混乱する。
思えば黒人社会で生きていくのはこれが自分にとって初めてだ。
オレは大丈夫。
特別視なんかはしていない。
黒人差別なんかするわけがない。
でも思った。
特別視してるのはむしろ向こうの方なんじゃないか…??
もちろん皆が皆じゃない。
Apegisu村。
首都のアクラからは200㎞くらい離れた一つの村。
自転車の旅でたどり着いたひとつの村…
Emanuelをはじめとする皆が村を訪れたことを歓迎してくれたんだ。
Emanuelは貧しく学校も中退。
支援を必要とする村の人たち。
”日本のNGOの人にこの村の現状を訴えてくれないか…”
そういう人たちこそ親切だったりする。
一切のことに金を払わせてくれないんだ。
自転車の旅に疲れた僕たちに寝床を提供してくれた。
ご飯から、酒から、何から何まで手をかけてくれたんだ。
でも多くの人は
”白人”=”金をもっている”
そういうくくりで自分タチを見ているような気がしてならなかった…
なんでもぼったくろうとしてくる。
ただの見知らぬ人間がぼったくろうとしてくるのは構わない。
”オレ”=”観光客”
金をとる対象としてみるのは当然のこと。
そんなのはガーナに限ったことではない。
これまでにもどこでも経験がある。
そんなのはインドでもエジプトでもどこでも…
なんでもない…
混乱したのはKojo…
”彼”だった…
とある有名SNSで知り合った彼。
アクラでは1週間近く行動を共にしていたんだ。
タクシー代、食事代…
何から何まで彼が金を払ったことは一度も見たことがなかった。
いつもオレか、同じタイミングで彼に会いに来た(彼女もまたSNSで知り合った。)
イギリス人のアンジェリーナが払わなきゃいけなかったんだ。
自分の食べる分くらい自分で払えと思う。
お金を出してあげてもいいと思う。
でも、いつもいつもお金を出させることを普通に何のためらいもなく
してきたことが理解できなかった…
だから心の中で批判したんだ。。。
”金をもっている日本人”
”俺たちの分まで出すのは当然のことだろう”
そういう思考回路をもっているようにしか思えない。
だから、ひたすら混乱したんだ…
彼は家を提供してくれた。
寝床を提供してくれた。
ガソリン代は負担、オレ自身が使わない、ネット代もどうしても
貸してほしいというから払った。
VISA申請のこと、次に行くことになっているシエラレオネで生活していく
ために必要な買い物だとか…
彼は適当なやつだったけど、できる限りの協力をしてくれた。
だから自分の中でとりあえず結論付けていた。
”これだけオレのためになんかしてくれてる。だから目をつむろう。
一緒にいる時間はそんな長くないんだし…”
でも混乱はひたすらに続く…
オレが我慢できなくなるほどに…
”CDがほしい”って言った。
彼が彼の友人に頼んで持ってきてもらった。
1枚10セディ。
後から知ったんだけど、現地人の5倍の金額だった…
友人にこのチャンスに稼がせようとしているようにしか見えなかった…
ガーナを去る前日。
去るんだから、皆にビールをおごれって…
その日初対面だった3人を含んで。
”当然おごるんだろう”
”金もってる日本人はおごるのは当然なんだろう…”
そういう目つきにしか見えない。
そういう雰囲気を出してくる連中。
彼が”強制ではないよ”
一言いれた。
オレの空気を察してくれたのかな…?
断った。
そう彼が言わなくても断っていた。
”どうして見たこともない連中に酒をおごらなくちゃいけないんだ…”
”そしてどうしてこいつらは知りもしない人間からおごってもらうのを
当然のことと捉えるんだ…”
ちょっと仲良くなったタクシードライバー(彼の友人)。
仲良くなった間柄でぼったくろうとしてくる。
昨日と比べて値段が明らかに2倍、3倍にはねあがっている…
冗談だと思ったけど、そうじゃないことがわかる…
もううんざりだった。
理解ができなかった。
いい加減、この地で自分という人間が一人浮き彫りになっているうような気さえ
したんだ…
いらだちを隠しながらも談笑し、彼の言った金額を無視して
昨日と同じ金額を渡して車を去る。
追ってこない。
やつだってわかってる。
値段が法外なこと、ちゃんとわかってる。
だから追ってこない。
”生きにくい”
そういうふうに思った。
知り合いの間柄でこんなこと当然にやってくる。
この世界は”生きにくい”って思った。
20歳だから…
若いから…
通用しないんだ。この外の世界で…
あくまでも”1人の金のあるやつ”だって思われる。
1人の人間として言動が問われることを改めて自覚する。
その上で
”生きにくい”って思ったんだ。
白人と現地人とで値段が違う。
地域にもよったりだけど、オレのいたところはそういうところだった。
少なくても周りにいた連中は”そう然るべき”って考えてた連中だった。
”Kojo”
ガーナを去る前日、同じタイミングで彼に会いに来たアンジェリーナ
から聞いた。
彼は路上で生まれた。
生まれながらにして家がなかった。
両親がホームレスだった。
泣いて育った。
飢えを知っていた。
教育を受ける機会は結局一度もなかった。
今はダンスと、ドラム(アフリカン太鼓)を売る仕事をしてるみたい。
1週間一緒にいて仕事をしているようすは見たことがない。
結構フラフラしているようにしか見えない。
収入は本当にわずか。
でもその収入のほとんどは近所の子供たちにあげてしまう。
自分の取り分はほとんどないんだ。
とあるSNSの彼のプロフィール写真。
子供と一緒に写ってる最高の笑顔。
オレもアンジェリーナもその笑顔に惹かれたんだ。
彼が留守にしている間、彼の停車しているバイクに別のバイクが
突っ込んだことがあった。
バイクは転倒。
突っ込んできたやつはそのまま逃げるようにしいていなくなった。
そのことを彼に告げると、その突っ込んできたやつのことを心配した。
その時、結局彼は自分のバイクを大して確認もしなかった。
”そういうものに無頓着なやつ”
適当なんか?
そう思ったことを思い出す。
ガーナを去る最後の日。
ダンスを見せに連れてってくれた。
”ガーナでやり残したことは何もないか?”
1週間前にダンスが見たいって言ったこと、ちゃんと覚えててくれたみたいだ…
そんな彼の、人を気にかけることができる様子、自分のことはあまり考えない様子…
そんなものを感じて、
「結局、金にこだわってたのはオレだけだったのか…?」
そういうふうに思わされた。
別れる前日の日になってようやく…
”金”
2年間必死になってかき集めた金。
週5の夜勤とかも乗り越えてかき集めた金。
この1年間の資金。
無駄にする必要はない。
別にばらまく必要はない。
意味もわからず寄付に出す必要もない。
そうするのはバカだなって思う。
自分の金なんだから、大切にするのは当然だ。
でも
”自分の金は自分だけのもの。1円だって他人にあげない”
みたいな小学校5年生のときの緊急クラス会議で注意されたそんな
価値観にしばられる必要はない。
どうしても納得できない。
そんなケースに無理する必要はない。
でも時に思うんだよね…
必要としてる人のところに金がいけばいいな。
自分の金がたまにいってもいいな。
寄付とか公の間柄じゃなくて、もっと私的な間柄で。
どういうケースがよくて、どういうケースが悪いとか…
そんな定義なんてない。
だから、その都度戸惑いとか自分の中に生じることがあるんだ…
難しい…
とにかくなんかうまく説明できないや…
でも
”自分自身の哲学に基づいて自分の金を使おう。”
そう思ったんだよね。
これまで5か月旅をしてきたからこそ、いろんな世界をみてきたからこそ
感じとれたこと、そして結論づけることができたことなんだと思う。
日本にいた頃には経験できなかった新しい世界。
実体験だからリアルな世界。
今日も最後まで読んでいただきどうもありがとうございます。
おわり。