Freedom~20歳バックパッカー世界放浪記~ -4ページ目

Freedom~20歳バックパッカー世界放浪記~

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”シエラレオネってなに食ってるのー?”



どーんな食事しているのか紹介したいとおもいます。




みんなで葉っぱを集めます。
キャッサバの葉っぱだったり、イモの葉っぱだったり、オクラの葉っぱだったり…




葉っぱをちっちゃくきりまーす




こうやってちっちゃくなるまですりつぶしまーす。



パームオイルをまぜながら一緒に煮込みまーす。



おいときまーす。

こんなかんじで石を3個置いて並べたやつの下に火を起こして鍋を置きまーす。
米もこんなかんじで炊きまーす。



よそってー



こんなかんじ!

たまにタマネギを使ったり、トマトの缶詰を使ったりして…





基本的に食っても力は出ませんw
たまに干した魚とかをちっちゃく切ってなかにいれたり…
イモの実を食ったり…
そういえば葉っぱって栄養があるのかな…
というか口に合わなすぎて毎日必死だったんだよね…笑
無気力…w



(Day10, もうキャッサバの葉っぱしか食えないなら死のっかなーの図)



都市のフリータウン郊外に帰ってきて民泊させてもらったときはこんなかんじの
バナナとキャッサバを混ぜたやつとかも食ってました。

1日3食の時もあれば、2食+おやつ(バナナなど)程度のときも。
民泊させてもらってた時は、いつも夜になると近くにある屋台のパンとゆでたまごを
みんなの分買いに行くことにしていました。


こんな食事を毎日、毎日。
都心部に出たり、修道院での生活をはじめるまでは1か月以上、こんなかんじの
食習慣。
栄養が全くとれない…(・ω・)


風邪をひいたら最後、ひきっぱなしが2週間近く。


村だし果物とかいっぱい食べれるかなって思ったけど、その季節じゃないらしく
バナナを食えたのが2週間の生活で1回だけ。村から町に出かけたとき…



肉が食えない…のが痛い。
村なんかは全く電気ないし保存ができないみたい。
保存に関しては、都心部でさえ困ってた。
都心に住む家も、電気が安定しないから食事の保存ができないって嘆いてた。




(都心部にあるレストラン。クスクス。)
レストランだとクスクスとかが食えたりもする。フライドチキンとかのファーストフード
とかも屋台があったり…
レストランとか裕福な家とかは自分のジェネレーター(発電機)を使って食べ物を
保存したりできているよう。

ちょっとしたチキンとかのファーストフードとかパンとかは屋台があるのでそこで
食べることもできる。都市部とか、町とかは結構その程度の簡単な食べ物なら
結構楽々手に入れられそうだなあって思ったかんじ…

村とかだと厳しいかも。
時間帯によって、パンを売りに来てる人と干物を売りに来てる人がいたけど…


レストランは高い(200円以上がふつう。)から屋台で済ませたりっていう人も
多いんだろうけど、今はコレラの蔓延もひどいらしく、JICAの人は屋台とかは
利用しない方がいいとは言ってた。とは言っても、現地の人間にはそれは
難しいんだろうなって思う。



あとそういえば、シエラレオネにはここ最近都心部にスーパーマーケットができた
らしく、そこではいろいろ食材が買えるんだとか…












今こうやって思い返してみてオレは結構、理想に燃えるタイプ?だったなって思う。
現地民と同じ目線で…とか同じ生活を…とか
でもそれって結構無理なのかも。

この国でそういう理想に燃えてボランティアをしていたとある人の話をシスターから
聞いた。
その人はまだこの国が1日1食だったような時代。
現地民と同じように1日1食、同じものを食べて…
でも結局6か月くらいで肝臓をこわして日本に帰ることになってしまったらしい…



現地の生活を知ろう、現地の人と同じ目線でいよう!
っていう思いから、基本的にはもう少し贅沢できそうな場面でも、一緒に民泊させて
もらってる人と同じような生活を基本的にしてきた。(村での生活とか単に食えなか
っただけの時もたくさんだったけど。)


でもどうしても思う。

”日本人は日本人。オレはオレ。”


胃腸は嘘をつかないんじゃないのか!
無理なものは無理だと思う。
そしてそこは無理をする必要のあるところじゃないなって…
どこで生活するのにだって、結局は自分の体に合ったことをしてあげなきゃなって。


修道院で生活させてもらったときだって、メキシコ人の神父さんの下でお手伝いを
させてもらっていたときだって、質素ではあるけどちゃんとしたもの食べてたから。



何かボランティアだとか支援だとか…
現場でのそういう立場にある人間って、
”みんな貧しい中で僕らだけこんな贅沢してもいいのだろうか?”
みたいな考えを持つんだろうと思う。オレ自身、特に民泊なんかさせてもらっていた
時はそういう感情ばっかりだった。
でもそれは違うんだと思う。

”必要な贅沢”は有りだと思う。
支援とかそういう立場にある人間こそ、倒れるわけにはいかないしね。
そういう人間こそ、自分のこれまでの価値観とか食習慣とか異なる領域に来た分、
それを取り戻すかのように、これまでの生活にできる限り近いことをしていかない
といけないんだろうなあなんて思ったり…




そもそも現地の人間は強い。屈強っていうかんじ。
意味もなく筋肉質だったりする…
そもそも5歳以下の幼児死亡率も高い国。こういう国で今生きている人たちは
その屈強さ故なんだと思う。現地の生活にもっとも適応してる現地人なんだ。
ひょろっと現れてきたひょろひょろした先進国からきたオレなんかとは違う。




















あ、










ラーメン食べたい…






(これはあかんやつだ…)







以下民泊させてもらったときの写真ですー
1つの大きな家に2、3家族で一緒に住んでました!




これはカツラをつくってるところ。
女の人はお出かけするときカツラをつくったり、髪の毛を編み込んだりするんだ。

こちらはメムナ。ボランティアのときからの仲…この国での生活全般、いつも
助けてくれました。メムナとその家族だけでも結局10日ほどお世話になってしまい
ました…。
急に訪れた汚れた旅人を受け入れてくれたみんなには本当に感謝の言葉しかない。
別れるときには、今まで撮ってきた写真をあげました。

ゆっくり、のんびりした日々を皆で過ごしました…
いい思い出です…






今日はこんなかんじでシエラレオネでの生活を紹介しましたー





今日も最後まで読んでいただいてどうもありがとうございます。






おわり。