ気味に。

 

明日からも様々な仕事が控えていますので、今日はリフレッシュに充てようと愛知県北西部の自宅から東海北陸道で車を走らせ1時間半かけて「ひるがの高原」へ。

例年、この時期に2、3度の頻度で避暑するべく出かけていますが、今年は今日が初めてとなりました。

 

大日ヶ岳東側に広がる標高1000mの位置にある「ひるがの高原」は、この時期に避暑地体験するにはもってこい。

今日も文庫本を一冊持参してのお出かけとなりました。

 

駐車場に車を停めてドアを開けた瞬間に感じる涼風は、名古屋の熱風とは段違い。

聞くところによると、夏場も30℃を超える日が少なく、特に朝夕は快適に過ごせるというから凄い。

 

11時過ぎで25℃。

湿気は少なく日陰のベンチに座り高原を吹き渡る風にあたると、言葉にすることができない爽快感を得られリフレッシュ効果満点。

 

そんなこんなでプチ避暑地体験を済ませて帰宅しましたが、次回は2週間ぐらい後を目安にしております。

 

明日からまた仕事漬けの一週間が始まります。

暑さに負けぬようにせねばなりません。

お披露目したいもの

最初に個人蒐集した遺墨は、七卿落ちの一人「東久世通禧」の詩書掛軸でした。

京都での仕事を終えてから、京都市内の古美術商に足を運んで購入した一幅です。

 

これが蒐集の嚆矢となりますが、元々コレクション癖というものが自分にあり、歴史業務の幅が広がれば広がるほど、その手のモノに目移りするのは自然の流れかもしれません。

 

ただ蒐集といっても、その根幹は仕事使いできるというのが大前提。

 

その蒐集の甲斐あってというか、現在では自社の歴史商品の図版に占める私の所蔵品の掲載が多くなってきました。

 

そして数年前からの歴史カレンダーは、私が個人所蔵する錦絵だけで構成ができるまでになってきまし、今週ブログで紹介した来年度の「豊臣家の光芒」という豊臣家の出来事を12ヶ月の壁掛カレンダーも私の錦絵だけで賄うことができた次第です。

 

そして自社商品にとどまらず、これまで博物館の企画展への貸出、テレビ番組での放送使用や雑誌などでの掲載にも一役買うことになりました。

 

それでも、個人所蔵の中で、まだ機会に恵まれていないモノもありますので、このままにしておくと〝私蔵〟が〝死蔵〟になりかねませんので、そうしないようにどこかでお披露目したいという気持ちが芽生えてきています。

 

来年の大河ドラマ「逆賊の幕臣」を意識するなら、ペリー来航後の日米修好通商条約の批准書交換で渡米した万延元年の遣米使節団に小栗忠順も参加していますので、「ペリー企画」でも組み立てられそうです。

 

錦絵「米船渡来旧諸藩士固之図」(黒船来航時の様子を描く)

錦絵「大日本帝国於武州横浜日本人亜墨利駕人応接之図」(再来航のペリー饗応図)

瓦版「異国船来航六ヵ国御固図」

瓦版「海陸御固図」

ロンドン新聞「イラストレイテッド・ロンドン・ニュース」(艦隊出航前の状況を伝える)

肉筆巻物「嘉永六年 黒船来航図」

肉筆画「ペルリ来航時ノ見取図」

肉筆画「ハリス江戸城参内途次の道中録」(将軍謁見のため江戸に向かうハリスを描く)

古地図「黒船来航防御之図」

泥絵「神奈川沖遠望」

『亜墨利加國條約並税則』(安政6年(1859)に刊行された五ヶ国条約の日本語の条文)

などなど、この前後も絡め合わせるともっとスケールアップできそうです。

 

一度考えてみたいと思います。

「ブラタモリ」大須観音

NHK「ブラタモリ」は、先週と今週の二週にわたって名古屋の大須が取り上げられています。

大須は私の会社から徒歩で10分ほどのところで、番組をご覧になった方々はお分かりかと思いますが、バラエティーに富んだショップが目白押し。

ゆえに平日でも多くの人で賑わうこの地区では稀有な商店街となります。

 

たまたま先週の日曜日、長男一家と名古屋市内で食事をしたのですが、その帰路に車で大須を通過しましたが、平日の2、3倍の人集りに吃驚。

 

NHK「ブラタモリ」放送翌日ということもあり、ひょっとしてと思いましたが、事情はおそらく違うのでしょう。

私は平日にしか立ち寄りませんので、休日の賑わいはこれが普通なのでしょう。

 

先週の放送では、「大須観音」も取り上げられ説明がなされましたが、徳川家康の命による「清洲越し」により、尾張国長岡庄大須郷(岐阜県羽島市大須)から移転したことにより由来する寺院です。

 

番組内では、徳川家康がこの寺にあった貴重な蔵書などを水害(長岡庄の大須地区は輪中でいつ洪水に見舞われるかもしれない)から守ろうと考えたことに触れられましたが、そのほかにも大須観音を中心に寺町を作ろうとしたとの説も説得力を持っています。

 

そして、お寺といえば江戸城と同様に鬼門鎮護のために設けられたのが、中川区の荒子観音、守山区の龍泉寺、あま市の甚目寺観音、南区の笠寺観音で、これらがいわゆる「尾張四観音」となります。

 

番組で芸どころ名古屋について徳川宗春が紹介され、MCのタモリも徳川宗春に扮する格好を披露していましたが、私の会社近くの黄金ポストの上にも宗春が鎮座しています。

おそらく名古屋市内でもここだけでしょう。

しかし残念ながらこのポストに興味を持たれる通行人は少ない感じです。

 

今週もブラタモリをご堪能ください。

寒さも暑さも伊吹山

『古事記』『日本書紀』に登場し、ヤマトタケル(日本武尊)が東征の帰途に悪神退治で立ち寄られたといわれている伊吹山。

ゆえに伊吹山は日本武尊伝説と結びつく信仰の山とされています。

 

滋賀県と岐阜県に跨り独立峰のような姿で目立つその山容は、この地方の山では格別な存在感を放っています。

 

これまで冬期に於いて伊吹山から吹き下ろす冷たい季節風(伊吹おろし)が濃尾平野の冬の厳しさの要因とされてきました。

 

ところが、今朝の地元紙に、伊吹山が天候を左右する新たな説が掲載されました。

 

専門家によると、「高気圧の上にもう一つの高気圧が重なる二段重ねの〝ダブル高気圧〟をはじめ、東海地方特有の風や地形の条件が重なったことが高温をさらに強めた」と、このところの酷暑に絡めた記事が紹介されていました。

 

さらに専門家曰く、昨日(22日)に東海地区で吹いた北西から西北西の風にも着目。

こうした風が伊勢湾から吹き込む比較的冷たい海風の内陸への進入を抑え、濃尾平野で気温が下がりにくくなった可能性について言及がなされていました。

 

そして、それらの風が伊吹山地などを越える際に高温になって吹き下ろす〝フェーン現象〟が発生した可能性にも指摘。

 

通りで昨日は伊勢湾岸沿いの三重県の桑名市でも40.6度の酷暑日を記録していますので、今回の説に何処となしに合点がいった次第です。

 

これからは、寒さのみならず、暑さまでも〝伊吹おろし〟を抜きにしては語れないことになりそうです。

 

さて、明日は〝伊吹おろし〟を吹き飛ばすべく、スタッフ全員でのランチ会を開催。

暑さを忘れて楽しいひとときを過ごそうと思っています。

この時期はいつも、、、。

この時期は私の中で「カレンダー」と「手帳」の月間という認識が強く働きます。

それほど時間のウエートが、これらの仕事に向けられることになります。

 

それでいて「カレンダー」と「手帳」ともに半年くらいの販売期間という際物アイテムとなりますので、制作面と販売面に於いて程よいパフォーマンス求められます。

自社の他のアイテムと比較すると、ビジネス的にリスクとリターンが少し高い厄介なアイテムということがいえるかもしれません。

 

そんな「カレンダー」と「手帳」ですが、昨日2027年度の壁掛けカレンダー「豊臣家の光芒」が出来上がり納品されてきました。

豊臣家の興亡を、私が所蔵する錦絵だけで展開してみました。

 

具体的には、1月「富士川の戦い」、2月「桶狭間の戦い」、3月「備中高松城の戦い」、4月「山崎の戦い」、5月「清洲会議」、6月「賤ヶ岳の戦い」、7月「四国攻め」、8月「小田原攻め」、9月「慶長伏見地震」、10月「醍醐の花見」、11月「二条城会見」、12月「大坂夏の陣」というラインナップとなります。

 

さらに今日は、2027年度「幕末手帳」を校了し、これから印刷の方で本格作業に入ることになります。

過日に「戦国手帳」も校了していますので、これで「カレンダー」と「手帳」がひと段落ついたことになります。

こうして2週間後には「戦国手帳」と「幕末手帳」も出来上がってくることになりますので、これらのアイテムを軸にして弊社〝秋の陣〟に突入していくことになります。

 

また詳細につきましては、後日にお伝えしたいと思っています。

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