ローマ法王が決まった。

キリスト教信者で無い自分には関係ないものの、世界で12億人もいる信者の頂点である。

その面では世界に影響を及ぼすのだろう。


35年位前にバチカンに行った時、ちょうどコンクラーベの真っ最中。

煙突から白い煙が出たら、新法王が決まった瞬間と聞き、待っていたが決まらず。

翌日に決定、現地の新聞は当然1面トップの大騒ぎ。


この法王の座を巡っては、聖職者らしからぬ争いが有る。

35年前はパウロ6世が不審死、そしてコンクラーベが行われた。

この死に対しては暗殺説もささやかれている。

そしてヨハネパウロ1世が誕生。

ヨハネパウロ1世はわずか1か月余りで、同じように不審死を遂げた。

全てが密室の為、謎だらけだ。

TOMのブログ

海外の事はさておき、昨日復興について書いた。

中でも気になっているのが、気仙沼の市内に打ち上げられた、第18共徳丸と言う船である。

今瓦礫が処理され、逆に言えば震災の悲惨さ示すものは段々少なくなっている。

その中で300トンも有る船が町の中に流され、津波のすごさを身をもって判らせる。


この船を巡っては住民が保存と取り壊しで意見が真っ二つだそうだ。

自分たちの住宅がこの船によって、壊されていくのを目の当たりにして、やりきれない気持ちになるそうだ。

部外者には判らない気持ちかもしれない。

だが、自分としては残して欲しい気がしてならない。

悲劇の現場と言うのは、残して置かないとその恐ろしさはいつしか消えてしまう。

自分の経験でもある。


長崎が原爆を投下され、甚大な被害を蒙った。

その恐ろしさを伝えていたのが、浦上天主堂だったような気がする。

原爆資料館も有るが、写真等の展示物より訴えるものが大きかった。

数年に一度、親に連れられて長崎に行ったが、毎回のように必ず一人で浦上天主堂に行き、原爆の恐ろしさを小学校時代の自分は植えつけられた。


しかし、今はその天主堂は修復され、昔の面影は殆ど無くなった。

同時に恐怖心も無くなったような気がする。

今原爆の恐ろしさを外から見て伝えているのは広島の原爆ドームだ。

東京空襲も多くの方が犠牲になったが、語り継がれるだけで、やはり悲惨さを目にするものは無い。

資料館も良いのだが、外からいつも警告をもらう何かが欲しいものだ。

目にするのと、聞く違いの大きさ、感じるのは自分だけなのか。


この船が逆に復興の起爆剤になればいいと思う。

今はまだ不謹慎な言い方かも知れないが、各地から見学に来る人に津波の恐ろしさを伝える資料として利用し、駐車場の整備や施設に付随したお土産屋とか、三陸で獲れる海の幸の食堂とかが立ち並び、賑わいの一歩となれば良いのにと思うのだが。

ただ維持するためのコストを、どうするかと言う問題も有るのだが。

まずは保存に住民の納得が得られるか否かだが。