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Freedom~20歳バックパッカー世界放浪記~

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とある町にいた頃、2週間そこにあるカトリックの修道院に泊まらせていただきました。

そこで2週間学校の先生をやらせていただきました。
幼稚園、中学校、職業訓練校に通い、毎日生徒と一緒に過ごしてました。
その時のことをここで書いてみたいと思います。







学校はすごく活気があるなっていうのがまず思ったところ…
子供たちはとにかく元気だ!








でも1時間目の授業の時にはクラスにはところどころに空いている席が目立った。
遅刻してくる子供たちが多い。1時間目の最初だと特に全然いなかったりして、
その多さにびっくりして思わず校長先生に相談したりもした。

”こんなんで授業始めちゃって大丈夫か”と。


この国は歩きが交通手段。
片道3時間くらいかけて朝6時くらいから歩いてくる生徒もいるくらい。
家庭状況もさまざまだったり…
家事を女の子だからといってやらせる親もいて、なかなか出発できなかったりとか
っていうのも事実としてあるみたい。学校だからーとか、そういう面での意識改革
は難しいよう。遅刻と一口に言っても、日本と同じわけではない。いろんな要素が
絡まっての遅刻。ある意味仕方ないものなんだろう。それでも毎日学校に通うのを
楽しみにしてみんな学校に来てるようだ。


そんなわけで先生たちも遅刻を容認しているようす…



中には家がめちゃめちゃ近いにもかかわらず堂々と遅刻してくる子たちも…。
そういう子はこっそりさりげなく教室に入ってくか、それか見つかって雑草刈りを
させられてるか…そのあたりは昔の日本と変わらないなあなんて思ったり…



子供たちはちゃんと髪をセットしてくる。
髪は女の子はみんなきちんと編み込んでくる。
編み込み線が頭にいくつもいくつも…これがこの地の清楚なあるべき姿。
ちゃんと髪をセットできてない子は、
「髪をちゃんと編んできなさい」
と怒られて家に帰されることもあるよう…そういうところは厳しいんだなと感じる…







そんなかんじで始まった学校生活。
いろいろと思ったことがある。
まず思ったこと。それは「先生の質」についてだ。



職員室で授業に行くのを忘れていつまでもおしゃべりしていたり、寝ていたり。
トイレに行くと告げたきり、そのまま教室には帰ってこなかったり。
生徒と一緒に椅子に座ったきり、おしゃべりしかしなかったり。
休みまくる先生もいるようだ。そもそも俺が臨時に来てるにもかかわらず、
ほとんど毎日フルコマで授業に入らなきゃいけないってどういうことなんだろうか。


幼稚園の先生たちもいろいろと問題があるように感じた。
まず、なんかこわい。。。
子供たちが笑顔にならないのにはちゃんとした理由がある。
ダンスだと言って、無理やり子供たちを円に並べて強要する。順に円の中に突き出
して、手を叩くのとジャンプをするのを無限にやらせっぱなしにしていた。そういうこ
とをさせている割には自分たちは子供たちをほったらかしにしておしゃべりをひたす
らしていたり。


もちろん全員が全員こういう先生というわけじゃない。中にはまじめな先生もいる。
でも、こういうタイプの先生たちの方が多い。そういうふうに感じた。



こういう状況であっても、ここの学校は比較的優秀な方であるため政府からの援助
が来ているという。政府からの援助がないようなところの学校となると、どんなふう
になっているんだろうか?想像ができないなと思ってしまった。


(幼稚園の生徒数十人を一手に引き受けさせてもらったときの写真。ちっちゃく
群がられると怖いくらい。たまに転倒させられたりもしてた笑)







”先生たちはよくない。先生にはなりたくない。”



生徒から聞いた言葉。
これを聞いたときショックだったけど、ある意味納得できてしまった自分もいた。
確かにこういう先生だとなあ……

子供たちにちゃんとした方向性を示してあげられる先生が少ない。正しい道を
示してあげられる先生、大人が少ない。勉強していくとどうなっていくのかとか、
どういうふうにして自分の道を切り開いていけるのかとかそういうことを語れる
先生が少ない。



そうした先生による教育は生徒へも波及しているように感じた。


中学生になっても自分の国シエラレオネがアフリカのどこにあるかも知らない。
中学生になっても四則計算がまともにできない。中学1年生120人くらいに簡単な
テストをしてみたけど95パーセントくらいの生徒は日本の小学校1年生レベルくらい
のものでも危うかったりする。掛け算をすることになったとき、全員が一斉に紙に
縦棒を書き始め、それを1本ずつ無限に数え上げようとしたこともあった。筆算の
やり方を丁寧に黒板に書いて教えてみんなで解いたときは拍手も巻き起こったり
した。




生活面でも問題があったりする。
去年は高校生女の子40人のクラスのうち17、8人が妊娠をしてしまったという。
そしてそのまま結婚、出産。
戦前は大丈夫だったらしいけど、戦後になってそういうことがゆるくなってきている
ようだ。高校まで奨学金をもらいながら勉強しているにもかかわらず、結局順序を
踏まないがために、”職をもたないお母さん”でとどまってしまうケースも多かったり
する。たとえ子供たちが志をもって、将来何になりたいとかの希望をもっていたと
しても。


そんなこともあってか、学校には

”コンドームを使え”
”女性用のコンドームを使え”
”セックスなんかするな、勉強に集中しろ(男の子と女の子が無視しあうポスター)”

といったようなポスターがそこら中にはりめぐらされていたりもする。
ポスターは貼っているけど、性教育だとかそういうことも徹底的にしているのかな?
と疑問に思ったりもしてしまう。




"教育は大事だ!"

そう切実に思う。ただ受けられればなんでもいいのかと言ったらそういうものでも
ない。ちゃんとした先生の下で正しい教育が生徒に施されていかなければいけない。
今回の経験で感じたことはそういうこと。就学率が何%だから安心だというふうには
一概に言えないのだろう。就学率があがるのは教育の機会があるという点でいいこ
とだけど、ちゃんとした教育が施されているのかというところまではわからない。

授業の質という点でみてもだけど、まじめな先生による授業であっても、ちょっと
こんなんじゃ生徒は理解できないんだろうって思う節も多く見受けられたりもした。
技能的な面でも教師の質はまだまだなのではと思った。


しかし、驚くべきことにこうした環境においても教育の機会をしっかりと利用し、
将来に実業家になったり国連の職員になったりという人もこの小さな町にはいる。
教育の質がもっともっと高まれば……将来の幅はもっと多くの子供たちにもたらさ
れるはず。


意欲のある子供たちだ。


だっていろんな事情で遅刻をしながらも毎日毎日学校に元気に来てる。


中には3時間くらい歩いて大変な思いをしてまでくる子もいるくらいだ。






今シエラレオネでは日本の独立行政法人JICAのプログラムとして「先生教育」が
1部の人たちに行われている。アメリカのボランティア団体Peace Corpsからはこの
学校に2人の先生が来ていて教えている。授業を見たことあるけど、すごい活気が
あり、熱意のある先生によって教えられていたのを見た。


教育先進国ができることってこういうことだと思う。
そしてもっとどんどん広まっていかなければいけないと思う。子供の多い国には
それに応じて先生が多く欲されている。日本の先生ももっともっとそういったところ
へ出て行ってほしい。途上国への金の援助は、金がどういう形で使われていくか
細部までわからず闇に消えていくことが多い。こういったかたちでの援助は金じゃ
なくて精神的な援助だ。そしてそれこそが尽きない援助になると感じた。



やる気のある子供たちに質の高い先生と教育を。


学校の就学率は必ずしもよい教育が受けられているかの率ではない。



学校という1つのコミュニティがあるだけで子供たちはより多くの同年代の子供たち
に会いに行くことができるから、それだけで学校の存在意義はあると思う。乗り物
もない、自分の足しか移動手段がない原始的な環境の国では、実際に2ヶ月生活
してみてわかるけど思った以上に自分の行動範囲が制限される。会いにいける人
も制限されるだろう。そういう環境の中だから、学校があり、通えること自体が価値
をもつ。でもどうせ学校という機会があるなら、教育をもっと充実させてほしい。



”金だけでなく汗を流せ”


先進国にとってこういう状況下でまさに言えることなのではと思った。
こうした状況が世界にはたくさん存在するという現実を教育に従事する方、これか
ら教育に従事することを志している方には広く知ってもらいたい。











今日も最後まで読んでいただきどうもありがとうございます。





おわり。