国会の原発事故調査委員会の報告が出来上がった。
報告には、東電や国の対応の不備が有り、人災であると結論付けている。
しかし、この人災であると言う結論が有るとすれば、責任問題が当然出てきても良い。
ところが、責任論の話が一向に出て来る様子が無い。


人災である以上、人が起した災いで有り、起した人には責任が有る。
原発事故では当事者の東電と、監督官庁である保安院、そして事故対応に当たった政府、全てに有ったと記されている以上、全てで責任を取らなければならない。
事故当時の責任者ばかりでなく、歴代の責任者も対象となるかも知れない。
責任に見合うだけの給与を払っている訳で、職責が有る以上、責任は免れないはずである。
日本の場合、白黒を付けるのが苦手で、全て曖昧にしようとする。


特に企業のトップや役人、政治家は取りたがらない。
交通機関で事故が有っても、その当事者だけで済ませ、話を終わらそうとする。
中小ならトップまで行くが、大企業だとトカゲのしっぽ切りで終わる。
今回は事故調でさえ、何かうやむやにして終わらせたようにしか思えない。


先日石川遼選手が、試合中突然写真を取っている人を指差し注意した。
今まででも注意はするが、映像を消させるまでの言動は日本では珍しい。
石川選手はアメリカツアーに参戦しており、物事をハッキリ言う事を、
海外で学んできた結果であると思う。
海外では写真を撮ると、その場で注意をされ映像を消去させられると言う。
日本では、注意はしてもそこまでする例は少ないようだ。


日本人の場合グレーでも、曖昧でまあまあで済ます。
それが一見、美徳と見らている面もある。
これは誰もが被害に遭わず、問題無ければ良いが、今回は大事故で有る。
事故調もこの問題において、誰に責任が有ったのか明確にすべきだった。
しかし、最終的には日本人的曖昧さで終わってしまった。

この事故は日本だけの問題で無く、誰も責任を取らないとなれば、世界から非難を浴びるか、笑いものになる可能性も否定できない。

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