パキスタンでイスラム過激派に銃撃され、奇跡的に回復したマララさんが国連で演説を行った。
16歳とは思えないほど、立派で堂々としその話には感銘を受けた。
イスラム圏では女性の立場が、非常に低いようだ。
女性に対する教育は、問題外と言う環境だ。
教育に受けている女性に対し、過激派が容赦なく攻撃を加える。
彼女が通っていた学校は、一時校名の前にマララと入れたそうだが、攻撃されると言う事で今は名前を外したようである。
それだけイスラム圏で女性が教育を受ける事は、命がけで有ると言う。
マララさんの襲撃以後も、女子高校生の乗ったバスが襲撃され、多くの犠牲者も出ているようだ。
そんな中で、教育の必要性を訴える彼女の強さに、感心させられた。
貧困で教育が受けられない、宗教上で教育が受けられない等、原因は色々有る。
教育を受けられない事は、貧困と言う負の連鎖につながる恐れもある。
先日テレビを見ていたら、ニューギニアの奥地の原住民の生活様子を放送していた。
まだ狩猟生活をしている様な場所である。
その中で、幼稚園くらいの子供が教育を受けていた。
学校と言っても掘立小屋。
机やいすはもちろんの事、教材も無し、子供たちは木の枝で、学校の土間に文字を書いている。
何の勉強をしているのか良く見ていると語学、それも英語教育である。
日本ではやっと小学校から英語教育を始めようと言う考え。
ニューギニアの奥地でも何とか国際人を育てようとしていると思うと、日本の取り組みは遅い。
パキスタンやニューギニアに比べ、日本の教育環境は整っている。
日本でも教育を受けられず、貧困の連鎖を断ち切るための取り組みも始まっているようだ。
もっとも教育は上から言われてやる事では無く、自分から進んでやる気が無い限り、結局身に付かない。
しかし海外では、ともかく環境作りの方が重要なようだ。
マララさん、ノーベル賞候補に挙がっているようだが、テロ組織に狙われながら発言するこの勇気、十分に値するだろう。
日本の様な教育環境に恵まれた国、この教育の機会を自ら捨てる事は無いと思う。
教育は何も、高校や大学に行く事だけでは無い。
中学校だけしか出ていないが、独学で勉強し尊敬できる人は回りに一杯いる。
勉強できる環境の有難さを、再認識させられた演説だった。
