昨日、親から電話が来て、祖父が逝去したと伝えられた。
日付が変わった本日、実家へ帰省して準備をして、さらに親の実家の町へ行き30日に通夜。
5月1日にお葬式。
おじいちゃんが100歳の時に会いに行ったのが最後になってしまった。
あれから5年は経っただろうか。
大往生だったと思う。
100歳になったら内閣総理大臣から賞状を貰えるのを、初めて知った。
あの時の内閣総理大臣は野田佳彦だった。
自民党が野党だった珍しいタイミングの100歳の賞状。
自慢のおじいちゃんだ。
私が幼い頃は、ひょうきんで、よく笑わせてくれた。
私が20歳の時に、おじいちゃんは、
『知恵は持っているだけではだめだ。
知恵は使わなければ意味が無い。
知恵はお金に変えなければだめだ。
お金は持っているだけではだめだ。
お金は使わなければ意味が無い。
物事には意味があり、何事も行動しなければ、その意味が現れない。
意味を見極め、使い道を誤ってはいけない。』と。
成人20歳となった私に初めて、大人な話をしてくれた。
この言葉の意味が深くて、理解するのに、かなり年月を要した。
そして、この言葉は私の人生の場面で所々思い出される金言だったと解った。
おじいちゃんは凄い。
時代が変わっても、通用する真理を孫の私に真剣に伝えてくれた。
私は孫なので、わからなかったが実際のおじいちゃんは自分の息子・娘達には厳しかったらしい。
私が物心がついた時は、ほとんどの息子・娘達が結婚していたので、厳しいおじいちゃんを知らない。
私が幼い頃は、ひょうきんなおじいちゃん。
私が成人してから、ひとりの大人として接してくれたおじいちゃん。
100歳の時に会った時は『あまり長生きすると息子や娘達に迷惑ばかりかけるから、そろそろいかないと申し訳ない。』と言っていたのが胸に刺さって、それ以来おじいちゃんが元気かどうか毎年、親に様子を聞くようになった。
おじいちゃんは、いつも自分より周りの人々を大切に思っていた。
100歳越えても車椅子は使っていなくて、杖をついて自分の足で歩いていた。
少しでも周りに心配させないという気迫か、大病にもならなかった。
正確には大腸癌を患っていたけど、発症した年齢が年齢だけに癌細胞も成長出来ず、手術で摘出するまでもない状況だった。
昨日、何が原因で亡くなったのかは、まだ詳しく聞いてないが、容態が急変して亡くなったらしい。
おそらく、それまでは普通におじいちゃんの毎日を過ごしていたと思う。
何かあったら困るので施設には入ってはいたけど、介護があまり必要ではない珍しいおじいちゃんだった。
私は100年生きれる自信は無い。
実際に100年生きてる人を見ると、とてもたどり着けそうにない。
100年生きれるというのは、ある種、次元を越えた感じがする。
そんなおじいちゃんも、ついに逝ってしまいました。
覚悟はしていたけど、やはり悲しい。
偉大な人には、いつまでもいて欲しい。
しかし必ず死は訪れる。
その師たる存在の死を乗り越えて生きなければならない。
だからこそ、お通夜とお葬式にはきちんと出たい。
大好きなおじいちゃん、ありがとう。
ちゃんとお別れしないと。
おばあちゃんが亡くなって20年以上、おじいちゃんは、ちゃんと仏壇を護っていたね。
おじいちゃんはおばあちゃんに会いに行く準備をしないとね。
だから、ぼくらはそのお手伝いに行くんだ。