「それでは、第2部門、レディースカットモードスタイルの表彰に移ります。まずは敢闘賞5名の発表です。」

俺は冷静だった。
ここでは呼ばれない。

そして第3位。
「俺じゃない」心の中で呟いた。
長崎県組合、川上美紀選手。
この競技に初めて出場した時から憧れていた数名の尊敬する選手の1人。
続いて第2位、準優勝は…

「俺じゃない」
今度ははっきりと声に出して言った。

兵庫県組合、西関誠選手。
川上選手と同じベテラン。一緒に同じ舞台でやれただけで光栄だった。

「そして第2部門、優勝者は」

そこから先はよく覚えていない。正確に言うと頭が真っ白になって、何がなんだか分からなかった。
なんかみんな泣いていて、俺の背中をバンバン叩いていた。
気付いたら表彰台の1番高い所に立っていた。

あそこに行けば幸せになれる。
あそこに行けば人生が変わる。
あそこに行けば、あそこに行けば…

あれ程憧れた日本一の表彰台からぼんやり見えたのは、家族と仲間の笑顔だった。
いつも一緒にいてくれた大切な人達のいつもの笑顔だった。

その時ふと気付いた。ここまでやって、やっと分かった。俺はなんてバカだったんだろう。

俺はずっとずっと幸せだったんだ。

いつもみんな一緒にいてくれて、応援してくれて、
たとえここに立ってなかったとしても、俺は幸せでいられたんだ。それを俺は何年も、眉間にシワ寄せて、チキショーチキショーって、悔しい悔しいって。バカだなあ。恥ずかしいや。

幸せとは、何かを得て手に入れられるものではない。結果を出さないと幸せになれないなんて事はない。

幸せとは感じること、気づくこと。
夢を達成しても幸せになれない人もいる。夢なんかなくたって幸せな人もいる。大切なのは、いつも一緒にいてくれる人に感謝する事。自分に起きる出来事に意味を見つける事。
人の笑顔の為に自分が笑顔でいる事。
時に全力で走る事。

幸せとは、なるものじゃなくて、
「いる」事。
二箇所ミスがあった。

終わってから気づく事。いつもミスする二箇所。仕方ない。俺は全力でやった。選手退場の際、心から感謝を込めて一礼した。
「もう選手としてこの場所に立つ事はない。結果がどうあれ、これを最後にする。今までたくさんの事を教えてくれて、たくさんの人と出逢わせてくれてありがとうございました。」競技場に礼をした。

後はモデルさんに任せる。笑顔、ポーズ、指示した事はない。「俺は日本一になりたいんです」それだけを伝え続けてきた。

モデルが審査場に移る。
ありえないくらいピンポイントのスポットライトの当たる唯一の一席。そこに、ともさんが立っていた。堂々と自身に満ちた笑顔で。
後で聞いた話だが、審査員が1人紹介される度に、目を見て微笑んで挨拶していたらしい。
審査員は16人。他部門は8人。

ともさんが勝とうとしていた。
俺は自分の全てを賭けてやった。ともさんもそうだったんだ。そして応援してくれてるみんなも全てを賭けて「見ていた」

審査時間終了。
会場の外に出た。先生を探した。恋人を探すように、走って先生を探した。
「お願いします」先生は「よくやった」とだけ答えてくれた。気のせいか声が震えていた。岩楯先生にお願いした。

岩楯先生。
人生を俺に賭けて指導してくれた岩楯先生。お願いします。
「いいよ。大丈夫だ。」

大丈夫だ。
大丈夫だってどんな気持ちで言ったんだろう。
俺は喜んで頂けるに値する大丈夫に聞こえた。岩楯先生は優勝するに値する大丈夫だったんだろうか。

それから、人を避けるようにウロウロして、1人の時間を過ごした。
祈っていた。
1人でひたすら祈り続けた。
「みんなが笑顔になれますように」

ウロウロしてたらやっぱり1人ぼっちでいる人に会った。加納壱生選手。
「もうこれ以上できません」と言って泣いていた。
俺も「俺もこれ以上できません」と言った。 2人で静かに泣いた。

俺達は東京代表だ。他の選手に弱気を見せてはいけない。

だから2人きりで静かに泣いた。
では、と言いまた1人になった。
そうこうしているうちに表彰の時間になった。
空いている椅子に座った。すぐに、隣に先生が座ってくれた。

表彰式が始まった。



なんであれ程冷静だったのか、今でも分からない。

教えてもらった事に忠実に。練習通り。アクシデントは起きない。
予想外の事が何も起こらない。

20日前に指令が出た100回練習。
「100回やったからって勝てるかは分からないし、そんな保証は無い。だけど100回終わった先に必ず何かがある」
と言われた。そんな事を本番中に思い出していた。

これの事だったのか。心の中で微笑んだ。ありがとうございます、ありがとうございます。

練習通り。練習通り。
練習通りやれば大丈夫だ。

だって日本一の練習をしていたから。
練習で日本一の作品を創り続けたから。

競技終了3分前。予定通り全ての工程が終了。残り3分間、ミスが無いか確認しながら時間を惜しんでいた。もうすぐ終わっちまう。

俺の競技人生。楽しかった。
残りの時間が愛おしかった。
大切に大切に、心を込めて。
感謝の3分間を過ごした。

そして俺の最後の競技が終わった。