偉大なる漫画家の急逝 | 龍馬と夢紀行

偉大なる漫画家の急逝

漫画家の鳥山明氏が急逝されたことが報道されてから、

日本のみならず世界からの追悼メッセージが止みません。

今更ながらですが、その凄さや偉大さを思い知ることになりました。

 

鳥山明氏は愛知県の尾張地区の清須市出身で、

私の地元である一宮市内の高校を卒業した後に就職。

その就職先が某広告代理店の名古屋支店であったことは、

名古屋の広告業界筋ではかなり有名な話でした。

 

そうした一般的なサラリーマン生活を経験した後に、

漫画家としてのデビューを飾り、

世界から愛される存在まで登り詰めたことになります。

 

来年度、鳥山氏の地元である清須市が市制20周年を迎えるにあたり、

鳥山氏に市制20周年のロゴタイプを依頼し、

織田信長をモチーフにしたモノが出来上がったばかりだったそうです。

 

弊社も清須市観光協会に加盟していますので、

鳥山〝信長〟のもとで物販販売がなされると思っていましたので、

少し残念な気持ちに駆られました。

 

さて、時代は遡り広告代理店時代の話。

1990年頃に絵本「ウォーリーをさがせ」が世界中で話題となり、

それのパロディーぽいものをクライアントから要請を受けました。

 

厄介な仕事だなと内心思っていたのですが、

ナショナルクライアントであったことから無碍に断れず、

あちらこちらの知り合いのデザイン事務所に話を投げると、

「知り合いに鳥山明のアシスタントがいる」との回答が寄せられました。

 

当時、すでに『Dr.スランプ』で人気を博していたこともあり、

当方の二番煎じのような依頼自体が失礼に当たらないかと心配しましたが、

「知り合いだから大丈夫、大丈夫!」とのデザイン事務所の言葉を信じることに。

 

最終的に、さすがに鳥山氏自身は無理とのことでしたが、

アシスタントでよければお受けしますとの返事を受け取ることに。

そうして料金と条件などを双方で詰めて広告作業が進められました。

 

鳥山明氏の右腕というアシスタントでしたので、

当方の期待以上のモノに仕上げてもらいました。

広告としても上々の評判を得ることができ、

クライアントともども感謝することになったのです。