長野北部地震の様子が明らかになって来た。

この地震による死者は奇跡的にいなかった。

住民の話を聞いていてやはりと思ったことが有った。


同じような事は阪神大震災で震源地の淡路島で有った。

この時も倒壊軒数に対し、死者の数が非常に少なかったと思う。

共通していたのは、住民がいち早く助け合い倒壊家屋から、下敷きになった人を救助したことにある。


下敷きになったまま何時間も閉じ込められると、体力消耗や精神的ショックから命を落とす人が多くなる。

救出は早ければ早いほどよい。

災害時には救急やレスキューは対応が多すぎ、助けに来ると思わない方が良い位だ。

自分達が助け出す必要が有る。


淡路島も消防隊や警察が派遣される前に、殆ど住民の手で救出が終わっていた。

今回の白馬村も同様で、朝までには殆ど救出は終わっていたようだ。

組織もしっかりし、緊急用として住民は携帯電話番号まで区長に伝えて有ったので、無事かどうか確認でき救出に至ったようだ。

実際にテレビカメラの前で、住民たちが倒壊した建物から、親子を救出する様子も映し出されていた。


ところが都会ではそうは行かない。

隣にどんな人が住んでいるか分からない場合も多々。

組織が有っても機能できないところが多いのでは。

自分の住んでいる町内会も、防災のシステムは有る。

防災倉庫も有り、非常食や建物倒壊に備えての救出道具は揃えて有る。


緊急時助けの必要な家庭は、事前に申し出を受けているので非常時にはその家に向かう事になる。

自分も二軒隣の老人を助けることになっている。

ただこれらの情報を出すのを嫌う人もいて、個人情報の観点から全容の把握はなかなか難しい。


それでも同様の事が起こった場合、混乱するのは間違いないだろう。

数軒でも倒壊すれば、確認に手間取るは必至。

ましてや倒壊した家に余震の中、潜り込んで救出する事など、素人に出来るのだろうかとつくづく思うのだが。

火事場の馬鹿力のことわざにあるよう勇気が湧き、怖さも忘れてしまうのか。

これだけは実際に経験しないと分からない事だ。

経験しない事に越したことはないのだが。