歴史が好きだから、歴史の仕事を手探りで始めてみた。


発端は、ただそれだけ。


でも不思議なもので、そんな瞬間から「趣味」が「仕事」になりました。

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2017年10月23日(月) 21時55分00秒

台風一過

テーマ:オフ・ビジネス

台風一過となった今日、

いつも通勤で利用する名鉄電車が始発から8時過ぎまで運休し、

さらにJRも同様な状況によりダイヤは大乱れで乗客も右往左往。

 

私はテレビで名鉄電車が動き始めたことを知り、

押っ取り刀で最寄り駅にかけ込み、会社に向けて乗車。

 

ところが次の乗換駅のホームに電車が入り込むと、

普段では想像もできないような大勢の人たちでホームはごった返し、

このまま降車すると案配が悪そうな状況に。

 

通常なら普通電車から特急に乗り換えるのですが、

今日はそのまま行けるところまで普通電車で向かうことにして名古屋方面へ。

 

すると車窓から眺める光景が一変、

いつものそれと違うということが明々白々となりました。 

これは豊臣政権五奉行のひとりである増田長盛が生まれた

尾張国中島郡増田村(現在の愛知県稲沢市増田町)あたりの光景です。

(増田長盛の生誕地は諸説あり、現在の滋賀県長浜市益田町もそのひとつ)

 

普段は、これほど水が張り巡らされることがないのですが、

ご覧のように今朝は線路脇まで水浸し状態で、

名鉄電車の運休の理由である路線確認というのが頷ける感じであったのです。

 

ということで週初めの月曜日から波乱の一日を迎えたのでした。

みなさまのところは、いかがでしたでしょうか。

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2017年10月22日(日) 21時55分00秒

天空の城が出来上がってきました

テーマ:仕事

今週、「天空の城」クリアファイルが出来上がってきました。

今回は細かな城情報を極力省いて、

雲海を望む絶景が魅力の天空の城らしさを存分に楽しんでもらえるような

あくまでも画像中心の展開で構成したアイテムとしてみました。

 

関係各所から選りすぐりの素晴らしい画像を提供していただいたのですが、

今回の掲載城の画像の中で思わず私が息を呑んだのは、

兵庫県丹波市にある黒井城だったかもしれません。

 

この黒井城は、

織田信長の命を受けて丹波国を平定中の明智光秀が二度に渡り攻め込んだ戦いで有名なところ。

以前、NHK『ファミリー・ヒストリー』で、

元ボクサーで俳優の赤井英和氏と関係を取りざたされたりもしました。

全くもって失礼な話ですが、

然程の期待をせず関係者の方に画像提供をお願いしていたのですが、

先方から送られてきた黒井城の空撮写真を初めて見たときの衝撃は凄かったです。

 

「これを竹田城レベルのポジショニングに据えれれば、、、」と、

心の中で思わせるくらい驚かされた画像であったのです。

 

ということで黒井城を中心にして、竹田城、備中高松城、越前大野城などの天空の城が集結。

 

思わず使いたくなるクリアファイルになりました。

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2017年10月21日(土) 21時55分00秒

自分の中で広がった幕末の下関港

テーマ:歴史

さて今日は、過日に購入した「Gleason’s Pictorial Drawing-Room Companion」に描かれ、

「VIEW OF SIMONOSEKI.JAPAN」のクレジットがある光景が、

下関港であるということを証明するものを示したいと思います。

昨日も触れましたが、いくら大小の船舶の往来し、

海岸にひしめき合うように建てられた建物などからして港だと思っても、

やはり下関港の風景画や写真などの図版を見る機会に恵まれないと判断はし難いのですが、

たまたまというか、偶然に下関港の古地図の存在を知ることになりました。

その古地図の湾岸線を見た瞬間に、私は「似ている」と思いました。

そして湾岸線に沿うようにびっしりと建ち並んだ家というか船宿のようなものが、

「古地図」と「雑誌の切抜き」ともに酷似しているのです。

そこらを基点にして俯瞰してみると、

現在は埋め立てられているのですが、

かつて高杉晋作が襲撃した下関萩会所あたりまで入江であったことがわかります。

そこらへんもきっちりと「古地図」と「雑誌の切抜き」ともに描かれているのがわかります。

そうしていくと右手前に半円形で海にせり出したようなところは、

これまた高杉晋作が奇兵隊の本部とした白石邸であることが古地図で示されていますので、

「雑誌の切抜き」では赤丸で囲ったところが、

白石邸である可能性が高いのではないでしょうか。

 

こう眺めていくと、

これまで湧かなかった幕末期の下関のイメージというものが、一気に広がっていくような感じになりました。

 

もう少しきっちりと調べていき、

先々は自社の歴史商品のカットなどで使用していきたいと思っています。

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2017年10月20日(金) 21時55分00秒

幕末期の下関の光景

テーマ:歴史

今日は久しぶりに傘を持たない出勤スタイル。

どうにもこうにも傘を持って電車に乗ると、

車内での読書がし難いシュチエーションになりがちで、

ついついフラストレーションが溜まってしまいます。

 

さながらそんな日々が今週は続いていましたので、

今朝の通勤電車は、久方ぶりにじっくりと本を眺めることができたのです。

そんな状況で、普段のスタイルに戻った感じとなりました。

 

ところで今日は、

昨日のブログで紹介した幕末期の雑誌・新聞の切抜きについて少々。

 

今回、馴染みの古書店で購入した雑誌と新聞の切抜きの4枚のうち、

2枚の紙面上部には「Gleason’s Pictorial Drawing-Room Companion」という

一見して媒体名のような名称が付けられていました。

 

これを調べてみて判ったことは、

グリーソン氏が1851年にマサチューセッツ州ボストンで出版した雑誌名のようです。

 

「花魁」が描かれた方の右下部には、

人がペンで記した「Feb 25  1854」の文字が薄らと読み取ることができます。

(四角い赤で囲ったところに日時が薄く書かれています。)

「1854年」は和暦で「嘉永7年」で、ペリーが浦賀に来航した翌年の日付です。

(ちなみにペリーは、この年に再来航しています)

 

さらに「Pictorial Drawing-Room Companion」をネットで調べていくと、

今度は「日本人武士4人の正装姿」と同じモノをウィキペディアで発見。

そのクレジットに目を遣ると、こちらは「1854.3」とあり、

両方とも一週間ほどの違いでしかありませんでした。

 

そして「花魁」は120頁で、「日本人武士」は41頁。

雑誌発刊の性質上から推測するに、

多分同じ号に掲載されていた紙面が、切り分けられた可能性が高いと思われます。

 

ということでこの切抜き自体の出自のことはよくわかったのですが、

「花魁」の方の下部に描かれている風景のクレジットに目を凝らしてみると、

「VIEW OF SIMONOSEKI.JAPAN」とあり、

大小の船舶の往来とその賑わい、くわえて海岸にひしめき合うように建てられた建物、

それらから推測すると、

嘉永7年もしくはそれ以前に描かれた下関港の公算が極めて高いと思われるのです。

仕事柄、これまで数々の図版を目にしてきていますが、

明治維新へと突き進んだ多くの志士たちが集った幕末の頃の下関の光景を、

これまで図版などで見た記憶があまり残っていないのです。

 

そんな観点でこの下関の挿絵をみると、非常に貴重な一枚に思えてくるのです。

 

ではそれをどう証明することができるのか、それはまた明日のでもお話ししましょう。

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2017年10月19日(木) 21時55分00秒

珍品な部類の雑誌切抜き

テーマ:歴史

私の一日の締め括りは、お気に入りの骨董品店舗のHP閲覧です。

 

新たなモノがアップされていないかを夜な夜なチェックするという、

今ではすっかり一日のスケジュールの中に組み込まれた

私にとってはごくごく自然な行為のひとつ。

 

そんな状況で一昨日の晩、

自宅に帰って一段落してからネットで馴染みの4店舗をチェックし始めると、

珍しいモノが目の前のノートパソコンの画面に現れました。

 

決して高価な代物ではないのですが、

あまり見かけることもないようなモノでしたので、

思わず目を凝らして食い入るように何度もチェック。

もうこの時点で私の心は購入一本やりになっていたのです。

 

そしていつものように、

翌日10時の開店時間に合わせて電話を入れて、

私が所望するモノを販売しないようにプロテクトしてもらい、

今回売りに出た馴染みの店舗は名古屋市内でしたので、

昼頃にいそいそと出掛けて現物を確認させてもらい、即購入という運びになりました。

 

今回購入したのは、

1854年から1865年にアメリカの雑誌で描かれた日本の風景などの雑誌の切抜きです。

和暦に直すとペリーが来航した翌年の嘉永7年(安政元年)から元治2年(慶応元年)のモノ。

 

 ​​​​​​​

内容に関しては、また明日にでも。

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