昨日千葉の「房総のむら」に行った。
2度目の訪問だが、ここで自分の持っていた不思議な悩みが解けた。
ここ数日前から小学校低学年の頃、住んでいいた長屋の間取りが不思議な形をしていたのを思い出し、なんでへんな形をしていたのだろうかと気になっていた。
房総のむら 再現の街並み
3軒長屋で我が家の部分が一番大きく、平屋で我が家部分だけでも30坪くらいはあっただろうか。
住んでいた時は既に古く、戦前の建物で昭和初期かもしれない。
先ず不思議だったのは1軒程の玄関の引き戸を開くと、いきなり3畳の畳の間が有り、突き当りと左に襖が有り、開けると両方が6畳ほどの部屋もう一つ6畳程と3部屋が有った。
その部分は客間として使い、当時のお偉方やアメリカ軍の幹部が見えた時等、親父が接待する時に使っていた。
客間から南と北の縁側が廊下として繋がり、奥に6畳の部屋3つと「かまど」の有る台所と食事の間が有り、それを使用していた。
トイレと風呂場は北側の縁側から廊下で繋がりはみ出していた。
夜ガラス窓が続く薄暗い廊下を、風の音やふくろうの鳴き声がし、トイレに行くのが怖かった思い出が有る。
房総のむら 農家
使い勝手と住み心地は最悪で、夏にはムカデが一杯、靴下や靴は確認してはく、服は一度はたいて着るが鉄則だった。
蛇が押し入れにいたり、天井の切れ目から恋人か夫婦か分らないが2匹で顔を出したりしていた。
屋根裏に住みついていたようで、ネズミを取り守り神と言って大事にされていた。
夜中には天井裏をシャーという音をさせながら這いまわっていた。
当時、蛇は家の周りいたるところにおり、普通で何とも思っていなかったが、今なら逃げだすだろう。
問題は玄関から客間の間取りだが、お城の間取りや今までの古い家の間取りとは似ているが、どことなく違っているように思えた。
昨日行った「房総のむら」で、前回見落としていた武家屋敷を見たところ全く同じ作りとなっているではないか。
屋根こそ瓦ぶきとかやぶき屋根との違いは有るが。
やっとここで、武家屋敷の間取りを真似して作った事が分った。
武家屋敷の玄関
この武家屋敷は「桜田門外の変」の映画でも撮影に使われたそうである。
房総のむらは映画やドラマの撮影に使われる事も多く、昨日も撮影が行われていた。
いずれにしても何で今頃くだらない事を思い出し、急に行きたくなった場所で、元が分ったと言うのは不思議だ。
2度目の訪問だが、ここで自分の持っていた不思議な悩みが解けた。
ここ数日前から小学校低学年の頃、住んでいいた長屋の間取りが不思議な形をしていたのを思い出し、なんでへんな形をしていたのだろうかと気になっていた。
房総のむら 再現の街並み
3軒長屋で我が家の部分が一番大きく、平屋で我が家部分だけでも30坪くらいはあっただろうか。
住んでいた時は既に古く、戦前の建物で昭和初期かもしれない。
先ず不思議だったのは1軒程の玄関の引き戸を開くと、いきなり3畳の畳の間が有り、突き当りと左に襖が有り、開けると両方が6畳ほどの部屋もう一つ6畳程と3部屋が有った。
その部分は客間として使い、当時のお偉方やアメリカ軍の幹部が見えた時等、親父が接待する時に使っていた。
客間から南と北の縁側が廊下として繋がり、奥に6畳の部屋3つと「かまど」の有る台所と食事の間が有り、それを使用していた。
トイレと風呂場は北側の縁側から廊下で繋がりはみ出していた。
夜ガラス窓が続く薄暗い廊下を、風の音やふくろうの鳴き声がし、トイレに行くのが怖かった思い出が有る。
房総のむら 農家
使い勝手と住み心地は最悪で、夏にはムカデが一杯、靴下や靴は確認してはく、服は一度はたいて着るが鉄則だった。
蛇が押し入れにいたり、天井の切れ目から恋人か夫婦か分らないが2匹で顔を出したりしていた。
屋根裏に住みついていたようで、ネズミを取り守り神と言って大事にされていた。
夜中には天井裏をシャーという音をさせながら這いまわっていた。
当時、蛇は家の周りいたるところにおり、普通で何とも思っていなかったが、今なら逃げだすだろう。
問題は玄関から客間の間取りだが、お城の間取りや今までの古い家の間取りとは似ているが、どことなく違っているように思えた。
昨日行った「房総のむら」で、前回見落としていた武家屋敷を見たところ全く同じ作りとなっているではないか。
屋根こそ瓦ぶきとかやぶき屋根との違いは有るが。
やっとここで、武家屋敷の間取りを真似して作った事が分った。
武家屋敷の玄関
この武家屋敷は「桜田門外の変」の映画でも撮影に使われたそうである。
房総のむらは映画やドラマの撮影に使われる事も多く、昨日も撮影が行われていた。
いずれにしても何で今頃くだらない事を思い出し、急に行きたくなった場所で、元が分ったと言うのは不思議だ。