昨日の「精算」という
テーマでお話をする中で
「自分に投資して学んできたけれど
なかなか芽が出ないことが辛い。
もう諦めなくてはいけないのか?
少し離れた方がいい気もする。
でも、ここまでやってきたものを
損切りするようで決断しづらい」
そんな気持ちがあるなら
一度、整理してみるのも
いいかもしれません。
という内容の
2026年から2027年への
流れについてお話をしました。
これ実は
私自身も何度も感じてきたことなんです。
また
一度離れるからこそ
「戻ってくるルート」が見えてくることが
実際あります。
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先日
とある芸を自分も披露して
人の芸を見る機会がありました。
そこで久しぶりに感じたのが
自分の「凡人感」でした。
私、「芸」に関しては
天井があるというか
凡人感というか
「普通」なんです![]()
大好きでも
飛び越えられない線が
見えてしまうんです。
なので
人の楽曲を演奏するとか
歌が好きで歌を歌うとか。
そういう世界の中では
実は「自分であること」が
できないのです💦
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ある芸能事務所の社長さんに
「荊棘の道だねー🌹」
と表現いただき
「そうも見えるな」
と感じていました。
こう書くと
「え? 歌っているよね?」
と思われる方も
いらっしゃいますよね。
もちろん
私は歌うことも音楽も
子供の頃から大好きです。
一生、憧れ続けるもの
だと思っています。
でも
「音楽家として音楽を聴いてもらう」
私が求められている場所は、
たぶん、そこじゃないようで![]()
今の私を知っている人は
当たり前のように
感じられるかもしれませんが
私自身は
学生時代に
センスの無さを
痛いほど味わったからです。
当時の私は
「演奏の神様に選んでほしい。
でも、選ばれなかった」
という挫折を
かなり強く持っているんだと思います。
音楽がずっと好きで
音楽を追いかけて
人並みに勉強もしてきた。
でも
「音楽を演奏する人」として仕事をするには
自分には才能の限界がある。
それを
自分自身が一番よく分かっていました。
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音楽だけの道に行くのは諦めて
途中で音楽が顔を覗かせるので
音楽の研鑽を積んでも
海外のコンクールに出て賞をもらっても
自分の才能のなさに泣き
音楽の仕事についても
ずっと音楽が自分のものになったという
感覚は得られませんでした
同時に
私に望まれていることを
徐々に理解していきました。
祈り。
霊的な感性。
霊的なサポート。
これを生まれて
持ってきたにもかかわらず
使うのが怖くて仕方ありませんでした。
音楽を勉強したのに
諦めて、離れて
得意な霊的な力を
自分だけのために使って。
しばらくしたら
「人々のために使うものだ」
というメッセージが入るようになり
かなり抵抗しました![]()
ご存知の通り
今も諦め悪く
まだあるんですよ![]()
なんでかと考えた時に
「責任の所在を知っているから」
と辿り着きました。
音楽演奏者だけなら
ビジネスマンだけなら
「責任を取らないでいい」
と知っていて💦
でも
霊的感性を使うなら
「責任を持たなくてはならない」
と知っていたから。
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それでも抵抗して
表現の学びを続けました。
でも
やっぱり
仕事になっても
自分が思う感覚は得られなかった
そこで天井が見えて
先が見えなくなって
いよいよ諦めて
霊的な感性を使うために
師を見つけて
学びを始めました。
責任を持つなら
スペシャリストの方から
最低4人以上は学ぼう。
そう思い始めて
多くのスペシャリストの方に
お世話になりました。
本当に素晴らしい師に会えるとですね、
「これ教えた。もう出来たね?」
「では、もう仕事として始めなさい」
と教えてくれます。
そしたら
点と点が繋がり始めて
結局、その能力を活かすために
また音楽の世界に
戻ってきました。
音楽を
上手に演奏する表現者には
なれませんでした。
でも、
音楽を通して
人の霊的な感性を開くお手伝いなら、
出来るようになりました。
そんな感じでしょうか。
他の人から見たら
同じことを言っているように
見えるかもしれないし
いやいや
最初からそこでしょと
思うかもしれませんが
これが私の見える景色です
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ものすごく遠回りした気がします![]()
自分不器用でなんで![]()
でも
音楽を諦めて
離れたからこそ
音楽が本来持っている力
自分が本来持っている力
もっと根源にある力のようなものに
触れることができました。
そして今
私が最初に好きで追い求めていた頃よりも
ずっと強く
音楽が近くなった気がします。
だから
「精算する」ということは、
必ずしも
「捨てる」ということではないのかもしれない。
そんなふうに
私の中では
落とし込まれています。
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そして、
いよいよ明後日。
9月9日
大阪で「神言-kamigoto-」です。
普通の音楽ライブではありません。
なんせ
「踊らないでね」
という不思議な制約があります![]()
というのも
内なる神性を開くため。
細胞レベルで
活性化していただきたくて
踊るなら
身体を動かすのではなく
細胞を。
臓器を。
魂を。
鼓動を。
呼吸を。
筋肉や骨を使わずに
踊らせていただきたいのです。
奥にある
神性な扉を開くために。
そして
その夜の
眠ったあとに起きてくる出来事を
楽しんでいただきたい。
一度
握りしめていた概念を
手放してみる。
そして
「自分の内側は、
こんなにも震えるのか!?」
と
感じてみる。
そして一晩眠ったら
自分の細胞が
まったく違う場所に
連れて行ってくれていることに
気づいていく。
私の場合
音楽を精算したつもりが
音楽そのものを
手に入れ直した。
神言の場合は
動きを手放したつもりが
生命の鼓動そのものを
手に入れ直す。
神であること忘れた私たちが
自分というものを脱ぎ捨てたから
神であることを思い出せた。
そんな感じなのかもしれません。
