桜宮高校の、体育学科の入試中止に対して、小倉智明氏と橋下大阪市長がバトルを繰り広げている。
小倉氏は体育学科の入試の中止は、スポーツを目指して来た子供たちの将来を奪うと危惧している。
それに対し、橋下氏は今回の暴力事件以外にも、学校そのものの在り方に問題があり、先生の入れ替えと、体育学科の入試中止を望んだ言っている。
両者の言い分にはそれぞれ一理ある。
だが、最近自分もこの学校の教育の在り方には疑問を持っている。
教育委員会で、入試をやるか否かの議論をしているとき、市役所にクラブの主将が集まって、入試を続けてほしいと要望していた。
勉学に集中していなければならない時に市役所に集まるとは不思議であった。
多分親か先生かマスコミかの入れ知恵があったとしか思えない。
そして、橋下市長が中止の理由を高校に説明に行った後、ツイッターに在校生からと思われる不穏当な記載があった様だ。
内容は教育を受けてきた生徒の発言とは到底思えない。
スポーツは出来ても、人間形成としての教育は全く出来ていないことが明らかになった。
本人は削除したようだが、更に周りからの反発を招く結果となった。
一方でその後も、在校生から学校に行くのが怖かったとまでの意見も出ている。
この在校生は入試が中止なって良かったとまで言っている。
クラブをやめることは退学を意味するとまで言われ、体罰を受け入れるしかなかったと言う。
これが教育と思ってしまう。
小倉氏の番組こういう問題が有ったことをどこまで取り上げたか、番組を毎日見ていないので判らないが、スポーツ以前の学校の在り方の問題であるのは間違いない。
どうも大阪の教育制度は他県と違っているという。
自分も、体育だけの専門高校が有るのかと驚いた。
体育だけに限らず、数学だけだとか物理だとかそういう専門高校が大阪には有るらしい。
そのため、専門の先生が偏っており異動も簡単では無いらしいとか。
自分の時代は、普通科が主で商業、工業と水産高校等があったが、一つの得意分野で入れる高校は無かったように思う。
精々野球位でそれも私立だけだった。
高校時代は人間形成として一番大事な時期だと思う。
スポーツが出来ても、人間が出来ていなければ何もならない。
この制度そのものが悪いわけではないと思うが、スポーツだけに特化すると当然学校の名声を上げるためには勝つのが第一主義になる。
今回は先生の暴力から問題が発生したはずだが、その後の生徒の動きを見てやはりこの程度の学校だったのかと思うし、先生の指導の在り方に疑問を感じてしまった。
高校野球でも同じように勝つ事が至上主義になっているが、春の大会では努力を認める二十一世紀枠が有る。
日頃の努力に報いるためのこの制度、ほかのスポーツにも取り入れれば、勝つだけが感銘を与える訳でないことを証明する良い制度だと思うし、他のスポーツにも取り入れた方がいいと思うのだが。
