こんにちは!

シャルカーンです。


この前、書いた記事↓


『赤ちゃんの頃の記憶①』こんにちは。シャルカーンです。最近、書こうと思って途中まで書いていると息子が起きたり暴れたりして書きかけのブログが溜まっています育児中でワンオペでも、きちんと…リンクameblo.jp


について


もう少し掘り下げて書いていこうと思います。





見出し


①具体的に、どういう記憶が残っているのか?



②その記憶を証明する証拠はあるのか?



③赤ちゃんの頃の記憶を息子の育児にどう活用しているのか?




①具体的に、どういう記憶が残っているのか?


ライラの子育てをする前は、私が覚えている一番古い記憶は、祖母の葬儀だと思っていました。

祖母の葬儀は、私が生後4ヶ月のころにありました。

具体的な内容は、長い会議机のようなものが並べられていて、そこに葬儀の参列者がみんな並んでいて、納骨しているシーンを覚えています。

机の両再サイドに並んでいる人が左から右に一人ずつズレていき、順番にお骨を拾っていました。

私の母は、喪主と忙しくしていたのか、何故か、私は、色んな人に抱っこされていました。

私を抱っこした人の中に黒人もいました。

納骨の順番待ちのとき、私は見知らぬおばさんに抱っこされていました。

そして、みんなが納骨する様子を見て

『なるほど。ああいうふうに、2本の長い棒(箸)を使って、あそこにある鉢から骨のようなものを取り出してあっちの入れ物に移すのだな。私の順番が来たら、私もやれば良いのだな。』

と、心の中で思って、おばさんの腕の中から、みんなが納骨する様子をじっと観察していました。

しかし、おばさんは、私の意に反して私を子ども扱いするのでした。

おばさん: 「まだお箸使えないもんねぇ〜。おばちゃんが一緒に持ってあげるね〜♡」

こんなふうに言いながら、おばさんは、私の手と箸を上から掴んで、無理やり箸を握らせたのでした。

私: 『箸くらい持てるし!馬鹿にするな!なんて失礼な人なんだ!やらせてくれないからできないんじゃないか。せっかく、みんなのやり方を見て、順番を待っていたのに、自分でやらせてくれないなんて酷い!』

私は、おばさんと納骨しながら、こんなことを考えていました。

もうね・・・
今、考えると、一般的に言われている生後4ヶ月の思考じゃないですよね。

でも、実際、そう感じていたのです。

だから、私は、よく言う、赤ちゃんはなにも感じないとか、まだ何もわからないとか、子どもは子どもらしいピュアなことしか考えていないみたいなものは、幻想だと思っています。

子どもを子どもとしているのは、周りの大人なんじゃないかと思っています。

どうやら、私の経験上、赤ちゃんは、お母さんのお腹の中にいるときに、すでに日本語は学習しています。


お母さんから出てきたあとも、日本語はわかりますが、まだ目で何かを確認したことはなかったため、物の名前は知っているけれど、どの名前が実際どれに対応するのか、まだわからない状態なのです。

感覚もそうです。

暑いとか寒いとか熱いとか冷たいとか、そういうのは、どれが暑いなのか?どれが寒いなのか?全くわかりません。

それなので、例えば、オレンジというものが食べ物だということは知っているのですが、オレンジとりんごとバナナを机の上に並べられたら、どれがオレンジか判別できないといった感じです。

オレンジのことをよく知る私たちには、あり得ないことですが、机のことを「あれがオレンジかもしれない」とすら、考えてしまいます。

そのせいか、自分から言葉を発せられるようになった息子のライラは、今、必死で、「これ、何だ!?何だ!?何だ!?」と、何だを連呼して、新しく見た物の名前と自分の知っている単語を一致させようと躍起になっています。

ただ、お母さんのお腹にいるのも短い間なので、日本語全部は、さすがに覚えていないのですよね。
実際には、生まれてから初めて聞く単語もたくさんありました。

だから、息子のライラも、生まれてきてから初めて聞く単語に驚いていることまあるかもしれません。

私も、最初は、なかなか単語を覚えられなくて苦労しました。

例えば、電気です。




乳幼児はベッドに寝ることが多いですよね。

仰向けになると、そこには、必ず照明器具があるので、それがすごく気になっていました。

寝る前に布団に入ると、母に、あれ何?と毎回聞いて、母は電気だよ〜。と答えてくれていました。

しかし、ある日、母にキレられます。

もうムキーむかっ 電気だってば!何回言えば覚えるの!?ドクロドンッ

みたいな感じで、怒られてしまいました。

デンキって、聞けば思い出すのですが、たったの3文字の単語ですら、聞き慣れない単語は、すぐ忘れるので、毎回、母に聞いていましたが、どうや、聞きすぎたようです。

いつも優しく答えてくれていた母がキレた。

その出来事が衝撃的すぎて、私は電気という単語を覚えました。笑い泣き

その後は、デンキが思い出せなくなったときは、母にすぐに聞かず、なるべく自分で思い出すように努力するようになりました。

そして、1人でも電気を思い出せることがわかりました。


そんな私ですが、息子ライラの子育てをしていたら、生後4ヶ月以前の記憶があることも判明しました。

例えば、まだ寝返りが打てなかったころの記憶があります。

ハンドリガードしていたのも覚えています。
まだ自分の手が自分の一部だと分かっていなかったです。さらに、自分の手を目で見るとそんな形なのだということも知らなかったです。

時々、寄り目にすると自分の鼻が見えるのも気になっていました。とても邪魔でした。

寝返りも打てないので、とにかくずっと仰向けで天井ばかり見ていて、時々、視界に母や親戚が現れるのです。

その頃は、とにかく、一日中、暇なので、誰かがあやしてくれるとすごく嬉しかったのを覚えています。

例えるなら、入院して寝たきりのときに、ときどき看護師さんがやってきてバイタルチェックしてくれるときみたいな心情でしょうか。

1人で病室で動けないときは、人に会えるとすごく嬉しくなりませんか?キラキラ
そんな感覚でした。

それなので、人が顔を見せるたびにニコニコしていたと思います。

また、あるとき、上の兄弟の保育園の保護者会に同伴していったときに、どこかからかメリーを出してきてもらいました。

私は、そのメリーのようなおもちゃは、初めてでした。

ジムタイプのメリーでした。

仰向けに寝かせられて、メリーを上に置かれた時は、潰されるかと思って怖かったですが、よく見ると、パン食い競争のパンのようにおもちゃが何個も吊るされている!

うちは母子家庭だったので、普段、家で遊べるおもちゃが少なかったのですが、メリーは、なんと
おもちゃが何個もついている!

とっても豪華なおもちゃだと思いました。

これで遊んでいいって。よかったね。

と、母が声をかけてくれて、本当にこれで遊んでいいの!?と嬉しくなって、遊ぶことにしたのですが・・・


メリーって、おもちゃに手が届かないんですよ!

手を伸ばして、身をよじって、やっとのことで触った!と思ったら、指先だけで、ちょっと揺れるだけ。

本当は、掴んで取りたいのに、すごく歯痒かったです。

触れそうで触れないメリーのおもちゃを必死になってずっと狙っていたと思います。

イーヨーみたいな人形があって、それを狙っていたと思います。
それなら、取れそうな気がしたのですが、無理でした。

メリーでジムタイプにしてまだ手が届かない時期って、息子のライラを見ていたら生後5ヶ月未満なんじゃないかなと思います。

そんなころも、ひとつひとつはっきりと意識があって覚えているのです。


おっと、ここまで長くなってしまったので
見出し②と③は、別の記事で書こうと思います。

子育てが忙しく、今度は、いつ更新できるかわかりませんが、また興味のある人は、読んでみてくださいね。

赤ちゃんて、こんなこと考えているのか!と新しい発見になったり、うんうん。自分も覚えてるよ!と共感したりしてもらえると嬉しいです。



おわり。


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生後1ヶ月から1才半まで使える!

息子が1才になる前は、スイマーバで湯船で遊ばせて疲れて、お風呂から出るとグッスリ寝てくれるし、入浴中、ずっと息子を抱えているのがキツい日なんかは、スイマーバありがたかったです。

看護師の友達が毎日使っているよ〜と言っていたので気になって買いましたが、これは買って良かったです。

スイマーバのおかげなのか、ライラは、大人の手を借りずに一人で水の中を歩きまわったりするのが今でも好きです。

わりと早いうちから、お湯に慣れていたと思います。

そういった意味でもいいのかな〜なんて思いました。

ただ、着用中は、目を離してはいけないと説明書に書いてあるので、気をつけて!
うちも、一度、ライラがボディリングつけたまま勢いよく跳ねて転覆しました。すぐに助けましたが、もし、大人が見ていなかったら危なかったです。

なんでも事故に気をつけて正しく使わないと危ないですね!