6月に入り
驚くほどに似たような

話をしてしている気がしたので

 

もしかして
これは今

大事なことなのかな?と

思って書いてみます指差し

 

 

 

それは
それは、『傷つきやすさ』と『配慮』について。



アップアップアップ

 



a) 自分の痛みを感じる力
b) 相手の痛みを想像する力

この2つ、言葉にすると明確に違っても
実際の生活では1つの括りに捉えてしまい、

それゆえに
「人生のブレーキになっていることがある」
かもしれません



*****

 

 

と、いうのも



例えば、
自分が傷ついた経験があるからこそ、


人の痛みが分かることもあります。


けれど、

自分の痛みに敏感であることと、

相手への配慮ができることは、


必ずしもイコールではないように思うのです。


そして、もう一つのことを
混同してしまうのかもしれません💦

 



それは、
「傷つきやすいこと」と


「行動できないこと」です。



怖くて挑戦できない。
不安で発信できない。
悲しませたくなく断れない。
そんなふうに考えてしまうことが

いるとします。



けれど

「怖い」と「挑戦」は別

「不安」と「発信」は別

「悲しませる?」と「断れない」は別

で考えてみると

 

 

それゆえに行動できないと

悔やんでいる人には

楽になる可能性がある

という話です🙏

 

 

 

そもそも
①傷つきやすさと、


②配慮する力と、


③行動する力は、
それぞれ別に育てることができるということ。

 



傷つくことはある。
痛みを感じることもある。
それでも進むことはできる。

 

 

人間だものね

落ち込むことも

悲しいことも

悔しいこともあります

 

でも、動けている人もいる。

その差は何かな?と考えていた人に

お伝えしたのですが

 

 

そもそも

問題がクロスしているだけで

整理したら解決するかもしれない

ということなのです

 

 

 

アップアップアップ



私たちは
「傷つかない人になる」
必要はなくて

*傷つきやすさは、「感受性の才能。」
*配慮は、「想像力の才能。」
と分けてみて

「傷つきやすい」

に対する才能の伸ばし方と


「創造力」に対する才能の伸ばし方は

違うという観点で

自分を育ててみる

 



私たちは時々、
それらを

一つのものとして扱ってしまうけれど、
 

 

本来、別々と捉えた時に
新たな道が見えてくるかもしれません。


繊細な自分を責める必要はなく、


感受性という才能として育てる道がある。



誰かを思いやる力を育てることは、


自分を抑え込むことではなく、


想像力という才能を育てる

ことなのかもしれません。


想像力=

想いを言葉にする力=

相手に聞いてもらう言葉=

相手に届ける言葉=

相手に興味を持ってもらう言葉....etc


そして、


傷つくことがある自分でも、


一歩を踏み出す力は育てていける。



アップアップアップ


「進みたいけど進めない」
ではなく、

 

細分化することで

新しい道も

見えてくるのではないでしょうか✨


あまりにも件数が多かったので

ブログにしてみましたが、


 

 

誰かのヒントになったら嬉しいです。